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活気あふれる中国(1)賑わう消費

2000年12月4日   田中 宇

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「中国の経済発展を感じたければ、ジャラフを見に行くといいですよ」。11月下旬から約10日間、中国の上海、寧波、北京を旅行した際、そんな勧めを何回か受けた。ジャラフとは、世界第2位の売り上げ規模を持つフランスのスーパーマーケットチェーン「カルフール」のことで、中国の沿海部各都市に出店している。

 カルフールを上海読みで漢字にすると「家楽福」で、それを北京語(中国の標準語)で読むと「ジャラフ」になるのだと聞いた。良い当て字を考えたものだ。カルフールは日本でも、千葉の幕張や、大阪の関西新空港近くの「りんくうタウン」への出店を計画中と報じられている。日本で大手小売店が次々と経営難に陥っているのとは対照的な積極経営である。

(これを書いた後で台湾に行ってみると、台湾にもあちこちに「家楽福」があった。中国より台湾の方が先に出店したようなので、上海語ではなく台湾語の読みで「カルフール」を「家楽福」と当てた可能性の方が強い。いずれ機会があったらカルフール社に確認します)

 上海から南へバスで4時間ほど行った浙江省の港湾都市である寧波市で、日中合弁で毛布を作っている会社の総経理(社長)をしている岩間孝雄さんが、寧波の繁華街にあるジャラフに連れて行ってくださった。

(岩間さんは「萬晩報」「台湾で最も愛される日本人−八田與一(続編)」という記事を書いている)

 寧波(ニンポー)は市街地人口が100万人程度の、やや大きな地方都市だ。(周辺の市町村を入れた大寧波圏は530万人) 古代、日本から遣唐使の船が発着した港で、その後も清朝末期に英米仏など列強が租界を作った上海に取って代わられるまでは、寧波は揚子江下流地域で最大級の港湾都市だった。

 市内中心部をゆったりと川が流れ、歩いてみた感じでは日本の広島市を思わせる感じの規模の町だ。中心部には高層ビルが並び、広島に引けをとらない賑わいを見せている。

▼コメは10キロ260円

 寧波のジャラフは、東京の大きなデパートのワンフロアぐらいの広さが全部スーパーになっていて、テレビやウォークマンなどから日用品、食品に至るまで、あらゆるものがそろっている。

 私たちが訪れたのは平日の午後6時ごろで、けっこうたくさんの客がいたのだが、その時間帯は多くの人々が食事をしているときなので、むしろ夕食後の午後8時ぐらいになると、もっと混んでくるという(夜10時まで営業)。週末は歩き回るのが難しいほどの混雑だそうだ。

 値段の方は、平均すると日本の4分の1か5分の1といったところだ。コメの値段などは特に安く、最も安いものは1斤(500グラム)あたり0.8元(13円)だった。10キロ260円だから、日本の10分の1ほどだ。

 一方、売り場にあった最も高いコメは「水晶米」で、1斤5元(70円)ほど(10キロで1400円)。金持ちと貧乏人が食べるコメには、少なくとも5倍の差があるということになる。また、食品の中でも牛乳は2リットルの紙パックが6-7元(100円弱)で、人々があまり牛乳を飲まないためか、中国の物価を考えるとかなり高い。

 寧波あたりの人々の月収は、大雑把に聞いた話では、最低賃金が300元(4000円)弱、飲食店の従業員などが600-800元(1万円前後)、大きな企業の従業員だと1500元(2万円)以上もらえる人もいるという。

 家賃が安いため(国有企業は社宅完備、飲食店員などは5-6人で一部屋に住んでいると聞いた)、給料の安い人々もジャラフで買い物を楽しむ余裕があるようだ。杖をついたお年寄りが、孫の手を引いて買い物に来ている姿も見られた。

▼物価が下がって豊かさを実感する人々

 中国では国内消費が拡大しているため、順調な会社だと売り上げも急増し、賃金は毎年10%前後も伸びている。上海や寧波などにはこの数年間に外資系の進出企業が増え、それが経済成長の源となっている。ここ3年ほどはインフレも止まり、逆に物価は下がっているので、多くの人々が豊かになりつつあることを実感しているように見えた。

 バーコード読み取り機が並ぶジャラフのレジは、銀行のデビットカードなどにも対応できるようになっている。プリペイドの買い物カード(商品券)もあり、社員に対してボーナス代わりに商品を配る伝統がある国有企業などが数百枚単位で買い、社員に配ると喜ばれるのだという。

 今はまだほとんどの人が現金払いのため、カード読み取り機はあまり活躍していないようだったが、寧波のジャラフはまだオープンしてから1年しか経っておらず、これまでの変化の速さから考えて、いずれカードで買い物をする人が増えるかもしれない。

 上海や寧波、北京といった沿海の諸都市の商店街には、ガラス張りのビルが立ち並び、垢抜けた家族用のレストランやブティックなどが軒を連ねる。ケンタッキーフライドチキン、マクドナルドを至るところで見かけたし、アメリカのコーヒー店のスターバックスも、それこそ雨後のタケノコのように次々と作られ、異様な増殖の速さを見せている。

(中国では新しくオープンした店が人気を呼ぶと、間もなく他人にまねをされ、似たような店を作られてしまう。スターバックスの出店速度からは、類似店が出現する前に中国市場を席巻してしまおうとする意図が感じられる)

 上海には各地にコンビニエンスストアのローソンがあり、菓子パンからストッキングまで、日本と同じような商品を日本の4−5分の1の値段で売っていた。店内の雰囲気がまるで日本の店と同じなので驚いた。

▼世界的先進都市になりつつある上海

 レストランの店内も衛生的、接客態度も丁寧で、店員は笑顔で客に接している。本物の社会主義だった数年前までの中国は、店員が横柄で、古くて不衛生な感じの店が多かったが、それはもう過去の話になっている。大きな飲食店の多くは台湾の飲食店と似たモダンな雰囲気を持っている。全体的にみて、特に上海は東京や欧米の大都市と肩を並べる「先進都市」になりつつある。

 とはいえ街を歩けば、まだ中国らしい側面もある。古い住宅街もけっこう残っている。タクシーに乗って降りるときに運転手から「お気をつけて」と声をかけられ、中国も変わったなと感じたが、その街の地理に詳しくないと分かると回り道をされ、普通なら14元で行けるところを18元とられたりした(ぼられるのはいつも2−3割だった)。

「回り道しましたね」と指摘すると、運転手はいろいろ言い訳しつつも、降りるときお金を受け取った後で「ごめんね」と言ったりする。小悪党が多いのである。(ある中国人は「中国人は頭がいいんだが、それを悪い方にだけ使う奴が多いから問題なんだ」と言っていた)

 しかし運転手稼業も楽ではない。タクシー車内は運転席の周りに鉄格子や強化プラスチックの「壁」をめぐらし、運転手が車上強盗の被害に遭わないようにしている。襲われることが多いのだろう。

 また、行きずりの警察官から「曲がるときにウインカーを出すのが遅れた」「追い越し禁止車線を少しはみ出した」などとイチャモンをつけられ、50-100元程度の罰金を取られたりする。警察官には取り締まりのノルマがあり、年末(旧正月前)にはその達成のため、どんどん反則キップを切る警官が多いのだという。

▼再就職が難しい失業者

 経済に活気があるとはいえ、すべての人々が豊かになっているわけではない。 独立採算を迫られている国有企業には、かなりの数の余剰人員がおり、彼らのうち再就職できない人々は、最低限の生活を強いられている。

 中国共産党は従来、すべての人々に職を与えるため、国有企業になるべく多くの人員を抱えさせる政策をとっていた(日本では民営化する前の国鉄などが同じ機能を果たしていた)。ところが今の中国は、社会主義経済を完全に捨て、資本主義化の道を全速力でたどっている。国有企業に対する国からの補助金は急減し、日本や欧米の企業と同様、自力で利益を出さねばならなくなっている。

 多くの国有企業は、従来の従業員数の半分か、それ以下でも十分に操業できる。余剰人員とされた残りの人々は「下崗」(シアカン)と呼ばれる自宅待機の社内失業者となり、最低の賃金だけを会社から受け取りながら次の仕事を探しているが、40歳代以上の人々には、なかなか仕事がない。この世代は青少年時代が文化大革命(1965-76年)の大混乱期で、学校が機能していなかったため、まともな教育を受けていない人が多く、再就職が特に難しい。

 今はまだ社員としての待遇を受けている下崗の人々だが、今後1-3年ぐらいのうちに、沿海部の国有企業は、国からの補助を受けない完全な民間企業になることを政府から求められている。下崗の人々は会社とのつながりを切られ、本物の失業者になろうとしている。

 こうした人々は全国に何千万人かおり、いっぺんに失業させると政府と共産党に対する反発が強まってしまうため、切り離しは慎重に進められているが、下崗の人々の生活状況は日に日に悪くなっている。

▼頑張って働く出稼ぎの人々

 中国ではまた、沿海部と内陸部の収入格差も大きい。寧波の人が内陸部の農村に出張に出かけてある家に泊まった時、家の女の子に世話をしてもらったお礼に100元(1400円)のお札を1枚渡したところ、親が驚いて「ぜひうちの娘を連れて帰ってください」と頼まれた、という話を聞いた。現金収入が少ない内陸部の農村では100元は大金であり、それを簡単に出せるようなお金持ちなら、うちの娘を嫁がせたいと親は思ったらしい。

 上海や寧波から内陸に入ると安徽省、江西省、湖北省などがあり、これらの地域には100元が大金である農村が無数にある。それらの村から上海、寧波、杭州などに出稼ぎにきた若者が、飲食店や工場の期間工として働いている。

 中国の農村の人々が都会に住むには、いまだに当局の許可が必要だ。都会生まれの人は、解雇されても別の会社を探せばいいが、農村から出てきた人は解雇されたら都会に住む許可を失って農村に戻らねばなない。そのため彼らは低賃金でも頑張って働き、都会生まれの人がやりたがらない「汚れ仕事」でもこなすので、雇用主から好まれている。

 中国の内陸部は、沿岸部のような高度経済成長が起きていない。上海のある中国人ビジネスマンは最近、数年ぶりに西安市を訪れ、上海の変容ぶりに比べ、西安の街並みが変わっていないので驚いたと言っていた。

 また、若い女性なら最も実入りの良い仕事は「カラオケ小姐」であるという話も聞いた。小姐(しゃおちえ)はお嬢さんという意味だ。彼女たちはカラオケバーにいるホステスさんで、多くは農村から出てきている。男性客の買春に応じる人も多く、それが昂じてお金持ちの愛人になる人もけっこういる。

 ときには自分の妻に売春させたり、お金持ちの愛人になることを勧める夫もいると聞いた(夫婦関係がドライなのか)。愛人になると週2回ぐらいパトロンの男性と泊まって毎月1万元(14万円)ぐらいの収入になるそうだ。中国の水準では大金持ちである。駐在員など日本人や台湾人の中にも愛人を作る人がおり、関係がこじれて大騒ぎになったり、警察に捕まって日本総領事館の人に救い出してもらう日本人ビジネスマンもときどきいるという。

(続く) >



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