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英国式の現実的な新型ウイルス対策

2020年3月16日   田中 宇

1月23日に中国政府が発祥地の武漢を閉鎖して新型コロナウイルスの感染拡大が大変なことであるとわかってから2か月近くがすぎた。この間、ウイルス感染は中国各地、日韓などアジア諸国、そして欧米や中東アフリカへと拡大した。

金融危機や世界不況の引き金を引きかねないのでパンデミック宣言を後回しにしていたWHOも、3月11日に世界的に株価が暴落して「WHOのせいで金融危機になった」と言われない状態になった日にパンデミック宣言した。別の言い方をすると、中国の傀儡勢力であるWHOは、中国での感染拡大が一段落(の歪曲)して習近平が「勝利宣言」(3月10日の武漢視察)できる状態になり、次はイタリアなど欧州や米国への凄惨な急拡大が確定的になって「中国の勝利と欧米の敗北」が見えてきた(加えて、欧米の混乱が注目され、このウイルスの発祥者である中国への非難どころでなくなった)ので、3月11日にパンデミック宣言した。今回のウイルス危機は長期化が必至なので、パンデミック宣言により、国際的な人的交流や、冷戦後のグローバリゼーションの体制が大きく阻害・破壊されてひどい世界不況になる傾向が強まった。 (Dow enters bear market as pandemic declared

この間、新型ウイルスに対する各国の政策の違いを見ていると、いろいろ感じることがある。その一つは「アングロサクソン諸国(米英加豪NZ)と日本の、人口に占める感染者数の割合がおしなべて低いこと」だ。世界の国ごとの感染者数の一覧を見ると、各国の百万人あたりの感染者数の割合は3月16日昼の時点で、日本が6.6、米国が11.4、英国が20.5、カナダが9.0、豪州が11.8、ニュージーランドが1.7だ。一方、西欧諸国は、イタリアが409.3、スペインが167.8、フランスが83.1、ドイツが69.4、スイスが256.2、ノルウェーが231.7、デンマークが149.2などだ。アングロサクソンと日本は、感染者の割合が、欧州諸国よりひと桁少ない。 (Coronavirus Update - Worldometer

これを「アングロ日本連合」みたいな感じでとらえず、単なる偶然と考えることもできる。だがアングロサクソンの5か国は第二次大戦中から諜報分野で「ファイブ・アイズ」の非公式な同盟関係を続けて「米英覇権・軍産ネットワーク」を形成している。この同盟は戦時中、まさに日本を倒すために結成されたが、戦後、対米従属、正確には対軍産従属の傀儡国に変質した日本は、事実上、今やファイブ・アイズの準加盟国だ。そして、米英覇権体制の終わりや覇権多極化につながりそうな今回のウイルス危機は、医療や保健衛生の問題を超えた、覇権や諜報の問題だ。今回のウイルスが人為的に(軍産によって)植え込まれた可能性もあり、まさに軍産や米英覇権の話である。 (中国のアジア覇権と日豪の未来) (武漢コロナウイルスの周辺

ならば、ウイルスへの対策も、アングロ日本連合の諸国で横並びに行われても不思議でない。この連合のウイルス対策は「感染者数の統計を少なめに出し続けること」である。米英が西欧諸国より医療体制が格段に良いとは言えないので、米英の感染者数の人口比が少ない理由は医療体制の違いでなく、ウイルス検査をどの程度熱心にやるか、感染者数を少なめに出したいかどうかといった政治姿勢の違いだ。医療体制の良し悪しの違いは、死者数の違いとして現れるだろうが、感染者数の違いには結びつきにくい。感染の多くは家庭内や職場、社交の場で起きている。院内感染は比率として少ない。

日本は医療体制が良いが、感染者っぽい症状が出て病院に行っても、いくつもの種類の発症のすべてが起きていないとウイルス検査を受けられず帰宅させられる。今回のウイルスは発症時の症状の組み合わせが人によってかなり違うのに、政府がそれをわざと無視し、杓子定規で非現実的な決まりを作って感染者にできるだけ検査を受けさせず、統計上の感染者数を大幅に少なくしているのが日本の現状だ。先週今週あたり、知り合い、もしくはそのまた知り合いがそのような目に遭っているという人が増えている。発症したのに検査してもらえない人が、すでにかなりいそうだ。日本全体で数万人とか十万人とかか?。軽症と重症の全体的な割合から考えて、その5倍ぐらいの人(25万から50万人?)が、無発症もしくはごく軽症(ほとんど無自覚)で、すでに感染しているはずだ。もっと多いかもしれない。

1月に中国からウイルスをうつされて以来2か月が経ち、日本は感染増加のピークに近づいている。1日10人程度の現在の感染者統計の増加数は、あきらかに少なすぎる。前回の記事に書いたように、ドイツの専門家は6-8月が感染のピークだと予測している。欧州は日本より1か月ぐらいの遅れで感染が広がっている。日本の感染増加のピークは5-7月ごろか。ピークを越えると増加の速度が減り、「国民の6-7割が感染」の完成形に近づく。世界的に、夏から秋にかけてが完成形への到達時期でないか。その前にワクチンができて使用開始されれば感染増加が止まるが、ワクチンは今年中にできそうもないので、完成形まで感染拡大する。 (人類の7割が感染し2年以上続くウイルス危機

この件について、アングロサクソンの元祖である英国のジョンソン首相が3月15日に衝撃的な発表をした。ジョンソンは、英国民の6割が感染する完成形に至る事態を避けられないと表明し、ウイルス危機は今夏に完成形になっていったん下火になるが、これまでのインフルエンザや風邪と同様、11月ぐらいから来春まで再び感染発症する人が出てきて、ウイルスは脅威を弱めつつ何年も再発し続けるとの予測を発表した。地域や都市を閉鎖して住民を外出させない隔離政策をとると、一時的に感染者の増加が抑えられるが、閉鎖や隔離を解いたら再び感染者が増えてしまうと指摘した。 (Coronavirus: 60% of UK population need to become infected so country can build 'herd immunity', government's chief scientist says) (UK coronavirus crisis 'to last until spring 2021 and could see 7.9m hospitalised'

そしてジョンソンは英国の対応として、健康な若者と、そうでない人々(高齢者と持病持ち)とを分けて、別々の過ごし方をする策を提案した。感染しても発症しにくい健康な若者(40歳以下)は、感染して抗体を体内に作ってもらい、英国民のできるだけ多くが「集団免疫」を持つことで、今冬のウイルス再発の事態を乗り越える。社交の制限などをやるが、それは感染拡大の遅延策であり、感染者が急増して病院が満杯でパンクする事態を防ぐ。一方、感染したら重症化しやすい高齢者や持病持ちの人々は、他の人々との接触をできるだけ減らした状態で4か月から半年をすごして感染を防ぎ、その後は集団免疫を持った若者に支えられて生きる。 (Coronavirus: Up to four months self-isolation for over-70s

ジョンソンは英国を代表する権威ある医療専門家を従えて発表を行い、これが科学的で正しい政策であるという印象を打ち出そうとした。内外のマスコミや反対論の人々は「次の冬に再発するとの予測は全く不確定だ」「人々の体内に恒久的な集団免疫が作られるかどうか、まだわからない」「感染したら重症や死に至る若者もいるのだからこの策は間違っている」「感染対策を放棄すると言ったも同然」「ウイルスに対する敗北宣言だ」などと非難した。だが私から見ると、ジョンソンの発表は、確かに無策ではあるものの、一つの具体的・現実的なシナリオを提示している。放置的なジョンソンの策と対照的なのは中国がやっている強烈な閉鎖・隔離策だが、それをやっても、それをやめた時に感染が拡大するのだから根本的な解決策にならない。他の諸国も無策であることに変りなく、事態は結果的に似たものになると考えられる。 (I'm an epidemiologist. When I heard about Britain's `herd immunity' coronavirus plan, I thought it was satire

ドイツでは「国民の60-70%が感染する。それまでに2年かかる」との予測が公式的なものになっている。英国の予測と似ている。これらに対して「何の根拠があるのか?。いい加減なことを言うな」という批判が世界的にある。しかし世界的に、英独などが出した一群の予測以外の具体的な予測は出されていない。日本政府は「今が正念場だ」と1か月前から言い続けることしかやっていない。英国は、科学について国際的な権威の国だ。英国は「科学という名のプロパガンダ」の世界体制を創設し、それを維持する科学の覇権国だ。その英国の首相が「人々の60%が感染して集団免疫をつけるしかない」と正式に提案したのだから、それが正しいと考えるべきだ。新型ウイルスについては不明な点がとても多く、確定的な予測や対策を出すのは不可能だ。根拠が薄いからといって、それを間違いだと言う人は、今の状況の根幹を理解していない。 (人類の7割が感染し2年以上続くウイルス危機

安倍首相の日本政府は、今が正念場としか言わないし、感染者統計も明らかに少なすぎて、とても不正でインチキな感じがする。しかし実のところ、日本政府がやっている感染対策は、現実策として悪いものでない。欧州など多くの国で、飲食店や歓楽街が閉鎖されているが、日本では大半の飲食店が営業を続けている。年寄りの客は減ったが、若者はけっこう来ている。人気店は相変わらず混んでいる。これは、ジョンソン英首相が言うところの、若者たちに集団免疫をつけさせる策になっている。アングロ連合の忠実なるしもべ・準加盟国である日本は、連合体の主導役である英国が提案した策を、静かに着実に実行している。これは偶然なのか、それともアングロ連合側から示唆されたとおりに安倍の日本がやった結果なのか?。日本と米国の検査拒否による感染隠しの手口が似ているので、トランプが安倍に入れ知恵してやらせた可能性もある。 (Coronavirus testing: which approach is the most effective?

他の諸国は、感染者の増加傾向を抑えて病院を満杯にしないようにするため、飲食店を閉店させている。日本は、飲食店を開けっ放しにして感染者の増加を放置する一方で、感染を調べる検査をやらせないことで、表向きの感染者の増加を抑えて病院を満杯にしないようにしている。飲食店を閉めると感染が増えないのでなく、増加の速度が抑止され、病院を満杯にしない。最終的に感染者が増える点では、飲食店を閉めても閉めなくても同じだ。病院を満杯にしないのが目的なら、日本の開店放置のやり方でも良いことになる。 (Leaked Covid-19 Documents: Hospitals Prep For 96 Million Infections & 480K Deaths

日本などアングロ連合諸国は、感染者数を少なくごまかす不正をやっている。これは一見悪いことだが、現実的に考えると、検査数を増やして感染者数を増やすと、軽症者で病院が満杯になりかねない。感染しているが軽症な人を入院させずに帰宅させると、感染者の自宅周辺がパニックになる。パニックを発生させても感染拡大の抑止にならない。しかも、感染者を入院させろという社会的圧力を強まり、病院が満杯になってしまう。ならば、検査せず公式な感染者に仕立てないことが現実的な選択肢になってくる。 (Coronavirus Forces New Travel Curbs, Bans on Large Gatherings

感染しているのに検査を受けられないので感染を知り得ずそのまま暮らしている人は、検査して感染を知って引きこもる人よりも、他人に感染を拡大する傾向が大きい。だがその一方で、いったん陰性になってかなり経ってから再び発症したり陽性になるケースもあり、ウイルスの性質としての感染状態の「完全な終わり」が確定できない状態のままだ。一人ひとりの感染者に厳密な対応をしていると、それぞれに対して1か月以上かかり、対応する当局の側がパンクしてしまう。

中国は、共産党の強力かつ広範な独裁体制を活用し、人口の半分を閉鎖・隔離状態にして、感染拡大をかなり止めている。しかし今、閉鎖を解くと感染が再拡大する事態に直面し、なかなか閉鎖を解いていけない。北京市などは、いったん開けたが再び閉めている。中国政府は、閉鎖を解いて経済活動を再開していると強調しているが、その中には、習近平政権の「勝利」を喧伝するための「見せ物」としてごく一部が再稼働しているだけのところも多い。中国は、閉鎖の再開に苦労している。加えて中国は、重症な発症者だけを「感染者」として扱っており、日本と異なるやり方で感染者数を過少に発表することで「勝利」感を演出している。世界は、新しい覇権国である習近平の中国に媚びて、中国の勝利と再開の演技を鵜呑みにしている。「アップルは、中国以外の世界中の店舗を閉店した。中国の店舗だけは再開を維持している(実は開店休業)」といった報道が象徴的だ。そんな中、英国のジョンソンは、中国のやり方は良いものでないと指摘している。 (Apple Closes All Its Stores Outside China Over Coronavirus

検査したがらない日本と対照的に、韓国は新天地教会の集団感染以来、ものすごく積極的に検査を拡大し、統計上の感染者は増加したが政策の透明度が上がって成功だったとされている。日本はアングロ連合と一緒に6割感染・集団免疫のシナリオに沿って検査回避の感染者隠しをやり、日本と対照的に韓国は積極検査の策をとり、EU諸国がそれを見習ったという流れになっている。しかし最近は韓国も感染者の増加幅が減ってきた。韓国の感染拡大は山を越えて終わりつつあるのか?。それは考えにくい。韓国の感染者は8千人台だ。こんな少数で終息するとは思えない。韓国は、感染者を積極的に統計に載せる政策を微妙に変えた可能性がある。 (What America Could Learn from South Korea's Coronavirus Struggles

このほか、エジプトやカンボジアなどの発展途上諸国も、検査をできるだけせず、感染者の統計数を増やさない政策をとっている。エジプトの統計上の感染者数は現在126人だが、エジプトを旅行した日本人が何人も感染している。エジプトの実際の感染者は何万人・何十万人もいるはずだ。カンボジアの統計上の感染者数は12人だ。フンセン首相は「我が国には感染者がいない」という姿勢を貫いている。行き場を失った国際クルーズ船を2月13日に受け入れた時からそうだった。だが、受け入れたクルーズ船の乗客の中に感染者がいると後でわかったし、その後カンボジアから帰国した日本人の感染もわかった。カンボジアにもかなりの数の感染者がいるはずだ。発展途上国の多くは、できるだけ検査をせず感染を放置している。その結果、それほど大変なことにならないのなら、これが現実的な策なのかもしれない。 (世界に蔓延する武漢ウイルス 2



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