他の記事を読む

米中間選挙の意味

2018年11月6日   田中 宇

11月6日の米国の中間選挙まであと1日となった。米国の国政選挙は、4年に一度の大統領選挙、2年ごとに全議席が改選される議会下院選挙、2年ごとに3分の1ずつ改選する議会上院選挙が組み合わさっており、大統領選挙がなく議会上下院のみの選挙の時が、今回のような「中間選挙」だ。 (Trump supporters line up more than 24 HOURS ahead of president's Houston rally with his Ted Cruz after 100,000 people RSVPed for 18,000 seats

前回2016年11月の国政選挙では、大統領が共和党のトランプになり(総得票数は民主党のクリントンの方が多かったが、各州から選ばれた代表が大統領を決める間接選挙制のためトランプが勝った)、議会が上下院とも共和党が多数派(与党)になった(米国は2大政党制で、共和党・民主党以外の政党は排除され泡沫)。米議会の現在の議席数は、上院(定数100)が共和51、民主49(47+2)で2議席差。下院(428+空席7)が共和235、民主193だ。 (5 possible scenarios for Election Day, and what they’d mean) (Early Voter Turnout Surges As Republicans Hold Lead In Battleground States

今回の中間選挙の事前予測は、11月5日の時点で、上院は共和党が1-2議席増やして多数派を維持しそうだが、下院は大接戦になっている。下院選挙は、民主党が228議席とって多数派を奪うという予測がある一方、16大統領選でのトランプ勝利を的確に予測したラスムッセンの世論調査は、共和46%・民主45%で、下院も共和党が土壇場で1%の優勢に転じたという予測を発表している。上院は共和党の勝ち(多数派取得)で決まりのようだ。だが下院は、前々からの下馬評通りなら民主党の勝ちだし、そうでなく16年の大統領選の時のようにトランプ嫌いのマスコミが今回も誤判断しているのなら、ラスムッセンの予測通り共和党が多数派を保持する。期日前投票も、共和党の優勢が伝えられている。 (Four Things You Need to Know About the Midterms) (Stocks Surge After Latest Poll Shows GOP Retaining The House

選挙の結果がどうなるかよりも、どうなった場合にどのような意味があるか、の方が重要だ。私が見るところ、明日の中間選挙の意味は、16年の大統領選以来、米国と世界を大転換させているトランプに対する信任投票だ。トランプ率いる共和党が、接戦になりそうな下院の多数派を保持した場合、「米国第一主義」や覇権放棄の国際戦略、移民排斥の国内戦略など、「トランプ主義」が政治正統性を拡大する。下院の多数派を民主党が奪った場合、トランプの政治正統性は拡大せず、引き続き、軍産マスコミ民主党の「エスタブ連合」と、トランプ主義との混戦状態が続く。 (The cliché is true: this is the most important US midterm, ever) (Republicans Show Strength in Early Voting! By Karl Rove

どちらにしても、トランプが中間選挙によって激しく不利になることはない。民主党は、トランプ当選以来の2年間、トランプを阻止し無力化することを主な戦略としており、民主党としての能動的な新たな戦略を打ち出せていない。民主党内は、クリントンやペロシ(下院議員)といった旧来の主流派であるエスタブ勢力と、サンダースや若手層など最近台頭してきた左翼勢力との間の調整ができておらず、党内がまとまっていない。トランプ主義と、民主党の新たな主義主張との戦いでなく、トランプ主義と、アンチトランプ主義との戦いになっている。そのため中間選挙は、トランプ主義がアンチに勝つのか、それともトランプとアンチとの戦いがまだ続くのか、という2つの方向性の間の分岐点になる。 (Republicans On Verge Of Historic Wins In House And Senate As Long Promised Democrat ‘Blue Wave’ Fizzles Out Amid Late GOP Rally) (Paul Craig Roberts Asks "Is America Finished?"

トランプ=ポピュリズム、民主党=リベラル、と考えると、中間選挙は(16年大統領選に続く第2弾の)「ポピュリズム対リベラリズム」の戦いとも言える。しかし、議会下院の多数派を民主党が奪ったとしても、それで米国のポピュリズムが強まる動きがおさまるわけでない。米国のポピュリズム(トランプ主義)とリベラリズム(民主党)の戦いは、中間選挙と関係なく続く。下院を共和党が守るとトランプ主義が強くなる一方、下院を民主党が奪ってもリベラル主義が再強化するわけでない。 (Watch: Bannon Crushes Frum In 'Explosive' Debate On "The Rise Of Populism"

民主党は今回の中間選挙で、トランプを無力化することを主たる戦略としてやってきたこの2年間の成果を問われる。下院の多数派を奪えなかった場合、2年間の戦略が失敗だったことになり、民主党はダメージを受ける。民主党は、下院の多数派を奪えても、従来のリベラル主義の運動が、ポピュリズムに押されて劣勢になっているため、引き続きトランプ対リベラルの混戦が続くことになる。 (Vote against all Republicans. Every single one.

中間選挙は、共和党内の勢力図にも影響を与える。共和党内は、16年の選挙で登場したトランプが、従来からの軍産財界石油利権といったエスタブに殴りこみをかけてきた2年間だった。エスタブをとりまとめていたライアン下院議長は、今回の選挙に不出馬で、共和党内はエスタブが弱くなり、トランプに乗っ取られている。 (Trump’s moves on immigration roil midterm campaign for both parties

中間選挙で上下院とも共和党が多数派を維持すると、それは共和党内でのトランプの勝利を意味する。軍産エスタブは、共和民主の両党内で勢力が弱まる。共和党は、トランプ主義のポピュリズム政党になる。民主党は、リベラル左翼(いわゆる極左)の政党になる。2000年の大統領選挙は、ポピュリズム対リベラル左翼という、右と左の草の根(を詐称する)勢力間の戦いになる。軍産エスタブ(日本が従属してきた勢力)は、今よりさらに力を失う。中間選挙で、下院を民主党が奪還すると、そのような激変にならず、これまでの2年間のような混戦がまだ続く。 (A Real Immigration Crisis Is Coming to America Sooner Than You Think) (Identity politics are stronger on the right than the left

共和党は「小さな政府主義」が強いが、民主党は「高福祉=大きな政府でもかまわない」主義だ。下院が民主党主導になると、トランプが政府の財政赤字を急増させる(財政破綻を早める覇権自滅)戦略は、むしろ扇動される。中国敵視やイラン敵視、ロシア敵視は、民主党も強いので、トランプの覇権放棄の世界戦略は、どちらの党が議会の多数派になっても、大した影響を受けない。 (After the US midterm elections, don’t count on a Democratic Congress to soften Trump’s hard line on China

グアテマラからメキシコを通って、米国の国境に向けて、数千人の「移民キャラバン」が歩いている。この政治運動は、違法移民を米国に入国させたい米民主党系の勢力が起こしているように見えるが、政治的な効果としては「米国民の雇用を奪う違法移民を入国させるな」「違法移民は侵略者だ」と叫ぶトランプ支持者=共和党を「反移民」で結束させ、有利にする。トランプ陣営の一人(元顧問のBarry Bennett)は「移民キャラバンは共和党への贈り物だ」と言ってニンマリしたという。 (Trump puts migrants at the centre of election campaign) (New Migrant Caravan Forms; Former Trump Campaign Adviser Calls "Political Gift" Before Midterms

中間選挙の結果がどうあれ、トランプは選挙後の数週間以内(来年初めまで)に新たな閣僚人事をやり、政権内から軍産エスタブ勢力をさらに追い出し(マティス国防長官も更迭か)、ネオコン系(ボルトン、ポンペオ)を起用した覇権放棄の戦略を加速する。中国への懲罰関税は予定通り元旦に発動される。 (Trump administration prepares for massive shake-up after midterms) (Will Trump will head into the 2020 presidential election with a stronger team?

トランプは、欧州を米露ミサイル対立の激化から守ってくれていたロシアとのINFミサイル協定を破棄し、欧州がNATOに依存できず自前のEU軍の創設を急いだり、米国のロシア敵視を無視してロシアと仲良くするように仕向けていくだろう。INFミサイル協定の離脱は、イラン再制裁と並び、欧州を対米自立に押しやるためのトランプの覇権放棄策である。

民主党の左派の領袖であるサンダース上院議員が、それまで「青い波」(民主=青、共和=赤)と報じられ優勢だと浮かれていた自党の勢いが、実は優勢でなく共和党と拮抗していることに気づいて警告を発したのが、選挙2週間前の10月22日だった。16年の大統領選と同様、民主党は自分たちの勝算について騙されてしまっている。この流れから見ると、下院も共和党が守るのでないかという感じがする。 (Bernie Sanders: Blue Wave Is Dead; Midterms Will Be "Very, Very Close"

今回の記事について「選挙結果が確定してから書いた方が良いのでないか」という考え方もあるが、解説というものは、事後より事前に考えた方が、全体像を考えて書くので視野の広いものが書ける。選挙前なら、いろんな可能性の選択肢の一つ一つについて、その意味を考えられるが、選挙後は、実際の選挙結果しか見えなくなる。日本人は、起きた後の事実そのものだけを重視する鼻くそな固有名詞暗記主義だが、大事なのは出来事をどう見るかだ。それが分析だ。分析の視点とは発想(空想)であり、実際に起きなかった「起きたかもしれない選択肢」についても同時に考えることが重要だ。事実に関する予測の当たり外れは重要でない。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ