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アメリカの政治を変えるインターネット

2000年3月13日   田中 宇

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 インターネットがアメリカ大統領選挙を変え、さらにはアメリカの政治そのものを変えようとしている・・・。こう書くと、ネット界の情勢に詳しい方々は「知ってるよ。アリゾナ州の予備選挙がインターネットで投票できるようになったことでしょ」と言うだろう。

 たしかに今回のアメリカ大統領選挙では、ネット上での予備選挙投票に加え、各候補は電子メールやウェブサイトのバナー広告などを展開しており、その点で「ネットが政治を変えた」といえる。だが実は、もっと根本的な変化が起きている。

 アメリカ大統領選挙に関心がある方は、予備選挙で共和党のジョン・マケイン候補が健闘したことをご存じだろう。これまで予備選挙に投票していなかった無関心層が投票した結果、9つの州で、共和党予備選挙の投票率が史上最高になった。彼はその後惜しくも敗れたが、この「マケイン旋風」は実は、インターネットがアメリカの社会を変化させた結果なのである。

▼既存の勢力に属さない「新中道」

 アメリカでここ数十年、大きな組織力を持っているのは、キリスト教会(プロテスタント)と大企業(労働組合)だった。共和党は教会を一つの地盤とし、民主党は労組を地盤の一つとして、選挙の際の大きな支持力にしてきた。だが、ここ2ー3年で急増してきたインターネット関連産業で働く人々の多くは、大企業の労組ともキリスト教会とも、深いつながりを持っていない。

 「平等」を重んじる労組勢力は、金持ちからお金をとって貧乏人に配る累進課税のシステムを好むが、インターネットで生きる人々は違う。成功したら自分の会社の株式を市場公開して急騰させ、巨額の資産を得られる、というシステムを発展のバネにしているネット実業界の思想は、累進課税の考え方の対極にある。

 またネット社会には、旧来の秩序が自分たちの自由を不必要に大きく縛っていると考える人が多く、「地動説」や「進化論」すら「聖書の教えと違う」として認めない人がいる、アメリカのキリスト教会とも縁遠い。

 教会を基盤とする右派の共和党と、労組を基盤とする左派の民主党との、対立あるいは切磋琢磨が、従来のアメリカ政治の基本だとしたら、インターネットによって生まれた層の人々は、どちらにも属さない新しい中道勢力である。

 この「ネット新中道」に対しては、民主党も共和党も、積極的に自らの陣営に取り込もうとしてきた。特に、現副大統領で、民主党の大統領候補になったアル・ゴアは、かなり前からインターネットの普及を、政策の大きな柱として掲げていた。

 アメリカでは、この「ネット新中道」に加え、もう一つの「新中道」がある。それは中南米やアジアから続々とやってくる移民である。彼らのほとんどはプロテスタントではないので(中南米の人々はカトリック)教会勢力には入らず、大企業の労組にとっては、失業を増やし労賃を引き下げる「敵」ですらある。

 彼ら「エスニック新中道」に対しては、共和党の大統領候補となったジョージ・W・ブッシュが、積極的な取り込み策を展開してきた。彼はスペイン語が話せる上、弟(フロリダ州知事)の妻はメキシコ出身であるなど、「ラティーノ」と呼ばれる中南米系の移民勢力に支持される素地を持っているためだ。

 二つの「新中道」は数年後に、アメリカの有権者の3分の1から半分近くを占めると考えられており、彼らを上手に取り込んだ党が、今後のアメリカ政界を長く牛耳る可能性が大きい。

▼旧来通りの要求を飲ませた既存勢力

 だが、今年11月の本選挙に向けて動き出したアメリカ大統領選挙は結局、新中道を取り込む方向に動かなかった。新中道向きに政策を転換しようとする党中枢に対し、旧来の勢力である教会と労組が強く反発し、2月から始まった予備選挙の戦いの中で、候補者に対して旧来通りの要求を飲ませてしまったからである。

 4年に一度のアメリカ大統領選挙の大体のシステムは、2月から5月にかけて共和党と民主党が国内各州でそれぞれ予備選挙を実施し、両党の候補を絞る。その後、11月の一騎討ちの本選挙を経て、最終的な当選者が決まる。

 予備選挙は両党とも、2月1日に北東部のニューハンプシャー州で最初に始まり、3月の第1火曜日(今回は7日)には、人口が多いカリフォルニア、ニューヨークなどの州でいっせいに予備選挙が行われる「スーパーチューズデー」があった。ここまでの段階でゴアとブッシュが圧勝し、候補は2人に一本化された。

 今回、共和党ではブッシュとマケイン、民主党ではゴアとブラドリーが、それぞれ予備選挙の主要な対立候補であった。いずれの候補も、何らかのかたちで新中道に支持してもらうための政策を打ち出したが、新中道、特にネット新中道の支持を圧倒的に多く集めたのは、マケインであった。

 マケインの対立候補であったブッシュも、以前は保守が強い共和党の中に革新的な部分を取り込もうとする姿勢を強調していた。だが、ニューハンプシャーの予備選挙でマケインに負け、それを挽回するため、教会勢力に団結して支持してもらわざるを得なくなり、急速に立場を右傾化させた。その結果、スーパーチューズデーではマケインを破ることができたが、その代わり、共和党の守旧派に借りを作り、縛られてしまった。

▼ニューハンプシャー有権者の5%と握手した

 マケインは63歳で、これまで大統領選挙に立候補した人々の中で最高齢の部類に属する。彼はベトナム戦争でアメリカのヒーローとなり、その後、上院議員となった。ストレートな発言で知られていたが、今回の予備選挙が始まるまでは、元大統領の息子であるブッシュに比べれば、はるかに無名な存在だった。

 しかも彼は、以前からインターネット界のヒーローだったわけではない。1997年には、インターネット産業界の「夢」の源泉となっているストックオプションに対する課税強化を提案しており、むしろネットの敵であった。 (ストックオプションは、従業員に自社株を買う権利をわたし、自社株が上昇するほど儲かるようにすることで、従業員のやる気を引き出すとともに、人件費を節約する方法)

 そんな彼がネット新中道の心をつかんだのは、不透明な選挙資金が政治を左右する最近アメリカ政界の状態を、他の候補よりずっと明確に批判したからであった。そして、その際の戦略が、独創的だった。

 マケインはまず、大統領選挙にとってニューハンプシャー州の予備選挙が非常に重要である点に注目した。ニューハンプシャーは歴史的な経緯から、必ず最初に予備選挙が行われるが、ここで勝つと、それまで無名だった候補も注目を浴び、その後は急速に支持者が増え、選挙資金も集まってくる。

 その勢いをテコに、約1ヵ月後のスーパーチューズデーでも勝てれば、党の統一候補となれる。特に共和党から出馬した歴代の大統領は、ほぼ全員がニューハンプシャーで勝っている。

 昨年の初めから、マケインはニューハンプシャー州内で積極的な遊説を始めた。ブッシュのように党の本流にいないマケインには、選挙資金が十分になかったが、ニューハンプシャーは人口が110万人しかいない小さな州なので、少ない資金でも、効果的な遊説ができた。マケインは一年間に、州の有権者の5%以上と握手を交わしたという。

 この布石が功を奏し、ニューハンプシャーの共和党予備選挙で、マケインはブッシュより18%も多く得票し、全米を驚かせた。

▼マスコミに「開かれた政治家」と見せる

 もう一つ、彼のブレーンが考案したのは、マスコミを積極的に使うことだった。アメリカの大統領選挙では、テレビ広告を多く打つことが重要だが、マケインは予算不足で十分に広告を打てない。そのマイナスを乗り越えるため、彼は何台かのバスをチャーターし、そこに十数人の記者を招待し、選挙運動の全容を見せた。

 同行記者団にバスを用意するのは、アメリカの選挙では珍しくないが、マケインが特別だったのは、同行記者があらゆる内部会議を傍聴できるようにしたことだ。またマケインは、毎日時間がある限り、何時間でも記者の質問に応じた。

 記者はマケインを「開かれた政治家」と見るようになり、「選挙資金源の言いなりになる密室談議の政治家とは違う」という論調の記事が書かれた。マケインの参謀によると、こうした好印象の記事は、何万ドルものテレビ広告に負けない効果をもたらした。

 このマスコミ戦術は、他の候補もあわてて取り入れるようになり、ブッシュもゴアも、質問に何時間も答えるスタイルの記者会見を行うようになった。

▼巻き返してみたら保守化していた

 「ニューハンプシャーで勝てないと大統領になれない」というジンクスがあるだけに、その前後からのブッシュ陣営の巻き返しは激しかった。ブッシュはまず、元大統領の御曹子というおとなしいイメージを打ち破るため、遊説先に上着なしのワイシャツで快活に登場するといった戦略に出た。

 また2月1日には、原理主義的なプロテスタント運動の拠点である「ボブ・ジョーンズ大学」(サウスカロライナ州)での講演会を敢行した。この大学で講演することは、共和党から出馬する大統領候補がプロテスタント右派の教会勢力との良い関係を結ぶための、踏み絵のようなものだ。

 プロテスタント原理主義は反カトリックの姿勢が強く、カトリックが多い中南米系移民の支持を維持するには、ブッシュはこの大学で講演すべきではなかったが、そんなことを言っている余裕はなくなっていた。

 スーパーチューズデーが終わった後、結局見えてきたのは、旧来の勢力によって、新中道がないがしろにされる状況だった。民主党の側でも、ゴア候補は、昨年後半から労働組合への擦り寄りを強めている。

▼王朝化するアメリカの政治

 しかもブッシュもゴアも、歴代政治家を輩出してきた「政治一族」の出身である。ブッシュ家は、遠い親戚や祖先を入れると、これまでに15人の大統領を出している。ゴアも、父親は長いこと上院議員をつとめており、息子のアル・ゴアが生まれた時は、地元テネシー州の新聞が一面に記事を出したほどの実力者であった。

 アメリカでは以前から「政治王朝」の力が強く、ケネディやルーズベルト、ロックフェラーといった一族が有名だ。父子がともに大統領に就任した例も、これまでに何回もある。だが、昨今のアメリカの政治は「王朝化」が以前より強くなっているふしがある。

 今回のアメリカの大統領選挙は史上初めて、二大政党の候補者が、両方とも政治一族の出身者となった。予備選で破れたマケインは戦争ヒーロー、ブラドリーはバスケットボール選手の名声を利用して政界に入った「王朝外」の人物であり、どちらかが勝てば、「王朝」対「部外挑戦者」という興味深い構図となったのだが、現実はそうならなかった。

 最近登場した「王朝系」以外の大統領として傑出していたのは、レーガンとクリントンだが、クリントン家はすでに、妻ヒラリーの上院議員への進出という形で、王朝化に向かっている。

 政治の王朝化は、それ自体が悪いとは言い切れないが、今回の大統領選挙のように、王朝系以外の候補者が出てこないとなると、外から斬新なリーダーが登場する可能性が低くなり、政治の活力が失われる。有権者も政治への関心を失う。世界の「自由化」の最先鋒であるアメリカの政治が王朝化してしまっては、国際的にも良い影響を与えないだろう。

 とはいえスーパーチューズデーの敗北後、マケイン候補は、自らの政策を実現するための、何らかの新たな作戦を考えていることを示唆した。選挙はまだ終わりではない。「永遠に変わり続ける国」アメリカの底力に期待したい。



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