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政権交代と世界情勢

2009年8月31日   田中 宇

 昨日の日本の総選挙の結果は「民主党の大勝」よりも「自民党の大敗」の方が、はるかに意味が大きい。民主党では「政権交代」「政治を変える」というスローガンが目立ったが、これは要するに「自民党の政治ではもうダメです。だから、わが党に政権を担当させてください」ということだ。国民の多くは、民主党を支持したからではなく、自民党ではダメだと思ったので、民主党に入れたのだろう。民主党のマニフェストには福祉重視が掲げられており、これが勝因だったと考える人もいるかもしれないが、私はそうは考えない。日本の中道左派の各政党は、以前から福祉重視を掲げていたが、これまでは自民党に勝てなかったからである。

 自民党が大敗した最大の理由は、昨秋からのひどい不況の責任をとらされたからだろう。大不況が起きていなければ、自民党政権が難なく続いていたはずだ。この世界不況は、米国の金融危機が引き起こしたものであり、自民党には大して責任はない。昨秋のリーマンブラザーズ倒産を契機に起きたレバレッジ金融システムの大収縮は、世界経済の基盤となっていた金融システムの大崩壊であり、日本政府がいくら全力を尽くして上手に対策を打ったところで、景気の早期好転ができたとは思えない。

 米国発の国際金融危機は、まだ終わっていない。このところ、米国の株価や大手銀行の業績は好転しているが、これは昨秋いったん底が抜けたレバレッジ金融システムが一部機能回復しているからで、米経済の根幹だった「借金による米国民の消費」のシステム自体は破綻の兆候が増しており、不動産の価値下落は住宅から商業不動産へと拡大している。日本の預金保険機構にあたる米FDIC(連邦預金保険会社)が最近発表したところでは、米国で問題を抱える金融機関は、今年3月末時点の305行から、6月末時点の416行へと増加した。金融界には、2年以内に1000行が破綻するという予測もある(米国の金融機関の総数は8千強)。 (FDIC: Number of troubled banks rises to 416) (1,000 Banks to Fail In Next Two Years: Bank CEO

 今後、米国で大手銀行の破綻やインフレの悪化、長期金利の高騰など、再度の金融危機が起きる可能性は十分にある。次に米国発の国際金融危機が再燃し、いったん好転するかに見えた日本の景気も再び悪化してW字型の不況になるとしたら、その時には民主党政権の責任にされかねない。日本のマスコミや世論は、日本で起きていることを世界敵視野で分析できず、日本だけの出来事として考えてしまう。民主党政権は、意外と短命に終わる可能性がある。 (World economy U, V or W for recovery

 自民党の福田首相が辞任し、麻生首相と交代したのは昨年8月初め、リーマンブラザーズが倒産する約1カ月前だった。福田は、米国の金融崩壊について何らかの予兆を知らされていたのかもしれない。福田辞任の当時「これから日本政界は大規模な構造転換を起こす動乱に入る」と政界では予測されていた。実際には大動乱は起こらず、自民党の粘りによって、今回の選挙まで1年間延期されたが、福田が辞めて日本政界が大転換の動乱に入る流れは、リーマンが倒産して米金融が崩壊し、米国の経済覇権が崩れていく流れと同期していたと考えられる。

 次の米国の金融危機がいつ起きるのか、今のところ予兆は多くないが、欧米の一部の分析者が予測するように9月や10月に金融危機が再発するのなら、福田辞任時と同様、自民党の上層部は、金融危機再燃の予兆に関する情報を得ているのかもしれない(単に、政権に固執していた麻生らが力尽きただけかもしれないが)。

 金融危機の再燃について言うと、逆に、もし来年春まで危機が再燃せず、レバレッジ金融の復活が続くとしたら、それは07年の金融危機開始時よりは規模は小さいものの、レバレッジ金融システムの復活が定着し、米経済は金融主導で好転していく展開になるかもしれない。「専門家」の多くは、そちらに賭けている。しかし米国の実体経済は、失業増、消費減、不動産続落、財政赤字急拡大、米国債信頼失墜の傾向が続いており、金融や株価だけが、実体経済と乖離した不自然な回復を見せている。このまま米経済が復活するとは、どうも思えない。

▼米国は民主党政権に反米のレッテルを貼るかも

 米国の「隠れ多極主義」との関係で言うと、民主党政権は、米国から「反米」の濡れ衣をかけられるかもしれない。民主党のマニフェストや鳩山党首の論文「私の政治哲学」からうかがえる民主党政権の対米戦略の基調は「対米従属の維持」である。日米の関係を対等にするといっているが、これは自民党も世論対策として言っていることで、民主党も本気で日米を対等の関係にするつもりではないと考えられる。日本が本気で対米関係を対等にしようとすれば、本音は覇権主義の米国を怒らせて日米関係を悪化させるだけだからだ(民主党のマニフェストにある『「緊密」で「対等」な日米関係』というのは、両立し得ない矛盾の表現である)。以前、米国のタカ派やネオコンを見習って自民党以上の右派を目指していた民主党右派が、左派の批判をかわすために看板的に「日米関係を対等なものにする」と言っていたのを継承しただけだろう。 (民主党の政権政策マニフェスト

 民主党はマニフェストで「東アジア共同体の構築をめざし、アジア外交を強化する」とも宣言している。これは、米覇権崩壊後に米国に従属できなくなった後のことを考えた方針だろう。しかし米政府は、民主党のこれらの方針に対して警戒感を持っていると米欧で報じられている。米政府は、アジアでの多極化を推し進めるため、日本の民主党政権に対して「反米」のレッテルを貼って冷遇し、民主党内の左派勢力などの反米感情を扇動するかもしれない。オバマ政権が隠れ多極主義者であるとしたら、そのようなことをやりかねない。 (Shift in dealings with US on cards

▼時代遅れの二大政党制

 自民党は、朝鮮戦争の停戦によってアジアで冷戦構造が定着した2年後の1955年に、保守合同によって結成されている。自民党は、米国覇権(英米中心体制)を維持する世界的な政治構造の一環として、米国からの助言を受けて作られた「冷戦党」と考えられる。今進んでいる米国覇権の崩壊は、自民党の存在の前提が崩れることを意味しており、自民党が解体に至っても不思議ではない。そもそも、1993年に鳩山由起夫らが自民党を離党して「新党さきかげ」を作ったり、98年に民主党が作られて日本に二大政党制が導入されようとしたこと自体、自民党体制の解体過程の一環だったともいえる。

 冷戦は1990年に終わったのに「冷戦党」のはずの自民党は、90年代前半の細川内閣の時に短期的に下野しただけで、冷戦後も20年近くおおむね政権を維持できた。その理由は、米英が80年代後半からの「金融自由化」「レバレッジ金融拡大」「金融グローバリゼーション」によって、冷戦後も覇権を維持したため、米英が形成する世界体制の中にいるという自民党の広義の存在意義が保持できたためだろう。

 日本では90年代のバブル崩壊によって「失われた10年」を経験したものの、冷戦後のレバレッジ拡大による世界経済の底上げの恩恵は受けてきた。日本の有権者は、自民党が執政して日本経済がうまくいっている限り自民党で良いと思っていたのだろう。今回、経済がうまくいかなくなったので、自民党ではダメだということになった。その意味で、日本人は「あるべき論」より「うまくいっているかどうか」を重視する現実的な人々である。

 冷戦後、日本政界では自民党一党支配から、自民・民主の二大政党制への転換が模索され、それが現実して政権交代が起きたのが今回の選挙であるが、日本が導入しようとしてきた二大政党制は、英米の制度を模したものであり、実は自民党一党独裁体制と大して違わない。英米の二大政党制は、二大政党が裏で談合して選挙時の争点を矮小化し、本来議論されるべき争点を外すとともに、他の争点を提起する第三の勢力を排除することで、既存の支配層の権力を温存している。

 小選挙区と二大政党制を組み合わせることで、見せかけは「民主主義」的だが、実際には悪しきポピュリズム的な宣伝臭の強い選挙となる。自民党一党体制下では下積みから長いこと政治奉公を強いられる若手が、最近の政治的乱世の中で、民主党に鞍替えして数年で当選できたりするので、政治的野心のある人にとっては、自民党を「ぶっこわし」た小泉旋風を含め、近年の日本の政治構造の転換は歓迎だろう。しかし、それが日本の長期的あり方を決めるのに良い体制かどうかは疑問だ。

 米英覇権体制が崩れて多極化が進み、二大政党制の米英より、中国やロシアなど一党独裁的な国の方が、国際社会で台頭している。もともと英米が敵を封じ込めるための戦略である、国際社会による各国への「民主化」の要求は、力を失いつつある。共産党独裁の中国がアジアの盟主になるなら、日本も自民党独裁で良いじゃないかという考え方すらできる。

 日本は、米英主導の「市場原理主義」に従って日本興業銀行など政府系の政策銀行を解体してしまったが、その後になって、世界ではBRICやアラブ諸国などの政府系投資機関が欧米企業を積極的に買収して台頭したりして、日本も政府系金融機関を残しておけば良かったと考えられる展開になっている。日本は二大政党制でも、この手の頓珍漢になりかねない。

▼地方分権の裏に低成長

 ただ、日本国内的には、今回の政権交代は、自民党独裁が延命してしまったがゆえに矛盾が拡大していた問題が、問題として露呈し、明確に解決策が模索されるようになるという利点がある。その一つは「道州制」や「地方分権」の進展である。

 自民党は「冷戦党」だったと同時に、高度経済成長下の政権党でもあり、首都圏や京阪神に集中する製造業とその従業員から得られた税収を、それ以外の地域に公共事業などのかたちで再分配するという「国土の均衡ある発展」の長期政策を持っていた。大都市より地方の方が一票の重みが大きかった不均衡も、おそらくこの政策と関係がある。この政策下で「箱もの行政」や「土建政治」が続けられ、その体制は日本の経済成長が鈍化した90年代以降も、自民党が執政していたがゆえに変わらず「第三セクター」などの延命策をとって続けられ、今では全国各地に誰も来ない巨大なコンサートホールや大赤字のテーマパーク、乗客の少ない空港などの構築物だけが負担として残されている。民主党は、この構図を脱する方向を模索している。

 それは良いのだが、同時に日本経済が低成長の傾向を強め、財政難となる今後の行政の転換は、地方に「東京の政府からの金に頼らずに自活していくこと」を強いており、今後の日本の各地方は、東京からもらう金という麻薬が切れた苦しみを長く味わうことになる。この苦しみの中から、独自性のあるすぐれた地方自治が生まれてくるという考え方もありうるが、私は悲観的だ。徳川家康以来、400年間続けられてきた日本の中央集権制の強化策の結果、日本人はすっかり中央から地方への上意下達の習わしが染みついている。

 私は東京生まれの東京在住者で、以前は地方の人から「東京の人は、あらゆる面で恵まれていて、ずるい」と揶揄されていたが、最近ではそれすら言われず「地方はダメですよ」と地方の人々自身が自虐的に言っている。しかし、東京が地方に金を出せなくなってきた今こそ、明治維新以来の思いのたけを晴らす時でもある。

 たとえば東北の会津地方は「福島県」などという明治政府の回し者による支配から独立すればよい。「そんなことをしたら、東京から金をもらえなくなって、今よりもっとひどい貧困に陥る」という現実的反論があるだろうが、どうせ東京から見捨てられるなら、その前に打って出て、会津の誇りを今こそ見せる時でもある。少なくとも、東京が指定してきた教科書を地元の学校で使わず、副読本だけでなく教科書自体を地元で作るといったことぐらいはできる。沖縄は、いずれ米軍が去ることを機に「琉球処分」以前の「日中両属」に戻ることを宣言し、日本と中国の両方から投資などを受けやすくすることを検討するのがよい。

(会津や沖縄の人々が「そんな昔の話は、もうどうでも良いんです」と心から思うのなら、私のこうした考え方は「河上肇舌禍事件」的な暴論となる。しかしその場合、今後進められるであろう地方分権は、名ばかりのものとなり、地方が東京に捨てられることしか意味しなくなる。歴史に立脚しない地元アイデンティティの考え方は空論だ。河上肇舌禍事件的な扇動的な暴論は、自らアイデンティティを殺す道を努力して進んでいる地元の人々を激怒させるが、だからこそ、中央の奴らの傲慢と言われても、むしろ何度でも繰り返されるべきである。君の話は河上肇のような高邁なものではなく、単なる暴論だと言われそうだが)

▼プロパガンダマシンの行方

 もう一つ気になるのは、日本のマスコミなどプロパガンダマシンのあり方が、今回の政権交代によって変わるのかどうかという点だ。米国で共和党タカ派・ネオコン勢力が台頭して米国のマスコミを席巻し始めた1990年代末以来、日本でも同様の傾向が始まり、日本のマスコミから左翼的な言論が排除され、中国、北朝鮮、ロシアなどに対する批判的論調が増加した。言論人の多くは、マスコミに登場し続けるために中国や金正日を敵視する発言を競って放つようになった。このプロパガンダマシンは、政界では自民党をてこ入れする傾向が強く、背後には、米進駐軍当局が日本の反共プロパガンダを岸信介に担当させて以来の自民党がいるようだ。

 このマシンは、今後も自民党のために機能して民主党の失政やスキャンダルをあげつらう戦略をとり続けるのか、それとも今後は民主党のために機能するのか。おそらく反民主党の立場をとると現時点では予測されるが、その場合、民主党が掲げるアジア重視外交策の推進は難しい。

 日本のプロパガンダマシンも、米国の隠れ多極主義には勝てない。米国の覇権が自滅的に崩壊した後、日本の「保守」はどうなるのだろうか。戦後の日本の「保守」「右派」は「対米従属」を旨としていた半面、「リベラル」「左派」は「反米」の傾向だった。しかし今、米国が衰退もしくは孤立主義(米州中心主義)に転換し、日本にとって従属できる対象ではなくなる可能性がしだいに高まっている。日本が米国に従属することが良いかどうかという議論は、現実的に意味がなくなりつつある。その後の日本の「保守」「リベラル」「右派」「左派」の区分けはどうなるのか。

 ひとつ考えられることは、他のアジア諸国が対米従属を脱して中国中心の体制に入っていくことをどう見るか、ということの区分である。「保守」「右派」は「反中国」で「鎖国も辞さず」という考え方である一方、「リベラル」「左派」は、アジア諸国に対して寛容な「対アジアリベラル」「アジア国際主義」となるという対立軸が考えられる(鎖国は必ずしも悪ではない。従来のイメージだけの無意味な日本人の国際主義より、鎖国も辞さずといういさぎよさの方が立派だ)。

 今回、民主党は対アジアリベラル的な姿勢を打ち出している。だが、自民党も以前から中国との関係は良く、日本の財界が中国市場で儲けねばならない関係で、反中国の姿勢は国内世論への宣伝としては結構だが、実質的には採れない姿勢だった。米英中心体制の崩壊と多極化は、今後、日本の政治思想にも大きな影響を与えていくことは確かだ。それがどのように展開するのか注目するとともに、提案を含めて考えていきたい。



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