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米大統領選とコロナの行方

2020年11月23日   田中 宇

マスコミだけを見るていると、米国の大統領選挙後の混乱は、民主党が開票時に広範な偽造票の紛れ込ませなどをやってバイデンを不正に勝たせたとトランプ陣営が言っているものの根拠がなく、トランプはしだいに不利になっている。これまで共和党寄りだと言われてきたFOXやWSJがトランプを批判するようにもなっている。バイデンが勝つと、共和党もトランプ支持勢力を追い出してブッシュ時代からの中道派・軍産系が復活しうる。FOXやWSJはそこに期待して、トランプを捨てて批判するようになったようだ。マスコミはもともと軍産の傘下だ。 (Georgia Certifies: Donald Trump Lost) (Tucker On Latest Sidney Powell Claims: WH, Trump Lawyers Haven’t Seen Any Evidence Backing Up Claims

トランプ陣営は勝敗を覆すため、接戦州に再開票を申請し、実行してきた。だが、どの州でも再開票は選挙結果をほとんど変えていない。偽造票は正式な票と見分けがつかないので再開票は不正を暴けない。米国では昔から再開票は結果をほとんど変えない。見方を変えると、米国は足がつかない「完全犯罪」の選挙不正をやれる。投票機(タブレットPC)は多くの場合、紙の記録が残らない。投票機や郵送投票などという、不正の温床になりやすい選挙制度を使い続けているのは先進諸国の中で米国だけだ。米国の支配層(覇権運営勢力、軍産)は、選挙不正をやりやすいままにして、都合が悪い候補者を誹謗中傷など他の策略で落とせない場合、選挙不正で落としてきた。トランプはその一人なのだろう。

トランプ陣営は、11月3日の投票締め切り後に到着した郵送票を有効にしたペンシルバニア州(PA)の決定を無効にする裁判も起こした。だがこれも無効にされる郵送票は多くなく、選挙結果を覆せない。これらの結果は事前に予測できた。これらの票をいじる方法は時間稼ぎのためだろう。トランプ陣営が時間をかけて裏でやっているのは、民主党が不正を行ったとおぼしき各地の接戦州で、地元の共和党勢力が「民主党が選挙不正をやって選挙結果をねじ曲げた。今回の選挙は認められない。本当はトランプが勝った」と宣言するよう説得することだ。接戦各州から、トランプとバイデンの両方の当選証書が連邦議会に届く流れを作り、来年1月6日の両院合同会議で、米憲法の修正12条にのっとった手続きとして、上院議長を兼務するペンス副大統領がトランプ側の当選証書を正当とみなし、トランプ当選を実現するのがトランプ陣営の目論見だ。 (トランプ再選への裏街道

とはいえ、この戦略にも暗雲が立ち込めている。先日、接戦の末にトランプが負けたことになっているミシガンの州議会の共和党の重鎮2人がトランプに呼ばれてワシントンDCの大統領府に行った。トランプは2人に、ミシガン州議会の共和党として「民主党が選挙不正をやって選挙結果をねじ曲げた」と宣言してくれと頼んだようだ。だが2人はトランプの依頼を断った。大統領府から出てきた2人は、待っていたマスコミ陣に対し「ミシガンの選挙結果は正しいものであり、このままで良い」と述べた。トランプは説得に失敗したと喧伝された。今後、他の接戦州も同様の展開になると、トランプが最重視する修正12条を利用した勝敗転覆策も失敗してしまう。WSJを含む米マスコミは、トランプの策略が失敗するシナリオを喜々として描き始めている。万事休す。トランプ敗北、軍産復権が見えてきた・・・。 (After meeting with Trump, Michigan lawmakers say they see nothing to overturn Biden's win

・・・と思ったが、もう少し考えると、疑問が湧いてきた。なぜトランプは、自分の依頼を断りそうなミシガンの2人をわざわざマスコミが感知する中で大統領府に呼び、自分を敵視するマスコミが、自分の策略の失敗を大喜びで喧伝する流れを容認したのか。トランプ陣営は事前にミシガンの共和党の様子を把握していたはずだ。トランプは、わざと自分の失敗をマスコミに喧伝させ、民主党と軍産を油断させようとしたのでないか。他の接戦諸州でのトランプ陣営による地元共和党への説得がどうなっているか、ほとんど見えない。実はけっこううまくいっているのに、悪い情報だけ浮上するように仕向け、もうトランプはダメだと敵方に思わせておいて、あとでどんどん返しすることがあり得る。

・・・いやいや、本当にトランプは失敗しているのかもしれない。各州の共和党の中には軍産系の人も多く、彼らはトランプが負けて共和党がトランプ傘下から軍産傘下に戻る方がうれしい。共和党の軍産系は、民主党の選挙不正にむしろ協力する。状況の全体像はまだわからない。12月の半ばぐらいまでに、各州の共和党が「公式」な選挙結果を無視する形で選挙人会議を開くかどうか見ものだ。

どんでん返しでトランプが勝つと、これまでの4年間のような状況が続く。他方、バイデンの民主党政権ができても、それだけでは今後の新たな米国の権力機構が確定しない。民主党内は、バイデンらの中道派(軍産)と、ハリス副大統領やAOC(オカシオコルテス下院議員)らの左派にわかれ、権力の奪い合いを続けている。マスコミがバイデンの当選を決めた後、左派の突き上げが強くなった。バイデンら中道派が、党内の左派を排除・弱体化させられれば、共和党内の中道派に手を差し伸べて軍産主導型の従来の2大政党制を復活し、民主党の左派と、共和党の右派・旧トランプ派はいずれも外されて在野的な勢力に戻される。左派と右派は場外乱闘を続けるかもしれないが、それは在野なので大したことない。 (Thank You for Voting and Get Out

米国覇権の蘇生を望むドイツなど対米従属の同盟諸国は、このシナリオになることを渇望している。ドイツの上層部は、バイデンの勝利を前提に、ドイツが以前より多めに覇権(国際安保)の一部を担当するので、米独が協力して中露に対抗したい、と表明した。ドイツは経済的に中国への依存が大きく、本気で中国を敵視できない。ドイツの「米独で中露に対抗」の提案は、米国の気を引くための演技にすぎない。ドイツ(与党CDU)は、いまだに対米従属を至上のものとみなしている。 (Germany Is Ready to Offer America a New Deal) (Germany seeks ‘new deal’ with US under Biden

そもそも、上に書いたようなきれいな軍産復権が実現する可能性は高くない。バイデンが勝つ場合、負けたトランプの支持者たちのほとんど(8割)は、民主党が選挙不正したと確定的に考えているので、民主党を憎み続ける。民主党内で、共和党側からの喧嘩を受けて立つのは好戦的な左派だ。民主党左派の中からは「第2次大戦後、日独の人々を再洗脳して(対米従属に)転換させたように、全米7500万人のトランプ支持者たちを再洗脳して敵性を低下させるのが良い」という計画が出てきている。たしかに、上記のドイツの例に見るように、日独の人々への再洗脳は大成功している。だが、トランプ支持者への再洗脳は成功するのか??。そもそも「再洗脳計画」を明言してしまっている時点で、それを聞いたトランプ支持者をますます怒らせ、左派と右派の対立を激化させることにしかならない。 (Leftists Suggest "Re-Education Camps", "Firing Squads", & Banning Talk Radio To "Deprogram" 75 Million Trump Supporters

民主党左派は、共和党右派ともっと激しく敵対し合いたい。そうすることで、民主党と共和党の中道派どうしが仲良くすることを妨げ、2大政党の両方が過激派に乗っ取られ、中道派や軍産、そして米国覇権の蘇生を妨害できる。敵対を協調に変えるのは大変だが、協調を敵対に変えるのは簡単だ。民主党の左派は、党内でも、共和党に対しても、喧嘩を売って敵対を強め、2大政党制や軍産や覇権維持といった従来の米国の体制を破壊しようとしている(左派は多極主義勢力の別働隊だ)。創造は大変だが破壊は簡単だ。左派は強い。

同様のことはコロナ対策でも起きている。左派はコロナ対策の都市閉鎖を強烈にやりたいが、中道派は経済成長を重視し、強烈なコロナ対策に消極的だ。左派は、都市閉鎖をやりすぎて経済が悪化してもかまわない(資本主義が崩壊し、UBIなど社会主義的な策をやれるのでむしろ好都合だ)と考える「コロナネオコン」だ。マスコミも、世界的に「コロナネオコン」の傾向を強めている。マスコミは左派の味方だ。コロナネオコンは、イラク戦争当時の元祖な「安保ネオコン」と同様、自分たちの過激な考え方を否定・批判する者を徹底的に非難攻撃中傷する(コロナネオコンは民主党左派、安保ネオコンは共和党右派という違いはある)。米国の安保ネオコンは、イラクやアフガニスタンなど中東各地の政権転覆計画を進めて失敗し続けることで、米国の国際信用を失墜させ、覇権を浪費した。左翼やマスコミなどの「コロナネオコン」も、超愚策な都市閉鎖を強硬に進めて長期化し、米欧の経済繁栄を自滅させ、覇権を浪費している。

今後の米国がたどりうるいくつかの道筋のうち、バイデンが大統領になって民主党内の左派を成敗して弱体化すれば、軍産支配や米国覇権は蘇生しうる。しかし、それ以外の、民主党政権になるが左派が支配する道筋や、トランプが勝つ道筋になると、軍産と米国覇権が壊されていく流れが今後も続く。それは、外交安保と、コロナや経済、QEや金融といったすべての面の変化になる。

今後、コロナ危機が長期化するほど、都市閉鎖が故意的な超愚策であり、コロナの脅威が不正に誇張・扇動されていることに気づく人が多くなる。だが、左翼はマスコミや権威筋によるコロナ危機の扇動を軽信し、コロナのプロパガンダに絡め取られている。左翼は、コロナに対して疑問を持った人々を受け入れず、再洗脳しようとする。疑問を持った人々は、右翼に行くしかない。右翼はすでに欧米の全体で、都市閉鎖に反対し、コロナ危機への疑問を表明している。トランプもその一人だ。コロナ危機が長引くほど、欧米各地で右翼のポピュリスト政治家が人気を集めるようになる。最近、米国のジョンケリー元国務長官、欧州のフィンランドの首相といった左系のリベラル政治家が、コロナの長期化による右翼ポピュリストの台頭を警告した。

コロナ危機を起こしている覇権勢力から見ると、コロナを軽信している左翼はすでに洗脳されて問題なしになっているが、右翼は洗脳を拒否して反抗しているので懸念の対象だ。そのため、ダボス会議の事務局が提案する「大リセット」には、人々の皮膚下に、気持ち・マインドを感知するマイクロチップを埋め込み、洗脳を拒否している人々を早めに探し出して再洗脳リストに入れる、みたいな感じのことが含まれている。この手のものは、本当に実現するためでなく、実現した場合に被害を受ける人(ここでは右翼ポピュリスト)を怒らせるためのプロパガンダである。米民主党の左翼が流している「7500万人のトランプ支持者を、敗戦後の日独人みたいに再洗脳しよう」という計画と合わせ、コロナに疑問を持った人々を怒らせ、欧米社会の混乱と自滅に拍車をかける策略が用意されている。欧米が自滅するほど、世界は多極化する。それが目的であるように思える。



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