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ダイヤモンドが煽るアフリカの殺戮

2000年2月3日   田中 宇

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 アメリカで係争中の、マイクロソフトが独占禁止法に違反しているかどうかを問う裁判は、市場の環境変化が非常に速いコンピューター業界に、独占企業に関する従来の概念がそのまま当てはまるかどうか、という疑問を投げかけている。

 そのマイクロソフトのビル・ゲイツ会長は、先日スイスのリゾート地ダボスで開かれた「世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)」(世界の著名な政治家、財界人、学者などが集まり、世界の現状と今後について話し合う)に参加し、自説を展開したが、会場にはもう一人、市場の独占問題について、独自の説を展開する人物がいた。

 世界の宝石用ダイヤモンド原石の取引の7割を独占する南アフリカの会社「デビアス」の、ニッキー・オッペンハイマー会長(Nicky Oppenheimer)である。オッペンハイマー家は、祖父の代からデビアス社を経営してきた一族だ。

 ビルゲイツ会長は、自説を声高に展開し、マイクロソフトの分割を迫るアメリカ司法省に正面から戦いを挑んだが、オッペンハイマー会長の戦略は対照的だ。彼は、ダボス会議に参加したアメリカ司法省の高官と会い「デビアスがその気になれば、アフリカの内戦は終結し、貧しい人々の暮らしも良くなる」と静かに説得した。

▼デビアスはアメリカでは犯罪者

 オッペンハイマー会長をはじめとするデビアス社の幹部は、アメリカでは犯罪者である。アメリカ司法省は1994年、デビアスとゼネラルエレクトリック(GE)社が工業用ダイヤモンドの価格を不当に高く維持しているとして、告発した。

 その後、裁判所はGEを無罪としたが、デビアスは有罪となった。デビアスはアメリカでの直販ができなくなり、幹部はアメリカに入国した時点で逮捕される可能性がある。アメリカはデビアスにとって、世界最大のダイヤモンド市場だが、すべて他の業者を通じた間接販売である。

 デビアスの事業は、もともと「独占」が前提だ。数十年前まで、デビアスは世界のダイヤモンド取引を、ほぼ100%独占していた。

 ダイヤモンド業界は、取引する人々の信頼関係を重視する世界で、売買の際に契約書を交わさないことが多い。顔見知りの間で取引がなされ、安売り作戦で市場参入してくる部外者を拒否していた。価格破壊を画策した人は今でも、デビアスが統括するロンドンの「中央販売機構」(CSO)によって取引停止処分にされ、追放される。

 まさに、アメリカ司法省が目の敵にする「カルテル」そのものだが、この独占システムが、ダイヤモンドの価格を維持し、資産としての「永遠の輝き」を保ってきた。オッペンハイマー会長は、フィナンシャルタイムスのインタビューで「ダイヤモンドの高価さは、物質としての価値からくるのではなく、人々の心理的な満足感に支えられている」として、特殊な商品なので独占禁止法の適用外だと主張している。

▼ロシアの武器在庫と交換されたダイヤモンド

 とはいえ、ここ30年、デビアスの独占は、少しずつ崩されてきた。ダイヤモンド鉱山が見つかったオーストラリアや、社会主義のソ連、国を挙げてダイヤモンド産業を振興したイスラエルなど、デビアスのカルテルを通さない勢力が出てきたためだ。(ダイヤモンド産業は伝統的にユダヤ人が手がけてきた。デビアスもユダヤ系資本だが、イスラエルの振興策はデビアスの利益と対立することになった)

 1990年に冷戦が終わってからは、それが加速した。特に、世界のダイヤモンドの75%を産出するアフリカの各地で内戦が続き、流通が乱れていることが原因となった。アフリカは冷戦時、アメリカとソ連が、自らの陣営の国を増やそうと張り合い、それが一種の秩序を生み出していた。

 ここ10年間はそれがなくなり、一つの国の中の異なる民族間や隣国間の対立を止める力が失われ、紛争が広がった。だが、原因はそれだけではない。コンゴ、アンゴラ、シエラレオネなど、ダイヤモンドの産地での内戦は、ダイヤモンドそのものが、紛争を広げる原因となっている。

 アフリカ西海岸にあるシエラレオネの場合、内戦は1991年から始まった。反政府軍「革命統一戦線(RUF)」は、ダイヤモンド鉱山の一帯を占領し、ダイヤモンドを売って武器を調達した。買い付けには、ロシアやウクライナのビジネスマンらが絡み、ソ連時代に製造され、過剰在庫となっていたロシアの武器が反政府軍のもとに流入した。隣国のリベリア大統領一族も、このダイヤモンド取引に加わっていたと報じられている。

 これに対してシエラレオネ政府は、1995年に南アフリカの傭兵運営会社(企業として運営されている軍隊)「エグゼクティブ・アウトカムズ」(Executive Outcomes)を雇い入れ、同社の南アフリカ軍元将校たちに軍を建て直してもらい、ダイヤモンド鉱山地域を奪還した。傭兵への報酬は、ダイヤモンドの採掘権などであった。

 シエラレオネから輸出されるダイヤモンドのほとんどは、密輸状態である。シエラレオネから、世界のダイヤモンド流通の中心地であるベルギーへの輸出は、ベルギー側の1998年の統計では、年間で77万カラットだったが、シエラレオネ側の統計では、8500カラットしか輸出したことになっていない。残りの大半は密輸出され、政府と反政府勢力の両方の、武器調達に使われたと考えられる。

▼世界のダイヤの1割以上が非合法品

 一方、赤道直下のコンゴ民主共和国の東部では、コンゴ領内から自国に攻めてきそうなゲリラ軍と戦うためという理由で、隣のルワンダとウガンダから、それぞれ軍が侵入し、駐屯しているが、彼らの本当の任務は、コンゴで採れるダイヤモンドや金などを持ち出すことだと報じられている。

 コンゴ東部の主要都市キサンガニの空港からは、ルワンダとウガンダの首都の空港に向け、毎日貨物便が飛び立っているが、その積荷は、そのままヨーロッパ方面に売られていくという。昨年は、「商品」の運搬に不可欠な飛行場の運営権をめぐり、ルワンダ軍とウガンダ軍が交戦する場面もあった。

 これらの、金儲けを目的に戦争する人々は、戦争が続いた方が儲かるので、国連や欧米が呼びかける停戦交渉に対し、消極的だ。アフリカを平和にすることを政権の最後の外交功績にしたいクリントン大統領は、コンゴやシエラレオネの和平交渉に積極的だが、成果があがらないため、戦争当事者の資金源であるダイヤモンド流通を規制する作戦を始めた。

 アメリカ国務省の概算では、世界のダイヤモンド流通の10-15%は、アフリカの戦闘地域で非合法的に採掘されたもので、額にすると年に5000億―7000億円に達する。これを止めるため、国務省は、今後流通する世界のすべてのダイヤモンドに、原産地を書いた証明書の添付を義務づけようと考えた。

 だが、すでに書いたように、ダイヤモンドの流通は契約書すら作らない特殊な世界であり、外部者が管理することなど、ほとんど不可能だ。そのため国務省は、デビアスの力を借りることにした。昨年暮れ、国務省幹部は、ロンドンでデビアス幹部と会い、アフリカの非合法ダイヤモンドの流通を許さない体制作りへの協力を要請した。

▼ロゴを刻むイメージ戦略

 それは、ダイヤモンド流通の絶対的独占状態を取り戻したいデビアスにとって、願ってもない話だった。デビアスは、原石を加工する際、拡大鏡でないと見えないような、微細な「デビアス」のロゴをダイヤモンドの中に刻み込む方法で「正規品」を見分けられるようにすることを検討している。

 これによって、デビアスのダイヤモンドは戦争と無縁でクリーンなイメージができる半面、それ以外のダイヤモンドには、アフリカの人殺しに荷担しているというレッテルを貼ることができる。まさにデビアスの一人勝ちである。

 だが一つ、目障りなものがあった。「独占禁止法」である。そもそも微細なロゴを入れる構想も、アメリカだけでなくヨーロッパの独占禁止法にも引っかかると予測され、延期されていたものだった。デビアスはアメリカに協力する条件として「独占禁止法からの除外」を求めた。

 この条件が満たされれば、デビアスは再び、アメリカで堂々と販売ができるようにもなる。ダイヤモンドの価格が下がると、アフリカ経済に悪影響が出て、貧しい人々をいっそう苦しめるので独占が必要だ、という理屈もあった。

 独占禁止法は、国務省ではなく、司法省の管轄だった。そのため、世界の著名人でごったがえす1月末のダボス会議場の混雑にまぎれ、司法省の幹部とデビアスの上層部が会うことになった。

 とはいえ、これまでのところ、司法省の態度は硬い。すでに司法が断罪した独占状態を容認するのは、司法省として正しい態度ではないからだ。最終的に、クリントン大統領の政治判断になると思われるが、もしデビアスの条件が通ったら、結局のところ、アフリカの内戦は終わらず、デビアスの独占状態だけが強化されるのではないかとの懸念がある。

 この問題については、今後また展開があれば、続報を書く予定。


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