ゴーン逮捕で仏マクロンの謀略を潰した日本政府2018年11月22日 田中 宇日産・三菱・ルノーの会長を兼務するカルロス・ゴーンの11月19日の逮捕は、フランスのマクロン大統領の謀略を阻止するための、経産省が主導する日本政府による対抗策である。仏政府はルノーの最大株主であり、マクロンは2015年に経済大臣だった時から、大株主であることを利用して、ゴーンと喧嘩しつつルノーに経営介入して政治家としての人気取りに使ってきた。昨年、仏大統領になったマクロンは、これまで提携関係にあった3社をルノー主導で合併して「世界最大の自動車会社」に仕立てるとともに、日本側2社のおいしいところをフランス側に吸い上げ、フランスの雇用拡大や経済成長につなげたかった。 (Carlos Ghosn was planning Nissan-Renault merger before arrest) フランスは、ドイツと並ぶEUの主導役だが、自動車産業が隆々としているドイツが経済力においてフランスよりかなり優勢で、EUの盟主はドイツであり、フランスは脇役に甘んじてきた。それを変えたい野心家のマクロンは、今年2月、ゴーンがルノーの会長の任期を更新できるかどうかという時に、ルノーの最大株主としてゴーンに、日産三菱との株式の持ち合い関係を、ルノーが日産三菱を併呑する形に進ませること(それとゴーンの報酬の3割削減)を条件に、ゴーンのルノー会長続投を了承した。ゴーンはそれまで、日産三菱の社員のやる気が低下するのでルノーによる併呑に消極的だった(と報じられてきた)が、今年2月以降、日産三菱を併合する方向に進み出した。 (Nissan’s Carlos Ghosn Arrested, to Be Ousted as Chairman Amid Misconduct Probe) (仏政府は、ルノーの15%の株主でしかないが、マクロン自身が経済相の時に作った法律により、ルノーでの発言権は30%ある。経済相時代のマクロンは、仏政府が持つルノーの株を買い増して経営介入しようとしてゴーンと喧嘩になった。マクロンはゴーンを潰そうとしたのでなく、自分の言いなりにしようとしてきた。日本政府がマクロンに頼まれてゴーンを逮捕したという説は間違いだ。マクロンは、ゴーン逮捕を事前に知らなかった。日本政府は、マクロンがゴーンを使って日本企業を食い物にしようとしたので阻止した。日産と三菱はゴーンを非難しつつ会長職から外すが、仏政府はゴーンをルノー会長から外させないし、「ゴーンを逮捕した日本の当局が正しいかどうか、証拠を見ていないのでわからない」と、ゴーンを擁護し続けている) (Ghosn Arrest Is the Last Thing Macron Needs) (France calls for Carlos Ghosn to stand down as Renault chief) フランスのルノーが日産三菱を併合して「(ドイツ勢より大きな)世界最大の自動車会社」になれば、経済面でフランスがドイツに負けていないことを見せつけられる。支持率が落ちてきたマクロンの人気も挽回しうる。フランス人は「怠慢」なので、ルノーの一人あたりの生産性は日産の半分しかない。しかし、フランスはゴーンを派遣して潰れかけていた日産や三菱を救ってやったのだから、フランスが日産や三菱を食ってもいいだろう、というわけだ。ゴーンが逮捕されなければ、来年春ぐらい(数カ月内と報じられている)に日産と三菱がルノーに食われて「フランスの会社」になっていた。 (France grapples with looming loss of Renault leader Carlos Ghosn) (France 'extremely vigilant' on Renault after Ghosn arrest: Emmanuel Macron) ゴーンが逮捕される2週間前には、フランス北部のルノーの工場で日産と三菱の新型バンなどを生産開始する記念式典にマクロンとゴーンが並んで出席し、2人でルノーの日産三菱併呑を進めようとしていることを印象づけた。これまでアジアで生産していたアジア向けの自動車をフランスで作る計画が進んでいた。マクロンはルノーに、自政権の人気取り政策の一つとしての電気自動車の開発も急がせており、それも日産三菱を巻き込んで行うことになっていた。 (The Ghosn Affair Is an Inconvenient Scandal for President Macron) (ルノー・日産自動車・三菱自動車、フランスでバンの生産を拡大) 日産と三菱の側では、ルノーに併呑されることに抵抗があったはずだ。今回のゴーン逮捕は、日産の西川社長らルノー系以外の幹部たちが、ルノーに食われるのを阻止するため、ゴーンの「腐敗」を検察にたれ込んで事件化したことになっている。だが、日産が検察に頼んでやってもらった事件であるなら、検察が金融商品取引法違反だとか、司法取引だとか、異例の手口でゴーンを潰していることに説明がつかない。今回の件は、横領的なものでなく、有価証券報告書への記載を「間違えた」だけの「微罪」と考えることもできるからだ。 (Five key questions in arrest of Ghosn) 日本政府がおフランスとの友好関係を優先したら、日産のタレ込みは無視されたはずだ。これは、日産という民間企業でなく、もっと上の、安倍首相自身を含む日本政府・官僚機構の上層部が、日本国がフランスと対立してもゴーンを逮捕してマクロンの併呑謀略を阻止し、日産と三菱を日本企業のままにする防衛策をやろうと決めない限り、天下のゴーン様を微罪でいきなり逮捕するなどという、ぶっ飛んだ事件にならない。今年3月に書かれた日本語の記事(悠木亮平著)の末尾には、ルノーと日産の経営統合を「どんな手を使ってでも阻止する」と経産省幹部が息巻いていた、と書いてある。ゴーンは経産省と仲が悪かったが、西川は経産省と仲が良かったとFTが書いている。 (ゴーン続投は日産・ルノーの経営統合の布石か?仏政府介入に反発強める日産・経産省) (Nissan plans to use Ghosn exit to take power from Renault) 米国がトランプになって覇権放棄に邁進し、既存の米国覇権の世界体制が揺らぐなか、安倍首相は、日本の外交政策において、対米従属一辺倒の外務省に雑用しかやらせず、戦略立案を経産省にやらせる傾向だ。経産省(通産省)は70-90年代に、米国が貿易摩擦で日本を攻撃してきた時、日本側の産業界の利益を代弁して交渉し、対米従属の外務省と喧嘩が多発していた。今回もその延長で、経産省は安倍政権の事務方として、日産三菱がフランスに食われて日本の国益が損なわれることを阻止した。 (Who Is Carlos Ghosn and Why Is He in Trouble?) 日本の検察は、オランダにあるルノーと日産三菱の合弁会社でも、ゴーンが犯罪行為を行った疑いがあるとして、捜査対象に入れている。この合弁会社は、ルノーが日産三菱を併呑する際に使われる可能性があった。日本の捜査当局は、ここも標的にすることで、ルノーによる日産三菱の併呑を妨害しようとしている観がある。 (Ghosn Probe Creeps Closer to Renault) 従来の対米従属一本槍の戦後日本では「経営者は、年功序列などという時代遅れにこだわる日本人より、効率重視の外国人(=欧米人)の方が良いんだ」と、みんなが洗脳されて思い込んできた。ディズニーランドには何十時間並んでも入りたい。今でも日本人のほとんどは、無自覚的に対米従属である。日産を3年で建て直したゴーンも、経営の神様みたいにもてはやされていた。日本の官僚機構(財務省など)は、米国をしのぐことがいやで(対米従属できなくなるので)、わざと90年代のバブル崩壊後の経済難を何十年も長引かせ、日本を今のような2流国にした。東芝が、くそなWH(ウエスチングハウス)をつかまされた挙句に経営難になったあたりまで、悪いのは欧米側でなく日本人だという不必要に自虐的な対米従属感を、日本人は持っていた。 だが、ブッシュからトランプにかけての米国覇権の自滅と、きたるべき米国発の金融大崩壊により、いずれ米国覇権は終わり、中露の台頭など世界の多極化が進む。日本は、対米従属以外の国家戦略を用意せねばならない。安倍政権が、米国抜きのTPP(日豪亜)の発足を急ぎ、中国との経済関係強化、日露和解などを急いで進めているのは、対米従属の終わりに備えるためだ。今回のゴーン逮捕、日産三菱を食おうとするマクロンの謀略の阻止も、日本政府が対米従属(NATO諸国との同盟関係を優先し、日本企業を見殺しにすること)から離脱し、日本の国益を、以前より重視するようになっていることを意味する。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) マクロン自身、日本との関係を大事にすることより、日本企業を食い物にして仏経済のテコ入れと自分の国内人気の獲得を優先している。トランプも、米国人の雇用を増やすという「国益最優先=米国第一主義」の名目で、他国からの輸入を妨害する懲罰関税策をやっている。世界中が、同盟関係や国際秩序や資本関係より、自国の国益を優先し始めている。日本でも、今回の件で国益重視の右翼がフランス大使館前で抗議行動ぐらいしても不思議でないのだが、日本の右翼系の多くは外務省傀儡で、日本の国益より米国の国益を大事にする「売国奴」なので、事態の本質が理解できていない。自分では愛国者と思っている「うっかり売国奴」が多い。 ルノー日産三菱の3社の会長を兼務していたゴーンは、ワンマン経営者で、3社の合併を推進する大黒柱だった。ゴーンがいないと、3社は合併どころか、提携の拡大も難しくなる。ゴーンは保釈後、ルノーの会長に戻るかもしれないが、日産と三菱からは排除されていく。今回、日本は国家として、フレンチ野郎を微罪で「犯罪者扱い」して、日仏関係の悪化もかまわず、日産と三菱を守ることにした。日産三菱は、日本国の後ろ盾を得た。日産は、もうフランス側にヘコヘコする必要がない。日産は、株の買戻しなどで、ルノーとの関係を切っていく可能性が大きい(三菱は日産が最大株主)。マクロンの謀略は失敗した。ざまあみろだ。日本人は、欧米人経営者礼賛をいいかげんにやめるべきだ。 (Renault board to meet after Ghosn arrest) 世界的に自動車業界は競争が激しい。会社経営的には、ルノー日産三菱の3社連合は、規模が大きく、開発や生産コスト削減に有利だ。ルノーと関係を切った日産三菱が、どのような戦略で利益を出し続けていくつもりなのか。代替戦略がないとゴーン潰しは日産三菱の失敗につながる、と指摘されている。たしかにそうだが、日仏の共存共栄でなく、日産三菱がフランスに食い物にされるのでは日本人にとってマイナスだ。資本関係など糞くらえだ。マクロンは、ゴーンと喧嘩してルノーを仏経済省傘下に入れ、その上で日産三菱を併呑しようとした。今回、それを阻止した日本経産省は、ルノーとの関係を切った上で日産三菱がどうするか、代案を考えているはずだ。トランプは貿易政策などで米国企業を采配しているし、習近平は中国企業を采配している。自由企業万歳な時代はリーマン危機とともに終わっている。 (Separating the Renault-Nissan twins would be bloody) (Global Auto Industry Collapse Continues As October EU Data Shows No Relief)
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