米国から露中への中東覇権の移転が加速2018年8月12日 田中 宇7月16日の米露首脳会談と、8月6日のイラン制裁強化という、トランプの米国が引き起こした2つの出来事を機に、中東におけるロシアと中国の安保・経済両面での影響力が拡大している。とくに今回、これまで中東での活動を目立たないようにやってきた中国が、影響力の拡大を顕在的にやり出したことが目を引く。中国とロシアは、中国が経済面、ロシアが安保軍事面を主に担当する形で、協力しあって中東を傘下に入れている。 (中東の転換点になる米露首脳会談) ロシアは以前から、シリア内戦への介入、イランやトルコとの関係強化など、リスクをとって中東での覇権拡大を続け、米国はロシアの中東覇権拡大を容認してきた。だがこれまでは、従来の覇権国だった米国が、ロシアの拡大を突然容認しなくなるかもしれない懸念があった。中国は、その米国豹変の可能性を勘案し、これまで中東での覇権拡大をゆっくり目立たないようにやってきた。しかし今回、シリアの内戦終結と同期する形で開かれた7月の米露首脳会談で、内戦後のシリアと周辺地域の運営がロシアに任されることになり、シリア周辺での米国の影響力が大きく低下することが確定的になった。中国は以前に比べ、米国を恐れずに中東の覇権を拡大できるようになった。 (米露首脳会談の最重要議題はシリア) (Europe: World must hold end of bargain with Iran) 加えて、米国によるイラン制裁強化によってイラン核協定(JCPOA)からの米国の離脱が確定し、米国の離脱後もイラン核協定の枠内に残っている中国(や露EUなど)が、米国のイラン制裁に同調せずにイランと経済関係を維持できるようになった。トランプは、イラン制裁に参加しない国の対米輸出を規制すると言っており、欧州の企業は、対米輸出を重視してイランとの関係を切っている。だが中国は、米国から貿易戦争を仕掛けられており、米主導のイラン制裁に参加しようがしまいが、対米輸出が規制される。ならば米国のイラン制裁に参加せず、欧州など米同盟諸国の企業がイランから抜けた穴を埋める形で、イランでの経済利権を拡大する方が良いと、中国は考えている。こうした新事態が、中国が中東で以前より露骨な覇権拡大策をやり始めたことの背景にある。 (トランプがイラン核協定を離脱する意味) (Three Reasons Why 'Fire and Fury' Won’t Work With Iran) トランプのイラン敵視策は、イランの経済利権が欧州から中国に移る流れを加速している。その一つが自動車産業だ。イラン最大の自動車メーカーである国営のホドロ社は従来、フランスのルノーと契約し、ルノーの乗用車「トンダル90」などを製造してきた。イランの自動車市場で、ルノーは8%のシェアを持っていた。だがルノーは最近、トランプの怒りに触れて米国市場から締め出されることを防ぐため、トランプのイラン制裁に協力し、イランから総撤退することにした。ホドロ社は、ルノー車を製造販売し続けられなくなり、代わりに中国の東方自動車の「H30クロス」を製造販売することにした。 (China set to fill vacuum left by French carmakers exiting Iran) フランスのプジョーは、イランの自動車市場の34%のシェアを持っていたが、すでに6月にイランからの撤退を決めている。これらのフランス勢のシェアの多くは、中国車によって穴埋めされていく。中国の自動車各社は従来、合計でイランの自動車市場(完成車)の10%弱のシェアを持っていたが、それが今後、大きく伸びることが確実だ。(中国勢は、部品市場ですでに50%のシェアを持っている)。 (Chinese Car Makers Poised to Fill Gap in Iranian Market as US Sanctions Bite) (Business ties with Iran don't harm other countries' interests: China) トランプは最近、訪米したEUのユンケル大統領(欧州委員長)との間で、貿易戦争を回避する策を合意した半面、中国に対して新たな関税をかける貿易戦争の激化を画策している。トランプが、EUと中国の両方に、同じような厳しい貿易戦争を挑んでいたら、欧州の自動車メーカーは米市場をあきらめざるを得ず、イラン市場にとどまっていたかもしれない。だが、トランプが欧州に対してだけ譲歩したので、欧州企業は米市場を重視してイラン市場から撤退し、イラン市場が中国のものになっていく。 (Ceasefire With Europe Will Make Trump's Trade War With China Even Worse) (US reimposes sanctions as Iran deal crumbles) 中国はイランで、石油ガスの利権も拡大している。トランプのイラン制裁に協力する米同盟諸国が放棄したイランの石油ガスの開発権は、中国(もしくはロシア)のものになる。イランのサウスパースの巨大ガス田の開発権は、フランスのトタールが撤退した後、中国国営のCNPCのものになった。また、トランプのイラン制裁の中にはドル使用の禁止も含まれており、貿易決済の非ドル化(人民元などドル以外の通貨での決済)に拍車をかけている。トランプは、中国をこっそり加勢する隠れ多極主義をやっている。 (Iran Sanctions Fallout: China Takes Over French Share In Giant Iran Gas Project) (China May Boost Iranian Oil Purchases Once US Sanctions Step Into Force) 中国は、エジプトやイスラエル、ヨルダンなどとも経済関係を拡大している。エジプトは、中国の資金で首都機能の移転やインフラ整備を進める構想だ。米国はエジプトとの関係を疎遠にする傾向にあり、米国に頼れなくなっているエジプトは、ロシアと中国の傘下に入りつつある。 (Egypt, China discuss expanding partnership in New Administrative Capital) (Losing Egypt to Russia Isn't the Real Problem—but Collapse Is) エジプトは、イスラエルにとって重要な国だ。イスラエルの国家安全にとって、パレスチナのガザが安定することが重要だが、そのためにはエジプトがガザのハマスに圧力をかけておとなしくさせることが必要だ。エジプトは最近、ハマスとイスラエルの停戦を仲裁して成功させている。エジプトは従来、米国の傀儡であり、その米国を傀儡化していたイスラエルは、米国経由でエジプトを動かしてきた。だが今や、エジプトは米国の傘下から押し出され、中露の傘下に入りつつある。イスラエルも、米国より中露を重視せざるを得なくなる。イスラエルは、米国を傀儡にしておく意味がなくなる。イスラエルは最近、AI(人工知能)など先端技術を得るために、中国との関係を強化している。 (Israel deepens trade ties with China, causing potential danger to the U.S.) (Israeli minister says Egypt bears equal responsibility for Gaza) 中国は、今後のシリアの再建においても最大の資金源になりそうだ。中国政府(駐シリア大使)は先日、シリアに中国軍を派遣することを検討していると初めて表明した。シリア各地で政府軍に投降した反政府勢力(ISアルカイダ)がシリア北部のトルコに接するイドリブ周辺に集められているが、シリア政府軍はイドリブを攻撃することを検討している。イドリブには、中国のウイグル人のアルカイダ勢力もいて、彼らは残虐さで知られている。シリア軍がイドリブを攻略すると、彼らはトルコ経由で逃げ出し、中国の新疆ウイグル自治区に戻ってテロ活動をやりかねない。中国政府は、ウイグル人のアルカイダがイドリブにいる間に皆殺しにして、中国に戻ってこないようにしたい。そのため、中国軍のシリア派兵が検討されている。 (China, Syria: Officials Say the Chinese Military Is Willing to Help the Syrian Army Retake Idlib) (China's Military To Help Assad Retake Rest Of Syrian Territory, Ambassador Suggests) ウイグル人のアルカイダを殺すという具体的な目的があるものの、シリアに対する米国の覇権がもっと強かった従来は、中国が自国軍を直接シリアに進駐することが、中国の選択肢の中になかった。米露首脳会談でシリアの覇権が米国からロシアに移ったので、中国は大胆になり、シリアへの直接派兵が検討され始めた。 (Syria: Why China moves to take part in Idlib offensive?) 米露首脳会談後、アフガニスタンでも、米国の影響力の低下と、中国ロシアの影響力の拡大が加速している。アフガニスタンでは、米国傀儡の政府と、最大の反政府勢力であるタリバン(911以前に政権を持っていた)が、長期の対立・内戦を続けている。アフガン政府は弱く、タリバンの優勢が拡大してきた。トランプは、アフガン政府に見切りをつけ、タリバンとの直接交渉を、米政府として初めて開始した。これは、アフガン政府の弱体化とタリバンの優勢に拍車をかける。 (Can Trump Get America Out of Afghanistan?) (Afghan Govt ‘Largely Lawless, Weak and Dysfunctional': SIGAR Reports) 中国やロシアは従来、アフガン政府とタリバンの和解交渉や連立政権化を提唱してきたが、米国がタリバン敵視をやめないため、アフガン政府も中露の仲裁案に乗れなかった。今回、トランプがタリバンとの交渉を開始したことで、アフガン政府は米国に外された形となり、中露の和平案に乗りやすくなった。タリバンが政権に戻ると、アフガン政府は米傀儡から反米非米勢力へと転換する。 (Trump’s Peace Train: Next Stop, Afghanistan by Justin Raimondo) ▼イスラエルの後見役(=覇権国)が米国から露中に交代した 米露首脳会談後、中国だけでなくロシアの中東覇権も拡大している。ロシアは、シリア内戦終結にともなう中東の国際政治の転換を仕切っている。シリア内戦終結にともなう中東の国際政治の転換には、以下のものがある。(1)イスラエルが、米国の中東でのイラン、シリア、パレスチナなどに対する敵視策を扇動してきた従来の戦略を放棄し、ロシアの仲裁でイランやシリア、パレスチナなどと和解(敵視終了)していく戦略に転換したこと。(2)イラン、サウジアラビア、トルコ、イスラエルという中東の4大国間の関係の中にある敵対を緩和し、「和解」まで行かなくても「ライバル」の関係にまで軟化させること。(3)米国(米イスラエル・サウジ・トルコ)が育成・支援してきたISアルカイダを無力化・解散させ、米国の中東覇権の根幹にあったテロ戦争の構図を終わらせること。 (イラン・シリア・イスラエル問題の連動) 上記3点のうち、ロシアが優先的に手がけるのは(1)のイスラエルの転換だ。米露首脳会談が開かれたのも、イスラエルの国家存続にとって必須な転換を米露協調で進めるためだった。国際金融界、米英系の諜報界など、世界の覇権運営を担う勢力の中にユダヤ人が多いため、イスラエルの国家安全が優先されている。 (米露首脳会談で何がどうなる?) (Russia Announces Iran Pullback in Syria, Israel Rejects Plan) イスラエルは、イラン系の軍事勢力(イランの革命防衛隊、レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵団)がシリアから総撤退することをロシアに求めている。ロシアは「イラン系軍勢をシリア・イスラエル国境から百キロのところまで退却させることはできるが、それ以上のことをアサドに強要するのは無理」という姿勢で、イスラエルとロシアの交渉は破談したことになっている。(シリア政府軍は長い内戦で疲弊し、イラン系軍勢の助けがないと、反政府勢力との戦いや、内戦後の治安維持を十分にこなせない) (As ringmaster, Russia runs Israel-Iran balancing act in Syria) (Russia Announces Iran Pullback in Syria, Israel Rejects Plan) だが、イスラエルでロシアとの交渉を担当してきたリーバーマン国防相は8月2日に「シリア内戦がアサド政権の勝ちで事実上終結した」と宣言した。イスラエルの指導者が、シリア内戦の終結を公式に表明したのは、これが初めてだ(リーバーマンはロシア系ユダヤ人。ネタニヤフ首相とは微妙なライバル関係。ネタニヤフ自身、何度も訪露してプーチンと交渉してきた)。イスラエルとロシアの交渉が本当に破談したのなら、イスラエルはこれからアサドやイランと戦わねばならず、リーバーマンがアサド政権の勝利を認めるはずがない。 (Israel DM Declares Syria War ‘Effectively Over’) (Russia Announces Iran Pullback in Syria, Israel Rejects Plan) イスラエルはおそらく、すでに「イラン系軍勢が国境から百キロのところまで撤退する」というロシア案を了承し、その前提に立って、今後もシリアの政権を持ち続けるアサドとの敵対を終了し、イランとの共存を決意している。イスラエルが、アサドやイランとの敵対終了を隠しているのは、敵対終了を公言してしまうと、過激な敵視策を信奉する米国の軍産複合体との親密な関係が崩れかねない。そのため、イスラエルだけでなく米国やロシアも、イスラエルに協力し、シリア内戦の正式な終了を公式に宣言しないでいる(プーチンは昨年末、イスラエルに敵対終了を提案し始める時にシリア内戦の終了を宣言したが、その後は黙っている)。 (Putin lands in Syria on announced visit to create false impression war is over) (Putin Declares Victory in Syria, Seeks Involvement in ISIS War in Iraq) ロシア軍(武装警察)は、イスラエルとシリアの国境地帯のゴラン高原に、兵力引き離しの監視のために4年ぶりに再駐屯し始めた。イスラエルの事実上の敵対終了の態勢が、静かに構築されている。 (Russia to deploy military police on Golan Heights) (UN peacekeepers return to disengagement line between Syria, Israeli-occupied territory) イスラエルは、北方でシリアとレバノンのイラン系軍勢と対峙し、南方でガザのハマスと対峙している。イラン系とハマスの両方と敵対終了すると、イスラエルの国家安全がとりあえず守られる。北方のイラン系とは、ロシアの仲裁のもと、静かに敵対終了しつつある。ガザのハマスとも、エジプトの仲裁により、停戦が発効している。すでに述べたように、エジプトは、米国の傀儡国から追い出され、ロシア中国の傘下に入っている。まだ現実的な打開策が出ていないパレスチナ(西岸)問題についても、いずれ何らかの動きがあるだろう。 (Hamas Accepts Long-Term Gaza Ceasefire Deal) これまでのイスラエルは、米国覇権に依存して自国の安全を守る戦略をとっており、米国の覇権運営権を牛耳る軍産複合体の過激な敵視策と歩調を合わせ、イラン系やハマスを敵視してきた。今回、中東覇権が米国からロシア(と中国)に移るのに合わせ、イスラエルは過激な敵視策をこっそり放棄している。イスラエルの安全を守るのは、ロシア(と中国)の担務になった。中国は、これからの先端技術であるAI技術をイスラエルに与えている。イスラエルに頼られることは、世界的に、露中の立場を強化する。多極型覇権への移行が決定的になってきた。 (米国の破綻は不可避)
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