実は大成果を挙げているG202010年11月14日 田中 宇11月12-13日に韓国ソウルで行われたG20サミット会議は、失敗だったと報じられている。米国が、自国の貿易赤字を減らすために貿易不均衡を是正する数値目標を設定しようとしたり、中国人民元の対ドル為替を切り上げろと要求したりしたのに対し、中国や他のBRIC諸国(露伯印)は米提案を拒否し、逆に米国を非難した。 米国の貿易赤字は、米国自身が産業基盤の整備を怠ってきたからであり、黒字国の責任ではないと、ドイツや中国が主張した。為替問題についても、米国こそドルを過剰発行する「量的緩和策・第2弾」(QE2)によって不当な為替操作(ドル切り下げ)をやっており、他国を批判できる筋合いではないとの批判が出て、まとまらなかった。「人々はG20の失敗にあまり失望しなかったが、それはサミットが開かれた時点で、すでに誰も期待していなかったからにすぎない」といった評論が目立つ。 (G20 show how not to run the world) 「QE2はドル安を目的とする不当な政策だ」というBRICやドイツの批判を、米政府は必死に否定している。オバマ大統領は「QE2は米経済の成長のための政策だ。ドル安が目的でない」と抗弁した。だが、QE2を行う米連銀自身の大御所であるグリーンスパン前議長は、11月10日のFT紙で発表した論文で「(中国だけでなく)米国も、自国の為替を安くする政策を追及している(America is also pursuing a policy of currency weakening)」と書いた。グリーンスパンは、米政府を批判する中国やドイツの肩を持ってしまった。隠れ多極主義的だ。彼は、連銀議長だった時代に米金融のバブルを拡大させ、今の金融危機の元凶を作ったと前から批判されている。 (The eurozone's stark lessons for the G20 By Alan Greenspan) (Greenspan warns over weaker dollar) ▼注目すべきはFSB かように韓国G20サミットは失敗の烙印を押された。しかし、G20の周辺で起きていることを詳細に見ると、実はG20は、国際金融システムの構造を着々と多極型の方向に転換している。大々的に報じられていないが、G20傘下の財務相会議である「金融安定委員会」(Financial Stability Board、FSB)が、今回のサミットの前後に「債券格付け機関」や、米国の「影の銀行システム」といった、国際金融危機の元凶となっている米英金融覇権の真髄に位置する機構(金融兵器)を骨抜きにする政策で合意したことが、その中身である。 (Rating Agencies Are Due a Downgrade) 従来の米国覇権体制下では、世界の金融政策を決めていたのは米国勢だった。米連銀や財務省と、それらを背後から動かしている米金融界(もしくは米英金融界)である。表向きは、政府ではなく市場が金融体制を決めるという、まことしやかな市場原理説をみんな信じ込まされていたが、実際には「市場のふり」をした金融界による動きが世界を動かしていた。 (激化する金融世界大戦) しかし、08年秋のリーマンショック後に、米英中心のG7が、もっと多極型のG20に取って代わられ、翌09年春のG20ロンドンサミットで、多極型世界政府の財務省と呼ぶべきFSBが作られ、G7傘下のFSF(金融安定化フォーラム)に取って代わり、それから1年半後の今、FSBは米英中心型の金融システムを監督・解体していく政策を採り始めている。 (Financial Stability Board From Wikipedia) 従来、米英の格付け機関による債券格付けは、国家財政や金融機関、大企業の健全性を測る誤謬のない「ものさし」とみなされていた。先進各国や国際機関の法令や政策ガイドラインの中には、金融機関や企業の健全性を債券格付けによって判断すると定めているものが多い。しかし、07年夏以来の金融危機の中で、実は格付けが、格付け機関と債券発行者(投資銀行など)との談合で決められる恣意的なものであり、非常にリスクの高い債券がトリプルAに格付けされ、その結果としてバブル崩壊的な金融危機が起きたことが発覚した。 格付け機関を国際規制する必要が増したが、恣意的な格付けは米英が金融覇権を維持するために不可欠な仕掛けだったため、米英は格付け機関を規制できなかった。格付け機関は、米英覇権(ドル基軸)を守るためにユーロを壊すことを画策し、米英の投機筋と組み、ギリシャなどユーロ圏の財政の弱い諸国の国債を、先物売りと格下げによって攻撃した。 (◆ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) こうした金融戦争的な事態を看過すると、EUだけでなく中露などBRIC諸国まで攻撃されるので、BRICとEUがG20を動かし、FSBで格付け機関に対する規制が行われることになった。FSBは、各国や国際機関の法令やガイドラインで、債券格付けを健全性の指標として使うことを禁じる国際規制を施行しようとしている。 (Credit ratings must be erased from rule books, says FSB) FSBの議長は、イタリア中央銀行のドラギ総裁(Mario Draghi)だ。FSBは一カ国が1票ずつの合議制で、覇権国である米国も1票しかもっておらず、国の数が多い欧州勢に負けてしまう。格付け機関や投機筋といった米英勢がユーロを潰そうとしたことの復讐として、EUはイタリアのドラギを筆頭に、BRICと結託し、格付け機関の国際的な権力を抑制し、無力化しようとしている。これこそ「通貨戦争」の本質の一つである。 (FSB: Special Report: Can this committee save the world from bankers?) ▼影の銀行システムを査察・規制する FSBをめぐる興味深い点はまだある。ドラギ総裁がゴールドマンサックス(GS)の元副会長(2002-05年)であることだ。GSは米投資銀行として、米英金融覇権の側に立つ勢力であると思われがちだ。だが、GSは「BRIC」という言葉を発明したり、中国の台頭を予測・誘導したり、GS経営陣出身のポールソン前財務長官やゼーリック元国務副長官(元世銀総裁)が、ブッシュ政権で中国を経済覇権国に引っ張り上げる役目を果たすなど、世界経済が多極型に転換していくことを推進しているふしがある。GSは隠れ多極主義勢力である疑いがある。 (Mario Draghi) そのことと、米英の「金融兵器」の一つである格付け機関を潰そうとするFSBのドラギ議長がGSの元副会長であることが、興味深く符合する。GSイコール米英金融覇権と決めつけ、元GSのドラギが議長をするFSBが米英覇権の組織だとロイターの記事は示唆しているが、その見方は話を単純化しすぎている。覇権論は一筋縄ではなく、奥が深い。 (FSB: Special Report: Can this committee save the world from bankers?) FSBは、米国の「影の銀行システム」(shadow-banking sector。社債・ジャンク債市場)に対する規制も開めようとしている。FSBは今後2年間で組織の規模を拡大し、来年から、影の銀行システムの大口参加者である米国の大手金融機関を査定し、必要に応じて規制していく方針を発表した。 (FSB to Focus on Regulating `Shadow' Banking Industry in 2011, Draghi Says) 影のシステム(社債金融)は資金残高が16兆ドルで、従来型の銀行システム(預金金融)の規模(13兆ドル)より大きい。米国では不動産市況が悪化を続けているが、影のシステムの大半は不動産担保債券であり、不動産価格が下がるほど、債券が不良化し、システムが崩壊に瀕する。 (◆影の銀行システムの行方) 影のシステムが崩壊した場合、米国の大手金融機関の状態がどのくらい悪化するかを調べるのが、FSBの計画だ。影のシステムの崩壊によって米大手銀行が潰れれば、その影響は米国だけでなく世界中に及び、08年秋のリーマンショック以上の衝撃を世界経済に与え、世界不況を再来させる。FSBは、そうなる前に米大手金融機関を査定し、必要な規制や措置を講じようとしている。 債券市場は全世界にあるが、その大部分を占めるジャンク債市場は米国に集中している。米国の銀行部門は、連銀(FRB)によって監督されているが、影の銀行システムは事実上、誰も監督していない。分野的に米国の証券取引委員会(SEC)の範疇だが、実際の監督はほとんど行われていない。G20傘下のFSBが影の銀行システムを監督・規制するのは、米国がやり切れていない行政行為を代行することになるが、同時に、米国に対する内政干渉でもある。 これが実現するとG20は、覇権国である米国の国権をしのぐ世界政府としての機能を持つことになる。米英が独仏日などに言うことを聞かせる米英覇権の一部として機能していたG7と対照的に、G20は米英がBRICやEUといった他の「極」と対等な立場で向き合わねばならない多極型の組織だ。それが、米の最も大事な金融システムである影のシステムを査察・規制する方針を掲げたのは画期的である。 米国の住宅市場の悪化が続くと、一つの可能性として、バンカメのカントリーワイド部門が破綻し、それがリーマンショックと似た悪影響を金融界の全体にもたらし、米国の金融危機が再発するかもしれない。そのような展開になった場合、事態を少しでも軟着陸させ、米国の破綻が世界の破綻に拡大しないようにするのがFSBの狙いだろう(カントリーワイドは08年夏に破綻した米国の住宅ローン会社で、バンカメに救済合併されたが、その際に不良債権をきちんと再評価しないままバンカメに統合されていた)。 (Bank of America Is in Deep Trouble, and There May Be Financial Disaster on the Horizon) (ForeclosureGate Could Force Bank Nationalization) (Bank of America Edges Closer to Tipping Point: Jonathan Weil) FSBのドラギ議長は「国際金融システムの改革は、まだ半分しか進んでいない」と言っている。今後、米国の金融崩壊の再燃と同時並行的に、G20やFSBが主導する国際金融システムの改革(破綻処理)が進んでいくことになるかもしれない。FSBが債券格付け機関から金融権力を奪うことや、影の銀行システムにメスを入れることなど、今回のソウルG20サミットを機に、国際金融システムの大転換(多極化)につながることが、いくつも決定されている。 (G20: Central bank governor lauds G20 progress on global financial reform) FSBは09年末、破綻した場合に世界的な影響が出る30の金融機関をリストアップし、それらに対し、破綻対策のあり方についての報告書を書かせている。すでにFSBは、G20という世界政府の財務省(金融庁)として機能し始めている。 (先進国の大手30金融機関に「遺言状」を書かせるG20)
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