武漢コロナウイルスと世界不況2020年2月7日 田中 宇中国政府は新型コロナウイルスの感染拡大を止めるため、1月23日に武漢市を閉鎖した。2月6日で、それから2週間が過ぎた。ウイルスの潜伏期間は最大で2週間と言われている。2週間たった今、武漢以外の中国と海外では、それほどの発症者が出ていない。1月23日の閉鎖直前に武漢から出てきて人々が中国や世界に散らばり、無自覚にウイルスを拡大させたとしたら、感染者はそれから2週間以内に発症する。実際のところ、武漢以外の場所で、未発見の感染者の発見は増えても、発症者の急増は起きていない。最近は、新たな死者のほぼ全員が武漢など湖北省で出ている。 (Wuhan Ordered To Round Up Infected Residents For Mass Quarantine Camps) (武漢コロナウイルスの周辺) 武漢など湖北省では、まだ事態の悪化が止まっていないようだが、それ以外の中国と世界では、このままの流れで2月9日からの来週になると、新たな発症者の爆発的な急増が起きる可能性がさらに減る。そうなると、新型ウイルスの問題が山場を超える。中国政府は感染者の数を過少に発表している可能性があるが、その歪曲の多くは武漢市や湖北省での感染についてだ。 (Coronavirus Closes China to the World, Straining Global Economy) (Coronavirus Chaos: The Torturous Journey Home for 5 Million 'Homeless' Wuhan People) 武漢閉鎖後、中国の多くの地域で、旧正月の連休の休業を2月9日まで延長する措置がとられた。これは、ウイルスの拡大を防ぐため当局が武漢閉鎖から2週間の検疫時期を設けたという意味だろう。今の予定だと2月9日まで休業し、10日の月曜日から、中国各地の工場の操業再開など、経済活動の再開が始まる。中共当局が、予定どおり10日から経済活動の再開を決めるのか、それとも10日以降も検疫の延長、経済活動の停止をしばらく続けるのか、これからの土日の2日間でわかってくる。ウイルス問題を解決するために中国有数の経済の集積地である人口1千万人の武漢市と6千万人の湖北省を閉鎖した習近平は、経済よりウイルスの解決を優先している。中共が、来週も中国経済の停止を続けると、世界経済への悪影響が大きくなる。今は、その分岐点にいる。 (China Sacrifices a Province to Save the World From Coronavirus) (China Marshals the Power of Its Surveillance State in Fight Against Coronavirus) 韓国の自動車メーカーである現代・起亜は2月3日、中国・山東省の工場からの部品供給が止まっているため、韓国の工場の操業を停止すると発表した。2月11日には操業を再開すると発表されている。山東省の部品工場(韓国系部品メーカーのワイヤーハーネスなどの工場)は2月9日までの操業停止を中国当局から命じられている。10日に操業が再開されれば11日から韓国の自動車組立工場も再開できると考えられている。韓国は山東省の対岸にあるので、韓国の自動車会社は数年前から部品供給の中国依存を高めた。そのため、世界の他の国々の自動車メーカーより先に操業停止に追い込まれた。中国当局が当初の予定通り2月10日からの操業再開を許してくれないと、韓国の自動車産業は危機が増す。 (Hyundai, Kia Factories Crippled In South Korea As Part Suppliers In China Remain Closed) (シャットダウン危機の現代自動車、中国にSOS「一部工場だけでも早期稼動」) アップルのiフォンは、中国の広東省と河南省にある台湾メーカー、フォックスコンの工場で組み立てられている。2つの地元の省政府はフォックスコンなど省内の各工場に対し、従業員の自己検疫(自宅待機命令)として「省内居住者は1週間、旧正月に省外に帰郷した者は2週間経つまで出勤させるな」と命じた。この命令がいつ下されたのか不明だが、フォックスコンは「2月後半まで製造を再開できない」と言っているので、2月に入ってからの命令だと思われる。中共中央が武漢の閉鎖(自己検疫)を決めたのは1月23日だが、その後、それにならって中国各地の省や市の政府が地元での自己検疫の開始を決めたのは、数日から2週間ほど経ってからだ。もしくは地元で発症者が出た後だ。 (iPhone maker Foxconn will stay shut in China for another week at least) (Foxconn Extends Delay, Won't Restart iPhone Production Until Late February) 工場を操業できないのは、従業員に自己検疫が命じられているからだ。2月9日に最初の自己検疫の解除が行われても、週明けの月曜日から出勤できる従業員は、旧正月に省外に行っていない人だけだ。予定どおり2月10日から中国各地の経済活動の再開が始まっても、しばらくは活動は部分的になる。中国で完成車を組み立てている日本車メーカーは、2月下旬まで操業再開できないという予測を出している。 (Coronavirus has put globalisation into reverse) 中国政府が、まだウイルス感染が危険な状況にあると判断して2月10日に予定されている経済活動の再開を延期すると、世界的な製造業の部品供給の懸念が急増するだけでなく、中国と世界の経済成長への悪影響が一気に増す。中国は、製造業の世界的な拠点であると同時に、消費における世界最大の巨大市場でもある。自己検疫が続く限り、中国各地の商店街は軒並み閉店で、市民は家に閉じこもり、消費が急減した状態が続く。 (China Now in Dollar Bear Trap – Catherine Austin Fitts) 仏米の自動車製造のフィアットクライスラーは2月6日、中国の部品工場の操業停止があと2-4週間続くと、欧州の自動車組立工場を操業停止せねばならなくなることを明らかにした。日本車や米国車も、程度の差だけで似た状況だろう。コスト削減競争を続ける世界各国の自動車メーカーは、部品供給を国際化している上、完成車組立工場における部品在庫も減らしてきた。そのため今回の中国のように大きな部品製造拠点国からの供給が何週間か止まると、世界的な生産危機に陥る。部品の調達先を変えるには、新たな良い調達先があったとしても、代替品の安全性の検証などに数か月以上かかる。 (Fiat warns coronavirus could force closure of European plant) (Fiat Chrysler warns coronavirus may force European plant to close) ゴールドマンサックスのアナリストは2月6日、今回の新型ウイルスの影響で今年の世界経済の成長が2%減速するという予測を出した。世界経済の成長率は3%ほどだから、2%減速すると1%に低下してしまう。ゴールドマンは、新ウイルスの悪影響が3月末までで終わると予測し、4月以降は世界経済の成長が再加速するので、今年全体の成長は3%以上を維持すると予測している。そんなにうまくいくのだろうか。これは株価を高値誘導するための誇張な感じだ。武漢でウイルスが発生する前から、今年の世界経済は悪化傾向だと言われていた。これからウイルス問題が最短で解決しても、世界経済への悪影響は4-6月まで続く。ウイルスの感染拡大が続くほど、世界経済がマイナス成長に近づく。しかもそれは従来どおり、統計数字を思い切り誇張した状態での話だ。 (Coronavirus Will Whack 2% From Global GDP Growth In Q1: Goldman) (Goldman warns coronavirus to dent 2020 global economic growth) 中国の株式市場は旧正月明けの2月3日に暴落した。連動して、世界各地の株価も2月3日に急落した。ウイルス問題での製造業の停止と中国の消費減を勘案すると、2月3日の世界的な株の急落は当然のことだった。その週は、上に書いたような自動車産業の部品不足、米最大の時価総額を持つアップル社の生産停止など、経済的に悪いニュースが次々に出てきた。2月3日に急落した株価が、その後の数日にさらに下がる傾向が続くのが、自然な「あるべき」株価の展開だった。2月10日から中国での経済活動が再開されるなら、それからやや反騰になるのが自然だ。 (Record Surge In Global Virus Cases Sparks Panic-Bid For Stocks To All-Time Highs) (Tech Scroll Asia, your guide to the billions made and lost in Asia tech) しかし実際の株価は、2月3日に急落した後、毎日急騰して2月6日には米株価が史上最高値を再び更新してしまった。経済マスコミは「中国の国営テレビが新型ウイルスの治療薬が開発されそうだと報じたことを好感して株価が急騰した」と報じた。しかし、国営テレビのその報道が、ウイルス問題で苦しめられている中国の国民をヌカ喜びさせようとするプロパガンダでしかないことは容易にわかる。WHOはわざわざ「新型ウイルスの治療薬はまだありません」と発表している。2月4日以降の米日などでの株価の上昇は、米連銀など中央銀行群が造幣した資金を注入して金融機関に株や債券などを買わせるQE4をやったからだ。個人投資家などQE4に関係ない勢力は、もうあまり株を買っていない。株価が下がると円高ドル安になるが、その後QEの資金が入ると円安に戻り、そのあと金相場が下がる。毎回そのパターンだからわかりやすい。 (There Are "No Effective Remedies" For Coronavirus, WHO Says) 中銀群がQE資金を注入して株価をつり上げるなら、中国のウイルス問題の好転と同期するようにやれば良かったのだが、QEによる株価つり上げは、そのような細かな演技ができないらしい。1月はじめ、スレイマニ司令官を殺されたイランが米国に仕返しするためにイラクの米軍基地にミサイルを撃ち込んだ時も、米軍の側に実害がないとちゃんと報じられてから資金注入して株価を反騰させればよかったのに、反騰が半日早く始まってしまい、QEでつり上げていることがバレる異様なチグハグさになった。スレイマニの時も今回も、マスコミは株価変動の異様さを指摘しない悪質な報道を続け、世の中のほとんどの人々もマスコミ報道をおおむね鵜呑みにしてしまい、なんか変だよねぐらいの反応しかしない。経済を素人判断すべきでないという悪い新興宗教にみんな引っかかっている。騙すマスコミでなく、騙される人々のせいだといえる。 (Trader Mocks Markets "Behaving As If Middle East Tensions Are Yesterday's News") (中央銀行の弾切れ)
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