どうなる?米大統領選挙の後始末2000年11月13日 田中 宇米大統領選挙の投票が実施された11月7日の夜、アメリカのボストンに住んでいる私は、近くの大学の学生食堂に行き、大きなテレビスクリーンでCNNの開票番組を立ち見しながら学生や研究者たちが一喜一憂するというイベントに参加した。 それからすでに5日がたち、学生食堂では食事したり歓談したり勉強したりする従前の光景が戻っているが、テレビスクリーンはいまだにつけ放しで、一晩で終わる予定だった投票日のイベントがまだ続いていることを感じさせる。 報道テレビ各局は「ゴア255、ブッシュ246。当選には270以上が必要」という開票番組用のスコアボードを右下に出したままだ。大接戦のマラソン大会をビデオで見ていて、トップの選手たちがゴールのスタジアムに入ってきた後に、ビデオが故障してコマ送りのスローモーションになってしまった感じだ。 ▼ちょうどバランスした両陣営 選挙結果がはっきりしないのは、ブッシュとゴアの得票数が近すぎるためだ。選挙区ごとにみると、マサチューセッツからワシントンDCにかけての北東部の都市圏と、西海岸の大都市圏、伝統的に民主党支持である黒人が多いミシシッピ川沿いなどはゴアの支持者が6割以上を占めている。 半面、その他の農村部などでは、保守的な人々が多いためかブッシュ支持が6割以上だった選挙区が多い。こうした地域ごとの違いが、全国的にみるとちょうどバランスしてしまった。 それでもほとんどの州で僅差でもどちらかの候補が勝者に決まる中、最後まで残ったのがフロリダ州である。フロリダ州で勝った候補が来年1月から大統領になることは確定したのだが、投票から5日たってもフロリダの勝者が決まらずにいる。 アメリカの大統領選挙は「選挙人制度」という、やや複雑な仕組みになっている。投票用紙には多くの場合(用紙自体も選挙区によって異なる)、正副大統領候補者の名前と政党名が書かれており、その中から択一する。ここまでは世界各地の直接選挙と同じスタイルだが、アメリカはその後の手続きが特殊である。 普通の直接選挙なら、各州での得票数を合計して最も多かった候補が大統領に選ばれる。だがアメリカでは、州内で最も得票数が多かった政党が、その州を代表する「選挙人」全員を任命する。選挙人は全米で538人で、人口比に近い形で各州に割り当てられている。 アメリカは「合州国(United States)」なので、各州の代表者が連邦政府の大統領を決める伝統があり、選挙は州ごとの勝負だ。だから最後に残ったフロリダの州としての勝敗が重要になっている。 ▼訴訟合戦となったフロリダ フロリダでは、投票日の開票結果はブッシュがゴアを1700票あまり上回ったが、この差は投票総数(600万弱)の0・03%しかなかった。フロリダ州では得票数の差が0・5%未満だった場合、開票時の少しの手違いなどが選挙結果を変えた可能性が大きくなるため、票を数え直すことが定められている。 そこで、フロリダ州の各選挙区の選挙管理委員会が、投票日2日後に票を数え直したところ、2人の差は200票あまりにまで縮まった。人口2億5000万人?のアメリカの大統領が、わずか200票差で決まりかねない事態となった。しかもその過程で、いくつもの問題が浮上してきた。 一つは、フロリダのパームビーチという選挙区で、投票用紙が混同を招きやすいデザインだったため、ゴアに入るはずの票が無効とされたり、ブキャナン候補(改革党)の票として数えられてしまった、という主張がゴアの支持者などから出てきたことだ。(地方自治の国アメリカでは、投票用紙のデザインも選挙区ごとに地元の各党代表や住民が論議して決めている) 過去の投票動向から考えても、ブキャナン本人に入った約3400票の大半は、本来ゴアに入るものであった可能性が大きい(「A note on the voting irregularities in Palm Beach, Florida.」を参照)。ブキャナン本人もそれを認めている。そのためゴアの支持者は、裁判所がパームビーチでの再投票を命じるよう求めて提訴した。 パームビーチを含む各選挙区の投票用紙は一般に、候補者一覧の横に丸印が並んでいて、自分が支持する候補者の横の丸印にペンのような先のとがったもので穴を開けて投票する仕組みになっている。穴を機械で読み取るのが普通の開票作業であるが、穴がぽっかりと開いていない場合、機械が白票と間違う可能性がある。 そのため、大接戦となっているフロリダのいくつかの選挙区では、手作業で数え直すよう求める声が上がっている。それが実現するとゴアが逆転勝ちする可能性が大きいため、ブッシュ陣営は手作業での数え直しを差し止めるよう裁判所に提訴し、訴訟合戦になっている。 ▼不安定になる大統領の正当性 大統領選挙の次のステップは、12月18日の「全米の選挙人による大統領選出」である(全米の選挙人が一同に会するのではなく、投票用紙の郵送で行われる)。もしそれまでにフロリダ州の勝敗が決まらないとどうなるか。選挙人を選出できた州だけで大統領を選ぶことになる可能性が大きく、そうなるとゴアの勝ちになるが、フロリダ州の民意が大統領選挙に全く反映されないのも問題で、この件でも論争や訴訟合戦になるかもしれない。 フロリダの有権者の特徴として、キューバから亡命してきた人々と、黒人が多いということがある。亡命キューバ人は社会主義国から逃げてきただけに、反共産主義を掲げてきた共和党(ブッシュ)を支持する半面、黒人はリベラルな民主党(ゴア)を支援する傾向が強い。このほか、同じ民主党支持ながら、黒人とは嫌悪しあう傾向が強いユダヤ人コミュニティもある。 フロリダ州では3年前に行われたマイアミ市長選挙で、不在者投票の制度を使った大掛かりな不正が摘発され、市長が辞任した過去がある。今回も激しい選挙戦が行われたフロリダでは、数100票規模の不正が行われた可能性は十分にありえる。今後、通常なら選挙結果に関係ない小さな不正が一つ摘発されただけで、大統領が辞任しなければならない事態になるかもしれない。 最終的にどちらが大統領になるにせよ、負けた方の支持者は結果に納得することができなくなっているのが現状と思われる。だが双方が、制度の欠陥や疑惑をすべて法廷に持ち込んで白黒つけようとすれば泥仕合になり、それはフロリダ以外にも波及していくだろう。 ▼アメリカ民主主義の正念場 アメリカは今、世界に民主主義を広めようとしている。アメリカから民主主義を押し付けられて怒っている勢力が各国にいる。そんな中で、自分たちの選挙制度の欠陥をアメリカの政治エリート自らがほじくり返したら、アメリカが世界に民主主義を布教する正統性が問われることにもなりかねない。 つい先日、ユーゴスラビアの選挙で負けたミロシェビッチ前大統領は、負ける直前まで「僅差だったので決選投票が必要だ」と言っていた。「ミロシェビッチ陣営は選挙不正をしたから実際は僅差ではない」としてアメリカが圧力をかけた結果、政権が交代したのだが、今やアメリカ自身が「不正の疑いがある僅差の選挙」を抱えて立ち往生している。ユーゴの選挙が米大統領選挙の後で行われていたら、結果は違ったかもしれない。 不正選挙の疑いで辞任の瀬戸際に立たされているペルーのフジモリ大統領などは、アメリカの選挙を見て新たな生き残り策を考えついたかもしれない。 ロシア議会の旧共産党系の議員たちは米大統領選挙の前、「アメリカに選挙監視団を送るべきだ」という議案を提出した。反対者が多く、議案は可決されなかったが、これを知ったアメリカのタカ派新聞ウォールストリート・ジャーナルは11月1日に「自分たちで民主主義ができないくせに、偉そうなことを言うな」といった筆致で、ロシアを非難する社説を掲載した。だがロシアから見れば、今やアメリカ自身が偉そうなことを言いにくい状況に陥りつつある。 アメリカの政治エリートたちが泥仕合のマイナスを悟っているとしたら、今後ありえる解決方法は、交渉による取り引きである。たとえばブッシュのフロリダでの勝利と大統領就任をゴア陣営が認める代わりに、民主党からも新政権に閣僚を送り込ませてもらうとか、いくつかの政策で共和党が譲歩するといった可能性がある。アメリカが2大政党制は、2つの当事者が交渉し、双方が納得すれば問題が解決する便利さがある。こうした政治取り引きは、アメリカではめずらしいことではない。 だが、それは見方を変えれば「談合」である。アメリカでは、2大政党の両方に対して「民意の反映よりも党勢力の拡大を第一に考える政治マシンになっている」という不信感を持ち、どちらも支持できないという無党派層が増えている。 得票がほぼ同数になった一因は、無党派層をターゲットに両候補が玉虫色の選挙戦を展開したことにもあるのだが、その結果を乗り越えるための「談合」のやり方いかんでは、国民の2大政党に対する不信感がさらに強まるかもしれない。こうした矛盾を乗り越える解決策を出せるか、全世界がアメリカに注目している。
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