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集団自殺か殺害か:ウガンダ終末教団事件

2000年3月27日   田中 宇

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 アフリカ東部のウガンダは、標高1000メートル前後のなだらかな山々が連なる高原の国だ。そのウガンダの南西部の山々に抱かれるように「神の十戒の復活を求める運動」(Movement for the Restoration of the Ten Commandments of God)という新興宗教集団の本部の、質素な建物群がある。

 この教団は1989年ごろ、ウガンダ人の元カトリック神父であるジョゼフ・キブウェテレ(Joseph Kibwetere)によって作られた。彼は、キリストと聖母マリアから啓示を受けたと主張しており、そのことをめぐってカトリック教会と仲たがいして破門され、十戒教団を作った。

 彼は、聖母マリアから「1999年末に大災害が起きて人類の大半が死滅し、その後に新しい苦しみのない世界が始まる」というメッセージを聞いた、と人々に説いて回った。ウガンダ国民の大半(60%)はキリスト教徒であり、モーゼの十戒や聖母マリアの名前が出てくる彼の説教に、理解を示す人がけっこういた。教団は10年ほどの間に、数千人の信奉者を抱えるに至った。(1000-5000人と概算されるが、詳細な信者数は分かっていない)

▼会話を禁じられた信者たち

 ウガンダ南西部の町カヌング(Kanungu)の郊外に、教団の本部が作られた。その近隣の人々が異様に感じたのは、信者たちが一切会話をしないことだった。信者どうし、あるいは信者が周辺の村の人々に何かを伝えたいときは、手話を使った。

 人間の会話には不可避的に嘘が混じってしまうので、「嘘をついてはならない」という十戒の項目に反してしまう。それを避けるため会話をしないという説明が、教団幹部から村人たちに対してなされていた。

 信者たちが発する声は、祈りと聖歌だけだった。彼らは大きな声で祈りを唱え、周辺の村人たちに奇異な感じを抱かせたが、それ以外の点では、信者たちは礼儀正しく、もの静かな集団であった。

 信者の生活には厳格な戒律があった。入信の際は、すべての財産を教団に寄付しなければならなかったし、その後は「この世の終わりが近づいている」という理由で、子どもを産むことを禁止され、男女間の性関係は夫婦であっても禁じられていた。

 労働が奨励され、教団の敷地内には、サトウキビやパイナップル、ハーブなどの農園、養鶏場、パン工場などが併設され、作ったものを近隣の地域に販売して収益を上げていた。

▼独裁政治、エイズ、洪水・・・つのる終末観

 ウガンダではここ数年、いくつもの新興宗教が生まれ、当局は懸念を感じていた。ウガンダでは1970年代、アミン大統領の独裁政治によって30万人以上の反政府派の人々が殺害され、経済は破綻した。その後もクーデターが何回も起き、人々は政治に対する希望を失った。

 加えて、数年前からはエイズが蔓延し、成人の1割前後が感染する事態となった。昨年からはアフリカ各地で干ばつや大水害が続いた。ウガンダを含むアフリカの多くの国々で、人々の苦しみは増し、生きる希望を持ちにくくなっている。そんな中で、従来のキリスト教会や政府など、既存の権威・権力を強烈に批判し、独自の精神世界論を展開する宗教者があちこちで登場した。

 ウガンダでは、北部に「神の抵抗軍」(Lord's Resistance Army)という、キリスト教系の武装した教団が結成され、小さな子どもたちを誘拐して集団生活をさせ、「神の戦士」に育て上げることを続けたため、昨年、政府軍が取り締まりに入った。西部では、イスラム教をベースとした反政府勢力も結成されている。

 その一方で、この世の終わりが近いと感じる人々に「天国の良い場所を予約分譲する」と勧誘したり、「エイズを治してあげるから寄付をせよ」と持ちかける宗教家も登場し、詐欺容疑で検挙されたりしている。

 こうした多様な新しい宗教団体の中では、「十戒」教団は穏健な方で、宗教法人として政府の認可も受けていた。

▼「ノアの箱舟」として建てられた新教会

 近隣の村人たちが、わずかな異変を感じ出したのは、今年に入ってからだった。1999年大晦日に人類の大部分が死ぬという教祖の預言は当たらなかった。そのため信者の中から、預言の信憑性に疑問を持ち、脱退を求める人が出てきた。入信の際に寄付した財産を返還するよう、求める声もあがった。

 教祖は「人類の大惨事は、昨年の大晦日ではなく、今年中に起きる」という、新たな預言を発表した。そして、その「裁きの日」に備えるため、新しい教会の建設を始めた。新教会の建物は、大惨事の時に「ノアの箱舟」として機能する、と説明された。神様が悪い人々を抹殺するために引き起こす大洪水の中で、教会の建物は良い人々が生き残るための救命船となる、というわけだった。

 新教会は3月18日に完成式典を行うことになっており、その日に合わせ、全国から信者が呼び集められた。信者は「裁きの日が近い」という教祖のメッセージを聞き、家族を引き連れ、500人以上が教団本部に集まった。周辺の村人や当局に対しては「新教会が完成する祭典がある」と説明がなされ、18日の式典には、政府関係者も招待されていた。

 大惨事は祭典の前日、3月17日に起きた。この日の朝、教祖が教団敷地内の丘の上に信者たちを集めて説教を行った。その後、信者たちは全員が新築の教会に入ったが、その直後に大爆発が起こり、教会の中にいた全員が焼死してしまった。

 亡くなった人は、遺体として確認された数が330人だが、遺体が見分けられないほど炭化してしまった人も多く、死者の総数は500人前後ではないかとみられている。

 新興宗教の集団自殺では1978年、アメリカ人の教祖を中心とする教団「人民寺院」の914人が、南米の国ガイアナで、毒入りジュースを皆で飲んで集団自殺した事件が、近代史上最大の死者を出したが、今回の死者数はそれに次ぐものだった。

▼次々と見つかる死体

 当初は集団自殺と思われていた今回の事件は、発生から数日たつうちに、自殺ではなく、信者は教祖にだまされて死に追いやられた可能性が出てきた。

 教祖が事件直前のこの朝、どんな説教をしたか、信者全員が死んでいるので、明らかではないが、その後の信者たちの行動から考えて、「いよいよ裁きの日が来た。今から新教会に入って、人類を襲う大惨事が過ぎるのを待つ」という趣旨の説教をした可能性が高い。

 信者たちは教団幹部に指示されるままに、教会の建物の窓やドアに板を張り、外から太いクギを打って出入りできないようにした。大惨事が教会内部に入ってくるのを防ぐつもりだったのだろう。

 教会の内部や周囲には数カ所に、大小のガソリンタンクが置かれていた。これは数日前「新しい自家発電機を買うので燃料が必要だ」という名目で、教団幹部が近くの村の店で買ったものだった。信者は自殺するためではなく、外で起きると預言された大惨事から逃れるため教会に入ったが、全員が入った後、ガソリンに火がつけられた。

 人々が入った一カ所の入り口だけは、外からクギ打ちされていなかったが、その扉へ続く廊下の壁は、最初の爆破とともに崩れ落ち、外に出られないように仕掛けられていた。

 事件の後、当局が調べたところ、教団内にある教祖の住居の屋外トイレの穴の中から、6人の男性の遺体が発見された。爆破事件の1週間ほど前に殺され、身元が分からないように自動車のバッテリーの硫酸で遺体の顔を焼かれた上、トイレの穴に投げ込まれ、上からコンクリートを流し込み、見つかりにくいように処置されていた。捜査当局は、事前に集団殺害の計画を知った信者の一部が教祖に詰め寄り、逆に殺されてしまったとみている。

 また、教団の本部から50キロほど離れた別の礼拝施設では、掘っ建ての建物の土の床の下に、153人の遺体が埋められている見つかった。刃物で切られたり、首をしめられて殺された後、埋められていた。教祖の昨年末の預言が当たらなかったため、教団内では1月以降、教祖を批判する信者が増えており、その対立の中で殺された人々ではないかとみられている。

▼教祖だけ逃げた?

 教祖自身は当初、信者とともに死んだと思われていたが、その後、遺体が確認されたのは3人の教団幹部のうち1人だけで、残りの2人は爆破直前に教団本部から逃げ出した可能性が出てきた。カバンを持ってバス亭に向かう教祖を見たという証言があるためだ。とはいえ、焼死した人の多くが、遺体として判別できない状態にまで焼かれてしまっている。証言は正しくなく、教祖も死んでいる可能性もある。

 教祖が生き延びたとしたら、教団として集めた財産を持って逃げた可能性が高いと報じられている。教団には、信者が入信時に寄付した財産のほか、畑で採れた農産物などを売却した資金もあったはずだ。新教会竣工の祭典は、全国の信者を呼び集めるためのカモフラージュだった、との見方もある。

 教祖は、自分に対して批判が高まったため、反対派を殺害し、その他の信者も集団自殺に見せかけて殺し、自分だけ逃げたのではないかとみて、ウガンダ当局は調べている。信者に会話を禁じたのは、教団の内部事情について信者どうしが情報交換することを防ぐ目的があった可能性もある。

 事件の後、遺族たちがウガンダ各地から現場に到着したが、多くは自分の親族が死者の中に含まれているかどうかも判明しないままだった。遺族や野次馬たちは、教団のハーブ園で栽培されていたローズマリーの小枝を何本か摘み取り、手に持って口にあて、現場の異臭を防いでいたという。彼ら、そしてアフリカの人々全般の苦しみは、今も解消されていない。



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