不透明な表層下で進む中東の安定化<2>2017年3月12日 田中 宇昨年末、サウジアラビアが主導するペルシャ湾岸産油諸国の集まりGCCの6か国が、長年の敵だったイランと和解していく方針を決めた。昨年末にシリアのアレッポで、GCCが支援していた反政府組織が、イランが支援してきたアサドの政府軍に破れ、イランの勝ち、GCCの負けでシリア内戦の勝敗がついたからだ。サウジがイエメン内戦でシーア派のフーシ派に苦戦していることも理由だった。GCC内で比較的中立なクウェート(国民の4割がシーア派)が、イランとの和解に先鞭をつける役を担い、今年1月にクウェート外相がイランを訪問、2月初めにイランのロハニ大統領がクウェートとカタールのGCCの2か国を歴訪し、サウジとイラン、スンニとシーアの和解の過程が始まった。 (Iran’s Zarif holds talks with Qatari emir on bilateral ties, Mideast issues) (CNimp2 Iran welcomes China’s offer to help settle Tehran-Riyadh differences) GCCはイランに和解を提案する際に「イランのイスラム革命を国外のシーア派に輸出しようとしないこと」を、和解の条件として出した。イランは、イラク、シリア、レバノン、イエメン、バーレーン、サウジなど、スンニが多数派ないし権力者であるアラブの国々に住むシーア派を宗教的・政治的に扇動し、イランを中心とする革命的シーア派の国際的な政治結束を強め、中東におけるイランの国際影響力を急拡大してきた。イランの急拡大は、サウジなどスンニ諸国の大きな脅威になっている。GCCは、イランが影響力拡大をやめるなら和解したいと申し出た。イランはこの条件を了承した。アラブ諸国の中心に位置するGCCとイランとの和解は、アラブとイラン、スンニとシーアの長年の対立を終わらせることになる。 (Turnaround in Saudi-Iranian Relations?) (Saudi foreign minister isits Iraq in first such trip for 27 years) これで和解が進むと思いきや、話はそんなに簡単でなかった。イランは、サウジなどGCCとの和解に同意し、イスラム革命の輸出停止も了承した。だが、アサドを勝たせてシリアとレバノンを新たに傘下に入れつつあるイランは、急激に拡大する自分らの影響力を、GCCとの和解で削ぎたくない。イスラム革命の輸出停止を誠実に履行すると、イランは今の影響力拡大を自ら止めねばならない。 (No positive change in Saudi political approaches: Iran FM) (The foundations of dialogue between Iran and the GCC) GCCとイランが和解すると、シリアでは、サウジなどアラブ諸国がアサド政権の存続を認める代わりに、イランは内戦終結後のシリアからヒズボラなどシーア派民兵団を撤退せねばならなくなる。ロシアもそれで良いと言っている。だが、イランにとって、それはダメだ。そのためイランは、新たに味方につけたレバノンのアウン大統領(マロン派キリスト教徒)に、過激な親イラン・親ヒズボラの言動をとらせ、アラブ連盟がアサドと和解しようとするのを妨害している。 (Fear in Lebanon of Hezbollah becoming like Iran’s Revolutionary Guard) (Kuwait welcomes Iran’s readiness for dialogue with the GCC) イランは、いずれGCC(つまりサウジ)と和解するだろう。だがその前に、サウジやGCCが弱体化し、米国が中東での影響力を低下させ、ロシアも強硬策をやりたがらない中で、イランは、中東での影響力を全力で拡大したい。イエメン内戦をシーア派の勝利で終わらせたいし、バーレーンの民主化(国民の多数を占めるシーア派が、少数派なのに独裁政治を敷いている君主一族を反政府運動で追放する)も完遂したい。サウジ東部のシーア派住民にも、最大限の自治権を取らせてやりたい。IS(スンニ派テロ組織)を退治した後のイラクで、多数派であるシーア派の統治を確立させたい。サウジとイランの和解話は、イランの覇権拡大欲によって、先延ばしにされている。 (The choice is not between Israel and Iran) (Bahrain Moves to Dissolve Major Opposition Group) こんな状況下で、意外なところからサウジの助っ人が登場した。それはイスラエルだ。イスラエルは最近、サウジなどアラブ諸国に「結束してイランの脅威に対抗しよう」と言いつつ急接近している。イスラエルとアラブ諸国で、ロシア敵視のNATOのような法的にガチガチのイラン敵視同盟を作ろうという構想まである。サウジは、イランに勝てないと思ったから和解を提案している。いまさらイスラエルに言われても、本気でイランとの敵対をやり直したいとは思わない。イスラム教徒として、エルサレムを侵害するイスラエルと同盟するのはタブーでもある。イスラエルもそれを知りつつやっている。 (Iran Troubled by Signs of Emerging Israeli-Arab Reconciliation) (Leading Saudi Journalist: Arab NATO Must Be Formed To Confront Iran) イスラエルの目的は、イラン敵視の中東版NATOを作ることでなく、サウジに急接近することで、イランに脅威を感じさせ、サウジをイスラエルに取られるぐらいなら早くサウジと和解しようと思わせ、イランがイスラエルの仇敵であるヒズボラなどへのテコ入れを抑止するよう仕向けることだ。イスラエルは、オバマ以来、米国の後ろ盾が急速に失われていることを知っている。トランプは、親イスラエルだが、米国の覇権を壊しており、イスラエルが米国に頼れない状況を加速している。イスラエルは、イランとサウジ=アラブの両方と和解する必要がある。 (Hezbollah and Hamas don't seek clash with Israel) (As US pressures Iran, parallel tensions grow between Israel and Hezbollah) イスラエルのアラブ接近で、イランも対抗してアラブに接近し、アラブを仲介にイスラエルとイランが和解する。そのような展開になれば中東は幸運だ。そうした展開を阻止したい奴らが大きな戦争を起こすように動いて成功すると、逆にハルマゲドンになる。最近、イスラエルとヒズボラが敵対を強め、今にも戦争を始めそうな感じを醸成している。これは目くらましだと考えられるが、そうでない場合は危険だ。ヒズボラは「イスラエルの秘密の核兵器開発施設がどこにあるか把握しており、いつでも攻撃できる」と脅している。 (Hizballah lists targeted Israeli “nuclear sites”) (Israel remoes Lebanon border cameras) ▼アラブ連盟のアサド招致は延期 前回の中東記事を書いた後、依然として中東情勢は不透明な状況が続いている。米国のトランプ大統領はこれまで、ロシアと和解して一緒にシリアの安定化(IS退治)に取り組む姿勢をとっていたが、最近、それを転換するような言動をとっている。前回の中東記事の末尾に書いた、アサド政権に化学兵器使用の濡れ衣をかけて国連安保理でシリア制裁決議案を米英仏で出した件が、その象徴だ。ロシアと中国は2月28日、この決議案が米国の濡れ衣策であるとして拒否権を発動し、葬り去った。 (不透明な表層下で進む中東の安定化) (Russia, China block anti-Syria UNSC resolution) その関連で、米国がサウジアラビアなどアラブ諸国に圧力をかけ、アサド政権との和解を妨害したと考えられる事態も起きている。アラブ連盟は、3月末に開くサミットに、11年から関係断絶していたシリアのアサド政権を再招待することを検討していた。前回中東のことを書いた2月末の時点では、アサド招待への流れがしだいに強くなっており、このまま実現するのでないかと感じられた。3月7日には、アラブ内でも親イランなシーア派主導国イラクの外相が、アサド招致を強く提唱した。 (Iraq calls for Syria’s rejoining Arab League after years of exclusion) (Egyptian MPs call for Syria’s return to Arab League) (The Arab Summit may bury hatchet with Assad) アサドの再招待は、連盟内で最もアサド敵視が強いサウジアラビアと、アサドを和解することが目標だ。アサドの背後にはシーア派のイランがいる。昨年末以来の、サウジ(GCC)がイランとの和解に動いていることの一環と考えられる。アサドとサウジの和解は、イランとサウジ、スンニとシーアに和解につながる。和解を演出するのはプーチンだ。エジプトやヨルダンといった連盟内の親露諸国もアサド再招待を支持している。米国は関与せず、ロシア主導で中東の和解が試みられている感じだった。しかし結局、アラブ連盟は3月7日外相会議で、アサド招致は時期尚早なので今回見送ることを決めた。 ( President Assad May Be Inited to Arab League Summit – Israeli Media) (Syria will not take part in the next Arab Summit, says Arab League Secretary-General) (Arab situation not suitable for Syria's return to Arab League, says chief Aboul-Gheit) ▼ネタニヤフもエルドアンもモスクワ詣で トランプ政権は、トランプ自身の対露和解姿勢が、政権内の軍産系の勢力に阻まれ、ロシア敵視策に転換している感じだ。だが、中東の国際政治の現場では、ロシアの重要性が増大する一方だ。3月9日にはイスラエルのネタニヤフ首相が、10日にはトルコのエルドアン大統領がモスクワを訪問し、それぞれの国益にとって重要な安全保障の案件で、プーチンにお願いをしている。 (Two Mid East leaders make no headway with Putin) ネタニヤフは、シリアからヒズボラや革命防衛隊などイラン系の民兵団が出て行かないことがイスラエルの国家安全に脅威となっているので、ロシアのちからでイラン傘下の勢力をシリアから追い出してほしいとプーチンにお願いした。エルドアンは、シリア北部でクルド人の支配力が増大し、米国はクルド民兵(YPG)にどんどん武器を渡し、米軍の顧問団もクルド軍のもとに派遣して、ISの「首都」であるラッカを攻略し、ロシアもクルドに甘いが、YPGなどクルド勢力はトルコにとって大きな脅威となる「テロ組織」なので、ロシアはクルドと仲良くしないでほしいと言いに行った。トルコは米国にも以前から苦情を言っているが、ほとんど無視されている。シリアの問題は、米国でなくロシアに頼まないと動かない状態だ。 (HEZBOLLAH WILL LEAVE SYRIA WHEN CONFLICT IS OVER) (Three-Way Contest for Raqqa to Shape Mideast) ロシア政府は、ヒズボラなどイラン系の軍事勢力に対し、シリア内戦が終わったらシリアから出て行くよう求めている。だがこれは、イスラエルを安心させるための「口だけ」の要請だ。実際には、ロシアが何を言っても、イラン系勢力がシリアから出て行くことはない。シリア政府軍は内戦で大きく疲弊しており、アサド政権は、イラン系勢力の軍事支援がないと、ISやアルカイダを退治した状態でシリア国内の治安を守っていけない。 (The west to Russia: you broke Syria, now you fix it) イラン系軍事勢力は、少なくともシリア政府軍が強さを復活するまでの今後数年間、シリアの安定維持に不可欠な存在になっている。シリアの安定を望んでいるロシアは、ヒズボラなどイラン系勢力を無理やりシリアから追い出そうとしないはずだ。イスラエルは、自国に隣接するシリアがイランの傘下に入ったままの状態、自国のすぐ隣までイランの軍事勢力が迫っている状態で、今後の米国の中東撤退に対応し、シリアやイランとの和解過程に入らねばならない。 (Russia did not give Israel green light to strike Hezbollah in Syria: Kremlin) ヒズボラの故郷で、イランの隣のレバノンでは、昨秋から大統領をしているマロン派キリスト教徒のミシェル・アウンが、最近、イランやヒズボラを支持称賛し、イスラエルを敵視する表明を繰り返している。レバノンは、シーア派35%、スンニ派25%、マロン派20%のほか、ドルーズ派、ギリシャ正教徒などが入り交じる多民族国家で、イランやシリアがシーア派をテコ入れし、サウジがスンニ派をテコ入れ、旧宗主国フランスやイスラエルがマロン派をテコ入れして、内戦と和解を繰り返してきた。レバノン国軍の兵士の多くはマロン派だ。現在の最強の軍事勢力は、国軍でなくシーア派のヒズボラだ。ヒズボラは、軍事部門(民兵団)と政治部門(政党)の両方の機能を持っている。 (A fragile Arab consensus: Michel Aoun and the road to the Arab summit) かつてサウジの影響力が強かった時は、スンニとマロン派が組み、イランやシリア傘下のシーア派と対立していた。だがシリア内戦がイランにテコ入れされたアサドの延命で終わり、米国の後ろ盾が失われてサウジが弱まる中で、レバノンではシーア派のヒズボラの軍事力・政治力が増大している。マロン派は、スンニと組むのをやめてシーアと組むようになった。これが、アウンのイランやヒズボラ支持の背景だ。 (Saudi Arabia to appoint ambassador to Lebanon: president's office) イスラエル諜報界によると、レバノン国軍は、すでにヒズボラの指揮下に入っている。06年の前回のイスラエルとレバノン(ヒズボラ)の戦争では、レバノン国軍は、兵舎にこもっているだけの傍観者だったが、次にもし戦争になったら、その時には国軍はヒズボラと一緒にイスラエルと戦うだろうと予測されている。 ('Lebanese army is Hezbollah unit') (Israeli Security Officials: Lebanese Army Will Fight Alongside Hezbollah In Next War) (ヒズボラの勝利) アウンは昨秋、大統領に就任した後、今年1月にサウジを訪問してサルマン国王に会い、支持を取り付けた。だがその後、サウジからの返礼としてサルマン国王がレバノンを訪問しようとした矢先に、アウンはヒズボラやイランへの礼賛を強めた。イランのライバルであるサウジは、アウンの一連の発言を嫌い、予定されていた国王のレバノン訪問をキャンセルした。このような展開も、先日のアラブ連盟での、サミットへのアサド招致のとりやめ決定の理由になったと考えられる。 (Saudi king cancels Lebanon trip after Aoun defends Hezbollah weapons) シリアだけでなくレバノンをも傘下に入れたイランは、できるだけ手間をかけずにレバノンを支配したい。そのためにはレバノンで、シーア派(ヒズボラ)が主導しつつスンニ派やマロン派の政治組織とも敵対を避けて協調する体制を構築するのが良い。アウンがヒズボラやイランを礼賛し続けることは、サウジに、アウンとは協調できないと思わせてしまっており、その意味で失策だ。 しかし、さらに深く考え、もしアウンの強いヒズボラ・イラン支持の表明が、イランの意図的な戦略に基づくものだとしたらどうだろうと考えると、それは、冒頭の要約に書いたような、イランがサウジとの和解を、中東におけるイランの影響力をもっと強めてからやりたい、それまでは敵対を保持しておきたいと考えたからだと推測できる。いずれ、イランとサウジは和解し、アラブ連盟はサミットにアサドを再招待する。だがその時には、中東におけるイランの国際覇権が今よりもっと強くなっているだろう。
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