ギリシャのデフォルト2011年7月22日 田中 宇債券格付け機関の大手3社(米英系)が、ギリシャ国債をデフォルト(債務不履行)の格付けに引き下げる可能性が高まった。ギリシャ政府の格付けと、多種類のギリシャ国債のうちの一部にデフォルトの烙印が押される限定デフォルト(restricted default)になる見通しだ。7月21日、ユーロに加盟する17カ国の首脳がブリュッセルで会議を開き、1590億ユーロのギリシャ救済策について決定した。EU最大の経済を持つがゆえに救済を主導せざるを得ないドイツでは、救済によって損失を減らせる独仏など西欧の銀行界も救済策に協力するのでなければドイツがギリシャ救済を主導すべきでないという意見が強かった。これを受け、21日のサミットでは、独メルケル首相の強い求めにより、1590億ユーロの救済金のうち3分の1が、民間銀行がギリシャ国債の償還を繰り延べすることによって損をかぶる分になった。 (leaders agree new Greek bail-out) 民間銀行界もギリシャ救済に参加させるべきだという主張は6月中旬から出ていた。大手格付け機関は当時から「ユーロ諸国政府の圧力によって、民間銀行が損を承知でギリシャ国債の繰り延べに応じることになったら、それは民間銀行が自ら望まない損失を被るデフォルトと同じだ。民間銀行界がギリシャ救済に協力させられた時点で、ギリシャ国債をデフォルト格に引き下げる」と宣言していた。 (ギリシャにデフォルトのレッテルを貼りたい米格付け機関) (Merkel warned on Greek bail-out standoff) その後、7月21日のユーロ圏サミットで、民間銀行をギリシャ救済に協力させることが決まった。そのため、オランダの財務相など、サミット出席者の何人かが「これで、格付け機関がギリシャ国債の少なくとも一部をデフォルトの格に引き下げることが、ほとんど不可避になった」という趣旨の発言を行った。 (Dutch Finance Minister: Greece Selective Default Almost Unavoidable) ▼ギリシャのデフォルトがイタリアに波及しないようにする策 今後、格付け機関がギリシャ国債をデフォルト格に引き下げ、60年ぶりに欧米諸国の中からデフォルトが出るだろうが、それはふつうのデフォルトではなく、政治臭の強いものだ。デフォルトは、債権者(今回はギリシャ政府)が、債券の利払いや元本償還をできなくなった状態を指すが、今のギリシャはEUから国債の元利返済用の資金を来年の分まで借りる救済の約束を取り付けており、本来的な意味のデフォルトは起こらない。今回起きたのは、救済策を作る際に民間銀行に損を分担させるという、格付け機関がデフォルトとみなす行いがあったことだ。 米英系格付け機関は、ドイツの政界や世論が民間銀行界の参加を強く求めているのを見据えた上で「銀行界を参加させたらデフォルトだ」と宣言しておき、事態を意図的にデフォルトに追い込んだ。国家が債務を返済できず救済策が練られる時、民間の債権者が損失の一部を負担するのは自然なことであり、銀行界が損を負担したらデフォルトだというのは強弁である。 (Rating Agencies Too Trigger Happy?) 米英系の格付け機関は、ギリシャ国債の先物(CDS)を売る米英系の投機筋と組み、ドルの崩壊より先にユーロを崩壊させることでドルを救済する戦略を昨春からとっている。格付け機関は、ギリシャやポルトガルに関し、救済策が決定する直前のタイミングで、その後予測される救済の効果を無視して格下げを敢行し、関係各国の高官らを激怒させた。今回の「銀行を参加させたらデフォルト」というのも、ユーロを崩壊させるための格付け機関の戦略の一つだろう。 (Europeans Caution Ratings Agencies After the Downgrade of Portugal's Debt) (激化する金融世界大戦) 格付け機関の攻勢に対し、ユーロ諸国の側は当初、フランスがドイツを説得して銀行を参加させずにギリシャ救済をやろうとしたが、ドイツの政界や世論を変えられなかった。フランスのサルコジ大統領は、銀行を救済に参加させるのでなく、銀行の資産に課税するEUの税金を新設することで資金を作り、これをギリシャ救済に充てる案を提唱した。今のEUは独自の税金(財源)を持っておらず、銀行税はEUが初めて独自の財源を持つ政治統合の戦略もかねていた。政治統合に対して加盟各国の世論の反対が強いので、サルコジはどさくさ紛れに銀行税を新設したかったのだろう。だがこの案は、銀行界の強い反対と、体制作りに時間がかかりすぎることから採用されず、デフォルトにつながる銀行界の参加が不可欠となった。 (Sarkozy and Merkel in 11th hour talks) ギリシャがデフォルト格に落とされると、まず問題になるのは、ギリシャ国債が借金の担保に使えなくなり、ギリシャの銀行界が欧州中央銀行から金を借りられなくなることだ。欧州中銀は以前から「絶対にデフォルトは避けねばならない」と言っていた。しかし今、実際にデフォルトに直面してみると、欧州中銀は「ギリシャ国債を担保として認めるかどうかは、格付けと関係なく欧州中銀が独自に決めることだ」と言い出しており、ギリシャ銀行界の破綻は避けられそうだ。 (ECB May Compromise on Greek Default, Nowotny Indicates) 投機筋がイタリアやスペインの国債先物(CDS)を売り浴びせ、ギリシャのデフォルトを他のユーロ諸国に感染させることも懸念される。これに対しユーロ圏諸国は、7月21日のサミットで、投機筋を撃退するための「防火壁」として4400億ユーロの安定化基金(EFSF)の新設を決めた。 (European Leaders May Accept Greek Default as Aid Terms Eased) ギリシャ国債の市場での利回り(CDS値)は、すでに非現実的に高い39%にもなっており、ギリシャ国債の価値は十分に下落している。今後、さらにギリシャ国債が下がることを通じて危機がイタリアなどに波及する可能性は低い。 (Impact of "selective default" ratings on Greek debt) ▼EUが米英に対抗できる格付け機関を作る EU当局は、米英系の格付け機関による格下げを使った攻撃(ユーロ潰し)を無効にする対策も検討している。その一つは、EU当局が、EUの銀行界に対し、ユーロ圏で他国に救済されている状態の国の債券などを評価する際に、米英系機関による格付けを利用することを禁じる規制だ。ユーロ圏諸国は、単独通貨を持つ通常の国々と異なり、危機の際にユーロ圏の他の諸国からの支援を受けられることをあらかじめ保障されており、それを勘案しない米英系機関の格付けは使うべきでないという考え方が、この新政策の背後にある。 (EU to curb credit ratings agencies) 二つ目の対策は、米英系に対抗できるEUの格付け機関を今年末までにドイツに新設する計画だ。今回、米英系の機関がドル延命・ユーロ潰しという政治(覇権)的な策略の道具であることが明らかになったのだから、今後EUが設立する独自の格付け機関が米英系3社と食い違う格付けを発表したら、世界(特に欧州)の人々は、従来のように米英系を絶対視せず、より客観的な視点に立てる。米英の「金融兵器」の一つとしての格付け機関の威力は減退するだろう。 (New European ratings agency slated to open next year) (債券格付けシステムがギリシャで自壊する?) 仏サルコジ大統領は7月21日のサミットで、IMF(国際通貨基金)の欧州版「欧州通貨基金」の新設を提唱した。独自の至近を持ち、債券市場に介入して仕手筋と戦ったり、EU内の経営危機の銀行に資本を注入して蘇生を助けたりできる機関だという。IMFが世界政府(G20)の財務省の役割を果たし始めているのと同様、欧州通貨基金はEU政治統合の一環としてEUの財務省にするもくろみだ。EUの財政統合が進めば、各国の国債はEU国債に統合され、各国の財政権もEUに吸収され、ギリシャなどの国債危機は起こり得なくなり、究極の危機防止策となる。その分、各国の国家主権はEUに吸い取られるが、この方向性こそ欧州統合の本質であり、この本質は1990年にEU統合が本格化した時、すでに西欧各国間で共有されていた。 (EURO SURGES: Sarkozy Announces New European Monetary Fund, Greece Gets Bailout) EU統合は、覇権の多極化の一部だ。隠れ多極主義(世界政府主義者)の一人である国連顧問の経済学者ジョセフ・スティグリッツは、EUの今の危機は経済の問題でなく政治の問題だと書いている。 (Eurozone's problems are political, not economic By Joseph Stiglitz) EUは、国債は危機だが、実体経済は比較的好調で、今年の経済成長は2%台が予測されている。ドイツの格付け機関(Euler Hermes)は、ギリシャの民間企業の全体像に対し、最優良のダブルA格を与え続けている。悪いのは、米英系の金融勢力から攻撃されている国債部門だけだ。今の国債危機をうまく脱出できれば、EU経済が立ち直る素地が十分にある。 (Europe Seeks to Free Itself from Rating Agencies' Grip) (Bold Investors Make Bullish Bets on Euro) ギリシャが格付け機関によってある種のデフォルトを宣告され、他のユーロ圏諸国への危機感染があまり起きずにすんだ場合、次の注目点は、財政赤字上限の引き上げに手間取っている米国債のデフォルトに移っていくだろう。世界にとっての悪影響は、ギリシャより米国のデフォルトの方がはるかに大きい。米議会では、オバマ大統領の支持も得た議会上院の新たな財政緊縮案(6人組案)が問題解決の切り札になると報じられているが、上院の新法案がまとまるのは、この問題の期限とされる8月2日より大幅に後になることが、すでに確定的に語られている。米国債デフォルトの可能性が高まっている。 (Can the Gang of Six's plan pass)
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