|
シリア新政権はイスラエルの傀儡
2024年12月17日
田中 宇
この記事は「今後のシリアとイスラエル」の続きです。
12月8日にアサド政権が転覆された直後から、イスラエルがシリア各地を3日間空爆し続け、アサド傘下の旧政府軍の兵器弾薬など軍備のほとんどを破壊した(作戦名Operation 'Bashan Arrow')。
アサドは、軍など政府機構をそっくり残し、自分の一族だけ連れてモスクワに亡命した。シリアに残された軍備は、そのままHTSの新政府が継承するのかと思いきや、イスラエルが爆撃機やミサイルを使って、わかっている限りの全ての軍備を破壊してしまった。
その後も毎日イスラエルはシリアの前政権の軍備を探し回り、見つけしだい空爆して破壊し続けている。
(Operation 'Bashan Arrow': IDF destroys over 350 Syrian Military targets)
(Overnight Israeli Strike In Syria So Large It Caused Earthquake)
イスラエルは、地上軍もアサド政権転覆と同時に、ゴラン高原からシリア領内に10キロ侵攻して占領している。このような作戦は、事前に何週間かの準備期間が必要なので、イスラエルはHTSによる政権転覆を正確に予測(というか加担、いや隠然主導)していたことになる。
イスラエルの新たな占領地からダマスカスまで25キロしか離れていない。イスラエルは、いつでもダマスカスに侵攻してHTSの新政権を潰せる。イスラエルは、この占領をずっと続け、HTSが反逆しないよう監視し続ける。
(IDF attacks have permanently changed the face of Syrian military threat)
(Israel to Stay in Syria Indefinitely)
イスラエルは、いずれ返還すると言いつつ1967年から占領している元シリア領のゴラン高原を恒久支配するとも宣言した。ゴラン高原のユダヤ人口を倍増させるべく、これまで控えていたゴラン高原への大規模入植の開始を決めた。
(Netanyahu government approves plan to expand settlements in the Golan Heights)
(Syrians say Israeli army within 25km of capital Damascus)
アサド政権を倒したHTSはアルカイダ系で、もともとイスラエル敵視だった。自分たちのものになるはずの軍備を、イスラエルに破壊された。領土も奪われ、HTSは激怒しているはずだ・・・。
だが12月12日、イスラエルの空爆について英国のテレビ局(Channel 4)からコメントを求められたHTSの政府広報官(Obeida Arnaout)は「われわれの今の優先任務は、治安と行政機能の回復、食料供給や電力水道など生活インフラの再建、残っている諸都市の解放(まだHTSが行っておらず旧政府が握ったままになっている諸都市に行って行政権を引き継ぐ作業)など、内政の諸問題だ」と答えた。
(Syria 'prioritising internal stability' amid Israeli offensive)
(Syrian jihadist group refuses to condemn Israeli strikes)
内政が優先なので、外交軍事関係であるイスラエルへの対応はしなくて良いという趣旨の返答だった。英国の記者は驚いて、内政重視はわかったが、イスラエルに攻撃されても本当に何のコメ ントもないのかと畳みかけた。
HTS広報官は「あらゆる勢力に、シリアの国家主権を尊重してほしいのは確かだ」と返答した。イスラエルの空爆はシリアの国家主権を侵害しており、できればやめてほしいが、事情があって明言できないんだよね、という趣旨を、イスラエルという国名も出さず曖昧に示唆したと解釈できる答えだった。
(HTS spokesman Obeida Arnaout is asked by Channel 4 News about Israel’s strikes on over 300 sites in Syria ...)
私は先日の記事で「HTSは、イスラエルの空爆に何の反応もせず黙認している。HTSはイスラエルの傀儡勢力になったのでないか」と書いた。それは、私が推測(自虐するなら妄想、自慢するなら洞察)した「見立て」だった。その後報じられたHTS広報官の受け答えからは、HTSがイスラエルの傀儡(少なくとも親イスラエル勢力)であることが、根拠となる事実を伴って、より強く感じ取れる。
(We Are Not Looking For A Fight With Israel: HTS Leader Jolani)
HTSとイスラエルの動きからみて、両者はHTSが今回の進軍を開始する前から同盟関係になっている。HTSはシリアを、イスラエルが満足するような国にすると、イスラエルに約束しているはずだ。
その見返りとして、イスラエルはHTSに兵器や諜報の軍事支援をして、アサド転覆が実現した。
イスラエルはHTSを信用しきれない部分があるのでシリアに侵攻し、自国との間に緩衝地帯を作って軍を駐留して監視し、HTSがイスラエルにとって良い傀儡であるよう仕向けている。
(Israel Katz: New Syrian leaders 'pretending' to be moderate, pose danger to Israel)
(Netanyahu says illegal occupation of Syrian land is ‘forever’)
HTSは、少し前までアサドがイラン露に支援されて内戦で優勢だった時期、シリア内戦の負け組としてトルコ当局が管理するシリア北部のイドリブで蟄居していた。トルコ(と米諜報界)がHTSの世話をしていた。だが今回、アサド政権を転覆してみると、HTSはイスラエルの傀儡になっている。
HTSはアルカイダから派生しており、アルカイダやISは米諜報界がテロ戦争の敵としてこっそり支援してきた。911から続くテロ戦争の中で、米諜報界はイスラエルのリクード系に乗っ取られていき、今ではリクード系が米諜報界を牛耳っている。リクード系はアルカイダやISを自由に動かせる。
(Israel has no more excuses for entering Syria, rebel leader Julani says in first major TV interview)
HTSはトルコの傘下にいたが、トルコは米諜報界に依頼されてやっていた。米諜報界を握るのはリクード系なので、イスラエルはトルコに根回ししつつHTSを支援してアサドを潰し、シリアを傀儡国にした。
米欧イスラエルの報道やブログは、HTSによるシリア転覆がイスラエルにとっても驚きの展開で、IDFのシリア侵攻は慌てて準備されたという筋書きを描いているが、私はそう思わない。
(Israel’s calculus in Syria: Exploit anarchy for strategic dominance)
米諜報界で強い力を持つイスラエルは、少なくともHTSの今回の動きを準備段階から知っており、止めたければ止められたはずだ。HTSとイスラエルの動きの連動性から見て、イスラエルはHTSを傀儡化している。
HTSはイスラエルの傀儡なので、アサドがシリアに残した兵器類をすべてイスラエルが破壊しても黙認するしかない。
(Israel Preparing For Possibility Of Syrian State Collapse)
イスラエルは今後のシリアをどうしたいのか??。残存兵器類をすべて破壊した上で、再び恒久内戦に陥らせたいのか??。「テロ戦争」策に沿っていた以前ならそうかもしれないが、今は多分違う。
これから米英覇権が消失する。米諜報界は911以来、英国系とリクード系が暗闘しており、従来は英国系がイスラエルの拡大を阻止してきた。英国系は、イスラエルにパレスチナ問題も背負わさせてきた。だが、米英覇権消失とともに、イスラエルは英国系のくびきから開放される。
(Israel is reshaping the Middle East as Assad regime crumbles)
イスラエルは今回、単独でHTSを動かしてシリアを転覆した。事前に米国に通知したかもしれないが、米国の協力を受けていない。イスラエルは米国に、手の内を見せず、やってほしいことを依頼して、やらせているだけだ。
米国の協力を受けると、英国系に邪魔されて失敗する。1980年代のイスラエルのレバノン傀儡化策の失敗が好例だ。
イスラエルは、単独で動いた方がうまくやれる。「イスラエルは米英覇権の一部だから、米英覇権が消失したらイスラエルも窮地に陥る」という、マスコミやブログの見方は(英国系が植え付けた)間違いだ。
(Ceasefire 101: Israel fails at war goals, Hezbollah succeeds)
イスラエルは今回、米英覇権の消失を見据え、その後の中東で影響圏を拡大するために、HTSを動かしてシリアをイスラエルの傀儡国にした。イスラエルが傀儡化したシリアの国家運営を成功させ、シリアが安定・発展したら、中東でのイスラエルの評価が上がる。
アラブやイランやトルコなど中東の諸勢力は、人道や人権や民主でなく、安定や発展を重視する。「イスラエルはパレスチナで人道犯罪をおかしているから、シリアでうまくやっても全く認めない」という視点は、英傀儡な欧米リベラル派の狭い視野であり、米英覇権の衰退とともに時代遅れになっている。(そうじゃないぞと思い続ける人は、勝手に思っていれば良い)
(‘Shi’ites should make peace with Israel,’ Lebanese party leader says)
イスラエル傀儡のHTSがシリアを安定させたら、似たようなやり方を、今はまだ不安定が続く中東の他の諸国でもやっていける。シリアの次はまずレバノンだ。それからリビアや南スーダン、ソマリア、イエメンなどが、その対象になりうる。いずれも米諜報界の英国型の分断政策によって恒久内戦に陥らされてきた。
リビアやソマリアではトルコが仲介に入っている。南スーダンではイスラエルが動いている。イスラエルは、トルコと組んで、これらの地域を「HTSシリア型」の国として再生していく可能性がある。これにより、イスラエルやトルコの影響圏が拡大する。
イスラエルとトルコは隠然同盟の関係だ。トルコのエルドアンはイスラエルをボロクソに言い続けているが、これは目くらまし策だ。イスラエル傀儡のトランプは、シリア転覆はイスラエルでなくトルコの仕業だと言い返している。これも目くらましだ。
('Unfriendly takeover': Trump says Turkey is behind collapse of Assad government in Syria)
(Israel wants to ‘expand borders’ through Golan occupation – Türkiye)
シリアの制空権は、ロシアからイスラエルに移管されている。両国は協調し続けている。
ロシアは、アサドを説得してモスクワに亡命させ、今回のシリアの政権転覆を具現化した。アサドを支援してきたロシアは「負け組」に見えるが、よく見るとそうでない。
ロシアは、シリアをイラン傘下からイスラエル傘下に移転させた影の立役者であり、イスラエルはロシアに感謝している。
これについてはあらためて分析する。
(Damascus Airport To Open In 'Next Few Days' But Israel Still Controls Skies)
(The fall of Assad is a defeat for Russia - and no 'win' for the US)
(Syria’s post-mortem: Terror, occupation, and Palestine)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|