トランプとプーチンの隠然同盟
2025年3月25日
田中 宇
英国のスターマー政権が、米国のNATO離脱に備え、フランスやカナダなど欧州・英国系の30か国以上の参加を得てウクライナに派兵するロシア敵視維持の策を掲げている。だが最近、英国の軍幹部たちは「スターマーのウクライナ派兵は具体策が何もない。各国が出す兵力数も、司令系統も兵站も決まっていない。政治的な演技・幻影にすぎない」と非難している。
ウクライナは3年間の戦争で、欧州の派兵を受け入れる国家基盤がすでに破壊されている。欧州が派兵するなら、ウクライナを丸ごと引き受けて占領統治せねばならない。交代要員を含めて10万人の派兵が必要だと、ロシア側が試算している。
欧州諸国は、長引くウクライナ支援で財政を使い果たし、対露制裁のはね返りによる経済悪化で税収も減った。派兵など無理だ。
(UK Military Officials Call Starmer's Plans for Ukraine 'Political Theatre')
英軍幹部たちは「米国やロシアの賛同も得られていない。幻影の派兵案を廃止すべきだ」と言っている。派兵案が幻影だという指摘は正しい。
だが私が見るところ、派兵案は幻影のまま続行される。米国は賛同しておらず、ロシアは反対しているが、トランプもプーチンも、派兵案をこっそり応援している。
プーチンは、多極化と米英覇権崩壊が進むので、ウクライナ戦争が低強度で長期化することをひそかに望んでいる。
トランプは、米国と世界を英国系の支配から解放するのが目的なので、英国系の諸国に自滅的な露敵視・ウクライナ派兵演技を続けさせたい。幻影の派兵案は、トランプが英国やフランスをそそのかしてやらせたと推測される。
(英欧だけに露敵視させる策略)
(EU afraid Trump could cut off weapons support)
派兵案の本質が幻影でも、英欧は、露敵視やウクライナ支援の方向で、やれる範囲の軍事行動や支援策をずっと続ける。軍事的・財政的な英欧の疲弊が激化する。英欧は、いずれ財政破綻して敗北を認め、ウクライナを見捨ててロシアと和解する。
これは、敗北や破綻が必至な超愚策だ。だから英軍幹部たちは反対し、廃案にしたい。現実策をとって早々と対露和解する方がましだ。
しかし、そうはならない。トランプとプーチンが裏で組んで派兵案を支援しているからだ。米露は隠然同盟の関係になり、共通の敵である英国系を自滅させる策略をやっている。
(Is The EU's New Army The Final Nail In The Project's Coffin?)
私は3月19日の記事で、ロシアのクルスクを占領していたウクライナ軍を露軍が包囲して投降を要求し始めた話を書いた。その後、露軍は包囲を解き、ウクライナ軍が占領を放棄してウクライナに戻ることを容認した。
プーチンはクルスクを訪問し「ウクライナ軍は露軍に包囲され、投降しない限り撤退できない」と表明した。ウクライナ側は「われわれは勝っている。投降などしない」と豪語していた。
だがその後、露軍が包囲を解いたらしく、ウクライナ軍は投降せずに撤退し、クルスク占領が終わった。なぜプーチンは包囲を解いたのか。トランプがプーチンに、ウクライナ軍の厚遇を依頼したからだ。
(米露ウクライナ停戦の策略)
(The Terrible Cost of Kursk)
クルスクでウクライナ軍が包囲されたままだと、ウクライナ派兵案を進める英国系は、まずクルスクへの対策をやらねばならない。政治的な動きだけであっても、英欧とロシアの敵対が過剰に強まり、派兵案の危険度が増して欧州諸国が乗りにくくなる。
英欧は弱い。トランプが英欧にやらせる派兵案は、実際の危険が少ないのが望ましい。だからトランプはプーチンに頼み、包囲を解いてウクライナ軍を穏便に撤退させた。クルスク占領はあっさり終わった。
その直後、プーチン政権重鎮(安全保障会議書記)のセルゲイ・ショイグが北朝鮮を訪問して金正恩に会った。クルスクの戦闘が終わり、派兵して貢献してくれた金正恩にお礼を言い、今後の露朝の協力について話し合ったのだろう。
(Russian Security Council Secretary Shoigu arrives in North Korea)
この話からさらに考えていくと、ウクライナ軍が負け続けて疲弊しているのに「勝っている。ロシアを潰すまで戦う」と幻影を言い続けているゼレンスキーは、トランプとプーチンが英国系にやらせ始めた「幻影ウクライナ派兵策」にうってつけのウクライナ指導者だ。
「トランプは、ゼレンスキーを辞めさせて、もっと親露なティモシェンコ元首相とかに差し替える動きをしている」と言われている。ティモシェンコは、英欧のウクライナ派兵や戦争長期化策に反対している。
(The Americans want Zelensky out - Is this woman their Plan B?)
私の見立てでは、ティモシェンコへの差し替えは行われず、ゼレンスキーが任期切れのまま選挙もやらずに続投する。ウクライナで大統領選が行われてティモシェンコが勝ったら、対露和解して終戦してしまう。それは、英国系(軍幹部でなくエリート政治家たち)もトランプもプーチンも望んでいない。
英欧のウクライナ支援策には、戦争継続が全く不合理な話になっても停戦したがらないゼレンスキーが最適だ。ゼレンスキーは任期切れで民意の支持もないので、停戦や対露和解の方に転向できず、英欧に頼って(恫喝して)戦争を継続するしかない。
(Zelensky makes new victory promise)
英欧のエリート指導者たちは、こうした裏の構図を把握していないのだろううか。以前なら、英国は米諜報界に入り込んでいるので機密を見放題だった。
だがおそらくトランプはこの機能を停止している。トランプは、英国系のライバルとして米諜報界に入り込んでいるイスラエル(リクード系。多極派)に教えてもらい、諜報界での英国系の息の根を止めた。英欧は、米国の軍事諜報に頼れなくなり、状況把握できなくなっている。
(まだまだ続くロシア敵視の妄想)
米露は、NATOなど英国系の諜報網の枠外にいるサウジアラビア王室の施設を借りて対話を続け、英国系への情報漏洩を防ぎつつ隠然同盟を深めている。
ウクライナ戦争は、開戦時から大間違いな情報が流布し(米諜報界の多極派が)マスコミ権威筋を麻痺させた。諜報界もウソ情報にまみれて機能不全の傾向が強まった。英欧は、正しい判断ができないまま露敵視・ウクライナ支援の継続へと流されている。
(ロシアが負けそうだと勘違いして自滅する米欧)
プーチンの安保担当の側近(Nikolai Patrushev)によると、北極圏での米露の縄張り争いでは、米国がロシアに歩み寄り、米露の対立がかなり減った。対照的にバルト海方面では、米国に代わって英国がロシア敵視策の前面に出てきて、英国がロシアの航行システムをサイバー攻撃してくるなど、英露の対立が激化している。
(Putin’s Senior Aide Patrushev Shared Some Updates About The Arctic & Baltic Fronts)
トランプは、目立たないようにしながら、ウクライナだけでなく世界規模でロシアと仲良くなっている。表向き米国は、英欧のロシア敵視を不参加ながら容認し、英欧が露敵視を続けやすい環境を作っている。
欧州にはオルバンのハンガリーなど、親露でゼレンスキー嫌いの勢力もいる。欧州は団結できず、強くなれない。米露の隠然同盟は、弱っちい英欧でも露敵視・ウクライナ支援し続けられるようにしてやっている。露軍は緒戦からウクライナに対して手加減してきた。
(Two major EU nations reject Ukraine spending hike)
プーチンは最近、ウクライナからロシア領に編入したクリミアやドンバスなど「新領土」に住むウクライナ系の住民に対し、これまでウクライナ国籍のまま生活することを許していたのを改め、9月までにロシア国籍をとるか、ロシアの企業や学校に入って居住権をとるように命じた。
新領土住民のロシア国籍取得は難しくない。これまでプーチンが新領土の住民のウクライナ国籍を放置していたことの方が不思議だと指摘されている。ウクライナ国籍を保持して、ウクライナのためにスパイ活動する者たちを放置してきたのか。監視してきたのか。
(Why'd Russia Only Just Now Decree That Ukrainians Must Legalize Their Presence Or Leave?)
私から見ると、これも、ロシアよりウクライナの方が格段に弱い状況下で低強度な戦争状態を続けるためのプーチンの策略かとも思える。
今後は、ウクライナ側の弱体化が進み、軍事行動がさらに下火になる。地上軍どうしの戦闘が減り、無人機やミサイルによるウクライナからの散発的な攻撃が大々的に報じられる。
トランプは、クリミアをロシア領として認めることを検討している。プーチンは、ドンバスも認めてくれと頼んだが、それは早すぎるとトランプが断った。
米露は、英欧のために敵対要素を意図的に残すが、実質はかなりラブラブだ。クリミアやドンバスが紛争地でなくロシア領であることが確定し、全住民を露国籍にする動きになった。
(Putin Pressures Trump To Recognize Annexed Eastern Territories Captured)
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