誰が自衛隊機を壊したか2002年8月20日 田中 宇三菱重工業の航空・宇宙産業部門である「名古屋航空宇宙システム製作所」は、戦前には「ゼロ戦」(零式艦上戦闘機)など戦闘機を中心に18000機もの航空機を開発製造し、戦後は「YS11」や「H1」「H2」ロケットなどの開発製造にたずさわった、日本の航空宇宙産業の中枢である。ゼロ戦の開発が行われた戦前からの「大江工場」のほか、名古屋空港に隣接した「小牧南工場」、名古屋港に隣接した「飛島工場」の3つの主要工場から成り立っている。 このうち小牧南工場では、航空機の最終組み立てのほか、修理なども行っているが、ここで最近、奇妙な事件が連続発生していることが報じられた。今年の4月から7月にかけて、定期修理を受けた航空自衛隊の戦闘機や偵察機の7機に、電気系統のケーブルが切断されたり、プラグのピンが折り曲げられているのが、相次いで発見された。 8月8日の共同通信社の報道によると被害は全部で11件で、操縦席の近くの数十本束ねたケーブルのうちの1本だけが切られている場合が多かった。犯人は、他の用事を行うふりをして操縦席に上ったうえで、見つかりにくいよう、わざと1本だけを切ったのではないか、と推測できる。 さらに8月13日には、同じ小牧南工場で、修理中の航空自衛隊のF−15DJ1機で、コネクターのピンが折り曲げられているのが新たに発見され、防衛庁が発表した。 またこれとは別に、同じ部署内の別の施設では昨年11月、防衛庁が発注した新型戦闘機の開発に関係するデータが入ったパソコンが盗まれる事件も起きた。(関連記事) 盗まれたのは、新型戦闘機を設計する際、どのような仕様にしたら高性能になるか、実験機を飛ばさずにコンピューターのシミュレーションで解析するプログラムのテスト版で、新型戦闘機そのものについての情報は入っていなかったという。(関連記事) ▼「日本の防衛戦略の転換に反対する勢力」とは これら事件は「不届き者による犯行」「ずさんな管理」ということで片付けられるかもしれない。だが、それとはまったく違う分析をした記事を見つけた。軍事・外交面の国際情勢を分析しているアメリカのシンクタンク「STRATFOR」(Strategic Forecasting、有料サイト)が8月15日に掲載した「Sabotage Incidents Highlight Japan's Security Problems」という記事である。 この分析記事によると、ケーブル切断やピン曲げ事件は、会社の現状に不満な従業員がやったという可能性もあるが、そうではない場合、この事件の持つ意味はもっと懸念されるものになる。日本政府は昨年の911事件以降、戦後ずっと続けてきた平和主義から脱し、自衛隊は「何ができないか」ではなく「何ができるか」を定めることに力点をおき、自衛隊を通常の軍隊に変質させることも視野に入れている。STRATFORはそう分析した上で、こうした日本の防衛戦略の転換そのものに反対する勢力が事件を起こしたとすれば、この種の事件は今後、三菱重工だけでなく、もっと広範囲に起き、日本の防衛上のセキュリティを脅かす可能性がある、と指摘している。 この記事は、事件を起こす可能性がある「日本の防衛戦略の転換に反対する勢力」がどの筋なのか、まったく示唆していないが、まず思い浮かぶのは、国内の反戦運動系の人々、もしくは中国とか北朝鮮など、日本の軍拡に反対する海外勢力であろう。だが、これらの勢力による犯行の可能性は薄いと思われる。事件が起きた格納庫は夜間に施錠されているが、カギは壊されておらず、内部関係者の犯行である疑いが強い。 しかも切断やピン曲げ事件は、6棟の格納庫のうちの第1格納庫だけで続発しており、容疑者を特定するのは難しくない。内部関係者に、先にあげた諸勢力に協力する人がいるとは思いにくいし、いたとしてもすぐに分かるはずで、事件は短期間に解決できる可能性が大きい。 三菱重工では、4月末に最初のケーブル切断を発見し、5−6月にも同種の事件が続発していたのに、地元の警察に相談したのは7月になってからだった。警察が調べる刑事・公安事件ではなく、もっと外交・政治臭の強い事件である可能性が濃厚だから、こういう経緯になったと思われるが、だとしたらその点でも反戦運動・中国・北朝鮮などの筋ではないということになる。 ▼日米ロケット摩擦との関連 それなら、誰がやったのか。STRATFORの記事は、三菱重工が同じ名古屋の航空宇宙システム製作所でH2ロケットも開発していることを、同じ記事の中で何回か書いている。H2ロケット開発は、今回の一連の事件には関係ないが、STRATFORは最近、H2ロケット開発をめぐって日本とアメリカの間に亀裂が入っているという記事を出しており、この記事「U.S.-Japanese Dispute Over Japan's Rocket Program」と、三菱重工の連続事件とを結び付けて考えると興味深い。 最近明らかになった日米ロケット技術摩擦については、毎日新聞などでも報じられている。米政府は、日本のロケット開発がアメリカの技術や部品を使っている場合、アメリカの許可なく日本が他国にロケット技術を移転したり、他国の人工衛星を打ち上げることを禁じる協定を1969年から日本と結んでいた。日本は1980年代から、アメリカの技術を使わない純国産ロケットH2型を開発、日米協定の足かせを一時は脱した。だがその後日本は1999年にH2ロケット8号機の打ち上げに失敗した後、補助ロケットなどにアメリカの部品を再導入したH2A型の開発に移行した。 これによってアメリカは「日本が再びロケットの日米協定の枠内に入った」と主張している。だが日本側は、他国の人工衛星打ち上げを請け負ってビジネスにしたいこともあり「アメリカのロケットも日本の部品をたくさん使っているのに、アメリカは足かせもなく自由に打ち上げている。日本だけが拘束される偏った協定は時代に合わない」として拒否している。 この日米摩擦は、ロケット打ち上げビジネスをめぐる利権問題にとどまらず、防衛上も大きな懸念をはらんでいる。日本がH2型の純国産性を犠牲にし、H2A型に変更してまでロケットの実用化を急ぐ要因の一つは、日本周辺を独自に探査できる防衛用の情報収集衛星(レーダー衛星、光学衛星)を打ち上げたいからだ。1998年の北朝鮮によるミサイル(ロケット)試射事件以来、政府はこの情報収集衛星の開発に力を入れており、2003年2月と7月にH2Aロケットによって2機ずつ衛星を打ち上げる予定になっている。(関連記事) この衛星が送ってくる空撮写真は、地上の1メートルの大きさのものまで識別できる解像度を持っているとされるが、STRATFORは「解像度1メートルというのは(関係諸国を警戒させぬよう)日本の当局者が能力をわざと低めに言っている可能性がある」と指摘している。日本はこれまで、自国周辺の空撮写真を米軍などアメリカからもらっているが、米軍は、日本側がのぞむ空撮情報をいつも的確な質やタイミングで渡してきたわけではなく、日本に与える情報を恣意的にコントロールすることで、日本がアメリカにとって都合のよい政治判断をするように仕向けてきた、とSTRATFORの記事は示唆している。 こうした日本側の不満を解消し、自由に空撮を行えるようにするのが、日本独自の情報収集衛星を打ち上げる理由の一つで、それに歯止めをかけようとするのが、H2Aロケットをめぐる、日本に対するアメリカの強い姿勢ではないか、と思われる。STRATFORの記事は「昨年11月にパソコンが盗まれた三菱重工の施設は、以前はH2などロケット開発にも使われていた」と書いている。 以前から「日米軍事同盟は磐石だ」という主張をよく聞くが、昨年の911事件以降、アメリカは軍事的にかなり極端な戦略を取り始めたことを加味して考えると、この磐石説は、911以前の情勢に基づくもので、もはや時代遅れの思い込みになっている可能性もある。
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