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米朝会談で北の核廃棄と在韓米軍撤退に向かう

2018年4月4日   田中 宇

 3月27-28日に、北朝鮮の金正恩が中国を初めて訪問し、習近平と会談した。中国は昨年後半、トランプの米国から頼まれ、北朝鮮に核の廃棄を求め続けたが、北はそれをずっと拒否し、核実験やミサイルの試射を続けた。中朝関係は史上最悪の状態になった。それが今回、一転して、習近平が金正恩を北京に招待し、中国側は会談終了後、2人が仲良く談笑している映像を多数流した。金正恩は、習近平が求めていた核廃棄を了承した。そのため習近平は満足し、中朝関係の改善を世界に喧伝した。金正恩は、韓国や米国に対しても、核廃棄の意思を伝えている。 (Trump predicts Kim 'will do what is right' but keeps sanctions in place ahead of meeting

 昨年中、中国からの核廃棄の要求を拒否し続けていた金正恩が、今回、一転して核廃棄を自分の方から宣言したのはなぜか。理由は明確だ。昨年の中国主導のシナリオでは、北が核廃棄を実行しても、北の最大の要求である在韓米軍の撤退や米国からの敵視の解消(米朝和解)が確実に実現することが見込めなかった。米国が中国経由で約束しても、北にとっては信用できない。だから北は中国の要求を拒否した。だが今回、5月に金正恩とトランプが米朝会談することが決まり、北が核を廃棄し、その見返りに米国が在韓米軍を撤退し北と和解するシナリオについて交渉することになった。北は、核廃棄の見返りに、昨年まで得られなかった米国との和解や在韓米軍の撤退を得られるかもしれない事態を得た。 (Xi Jinping And Kim Jong-Un: Make Korea United Again!

 トランプは、在韓米軍(や在日米軍)を重視していない。トランプは16年の選挙戦で「韓国や日本が駐留米軍費をもっと負担しないなら、日韓に核武装を許す代わりに米軍を撤退する」と発言した。最近は「韓国が米国との自由貿易協定の改定を認めないなら、在韓米軍を撤退する」と発言している。このようなトランプの姿勢から考えて、金正恩が核を廃棄すると言えば、トランプは在韓米軍の撤退や米朝和解に賛成する可能性が高い。米朝会談は成功するだろう。 (Trump Is The Great Disruptor : Justin Raimondo) (Trump Suggests Withdrawing Troops From South Korea Over Trade Issues

 金正恩は、3月初めに韓国代表団を通じてトランプに会談を申し入れて承諾されたことにより、核廃棄の見返りに、在韓米軍の撤退や米国からの敵視解消を得られることになった。昨年の中国の要求に従っていたら、この見返りは得られなかった。金正恩は、中国主導のシナリオに乗らず、米国に直接交渉を申し入れて受諾されたことで、祖父にも父にもやれなかった、米国との和解を実現できる状況を得た。その上で金正恩は訪中し、習近平に「おおせのとおりに核廃棄します。トランプと会って在韓米軍の撤退を要求するので支持してください」と言ったのだろう。メンツが立った習近平は喜んで了承し、昨年来の中国主導のシナリオと、金正恩がトランプに提案した米朝会談のシナリオが統合された。 (米朝会談の謎解き) (Why Xi Jinping Wants to Broker the Trump-Kim Deal

 米国や日本のマスコミや、軍産傀儡の大手ブログなどでは、米朝会談が成功しない・開かれないとの予測が目立つ。北朝鮮が核廃棄に応じるはずがないとか、ボルトンやポンぺオといった好戦派を新たな側近に据えたトランプが北に厳しい態度をとるはずだといった筋書きの予測だ。だが、これらの見方はいずれもお門違いだ。 (Peace and the Intellectuals: Trump’s Korea Initiative vs. 'The Blob' : Justin Raimondo

 911以降の米国で強い力を持っていた軍産は以前から、北朝鮮(やイラン、イラク)を核廃棄させる際、IAEAによるひと通りの査察がすんだ後も「まだどこかに核を隠し持っているはずだ。あそこが怪しい。こっちも怪しい」と無限に査察を要求するCVID(完全で検証可能、不可逆的な兵器の廃棄)を条件にしてきた。イラクは、これをやられて軍事的に丸裸にされた挙句に侵攻された。CVIDが条件である限り、米国(とその同盟諸国)は北朝鮮(やイラン)が核廃棄したと認めず、このシナリオに乗ると馬鹿をみる。 (Editorial: Mr. Kim Goes to Beijing

 しかし、米国がCVIDを核廃棄の前提条件にしていたのは、すでに過去のことだ。軍産支配を潰す目的でトランプが大統領になった時点で、CVIDは、トランプ敵視のマスコミや、議会や民主党の軍産傀儡派が野党的に叫んでいるだけの事象になった。トランプは昨春、中国に北核問題の解決を任せたが、中国はCVIDを米英による政権転覆の道具とみなして反対している。 (North Korea’s Kim, Long a Pariah, Takes Tentative Step Onto World Stage

 今後、北の核廃棄に際しては、CVIDでなく、1か月とか期限を区切り、あらかじめ指定した施設群をIAEAが査察して何も見つからなければそれで査察は終わる。それに加え、北の政府が自発的に出してきた核兵器を解体して核廃棄とする算段になりそうだ。北はおそらく、たくさん作った核弾頭のうちの一部を隠し持ち続ける。中国やロシアは、それを黙認せざるを得ないと現実的に考えている。外国に対して閉鎖されている北の国内のどこかに隠した兵器を外国勢が探すのは不可能だ。北が他国に対して「核攻撃するぞ」と言わない限り、中露は、北が核を隠し持ち続けることを黙認する(そもそも北に核開発の材料や情報を入手させたのは米国系の諜報機関だから、北の核武装は米国の責任だと中露は考えている)。北自身や韓国も、中露の考え方に賛成している。米国が北核問題の解決を宣言すると、日本も何も言わなくなる。 (On Iran and North Korea: Don’t trust, and verify, verify, verify

▼トルーマンが議会に諮らず始めた朝鮮戦争を、トランプが議会に諮らず終わらせる

 米議会には、共和党にも民主党にも軍産傀儡の議員がまだ多い。トランプが大統領権限で北核問題の解決を進めても、議会の承認が必要な事項で妨害される可能性がある。だが、議会承認がないと進められないことは、北朝鮮との国交関係の樹立ぐらいだ。1950年に始まった朝鮮戦争を終戦させる米朝敵対の終了は、議会承認が必要かと思ったが、調べてみると、朝鮮戦争は米議会が開戦を可決して始まった戦争でない。当時のトルーマン政権が「戦争」でなく「(国家でない共産ゲリラを退治する)警察行為」と見なし、議会の承認を経ず、大統領権限で始めた戦争だ。朝鮮戦争は、大統領権限で開始されたものなので、トランプが大統領権限で終わらせられる。議会は関係ない。 (Truman orders U.S. forces to Korea - Jun 27, 1950) (The Korean War gave the president the power to take us into battle. It’s been that way ever since.

(合衆国憲法は開戦権限は議会下院にあると明記しているが、米国は、第2次大戦より後のすべての戦争を、議会に諮らず大統領権限で始めている。議会も、ごく最近まで文句を言わなかった。最近、サウジアラビアにやらせたイエメン戦争の加担への批判を機に様子が変わり、サウジに対する嫌がらせの意味もあり、開戦権限を大統領から取り戻すべきだという意見が、まだ過半数未満であるが、議会内で増えている。今後の進展が要注目だ) (Congress moving to end US involvement in Yemen) (44 Senators Made History by Voting to End Illegal US War in Yemen

 在韓米軍の撤退はこれまで、米国が「有事の軍事指揮権の韓国軍への移譲」というかたちで進めようとしてきたが、韓国側に対米従属の傾向が強く、韓国軍の準備ができていないという口実で、何度も延期されてきた(日本政府も70年代以来、同じことをやってきた)。文在寅大統領は、対米自立派の左翼なので、就任以来、できるだけ早く有事指揮権の韓国への移譲を進めようとしてきた。米朝会談や、その前の4月27日に行われる南北会談で、米韓と北との和解が進むと、有事指揮権の移譲が格段にやりやすくなり、在韓米軍の撤退に道が開ける。米議会の新たな決議も必要なさそうだ。 (北朝鮮の核保有を許容する南北対話

 ボルトンやポンペオといった好戦派の起用を見て、米朝会談のキャンセルや失敗を予測する向きがあるが、それらはトランプ流の目くらましに気づいてない。ボルトンやポンペオは、トランプの言うことを全部聞く人々で、それまでのマクマスターやティラーソンといった軍産系の前任者たちからの邪魔立てを排除するためにトランプが起用した。2人の起用後トランプは、軍産が嫌悪する覇権放棄的な反米勢力を強化する戦略を、むしろ加速している。トランプがプーチンに対し、ホワイトハウスで会談しようと言って訪米を招待していたことを、最近になって米政府も認めた。トランプは最近、シリアから米軍を撤退させる計画も何度も表明している。これらはいずれも米朝会談と同様、軍産が無視したい事象であるらしく、米マスコミできちんと報じられない傾向だ。 (Trump's Trick for Successful North Korea Negotiations) (好戦策のふりした覇権放棄戦略

 4月27日に板門店で行われる南北首脳会談は、北朝鮮と韓国の経済協力や文化政治交流の再開が主題だろう。北の核ミサイル開発を理由に16年から南北間で断絶している開城工業団地などの再開があり得る。北は、核問題を米国としか交渉したがらないので、核が南北会談の主題にならない。その後、米朝首脳会談で、北の核廃棄と、米朝和解や在韓米軍の撤退が話し合われる。米朝首脳会談は、おそらく南北首脳会談と同じ板門店で開かれる。北は、米国の出方に応じて核廃棄を進めるだけで、しかも保有核の一部をずっと隠し持つつもりだろうから、最終的に米国が約束不履行になっても失うものが少ない。 (North and South Korea Set Summit, but Nuclear Omission Casts a Shadow) (Trump, Kim Summit Likely to Be Held in DMZ Village

 北が核兵器の一部を隠し持つと予測できるのと同様に、米国もいったん撤退を約束した在韓米軍を韓国が拒否しない限りいつでも韓国に戻せる。「だから米朝和解はぜったい実現しないよ」とうそぶく「権威ある(=軍産系)専門家」たちがいる。だが、私が見るところトランプの目標は、米国の覇権を牛耳ってきた軍産を無力化しつつ米国の覇権を放棄して世界の体制を多極型に転換することであり、北朝鮮との敵対の解消、在韓米軍の撤収、韓国を対米自立に追いやること、朝鮮半島を米国の傘下から引き抜いて中国の傘下に入れることは、トランプの目標の一部だ。そのような理由から、私は、5月の米朝首脳会談が成功し、北の核廃棄と在韓米軍撤退へのプロセスが開始されると予測している。 (Beware of Kim Jong Un's Diplomatic Tricks) (米覇権の転覆策を加速するトランプ

 すでに書いたように、米議会で軍産が強いままだと、米国が北朝鮮を国家承認しないかもしれないが、米朝会談が成功すると、米国の北敵視が大幅に減少する。韓国は北と相互に国家承認し、連邦制などによる南北の統合が話し合われていくだろう。南北間のプロセスが進むほど、韓国は対米従属から離脱し、在韓米軍を引き戻す状況から遠ざかる。日本も、米国が北を承認しなくても、北を国家承認すると考えられる。安倍首相は平壌を訪問したかったようだし(北から相手にされなかったが)、韓国や中国と親密な関係を作ろうと昨年から画策し続けている(日本はしだいに重視されなくなっている)。 (Japan Mulls Seeking Its Own Summit With North Korea’s Kim) (中国のアジア覇権と日豪の未来

 北朝鮮の脅威が大幅減になると、在日米軍の存在意義も大幅に低下する。だが今のところ、北朝鮮問題の解決後に在日米軍がどうなるかという話は、私が見ている範囲だと、まだ誰もしていない。トランプは就任以後、在韓米軍を撤退するぞとは言うが、在日米軍については撤退するぞと言っていない。むしろ日米軍事同盟を強調しつつ、安倍に米国の中国敵視策を丸投げして担当させた上で、はしごを外していく策略をとっている。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ) (TPP11:トランプに押されて非米化する日本

 トランプは同様に、イラン敵視や中東の運営策をイスラエルとサウジアラビアに丸投げした上ではしごを外す策略をとっている。トランプのやり口からして、朝鮮半島が一段落した後、中国敵視の強化などを利用して、日本に対するはしご外しの策略を加速するのでないかと予測できる。日本外務省におもねって権威を得た外交専門家たちは「日米同盟の団結による中国敵視!」の構図に小躍りしてトランプの策にはめられるのだろう。日米同盟万歳(笑) (安倍とネタニヤフの傀儡を演じたトランプの覇権放棄策



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