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裏読みが必要な各地の反政府運動

2013年7月3日   田中 宇

 エジプトで「民主革命」がぶり返している。2011年春に反政府運動でムバラク大統領の独裁政権が倒され、翌年の選挙でムスリム同胞団のモルシー大統領を頂点とするイスラム主義主導の新政権ができた。それから1年経ち、こんどはモルシーが「独裁的だ」「イスラム主義が強すぎる」と人々から非難され、政権転覆の危機に陥っている。モルシーを追い落とそうとする勢力は、左翼やリベラル派が主導と報じられている。 (Analysis: Morsi isn't going anywhere without a fight

 ムバラク失脚後、政治介入を禁じられ、政治的に弱体化していたエジプトの軍部は、モルシーと反政府派を仲裁すると言って、2年ぶりに政治的な言動を再開し、6月30日、モルシーと反政府派に対し、7月2日までに新たな連立政権を組むよう求めている。軍部はモルシーに、反政府派に対して譲歩せよ、さもなくばクーデターも辞さずだと示唆している。モルシーは反政府派との新たな連立を拒否している。現政権は昨年の選挙で民主的に選ばれ、選挙結果に沿って、イスラム主義主導の連立政権を組んでいる。モルシーは「私は民主的に選出された大統領だ」と表明し、連立の組み替えを拒否した。 (Morsi to Egyptian people: I was democratically elected, constitution must be upheld

 マスコミなどで語られる表向きの筋書きは、モルシーが独裁的でイスラム色が強すぎ、リベラル派など民衆が是正を求めて正当な反政府運動を起こし、モルシーの悪さに心を痛めていた軍部が、反政府運動に味方し、モルシーに譲歩を求めた、という流れだ。しかし、モルシーのムスリム同胞団や、連立与党のヌール党(サラフィーのイスラム主義者)などイスラム主義勢力が過半数を得票する投票を行ったのはエジプト国民自身だ。リベラル派や左翼、ムバラク派の残党には票が集まらなかった。 (イスラム民主主義が始まるエジプト

 しかも、今の反政府派は、軍部に対する親近感が強すぎる。軍部とその代表であるムバラク大統領(元軍人)は、何十年も独裁政治を続け、リベラルや左翼、イスラム主義者を弾圧し続けた。汚職もひどかった。それらに対する怒りが、ムバラクと軍部から権力を剥奪したエジプト革命の原動力だった。それなのに今の反政府運動は、タハリル広場の上空を旋回する示威行為をする軍のヘリコプターを見て歓喜し、軍が政治に再介入することを歓迎した。 (Egypt army gives Mursi 48 hours to share power

 軍部から弾圧され続けていたリベラル派や左翼は、本来、軍部の政治復活を強く懸念しているはずだ。今の反政府派を主導しているのは、まだ都会と農村の両方に勢力を残し、軍や警察の中にも根を張っている旧ムバラク派だとの指摘がある。 (Tension rises ahead of Egypt protest

 エジプトのリベラルや左翼は、冷戦終結と911後のイスラム化の流れの中で、かなり弱体化している。彼らが大衆を率いて大規模な反政府運動を起こすのは無理だ。11年のエジプト革命は、表向きリベラル派の主導と報じられていたが、実際に大衆を動員して政権転覆まで持ち込んだのは、今や権力を握っているムスリム同胞団だった。今回は、その構図が逆転し、11年の革命で下野させられたムバラク派が「リベラル派主導」の皮をかぶり、同胞団の政権を下野させようと、反政府運動を起こしていると考えられる。

 前回の記事で、トルコの反政府運動について書いた。トルコでは、リベラル派や左翼がイスラム主義の与党に選挙で勝てないので、イスタンブールの再開発反対運動にかこつけて反政府運動を拡大し、政権転覆まで持ち込もうとした。エジプトもこれに似た構図で、リベラルや左翼や旧ムバラク派が、イスラム主義の与党に選挙で勝てないので「民主化運動」を起こしている。 (トルコ反政府運動の意図と今後

 エジプト軍部は、モルシーが譲歩しなければクーデターだと言っているが、これはたぶん口だけだ。与党である同胞団は「米国が了承しない限り、軍が出動して政権を転覆することはできない」という読みを表明している。同胞団がこのように言うということは、米国が同胞団に対する支持を変えていないということだ。11年に米国(オバマ)がムバラクに電話して「辞めろ」と言ったから、ムバラク政権は潰れた。それ以来、米国は、エジプト人が選挙で自由に政権を選ぶことを支持し、選挙の結果作られた今のモルシー政権を支持している。 (Morsi Aide: Egyptian Army Can't Oust President Without `American Approval') (やがてイスラム主義の国になるエジプト

 7月2日には「米政府(ホワイトハウス)が、モルシーに選挙の前倒しを要請した」と報じられたが、ホワイトハウスは「そんな内政干渉はしていない」と否定した。 (U.S urging Morsy to call early elections amid official denials

 またエジプト軍の上層部も、反政府運動の味方をするような言動をしたものの、軍が再び政権をとると国民から非難されるので、軍への尊敬を維持するため、権力復帰は避けたいと考えているという。ムバラクを辞めさせてまでエジプトの民主化を支持した米政府が、今になってエジプトの軍事政権復活を認めるとは考えにくい。モルシー政権が転覆されることはないだろう。 (Egyptians stage a second revolution

 米国との絡みで考えると、モルシー政権が6月中旬にシリアのアサド政権との国交断絶を発表し、シリア反政府勢力への支持を公言し始めたのは、米国にモルシー政権を支持し続けてもらうこととの交換条件だったと思える。シリアで毒ガス兵器を使った犯人がアサド政権でなく反政府勢力だったと国連などがみなす中、米政府は、シリア反政府派への国際支持を維持するのに躍起となっている。モルシーは、米国からの支持を継続するためのお土産として、アサドと断交して見せたのだろう。モルシーはイスラエルとの国交も維持しており、それも米国からの支持の維持に不可欠となっている。 (Egypt cutting ties with Syria: Morsi

 もう一カ国、反政府運動に裏がありそうなのが南米のブラジルだ。ブラジルでは6月中旬、バス料金の値上げ反対に端を発して、反政府運動が急速に拡大し、公共サービスや貧困対策の拡大や政治腐敗の根絶、金の無駄遣いである五輪の誘致停止などを求め、全国各地で合計100万人以上が政府批判のデモに参加するまでになった。 (Brazil Erupts as Millions Protest the Banks in Rio de Janeiro

 余談だが、英国のガーディアン紙は「ブラジル人は、オリンピックなど金の無駄遣い以外の何者でもないので誘致するな、という正当な要求を、大きな声で言っている。対照的に、欧米(日)の人々は、五輪の馬鹿馬鹿しさに気づかず、上からのプロパガンダに巻き込まれ、五輪誘致に協力している。間抜けだ」という趣旨のことを書いている。まったくその通りだ。五輪の本質は政治であり、スポーツの精神から程遠い。東京への五輪誘致は、官僚の権限を増やすだけだ。 (Brazil is saying what we could not: we don't want these costly extravaganzas

 ブラジルでは6月25日、ジルマ・ルセフ大統領がテレビ演説し、反政府運動の要求を容れた5カ条の対策を発表した。ルセフは経済の安定、公共交通の改善、石油収入を全額教育費に使うこと、低所得層向けや辺境での医療サービスの拡充、政治改革に必要な憲法改定と、そのための国民投票の実施を掲げた。ブラジルの政府と反政府運動は一定の折り合いをつけ、これ以降、反政府運動は縮小する傾向にある。 (Brazil's protests: Dilma speaks) (Brazilian president proposes reforms to end protests

 私が見るところ、ブラジルの反政府運動は、エジプトやトルコの運動と意味が異なる。エジプトとトルコでは、イスラム主義の与党勢力に対し、選挙で勝てないリベラル派や旧体制の人々(トルコの世俗派・ケマル主義者も旧体制派と言える)が、反政府運動による政権転覆をめざし、反イスラム的な欧米系の国際マスコミが反政府運動を美化して報じた。ブラジルの反政府運動は、このような政治闘争の構図でなく、もっと「官制デモ」に近い。

 ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)など米国の右派メディアは、ブラジルのルセフ政権が、反政府運動の要求に応えることを口実に、ブラジルを、従来の自由市場原理を重視する経済体制から、国営企業など公共機関を重視する国家主導の経済体制に転換するつもりでないかと懸念している。WSJによると、ブラジルの反政府運動を主導したのは、ルセフが属する左翼陣営であるという。 (Behind Brazil's Civil Unrest

 ルセフ大統領は、左翼で社会主義者だ。前任大統領だったルラ・ダシルバも左翼で、ルセフはダシルバの弟子だ。ダシルバは、キューバのカストロ前議長らとともに中南米の左翼を国際組織する「サンパウロ・フォーラム」を設立するなど、筋金入りの国際左翼運動家で、ルセフも同フォーラムの幹部を長くつとめている。 (Over a Million Brazilians Protest; Analysts Question Real Agenda

 ダシルバは02年に政権をとった後、インフレなど経済政策の失敗で壊滅状態だった経済の建て直しを優先し、左翼的な政策を出さず、既存の資本家層と親密な関係を持ち、米国とも協調関係を築いた。その結果、ブラジルは高度経済成長し、新興市場諸国の模範生と賞賛された。しかし08年のリーマンショック後、自由市場経済の大本山である米英は、金融ぼろ儲けの失敗によるバブル崩壊や、国債と通貨の過剰発行で危険が大きくなっている。対照的に、中国を筆頭とする新興市場諸国は、一応市場原理を導入しつつも国営企業を重視する国家主義経済を保持し、経済成長を続けている。このような中、ダシルバからルセフに交代したブラジルの左翼政権が、反政府運動の要求を容れざるを得ないと言い訳しつつ、左翼の本性をしだいに出し、既存の大金持ち層の言うことを聞かなくなり、自由市場主義を規制して経済の国家主義化を進めていきそうだ。 (Egypt, Brazil, Turkey: without politics, protest is at the mercy of the elites

 ルセフは、経済を市場主義から国家主義に転換する際、国内外の諸勢力から妨害されたくないはずだ。国家主義に転換することを公然と表明してしまうと、国内の企業や裕福層が猛反発し、野党と結託して妨害してくる。国外では米国がブラジルの味方から敵に転換してしまう。いずれも政権を転覆されかねない。ルセフは転換すると言わないで転換を進めるしかない。その点で、反政府運動は格好のやり方だ。

 ルセフの一派であるブラジル各地の左翼が、ルセフを非難して市民の反政府運動を率いたと考えられる。左翼だから、民衆運動はお手のものだ。反政府運動が大きくなったところで、ルセフが、憲法改定を主軸とする「改革」を約束した。改革や憲法改定の内容は、曖昧にしか発表されていない。今後、経済改革の名のもとに経済の国家主義化が促進され、憲法改定でそれが固定化されるのでないか。この1カ月で、ルセフの支持率は60%弱から30%台に急落した。しかし、ブラジルで30%の支持率は高い方だ。 (Dilma's popularity: the end of another "super cycle"?) (Brazil and Turkey: If it Bleeds, it Leads

 新興市場諸国の中で、自由市場経済の雄と言われてきたブラジルが、市場主義から国家主義へと経済を転換させることは、他の発展途上諸国が自由市場主義を棄てることを誘発し、長期的に広範な影響を世界に与えるだろう。すでに国家主義経済を持っている中国やロシアと合わせ、BRICSは、国家主義経済体制の諸大国の集まりという新たな色彩を帯びそうだ。ブラジル、エジプト、トルコのいずれも、反政府運動が、最終的に現政権の転覆でなく強化につながると考えられる。またこれらの動きは、地政学的に米国の一極体制が終わって各地の地域勢力が並び立つ、覇権の多極化につながる。



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