中国の勃興と台湾2004年8月2日 田中 宇中国のロケット技術開発の歴史には、中国の国家的な意志の変遷が感じられる。中国のロケット開発は、中華人民共和国ができてから8年しか経っていない1956年に開始されたが、これは当時の毛沢東政権が、中国が科学技術と結びついた西欧の軍事力を軽視した結果、欧州や日本に支配されてしまった歴史的な教訓から、軍事力の基礎となる科学技術の発展に力を入れていたことを象徴している。 1970年代後半にトウ小平が政権を握り、金儲けに力を入れる改革開放路線を始めると、軍事的なロケット開発は人工衛星の打ち上げビジネスに転換され、中国は世界の衛星打ち上げ市場に参入し、欧米の軍事産業との受注競争が展開された。(関連記事) 1990年前後の社会主義圏の崩壊や、天安門事件後の国際的な経済制裁を何とか乗り切り、経済大国への道を歩み始めたここ数年の中国は、アメリカのかつてのアポロ計画の向こうを張るような月面着陸計画を開始している。昨年10月には初めて有人ロケット「神舟5号」を打ち上げ、中国軍将校の楊利偉を乗せた宇宙船は地球を14周した後、中国の内蒙古に帰還した。(関連記事) これまで世界で有人衛星の打ち上げに成功したのはアメリカとソ連だけであり、中国が米露と並ぶ大国になったことを内外に示すのが、中国の宇宙開発の目的の一つであると感じられる。中国は2010年までに月面着陸を行う計画だ。 中国が有人衛星の打ち上げに成功した後、ブッシュ大統領はそれに対抗するかのように「2020年までに再び月面着陸し、2030年までに火星への着陸を成功させる」という野心的な宇宙開発計画を発表した。そして、昨年2月のスペース・シャトルの爆発事故以来、削減される傾向になっていたNASAの予算を急に増やしたりしている。だが、この計画は内容が具体的でないので、真面目に推進されることはないと予測する関係者が多い。(関連記事) ▼宇宙船に国連旗を積んだ中国 昨年10月に中国が有人衛星を打ち上げたとき、機内に積まれていたものの一つに国連の旗があった。このことは、ロケット打ち上げそのものと同様、中国の国家的な意志を表している。「中国の大国化は、国際社会に脅威になるものではない。むしろ国際社会の安定に寄与するものだ」という意志表明である。中国で初めて宇宙飛行をした楊利偉大佐は、飛行から数カ月後、ニューヨークの国連のアナン事務総長のもとを訪れ、宇宙飛行に持参した国連旗を寄贈した。(関連記事) 国連は、宇宙の軍事化に反対しているが、アメリカでは米軍の活動範囲を宇宙まで広げ、核兵器を搭載した人工衛星を打ち上げて、アメリカの脅威になりそうな国を攻撃できる態勢を作る新戦略がタカ派勢力によって提唱されている。(関連記事) 国連は、アメリカが国連を無視してイラクに侵攻して以来、アメリカの傀儡だった従来の立場から脱却している。アナン事務総長は昨年9月、国連総会の演説で「一部の国は、他国が自国を攻撃するための武器を開発しているかもしれないというだけで、その国を先制攻撃する権利があると主張している。この理論は国際秩序を破壊する。これが黙認されれば、違法な武力行使が世界中に広がってしまう」と述べ、名指しこそしなかったものの、アメリカを強く非難した。(関連記事) こうした中、宇宙船に国連旗を積み、国連に対して恭順の意を表す中国の行動には、自国の宇宙開発に対して国際的なお墨付きを得ようとする意図とともに、アメリカによる宇宙の軍事化を国連とともに批判することで国連を自分たちの側につけ、アメリカからの脅威に対抗しようとする意図が感じられる。 ▼国連安保理での「非米同盟」に参加する中国 この一件以外にも中国は、アメリカと国連やEUの間に亀裂が入ったイラク戦争前後から、国連を舞台にした外交活動を活発化させている。国連の安全保障理事会では、EU(フランス・ドイツ)、中国、ロシアといった国々が「非米同盟」を組み、アメリカ・イギリスのアングロサクソン同盟による世界支配に対抗するケースが増えている。(関連記事) 5月末には、米軍からイラク人への政権「移譲」を前に、英米が出した決議案をめぐって国連安保理でイラクの体制について議論した際、中国が米英の提案に対する修正案を提出した。英米は、イラク人に「完全な統治権」を与えることを提案していたが、その中身は曖昧で、フランスやロシアなどは反発していた。(関連記事) そこに提出された中国案は、イラク人の政権がイラクの軍隊の完全な指揮権を持つことや、米軍は大きな作戦の前にはイラク人の政権に相談しなければならないといった条項が入っており、フランスやロシアなどの賛同を得た。従来、中国は中東の問題に関しては、欧米の影響圏と考えて独自の意見を表明することに慎重な態度をとることが多かったため、この中国の動きは関係者を驚かせた。(関連記事) 1989年の天安門事件以来、欧米は中国に対する武器輸出禁止政策を続けてきたが、フランスとドイツは今年に入って、EUがこの規制を解禁するよう主張し始めた。これに対してEUの他の国々は「中国は国内の人権問題を解決してない」として禁輸の解除に反対し、今年4月の時点でいったんこの話は棚上げされた(EU内では、イラク戦争後アメリカの威信が崩れた分の空白を埋めるかたちで国際覇権力を拡大したい独仏と、覇権拡大に反対する中小諸国との対立が続いている)。(関連記事) ▼中道派と中国 その後6月になって、イギリスのブレア首相が、中国への武器輸出を再開したい独仏を支持する姿勢を見せた。このイギリスの転換は重要だ。ブレア政権は911事件まで、アメリカとの関係とEUとの関係をバランスさせる外交戦略をとり、どちらかというとEUとの関係を重視する姿勢だった。911後、アメリカが単独覇権主義を打ち出すとともにブレア政権はアメリカ一辺倒の姿勢となったが、イラク占領が泥沼化して失敗色が強まった後、ブレアは911以前のような欧米間のバランスをとる状態に戻ろうと模索している。 イギリスの姿勢は、アメリカ中枢での国際協調主義(中道派)と単独覇権主義(タカ派)との対立とも同調している。911以後、米政界でタカ派勢力が強くなり、政権中枢では中道派の代理人であるパウエル国務長官が孤立し、ホワイトハウスはタカ派に乗っ取られた。中道派はEU(独仏英)、ロシア、中国、国連など、タカ派に乗っ取られたアメリカに対抗できる他の勢力を支援することで対抗し、イラク占領が泥沼化してブッシュ政権が窮した後、やや優勢を取り戻した。今年1月にパウエルがフォーリン・アフェアーズに書いた「ブッシュ政権は中国、ロシア、インドといった大国を支援する」という趣旨の論文は、そうした動きを象徴している。(関連記事) 中道派は中国やロシアを応援することで、第一次大戦以降、国際社会の理想的なかたちとして希求してきた「バランス・オブ・パワー」(アメリカを含む多くの大国の力が均衡し、戦争が起きにくくなる状態)を実現しようとしている。国連や中国を強化することは、以前から中道派の世界戦略の一つだった。アメリカがイラクの泥沼で窮している間に、EU、中国、ロシア、インドなどが力をつけて国連など国際社会での発言力を増し、イギリスもアメリカよりEUを重視するようになり、中国への武器輸出の解禁に賛同する姿勢に転換するというのは、まさに中道派が希望する動きと同じである。 タカ派は朝鮮戦争以来、反中国の姿勢を続けてきたが、アメリカがイラクの泥沼から抜け出るには国連の協力が必要で、それには安保理常任理事国の一つである中国の賛同が不可欠だ。アメリカは北朝鮮の核武装問題の解決でも中国が調停役となっている6カ国協議の存在が欠かせず、その点でも中国に対する敵視政策は採れなくなっている。中国は、日本や台湾、韓国と並んで、アメリカの国債を多く買っている国でもある。財政赤字を急増させているブッシュ政権は、仮想敵である中国に債券を買ってもらって軍備を増強しているわけで、アメリカは中国を本気で敵に回すことができなくなっている。 歴史的に中国と不即不離の関係を保ってきた日本では、中国の覇権拡大を危機ととらえ「中国の脅威に備えるためには、日本はアメリカに対する従属(同盟)関係を強めるしかない」と主張する人が多い。この考えは、911以前のようにアメリカで国際協調主義が強かった時代には一理あったが、今のようにアメリカが信頼できる国でなくなっている時代には、むしろ中国が強くなってアメリカとバランスをとった方がアジアは安定する。 国際社会ではアメリカの覇権縮小と反比例するように中国の覇権が増している。米ニューヨークタイムスも最近の社説記事で「ブッシュ政権が何と表現しようと、つまるところ(東アジア地域での)中国の影響力は急速に拡大し、アメリカの影響力は急速に縮小している」と書いている。(関連記事) ▼行き詰まる中国の対台湾戦略 とはいうものの、中国は強くなりながらも、決定的な弱みを持っている。それは、台湾の存在である。中国共産党政権は「中国を列強に支配されている状態から再統一する」ことを存在意義の一つとしており、その関係で、冷戦時代にアメリカが国民党を支援したため中共の統治が及んでいない台湾を再統合することを目標としている。 ところが台湾では、中国との統一に反対する傾向が強い民進党(民主進歩党)の陳水扁が2000年と2004年3月の2回の大統領選挙(総統選挙)で勝ち、統一を支持する傾向が強かった国民党と親民党は連敗してしまった。 (台湾の民意は、中国と統一すべきだとする「統一派」から、中国からの独立を明確に宣言すべきだとする「台湾独立派」までの多様性を持っているが、国民の大半は「中国との統一には反対だが、中国を刺激するので独立宣言もすべきでない。事実上中国とは別の国である現状維持の状態でよい」と考える「現状維持派」である) 陳水扁は大統領になる前に台湾独立派の陣営にいた。その経歴から、中共は2000年に政権に就いた陳水扁を信用しない態度をとり、国民党や親民党の側とだけ連携しようとした。中共は、2004年の大統領選挙で国民党側が勝ち、陳水扁政権は1期4年で終わると予測したようだが、結果は逆で、2000年の選挙では39%だった陳水扁の得票率は、2004年の選挙では50%にまで上がった。(関連記事) (2000年の選挙は民進党、国民党、親民党の3者で戦われたが、2004年には国民党と親民党が連合して民進党との一騎打ちとなった)(関連記事) 1979年の米中国交正常化で台湾の国際的地位が危うくなった後、一党独裁だった国民党(蒋経国政権)は、それまでの「国民党は共産党を打ち負かして中国を再統一する」という目標から少しずつ離れ、現実的な「台湾化」路線を取り始めた。それ以来、約20年かけて台湾の政治は現実化を強め、今や中国との再統一を希求する声はほとんど消えている。 今後、国民党や親民党が政権をとるには、従来のような中国寄りの姿勢を捨て、民進党と似たような「台湾人のための政党」を目指す姿勢に転換し、台湾国民の民意をつかむ必要がある。つまり今後国民党が復権するとしても、そのときには中共との関係は今よりも冷却していることになり、中共が台湾の政治に影響を与えることはますます難しくなると予測される。 ▼台湾に侵攻したら中国は破滅 中国の中枢からは「武力で台湾を併合することも辞さない」といった言説がよく聞こえてくる。だが私が見るところ、中国はそんなことをできる状態にない。今の中国にとって最も大事なことは、世界における立場を強化することと、国内の政情を安定させることであるが、台湾への侵攻はその両方を破滅させかねない。 中国が台湾に侵攻したら、たとえ侵攻が成功したとしても、中国共産党は国際社会でクウェートに侵攻したサダム・フセインと同じ「凶悪犯」のレッテルを貼られ、国際的な信頼を一気に失う。そのダメージは、天安門事件よりも大きいだろう。アメリカの対中国政策は、中道派とタカ派の微妙なバランスの上にあり、何とか親中国の政策が勝っている状態が続いているが、中国が台湾に侵攻したら、一気にタカ派が優勢になる。タカ派は世界を不安定にすることを躊躇せず、むしろ世界の不安定化を望んでいるふしがあるので、大喜びで中国との戦争の必要性を叫び出す。行き着くところは、東アジアの「中東化」である。 中国が台湾に侵攻しても、台湾を長期間占領できるとは限らない。米軍が参戦したりして中国軍が台湾から撤退させられたら、中国共産党は負けたことになり、中国の内政における共産党への支持が失われ、政情不安に陥る。いずれのシナリオも、中共にとってリスクが非常に大きい。イデオロギーの皮はかぶっていても、実体的には非常に現実的な思考をする中国共産党が、巨大なリスクを無視して台湾に侵攻するとは考えにくい。 中国が台湾を併合するには、台湾の過半数の国民に「中国と統一したい」と思わせる必要があるが、今の中国の政治体制は台湾より政治的な自由がはるかに少ないので、中国がかなり国内の民主化を進めない限り、それは実現できない。共産党は国内の市町村長の選挙でさえ、政情を不安定にさせそうだと懸念して実施しておらず、民主化はまだほとんど進んでいない。 もう少し現実的な「統一」は、中国と台湾の国家体制はそのままにして、2つの政府の上に「中華連邦」のような統一機構を置く「EU型」の統合方法である。陳水扁大統領は、EU型が望ましいと述べているが、問題は、中国側は台湾と対等の統一など望んでおらず、台湾が中国の一部になる形式を求めていることだ。(関連記事) 最近、中国の中枢からは「北京でオリンピックが開かれる2008年までに台湾問題を解決せねばならない」というメッセージが発せられている。中国側は依然として「武力での解決も辞さず」と言っているが、すでに述べたように、私にはこれは口だけの主張であると思える。それを差し引いて考えると、中国のメッセージは「早く台湾問題を(平和理に)解決し、世界から大国としてきちんと認められたい」という意志表示であると読める。今後、連邦制的な枠組みを作る方向で中台間の交渉が進む可能性はゼロではない。(関連記事) 【続く】
●関連記事
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |