金融システムを延命させる情報操作2014年2月17日 田中 宇2月3日、米連銀(FRB)の議長がバーナンキからイエレンに交代した。米国では従来、連銀議長が交代してから1年ぐらいの間に経済危機が起こる傾向がある。前任者の議長が自分の任期が終わるまで何とか米経済をもたせようと無理をするので、議長が替わった後に危機が起こりやすい。1979年に議長がミラーからボルカーに交代した後は、ひどいインフレになった。87年にグリーンスパンに交代した後には、ブラックマンデーの株式の暴落が起きた。06年にバーナンキに交代した後には、リーマンショックにつながるサブプライム危機が始まった。 (The Fed's waning magic in the age of Yellen) 今年は「米英経済復活の年」と喧伝されている。1月のダボス会議でも、米英の蘇生が主題だった。米経済は今年、3%成長を回復するといわれている。米国は、金融だけ儲かるが他の産業はダメで、これまで何とか機能してきた金融界から他の部門への富の分配機能がリーマン危機後に失われ、中産階級が貧困層に転落し、小売店がどんどん閉店している。「回復」と正反対の最悪の状態だが、それでもドルに代わる基軸通貨は出てこないし、米国以外に良い投資先がないので、世界から米国への資金の流れは減らず、その資金で金融界が回るので米経済が蘇生するとか、危険なのはむしろ中国など新興市場の方だとか、マスコミなど権威筋が予測している。 (Every silver lining has a cloud for Davos business elite) (Top Risks 2014) 権威筋の予測通り、ことし本当に米経済が回復していくなら、連銀議長が交代した後に金融危機が起こりやすいという経験則は、今回あてはまらないことになる。しかし、権威を軽信する態度を脱し、自分なりに考えてみると、米経済の現状はかなり危険だ。これから連銀がQE(ドルの大量発行による債券買い支え)を縮小していくと、今年から来年にかけて、どこかの時点で金融危機が再発すると考える方が妥当だ。 (37 Reasons Why "The Economic Recovery Of 2013" Is A Giant Lie) ことし米英経済が復活するという喧伝は、むしろ、人々に危機再発の懸念を抱かせず、従前通り世界から米国に資金が集まるよう、何とか危機を回避しようとする、金融界主導のイメージ操作だと感じられる。このイメージ操作が成功し続けるなら、米国から資金が逃げず、金融危機が再発せず延命するかもしれない。しかし、小手先の延命策の下にある経済の基本的な現状は非常に悪い。ドルと米国債を支える米経済は、GDPの7割が消費で成り立っているが、中産階級の没落により、米国の消費は不可逆的に減退している。 (A 'tsunami' of store closings expected to hit retail) 権威ある国際マスコミの中で、プロパガンダに席巻されつつも、ちらちらと本音を載せているのはFTだ。2月9日の記事では「イエレンは、歴代の連銀議長が経験したことのない『弾切れ』の状態で、議長に就任した。失業率が下がるまで金利を上げないと宣言する政策(forward guidance)が頼りだが、それも実はインチキな呪文(hocus-pocus)であり『空砲』だ。米国は雇用も工業生産も伸び悩んでいる」と書いている。「弾切れ」とは、連銀がすでに金利をこれ以上下げられないゼロまで下げ、ドルの大量発行というQE(量的緩和策)も、連銀の資産内容を悪化させるのでこれ以上できない現状のことだ。 (The Fed's waning magic in the age of Yellen) FTは1月初め「国際金融システム全体の資金流動は、6年前のリーマン危機から増えておらず、ユーロ危機の影響もあり、最近また減っている。リーマン危機は6年続き、さらに悪い方向に動いている」と報じた。 (Rapid fall in capital flows poses growth risk) 昨年末には「連銀のQE策が、市場に資金を大量供給して金融危機(資金逃避)を防いでおり、危機的な状態を隠す仮想現実を生み出している。作り物の世界から足を洗うために、QEの縮小は良いことだ」と書いている。しかしFTは権威筋なのでプロパガンダ業務もやらねばならず、同記事では後半で「QE縮小で資金が減っても、来年は米経済が回復するので株などの相場は下がらず、むしろ上がる」と続けている。 (Reality dawns for artificial world created by Fed activism) その他、昨年末にFTは「以前は、金融システムが自律的な存在であり、何もしなくても市場原理によって安定に向かうと思われていたが、今では間違いとわかった。実のところ金融システムは、危機を放置するとどんどん自壊するものだとわかった。銀行は大きいほど良いと思われていたが、それも間違いだった。大銀行は潰れるはずがない、と思っている人はもはやいない」とする記事を出している。 (Ideas adjust to new `facts' of finance) その一方で「金融バブルはふくらんでおり、いずれ崩壊するが、銀行が以前より慎重な融資をしているのでサブプライム危機の再来を懸念する必要はない」とする記事も出している。全体としてFTは「国際金融の危機が増している」と上の句を書きつつ「しかし、○○だから大丈夫だ」と下の句を付け足している。○○のところは、専門用語で埋めるときもあるし、経済統計で埋めるときもある。「これから上がるのか下がるのか」だけを求めている人々は、下の句だけを見て「大丈夫だ」と安心する。私自身は「分析」が主眼なので、上の句を見て、これは大変だと思っている。 (Don't fret about soaring asset prices - this time really is different) 国際金融システムは世界的な存在だが、資金の大半は米国にあり、それを握っているのは連銀や米金融界だ。こんご金融危機が再発するかどうかは米経済がどうなるかにかかっている。新興市場の金融危機も、それ自体より、新興市場が危機になると米国に資金が逃避的に流入するので、米国中心の金融システムの延命に好都合になる。 そして米国の状況を見ると、連銀は金利や増刷といった道具が「弾切れ」で、実体経済は中産階級の没落で悪化している。それらの悪化を埋めるため、権威筋は「今年は米英経済が蘇生する」「バブル崩壊しても大したことにならない」と喧伝したり、雇用が増えないのに、求職活動をやめて統計上の失業者から外れる失業状態の人が減ったので見かけの失業率が下がっている雇用統計を重視したりして、イメージ上のみで米経済の回復が演出されている。市場金利(LIBOR)、金相場、外国為替など、いくつもの金融相場が、銀行間の談合によって相場が不正操作されてきたことが最近発覚している。これも、経済が実体から乖離したイメージで動かされてきた「プロパガンダ本位制」の事態を示している。 (How Gold Price Is Manipulated During The "London Fix") (Dr. Paul Craig Roberts-U.S. Markets Rigged by its Own Authorities - It Blows the Mind) 歴史的に見ると、ドルや米国債に対する裏打ちは、しだいに曖昧なものになり、潜在的に弱体化が続き、いまでは詐欺的なものになっている。1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)まで、ドルの価値は金地金に連動し、その点で安定していた。その後はドルの裏付けが、金地金から「覇権国としての米国の強さ」に代わったが、覇権は隠然としたもの(人類の建前は、国民国家が最強の組織であり、他の国に介入できる力である覇権は、建前として存在しない)ので、米国の覇権の強さを確定的にドルに換算できない。米国は、いくらドルを増刷してもドルの価値が下がらない状態になり、ドルの価値創造力が逆に米国の覇権の強さを補強する永久機関の状況になった。 しかし、このドル本位制は08年のリーマン危機後に崩れた。03年のイラク侵攻以来、米国の覇権衰退が顕在化したのに、連銀や米政府は金融システムを救済するため、ドルや米国債の大量発行を加速し、覇権の担保力を超えてドルや米国債が発行されていることが世界的な懸念になっている。ドルと米国債の大量発行(QE)を縮小していくと、株の急落や金利高騰などの金融危機が再発する。米当局は、QEをやめても米経済は蘇生するとうそぶく粉飾報道に頼らざるを得なくなり、覇権に裏打ちされたドル本位制は、昨年あたりから、粉飾報道に依存する「プロパガンダ本位制」へと転換した。 しかし実体経済が悪化する中で、このような詐欺が長く続くとは思えない。ねずみ講はいつか破綻する。粉飾報道を担当させられているマスコミに対する人々の信頼は、米国でも日本でも、すでに大幅に下落している。ダボス会議など、エリートや大金持ちの会合も、自分らが乗る世界体制を守るため、実体に反する「米経済の蘇生」を議題にせざるを得ないが、これはダボス会議などの権威低下につながる。 実体経済というと製造業が思い浮かぶ。オバマ政権は、製造業の復活を経済蘇生策の柱にしてきた。しかし、米国経済に占める製造業の割合は、1953年の28%から、2012年の12%へと縮小している。同時期に、米国経済の大きさ(GDP)は、3兆ドル以下から15兆ドル超へと拡大しており、製造業は重要な産業でなくなっている。ビジネスウィークは「米国の製造業の雇用は二度と復活しない」と題する記事を出している。この間の米経済の拡大を主導してきたのは金融業だ。危機再発で米国の金融界が大幅に縮小したら、米経済も大幅に小さくなる。 (Factory Jobs Are Gone. Get Over It) 今のプロパガンダ本位制は「米英経済の蘇生」が喧伝されている点が興味深い。英国も経済の実体は、米国におとらず悪く、金融界や政府財政の悪化、貧富格差の拡大が加速している。英国は米国以上に蘇生しそうもない。しかも英国は今後、スコットランドに分離独立され、EUからも疎遠にされる可能性が高い。「米英経済の蘇生」は噴飯ものだ。もともとマスコミというシステムを創設し、それを国民の洗脳に使う国策を発明したのは英国(アングロサクソン)であり「言論の自由」がないと言って反米英的な諸国を非難するのも米英の得意技だ。米国に英国好みの世界戦略を採らせた「冷戦体制」も、ソ連や社会主義を敵視する言論作りが不可欠だった。その延長に「米英経済の蘇生」がある感じだ。 プロパガンダ本位制は、経済より政治分野が先だった。01年の911以来、国際政治面で、米国の過激な軍事戦略を正当化する報道が席巻したが、イラク侵攻の失敗が顕在化した05年ごろから良い印象が崩れ、米国は世界中で敵視される傾向が強まった。政府がプロパガンダに頼らざるを得なくなるほど、国民に「報道の自由」を信じさせたまま隠微な情報操作をやる英国型の国策は無効になる。残っているのは、中国など新興諸国型の、国民の全員がプロパガンダだとわかりつつ報道に接しているあり方だ。 911以来、米国の(多極主義的な意図的な)失策の結果、これまで百年近く世界を隠然とおおっていた英国式の国家システム・国際社会システムが崩れている。この傾向は今後も数年から十数年にわたって続くだろう。
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