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イラク侵攻のリスク

2003年3月18日   田中 宇

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 ブッシュ大統領が間もなく始めそうだとされる「第2湾岸戦争」について、1991年の湾岸戦争のとき米軍の軍事作戦を練った元将校が「湾岸戦争のような完勝型の戦争ではなく、ソマリア戦争(1993年)のような大失敗で終わる可能性が大きい」と警告を発している。(関連記事

 この元将校(マイク・ターナー、Mike Turner)によると、1991年の湾岸戦争には、4つの好条件が整っていた。<1>クウェートを「侵略した」イラク軍を叩くという明快な政治目標があった <2>十分な米軍の兵力 <3>アラブ諸国がアメリカを支持してくれたため、アラブ諸国内での反米活動を抑えることができた <4>アメリカを長期にわたる世界的な「聖戦」に巻き込んむことで自国の立場を強化しようとしていたイスラエルに口出しを許さなかった、という4点である。

 逆にソマリア戦争では、アメリカは最初ソマリア内戦を仲裁する人道目的で介入したが、その後の米軍は、反米的な態度を打ち出していたアイディード将軍の派閥を壊滅させることだけを目的にするようになり、アメリカ兵を市街地での危険な戦闘行為に駆り立てた結果、市街戦でアメリカ兵が残虐に殺された後の光景がテレビを通じてアメリカのお茶の間に流れて米国内の反戦ムードをあおり、当時のクリントン政権はソマリア撤退を余儀なくされた。

▼米マスコミの反戦と「ソマリア化」の可能性

 マイク・ターナーがいうところの「前回の湾岸戦争の4つの好条件」と、今回開戦目前といわれている「第2湾岸戦争」とを比べると、4点のうち<2>の「十分な兵力」という1点しか満たしていないことが分かる。サダム・フセイン政権が武装解除に応じている最中に侵攻を始めてしまうのは<1>の政治目的を欠いていることになる。アラブ諸国は団結して米軍単独の戦争に反対しているから<3>も満たされていない。ブッシュ政権中枢にいるタカ派の「ネオコン」の人々が強度のイスラエル支持勢力であるため、<4>のイスラエルの干渉という点も、湾岸戦争時とは正反対の状況だ。

 2週間ほど前から、アメリカのマスコミはものすごく反戦論調が強くなっている。911事件後、ずっと体制翼賛的な臭いが強かったアメリカの最有力紙ニューヨークタイムスは、最近では連日のように反戦的な評論を載せている。

With Ears and Eyes Closed

The Summit of Isolation

 またイスラエルの新聞「ハーレツ」も、戦争に反対する論調を繰り返し掲載するようになった。アメリカ単独でのイラク侵攻は、ユダヤ人にとってプラスにはならない、と主張している。

Thank you, President Bush

Is the war good for the Jews?

 現代の戦争は、どれだけ強力な兵器を持っているかということよりも、どれだけ上手に自国と関係国の世論を味方につけられるかという「プロパガンダ」の側面の方が重要である。クリントン政権によるソマリア戦争の失敗は、もともとアメリカ政府が米国民にソマリアでの戦争の必要性を十分納得させることができないまま軍事介入し、その上でアメリカ兵が戦闘中に残虐に殺されたという光景を米国民が見てしまったことに起因している。

(米国民の脳裏に残るこの悪夢的な光景に対して「愛国的」な再解釈を施したのが「ブラックホーク・ダウン」という昨年アメリカで作られた映画だったのだろう)

 今後あるかもしれない「第2湾岸戦争」は、ソマリア戦争に比べても、米国内の十分な賛同が得られていない。開戦したら米当局は、戦場におけるあらゆるまずい事実を隠そうと最大限の努力をするのだろうが、アメリカの主なマスコミがこれだけ反戦、反ブッシュに傾いてしまっている以上、アメリカのマスコミは何とかして「反戦」をあおる映像や事実を集めようとするだろう。そうなると「ソマリア化」する可能性がさらに強くなる。

▼大統領にとってリスクが大きすぎる戦争

「ブッシュ政権は、短期間に完勝できるシナリオを持っているはずだ。だから反戦運動が盛大になる前に戦争は終わるだろう」という予測もある。だが「戦争」というものは、事前の予測を超越する出来事である。開戦したら、どっちに転ぶか分からないのが「戦争」だろう。短期戦で完勝するということは、結果としてはありえても、事前のシナリオとして米政府がそれに頼ることはできないと思われる。ブッシュ政権は危ない賭けを始めたことになる。

 歴史上、世界の人々のこれほど強い反対を押し切って行われる戦争は初めてである。このまま3月20-22日ごろに開戦すると、イギリスとスペインは国内世論がさらに強く反戦に動き、早々に「同盟軍」から脱落する可能性がある。開戦後、戦争が長引いたり、米軍が戦争犯罪まがいのことをやっていることがマスコミに暴露されたら、ソマリア型の撤退を余儀なくされ、ブッシュは史上最悪の大統領というレッテルを貼られて敗北することになる。

 ふつうに考えれば、大統領にとって、ここで戦争に踏み切るのはリスクが大きすぎる。私は「戦争はあるべきではない」と言いたいのではない。そうではなくて、アメリカがここで戦争に踏み切るのは、あまりに馬鹿げているとしか思えない、ということである。

(戦争は不必要で悪いことに決まっている。世の中に「戦争でしか解決できない問題」などありえない。「戦争で解決したいと思っている人がいる問題」があるだけである。「正義の戦争」という言い方は、全くの欺瞞である)

▼中道派はフセインを温存したかった?

 私は以前から、アメリカ政権中枢には好戦的な「タカ派」と、戦争を回避したい「中道派」がいると分析してきた。「中道派」の総本山のようなシンクタンクが「外交評議会」であるが、このシンクタンクは10日ほど前から、ニューヨークタイムスの中にコーナーを作って解説を載せるようになった。最新の解説(Q&A: How Close is the U.S. to War with Iraq?)は3月17日に出されたが、それによると、戦争は数日以内に始まる見通しであるという。中道派の総本山がこう明言しているということは、戦争は不可避だということだ。

 ということは、中道派がタカ派に寝返った結果、イラク侵攻が実施されるということなのだろうか。多分そうではない。外交評議会では最近、会長が交代することになった。新会長はリチャード・ハース(Richard N. Haass)という人で、国務省の政策企画部長という要職を離れて就任する。この人は「冷戦後のアメリカは、国家間紛争と自由貿易を守ることを目的に、躊躇しつつ武力を使うべきだ」と主張する本("The Reluctant Sheriff")を書いている。(関連記事

 ハースのスタンスは、国務長官のパウエルと同じである。パウエルは、もともと戦争には反対だが、大統領が決断したら(躊躇しつつも命令だから)戦う将軍という意味で「戦いを躊躇する戦士」(リラクタント・ウォリアー)とあだ名されている。

 外交評議会が以前に発表したエネルギー政策のレポート「21世紀の戦略的エネルギー政策の挑戦」(Strategic Energy Policy Challenges for the 21st Century)を見ると、パレスチナ問題を解決し、イラクに対して不必要な制裁を早く解除することにより、アラブ諸国の人々の反米感情を鎮めることが、アメリカが中東から安定的に石油を供給してもらうためには不可欠だ、と書いてある。

 この報告書は、サダム・フセイン政権に対してどういう態度をとるべきかについて明確には何も書いていないものの「イラクに対する経済制裁の早期解除」「イラクの油田に対する国際投資の早期再開」などを求めている。私がこのレポートから読み取ったメッセージは「中道派はフセイン政権を温存してもかまわないと思っていたのかもしれない」ということだ。(関連記事

▼イラク侵攻に至る対立の仮説

 中道派はおそらく、湾岸戦争以来、フセイン政権を「いつかは潰す」と言いつつ、実際には中東地域の政治的安定や石油の安定供給を重視して、フセイン政権を温存する政策を選択していたのではないかと思われる。これに対し、世界の体制をアメリカ中心の「帝国主義」型に早急に持っていこうとしたタカ派は、イラクを本気で潰したい「大イスラエル主義」のネオコンと結びつき、フセインと戦うふりをして温存している中道派の戦略を乗っ取り、本当にフセイン政権を潰す方向にブッシュ政権を持っていったと考えられる。

 たとえていうと、中道派は、フセインの首を絞めて殺そうとするしぐさをしながら、実際には手に力を入れていなかった。そこにタカ派がやってきて、俺も手伝うよと言いながら、本気でフセインの首を絞め出し、大統領もそれに乗ってしまった。中道派の方は、いまさら「本気で殺す気ではない」などと公表できないので、いろいろ抵抗したが、最後には開戦に方針に従わざるを得なくなった・・・、というのが私の仮説だ。

 とはいえ、話はこれで終わりではない。私の勘ぐりでは、中道派は開戦の方針に従わざるを得なくなったものの、そこでわざとへたくそな外交を行い、ヨーロッパの人々を怒らせ、世界中に反戦運動を広げた。イラク侵攻を機にホワイトハウスが完全にタカ派に乗っ取られてしまうと、タカ派は次はイランやサウジアラビア、北朝鮮などを挑発して「正義の戦争」を拡大し、不必要に世界を不安定化しかねない。(関連記事

 そのため、世界の論調を反戦・反米に持っていき、アメリカのイラク侵攻しても「ソマリア型」になるよう仕向け、反戦運動が盛り上がってきたら、ラムズフェルド国防長官やウォルフォウィッツ国防副長官といったタカ派やネオコンの人々の責任問題になるように仕掛けたのではないか、と思われる。

 中道派の外交評議会に対抗するかのように、ネオコン系のシンクタンクの一つ「アメリカン・エンタープライズ研究所」も、イラクの「民主化」や「復興」について、毎日新しい論文を載せている。中道派とネオコンとの戦いは、まだ続くと思われる。

▼秘密交渉の可能性

 ここ2-3日、もう一つ気になっているのは、アメリカとイラクとの秘密交渉についてである。ロンドンのアラビア語新聞「アル・ハヤット」がイラク側の情報として3月13日に報じたところによると、アメリカとイラクの代表が欧州などで会合し、戦争なしですませる方法について交渉しているという。

 アメリカ側は、イラク侵攻を回避する条件として、フセイン大統領が権限のない大統領に退いた上で国内各派による連立政権を作るとともに、イラクへの米軍駐留や、イラクがイスラエルを国家として承認すること、イラクの油田の利権をすべてアメリカに渡すことなどを挙げているという。(関連記事

 私の知るところ、このニュースはロシアのプラウダ以外転電していないため、信憑性に疑いがあり、その後続報もないが、この手の交渉が行われている可能性はある。



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