バブルを支えてきたジャンク債の不安定化2017年11月21日 田中 宇ジャンク債は、慎重さを重視する投資家が買うべきでないとされる「投資適格(S&Pの格付けでBB)以下」の債券だ。主に米国で発行されている。リスクが高い分、金利も高い。赤字企業や借金が多い企業の社債、返済の見込みがやや低いローン債権を束ねたサププライム債券などがある。08年のリーマン危機後、取引が急減した債券市場を下支えするため、米連銀(FRB)がドルを大増刷して債券を買い支えるQE(量的緩和策)を拡大し、債券の需要が市場原理に基づかない歪曲的な形で増大し、ジャンク債の金利も下がった。銀行や生保、年金基金など、慎重さを重視すべき機関投資家が、慎重な投資では経営に必要な利ざや(投資利益)を稼げなくなり、ジャンク債を買いあさるようになった。 (Deutsche Asks A Stunning Question: "Is This The Beginning Of The End Of Fiat Money?") 赤字企業や借金漬け企業は、ジャンク債の金利が下がり、あまり金利を払わずに資金調達できるようになり、なかなか倒産しなくなった。企業倒産の減少は株価全体の上昇や、失業の増加抑止につながり、景気回復の象徴と喧伝された。米連銀がQEを続ける限り、この見かけ上の好循環が続くはずだった。 (バブルでドルを延命させる) だがジャンク債は本来、リスクの高い金融商品だ。QEの長期化は、米連銀が高リスクの資産を大量に抱え込むことになり、ドルの発行体である連銀が不健全な体質になり、備蓄通貨としてのドルの信用低下を引き起こす。米連銀は、リーマン前に1兆ドル以下だった資産総額が5兆ドルに近づいた15年秋にQEをやめ、代わりに日欧の中銀がQEを開始・急拡大した。日銀のQEは、ジャンク債でなく日本国債を買い占めている。それまで日本国債の売買で利ざやを稼いできた国内の銀行や生保、年金基金は、日本国債を買えなくなり、米国のジャンク債などに手を出さざるを得なくなった。 (Over half of Japan's regional banks losing money on core businesses) ジャンク債の金利の動きは近年、米日欧中銀のQEの動向に連動している。米国のジャンク債の代表的な金利(BofA Merrill Lynch US and Global High Yield Indices、.MERHW00 )は、米連銀がQEをやめた直後に急騰し、16年1-2月には9%台となったが、日欧のQEが定着するとともに金利が下がり、さる10月23日には、史上初の5%以下まで下がった。発行が少ない欧州のジャンク債は、欧州中銀がQEで買い支えたため、その金利は、世界で最も優良な債券とされる米国債(10年もので2・3%)より低い2%まで下がった。 (Commentary: Record low junk bond yields a warning sign for stocks) (HW00 effective yield) だがその後、米国のジャンク債の金利(前出の .MERHW00 )は1年半ぶりに上昇に転じ、11月15日には5・5%近くまで上がった(その後また下がっている)。この金利上昇は、米連銀が、資産縮小による健全化のため、以前のQEで買い貯めたジャンク債などの債券類を売り始めたことによって起きている。10月25日の記事にも書いたが、米連銀は10月1日から債券売却を始める予定だったが、10月18日の週までは売却をしなかった。その間に債券金利を引き下げた後、米連銀は、10月26日の週から売却を開始した。売却開始とともに、社債市場の供給が増え、ジャンク債の金利も反転上昇した。 (Factors Affecting Reserve Balances - H.4.1) (High-yield bond funds see 3rd largest weekly outflows on record) (金融市場はメルトアップの後にメルトダウン) ジャンク債の金利が上昇したので、米国の金融分析者の間から「いよいよジャンク債の金利が急騰し、巨大な金融バブルが再崩壊しそうだ」「バブル崩壊は株式でなく債券から起きる」「ジャンク債市場から巨額資金が流出している」といった分析記事が出た。だが、私が見るところ、ジャンク債の金利はQE絡みの動きと連動しており、米連銀が健全化のために売った債券を日銀がQEで日本の民間金融界に吸収させていくため、他の悪要因が出てこない限り、今後はまたジャンク債の金利低下が続くと予測される。欧州中銀はQEを減らしていく方向だが、日銀の黒田総裁は、無期限にQEを続ける姿勢を変えていない。 (Are Junk Bonds Starting to Stink?) (Junk-Bond Carnage Left Half the Market Pretty Much Unscathed) (Kuroda Says Bank of Japan Will Keep Pursuing Aggressive Monetary Easing) ▼2020年にトランプが再選された後、習近平の任期が終わる22年までの間にバブル崩壊・多極化する?? 当面は金融バブルが延命しそうだが、問題は、日銀が延々とQEを続けて問題が起きないかどうかだ。日本国債を買えなくなった日本の金融界は(日本の国是が対米従属であるがゆえに)いやいやながら高リスクの投資を拡大させられている。地方銀行など体力の弱い金融機関は、長引くゼロ金利政策によって利ざやが少ない上に、高リスク投資を強いられ、わずかな衝撃を受けただけで経営難に陥る状態だ。日銀のQEとゼロ金利が長期化するほど、日本全体の金融リスクが高まり、資産の状態が悪化する。 民間金融や国民の資産を守るべき日銀が、民間金融を滅ぼし、国民の預金や年金を潜在的に減価させている。この危機が何らかの引き金によって顕在化すると、中小の銀行破綻が続き、預金保険の余力がなくなり、預金者など銀行の債権者に損をさせる「ベイルイン」が行われる。日本経済の破綻になる。そうなっていく過程のどこかで、日銀は、QEやゼロ金利をやめざるを得なくなる。日銀がQEをやめると、米国も債券金利が上がって金融再崩壊になる。金融救済のため、米連銀が再びQEやゼロ金利をやるかもしれない。だが、それも一時的な延命にしかならない。株高など「好景気」の象徴とされるものは、QEによって作られている幻影でしかない。「失業率の低下」も、労働参加率を引き下げて作られている幻影だ。 (Record 95.4 Million Americans Are No Longer In The Labor Force As 968,000 Exit In One Month) 債券市場は、最高位の米国債から最下位のジャンク債まで多様だ。ジャンク債が破綻(金利高騰)しても、米国など先進諸国の国債が問題なければかまわないと考えがちだ。だがそれは違う。今の世界経済の「好調」の幻影を支えているのは、倒産しそうな企業を資金調達によって延命させ、株を高値維持しているジャンク債だ。QEは、国債だけでなく、ジャンク債の金利まで下げておかねばならない。だが、国債とジャンク債の利回り差が小さいと、金融機関は利ざやを稼げない。それに、QEは長いこと続けられない。今の金融の態勢には無理がある。 米国ではトランプの減税案が議会を通り、株高など「好景気」に拍車がかかりそうだ。来年2月から米連銀の議長がイエレンからジェローム・パウエルに代わり、新任のパウエルは共和党支持で、トランプが望む金利安と金融緩和(金融規制破壊)の両方を進めそうだ(イエレンは民主党支持で、トランプが望む金融緩和に反対したので再任されない)。米国は、減税と金融緩和により、まだしばらくバブル膨張が維持されそうだ。 (The Swamp Wins: Trump Expected To Nominate Powell To Replace Yellen) だがこれらの延命策も、長くて2年ぐらいしか効果が続かないだろう。QEも、日米欧の一つずつが、それぞれ3-4年ずつやると、各中銀の資産の不健全な膨張が限界に達し、それ以上続けられなくなる。日米欧のQEで08年のリーマン危機から10年持たせ、さらにトランプの減税と規制破壊で2年持たせても、2020年にはすべてのバブル延命策が限界に達する。ちょうどトランプが再選されるころだ。トランプの再選後、習近平の任期が終わる2022年までの間に、米日欧の巨大なバブル崩壊が起こってドルの基軸性が壊れ、人民元やSDR(IMFの諸通貨バスケット)の基軸制にとって代わられ、覇権が多極化する感じか?。あと4-5年もバブルが延命できるのか?。3年なら持ちそうか?。 先々の展開のシナリオや時期は不確定だが、米日欧の中銀群自身が巨大なバブルと化しており、いずれ通貨システムもろとも崩壊していくことは、ほぼ確実だ。バブルを軟着陸的に縮小させて危機を回避する機能を任されてきた中銀群自身が、QEによってバブルと化しているのだから、軟着陸は不可能だ。クラッシュ、基軸通貨の崩壊がいずれ起こる。だが、いま流布しているシナリオ通りになるとも限らない。 最近よく見る予測シナリオとして「ペトロダラーがペトロユアンになる」というのがある。1980年代以来、サウジアラビアなど産油国がドル建てで石油輸出を決済し、そのドルで米国債を買い支え、米当局がいくら米国債やドルを増刷しても金利高騰(=金融崩壊)が起きない体制を作ってきた、というのがペトロダラーだ。産油国がドルや米国債の今後を懸念し、中国など新興市場諸国に人民元(ユアン)建てで石油を売るようになると、ペトロダラーの構図が崩れ、代わりに産油国が人民元を支えるペトロユアンの体制が形成され、中国の覇権増大が起きる、というシナリオだ。中国が来年から人民元建ての石油先物市場を上海に開設するので、それがペトロユアンの始まりになると言われている。 (Global Powers Take Next Step to Dethrone U.S. and the Dollar) だが、いまの世界の石油取引のうち、人民元などドル以外の通貨建てでの取引は0・4%しかない(日産8200万バレルの総取引量のうち30万バレル)。残りのすべてがドル建てだ。人民元がドルを押しのけて短期間で石油決済通貨になる展開にはならない。QE終了など、石油取引と関係ない要因で先にドルが自滅し、代わりの石油決済のあり方として仕方なく人民元(やSDR、ユーロ、円のほか、ルーブルなど主要産油国通貨)が出てくるという展開になる。中露は、米国を押しのけて覇権国になるのでない。先に米国が自滅していき、その空白を、時に仕方なく、時に喜んで、中露(やイラン、EU、ひょっとするとTPP11の日本も?)などが埋めていく、というのが多極化のありそうなシナリオだ。 (The World's New Reserve Currency? Everything You Need To Know About PetroYuan) ドイツ銀行は最近、QEやりすぎの影響などにより、いずれ世界の実体経済が超インフレになり、ニクソンショック以来のドルの不換紙幣の体制が終わる、との予測を発表した。従来は、不換紙幣が増刷されても、中国などの新興諸国が世界の雇用市場に新たに参加することによる世界雇用市場の増大によって埋め合わされ、超インフレが起きなかったが、新興諸国の成熟化により、今後この流れが一段落するので、ハイパーインフレになるとの予測だ。このシナリオも、私は疑問視している。実体経済と分離する形で金融市場(債券金融システム)が存在している現状を見ていないからだ。QEでドル円ユーロの不換紙幣が大増刷されても、その資金のほぼすべてが金融市場の側にとどまって実体経済の方に流れていかないため、インフレにならないのだと私は考えている。 (Deutsche Asks A Stunning Question: "Is This The Beginning Of The End Of Fiat Money?") どのような展開になるか不確定だが、QEが米日欧の巨大なバブルを膨張させ、それがいずれ大きな金融危機を起こすことが不可避になっているのは確かだ。いずれバブルを支えているジャンク債が値崩れ(金利高騰)し、米国債との金利差が大幅に拡大すると、それが金融危機に発展することになる。
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