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航空業界の崩壊

2001年11月20日   田中 宇

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 9月11日の大規模テロ事件以来、世界の航空業界が窮地に陥っている。11月12日にはニューヨークでアメリカン航空機が墜落し、航空業界の苦境はいっそう深まっている。

 アメリカでは事件後、最大手のアメリカンが11万人の従業員のうち2万人を解雇するなど、あちこちで大規模な解雇が行われている。テロ事件以来、多くの航空会社が通常より2割ほど便数を減らしているが、それでも空席率は30%以上となっている。アメリカの航空会社の多くは、空席率が12%以上になると赤字になってしまう。 (関連記事

 すでに小さな航空会社はいくつか倒産し、コンチネンタルなど比較的大きな航空会社も、経営危機が指摘されている。メキシコの航空会社は、政府からジェット燃料を市場価格より1割安く売ってもらうという事実上の補助金によって、何とか運航を続けている。

 ヨーロッパでは、スイス航空と、その傘下にあったベルギーのサベナ航空が倒産した。アイルランド航空(エア・リンガス)やオランダのKLMも、破綻するのは時間の問題ではないか、と報じられている。いずれもドル箱だった欧米間の大西洋路線の客が、9月11日以降激減したのが経営難の原因となっている。

 アジア太平洋地域ではニュージーランド航空が破綻し、ニュージーランド政府が再国有化して危機をしのいだ。日本でも、日本航空と日本エアシステムが統合して生き残りを図ることになった。9月11日以来、世界合計で航空業界で働いている人のうち12%にあたる20万人が解雇されたとの概算もある。 (関連記事

 こうした世界的な航空業界の苦境は、9月11日の大規模テロ事件の影響であると報じられることが多い。アメリカでは「テロの被害にあった航空会社を救う」という考え方のもと、航空業界に対して総額で200億ドル(2兆円強)の公的資金を注入することが決まった。(当初150億ドルと報じられていたが、その後増えたようだ)

▼根本的な元凶はテロではない

 ところが、調べてみると航空業界の苦境は9月11日よりも数ヶ月前から始まっている。アメリカを中心とする世界経済の不調により、正規料金で乗ってくれて利益率が高いビジネス客が減ったことがその主因である。大規模テロ事件はそれに大きな追い打ちをかけたものの、根本的な元凶ではない。

 1990年代を通じて世界の航空業界は、アメリカを中心に業容を急速に拡大した。航空業界は、以前は国家の規制が強かったが、78年にアメリカで航空自由化が始まり、それが世界に広がった。アメリカは国際的にも世界各国と2国間交渉を展開し、世界の航空業界を自由化し、アメリカの航空会社が世界に進出できるようにした。これによって航空業界は、各国の航空会社を巻き込んで世界的な競争激化の時代に入った。

 競争の激化は、航空運賃の値下げにつながった。1980年代から格安航空券が世界中で広がり、先進国では一般の人々が海外旅行に行けるようになった。 アメリカでは1980年に2億5000万人だった年間の乗客数は、99年には6億人を越えた。世界的にも、ここ数年、旅客数は毎年5%ずつ伸びていた。

 旅客数の伸びは、航空機需要の増加にもつながった。もともと航空業界の世界的な自由化は、ボーイングなど航空機を作る軍需産業の仕事を増やすという米政府の目論見もあり、その面でも航空自由化は成功だった。

 航空券の実勢価格は10年前の5分の1ぐらいに下がったが、それでも航空会社が利益を出せたのは、乗客増が貢献していただけではない。格安券の3−5倍する定価で航空券を買ってくれるビジネス旅客からの収入が、たとえばアメリカでは航空業界の売り上げの約4割を占めており、利幅の大きなこの部分が航空会社の経営を支えていた。

 ところが、昨年後半からアメリカの景気にかげりが見え出すと、企業の出張が減り、定価の航空券を買わず格安航空券を使う企業も増えた。今やインターネットを使ったビデオ会議が簡単に開けるようになっているので、9月11日以降は、安全のためなるべく出張せず、ビデオ会議ですませる企業も多くなった。

▼暗躍するロビ−団体

 このように、アメリカの航空業の不調は景気悪化が原因である部分が大きい。ところがアメリカ政府が10月に決定し、議会も承認した航空業界への200億ドルの資金援助は、テロ対策の色彩が強い。

 その背景には、航空業界が強い政治圧力団体(ロビー団体)だということがある。航空業界は、昨年の大統領選挙の際も、巨額の献金を共和党・民主党の両陣営に出した。政治的な圧力により、業績の悪化をすべてテロのせいにする理屈がまかり通ることになった。

 この公的資金注入に対しては、アメリカ国内でも批判が出ている。航空業界が苦境を乗り切る方法として合併や倒産という「市場原理」に則った解決方法が良いと考える自由経済論者が反対している。外交面ではブッシュ政権への賛美一色の右派新聞ウォールストリート・ジャーナルも「無意味な公金ばらまきはやめるべきだ」という論調を展開している。(関連記事

 米航空業界では、各社が軒並み大量解雇や業績を大幅に下方修正している中で、サウスウエスト航空など一部の「格安航空会社」は、解雇も運休もほとんどしておらず、比較的健全な経営を続けている。格安航空券専門の航空会社はイギリスやアイルランドでも活躍している。そういう会社がある以上、公的資金の注入という余計なことをしない方が、他社もコスト削減によって経営を健全化する道を選ぶはずだ、というのが自由経済論者の主張だ。

 かつて日本の大蔵省が、クリントン政権に批判されつつ続けていた金融界への公的資金注入と同じことを、ブッシュ政権はやってしまっている。

 このテーマに関しては、アメリカの右派と左派の両方が政府を批判しているのが興味深いが、アメリカ全体としては、戦争遂行のための大政翼賛の論調が支配し、左右からの批判の声はかき消されている。(関連記事

 またアメリカの航空業界では、解雇された従業員からも「解雇の計画はテロ事件より前から決まっていて、そこにちょうど都合良くテロ事件が起きたのではないか」という見方が出されている。(関連記事

▼アメリカと別の道を行くEU

 アメリカとは対照的にEUでは、航空業界の苦境を政府が過保護に助けない政策をとっている。1990年代には、EU各国の政府は、自国の政府系航空会社が破綻しそうになると公的資金を注入していたが、今ではそのような政策はEU経済を弱体化させるものとして止められている。

 ヨーロッパの航空会社は、国際線の収益の多くをアメリカとの間の大西洋路線に負っているところが多く、大規模テロ事件の衝撃は大きい。現在15社が大西洋路線に定期便を飛ばしているが、最終的には3社しか残れないとも予測されている。

 そんな中でEU各国では「政府が支援して自国の政府系航空会社を残すべきだ」と主張する愛国的な人々と「そもそもEUが統合する時代に、政府系航空会社なんて不必要だ」と言う自由経済論者との間で激論が戦わされている。(関連記事

 ユナイテッド航空などアメリカの航空会社は、政府から公的資金の注入を受けた後、大西洋路線に格安料金を設定した(たとえばワシントン・パリ間片道146ドル)。EU側は「アメリカは公的資金を使って値下げ競争を煽り、欧州勢を大西洋路線から追い出そうとしている」と批判している。(関連記事

▼「戦争」で儲けようとする人々

 9月11日以降、航空業界だけでなく、農業団体や保険業界などのいくつものロビー団体が政府に圧力をかけ、自分たちの業界の苦境をテロの影響だと認めさせ、連邦政府から公的資金の支援を受けようとしている。こうした動きにも批判が多い。(関連記事その1その2その3

 もう一つ、政治的にダーティな背景が見え隠れしているのに、テロ事件後のどたばたの中で処理されたものに、マイクロソフト社と司法省の間の和解がある。司法省は4年前からマイクロソフトが独占禁止法に違反しているとして、会社の分割などを求める裁判を起こしていたが、11月1日にマイクロソフトと和解した。

 和解の条件は、マイクロソフトの行動を一部制限するものではあったが、マイクロソフトにとって抜け穴が多く「無罪放免」に近いと指摘されている。司法省が和解した理由は、コンピューター産業の景気がどんどん悪くなっている中で、マイクロソフトを窮地に追い込む裁判を続けることは、景気全体への悪影響が加速する可能性もあるので、それを取り除くためと見られている。(和解への動きは9月11日より何ヶ月か前から始まっていた)(関連記事

 だがもともとこの裁判は、巨大になりすぎたマイクロソフトは、同業他社に嫌がらせを行うなど、コンピューター業界の健全な発展を阻害しているとみられたために始まったものだ。今になって裁判をやめてしまうことが業界にとってプラスになるという説明はおかしいと批判されている。ここでも、アメリカ経済の神髄だった「自由主義」が、米政府自らの手で破壊されつつある。

 この裁判には、連邦政府(司法省)以外にアメリカの18の州政府も原告として名を連ねているが、これらの州政府は、連邦政府の和解に承伏せず、和解を拒否している。連邦政府だけが先に和解したのは、去年の大統領選挙でブッシュ陣営がマイクロソフトから巨額の献金を受けたからだ、と指摘した記事も出ている。(関連記事



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