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イラン選挙騒動の本質

2009年6月20日   田中 宇

 6月12日、イランで行われた大統領選挙は、公式発表では、現職のアハマディネジャド大統領が大差で他の候補を破って再選を果たした。だが、ミール・ホセイン・ムサビ(元首相)と、マハディ・カロウビ(元国会議長)といった他の候補者たちは、選挙に不正があったと主張して自分たちの負けを認めなかった。ムサビ候補の支持者らは、選挙のやり直しを求め、首都テヘランなど各都市でデモ行進や集会を繰り返し、警官隊やアハマディネジャド支持者群と衝突し、イランは混乱が続いている。

 現職のアハマディネジャドが有利になる選挙不正があったとする主張の根拠の一つは、ムサビらの方が優勢と思われていた選挙区の開票結果がアハマディネジャドの圧勝と発表されたことである。イランは多民族国家で、最大の民族はペルシャ人(総人口の50%)だが、ムサビはアゼリ人(総人口の25%)である。アゼリ人は主に、イラン西部のアゼルバイジャンに近い地域(東西アゼルバイジャン州など)に住んでいるが、その中心都市でムサビの出身地でもあるタブリーズでは、アハマディネジャドがムサビの5倍も得票したという結果が発表された。 (Political situation in Iran ready to explode

 また、もう一人の対立候補であるカロウビは、ロレスタン州出身のロル人であるにもかかわらず、彼は同州で、アハマディネジャドの18分の1しか得票できなかった。イランは多民族国家で地縁血縁が強いのに、ムサビやカロウビが地元でアハマディネジャドに惨敗したのはおかしい、不正があったとしか思えない、という主張につながっている。 (Juan Cole on Stealing the Iranian Election

 本当はムサビが圧勝していたとする怪文書も中東で出回っており、リベラル派読者に高い評価を受けてきたレバノン在住の英国人ジャーナリストが、それをスクープ的に記事にしている(MI6の自作自演的な感じもするが)。 (Robert Fisk: Secret letter 'proves Mousavi won poll'

▼「ネット活用の改革派が勝ったはず」はウソ?

 半面、不正があったとする見方を真っ向から否定する分析も米国で出ている。ワシントンポストがロックフェラー兄弟基金(Rockefeller Brothers Fund)の資金援助を受け、イランで実施した電話と訪問による調査によると、投票日の3週間前の時点で、アハマディネジャド支持者がムサビ支持者の2倍いた。これは、公表された選挙結果と同じ趨勢だ。この調査では、アゼリ人の間でもアハマディネジャド支持者がムサビ支持者の2倍いたという結果も出ており、地縁血縁から考えてタブリーズでムサビが勝たなかったのはおかしいという推察は間違いだと指摘している。

 同紙は「イランの選挙前、欧米マスコミはイラン市民の熱烈なムサビ支持をさかんに報じたが、実際にはアハマディネジャドがはるかに優勢だった」と、そもそも欧米マスコミの事前報道からして誇張だったと批判している。 (Don't Jump to Conclusions About Iran's Election

 また、今回の選挙では「トウィッター」や「フェイスブック」といったインターネットの社会ネットワーク構築サイト(SNS)が活用された。それらを最も上手に使いこなしたのはムサビ陣営で、このネット活用術を考えればムサビが圧勝するのが自然だと、欧米マスコミでは推測されている。しかしワシントンポストによると、イランでインターネットを使っているのは国民の3分の1にすぎず、しかも最もネットを活用している18−24歳の年齢層は、アハマディネジャド支持者を世代別に切った場合の最大の層でもある。ネットを使う若者はムサビ支持という、欧米マスコミによくあるイメージは歪曲だと指摘している。

(トウィッターで、イランでの暴動を扇動する書き込みをしたのはイランの学生とされていたが、実はイスラエル右派系の活動家だったことが暴露されている。彼らは、諜報機関の関係者らしく「なりすまし」が得意だ) (Jerusalem Post Removes the 'Evidence' and Issues a Response on Iran Election

 イランで行われる世論調査の多くは政府寄りの傾向を持つが、ワシントンポストの調査は、イラン国外から電話をかけて尋ねるものだった。イランの人々は密告を恐れ、世論調査では本音を言わないという「専門家」の指摘も間違いで、世論調査では権力を握る聖職者会議を公選制にすべきだとか、報道の自由を求める意見が多く、調査対象者の77%が米国との関係改善を求めていた。イラン人の多くは、欧米との交渉を最もタフにこなせる指導者としてアハマディネジャドが支持しているという。

 またアジア・タイムスの記事によると、ムサビは選挙を監督している聖職者による護憲評議会(Guardians Council)に対し、選挙不正があったという報告を何通も提出している。しかし報告書には、以前から現職を有利にするとして批判されていた件(国営テレビが現職を美化して報道することなど)しか載っておらず、投票所における明らかな不正を何も指摘していない。ムサビの支持者はイラン全土に無数におり、彼らの中には投票日当日、投票所を監視していた人も多く、不正が行われたら、その詳細な情報が支持者を通じてムサビに伝えられ、報告書に載せることができたはずだ。 (Mousavi states his case

 イランでは今回初めて、国営テレビが大統領候補者どうしのテレビ討論会を開いて全国放映した。国営テレビが現職の動向を多く報じるという、ムサビが批判した状況は、すでに改善される方向にある。欧米マスコミでは、不正があったことを前提に書かれているムサビ寄りの分析記事と、それとは正反対に、選挙不正を具体的に指摘することは難しい(不正はなかったのではないか)とするアハマディネジャド寄りの分析記事が交錯している。 (Experts see no `smoking gun' for Iran election fraud

▼ホメイニ死後の政争の再燃

 不正があったかどうか見極めが難しいが、今イランで起きていることの本質は、選挙不正とは別のところにあるとも感じられる。イランにおける最高権力者は大統領ではなく、その上に立つ宗教指導者(最高指導者)である。1979年のイスラム革命によってこの聖職者支配の体制を作って自ら初代の最高指導者となったホメイニが1989年に死去した後、アリ・ハメネイが大統領から最高指導者に昇格し、現在までつとめている。

 もともとホメイニの後継者は、ホメイニとともにイスラム革命を主導し、男女平等や政治の自由化などを目指していたホセイン・モンタゼリになると目されていた。だが、晩年のホメイニは改革派のモンタゼリを嫌って失脚させ、代わりにホメイニは、最高指導者になれないほど宗教的に低い地位(hojjatoleslam)でしかなかった保守派のハメネイを抜擢して後継者に据え、憲法を改定してハメネイのような下位の聖職者でも最高指導者になれるようにした。

 ホメイニの死後、ホメイニのやり方を嫌っていた聖職者たちが改革派となり、ハメネイの権力を削ごうとしたが、ハメネイは自らの権力を強化して対抗し、約20年間、イランの中枢では、ハメネイ(保守派)と改革派の暗闘が続いてきた。

 先代のハタミ大統領の時代(05年まで)には、保守派と改革派が拮抗していた。改革派は、米国との関係改善を実現してイランの経済発展と自由化の追い風としようとした。だが911後、米国はイスラム敵視を強め、02年には米ブッシュ政権がイランを政権転覆すべき「悪の枢軸」の中に含め、米イラン間の関係改善は不可能となった。その後、05年の選挙で保守強硬派のアハマディネジャドが大統領に当選し、ハメネイとアハマディネジャドによる反米保守派路線が強まった。

 イランでは、石油利権を制するものが政治力を持ち、誰が石油相になるかが重要だが、従来は改革派が石油相を握っていた。アハマディネジャドは、米国から敵視されてイラン国内で保守派への支持が強まったのを背景に、石油相のポストを奪取しようと動き、改革派が強い国会と激しく対立したが、最後はアハマディネジャドが石油相を取った。 (A very Iranian Oil coup

 その後、米国の政権がオバマに代わり、イスラム世界に対する戦略は敵視から宥和へと転換する中で、イラン政界では再び改革派の動きが強まり、ハタミの顧問を務めていたムサビが、今回の選挙でアハマディネジャドの対抗馬として立候補した。改革派は、ムサビを大統領として当選させ、オバマ政権の米国との和解を実現して欧米による経済制裁を解いてもらい、経済成長と政治経済の自由化を進める戦略だ。

▼不正の是正より反政府運動の強化が目的

 改革派のムサビが大統領になったとしても、その上に保守派のハメネイが最高権力者として座っている限り、改革派の影響力は限られる。そこで改革派は、今回の選挙不正に対する国民運動を通じて、ハメネイの権力そのものを壊そうとしている。選挙のやり直しを求める運動が始まって数日後、ムサビの支持者の間からは、ハメネイを最高権力者の座から引きずり下ろし、代わりにハメネイから敵視されてきた改革派の頭目モンタゼリが、臨時の最高権力者に就任すべきだという主張が出てきた。 (Divine assessment vs people power

 モンタゼリ自身、この運動に乗っており、6月16日、今回の選挙は無効だと自分のウェブサイト上で表明した。イラン政界上層部の政治システムは複雑で、選挙を監督する護憲評議会(定員12人)とは別に、最高指導者を決定する専門家会議(定員86人)というのがあるが、その議長であるラフサンジャニ元大統領は、今回の混乱を受け、臨時の専門家会議を招集した。 (Iran elections: Rafsanjani is central to struggle within the regime) (Rafsanjani Calls for Emergency Meeting of Assembly of Experts

 高位の聖職者の一人であるラフサンジャニは、保守派と改革派の仲介役を長くつとめてきた。彼はホメイニ死後の89年に、改革派を裏切ってハメネイの側につき、ハメネイの最高指導者就任を実現してやるとともに、自身は大統領にしてもらったが、やがてハメネイと対立して改革派に味方するようになり、前回05年の大統領選挙で、ハメネイの新たな子飼いとして登場したアハマディネジャドに破れた。 (Khamenei-Rafsanjani Split Limits Power to Stop Unrest

 ラフサンジャニは、ハメネイの敵となった後も専門家会議の議長職を保持している。専門家会議が開かれることは、ハメネイ対モンタゼリ、ハメネイ対ラフサンジャニ、保守派対改革派の論争再燃を意味している。ハメネイは高齢で、2年前から病気だといわれており、誰が後継者になるかという政争でもある。 (Grand Ayatollah Montazeri Takes A Stand

 このような背景を見た上で、今回の大統領選挙で不正があったかどうかを再考すると、たとえ実際には不正がなく、ムサビの反政府運動が言いがかりに基づくものでしかないとしても、国民の反政府意識を扇動し、今後イラン全土を巻き込んで展開されるであろう保守派と改革派との政治闘争の中で改革派が有利になり、最高指導者のポストを改革派が奪取できれば、それで目的は達成される。だから、実際に不正があったかどうかは、最重要の要素ではない。改革派は、選挙不正に対するイラン国民の怒りを煽り、政権転覆への起爆剤として使っている。

 ムサビは、開票結果が発表されるやいなや「不正があった」と主張し始めており、実際に不正があったかどうかよく調べてから主張を開始したのではない。この点も、もし最初から「不正糾弾」を国民運動に流用するだけのつもりだったのなら、合点がいく。

 ハメネイとアハマディネジャドは、改革派にいくつかの閣僚ポストを与えることで懐柔しようとしている。だが、おそらくムサビら改革派は、米国の態度が緩和して欧米と和解できる今こそ、保守派を権力から引きずり下ろす絶好の機会だと思っているだろうから、懐柔は拒否され、本格的な政治闘争になるだろう。 (Ahmadinejad tries to douse the flames

 ここ数日、アハマディネジャドやラフサンジャニなどイラン政界中枢の人々は公式な場に姿を現さなくなっている。相互に暗殺を恐れて行方をくらましつつ、権謀術数をめぐらして暗闘するというペルシャ的、シーア派的な闘いが激化している。 (Rafsanjani bides time as fury builds

▼カラー革命との類似

 ここまで、イラン選挙の不正糾弾の国民運動を、イラン国内の改革派と保守派の対立から読み解いたが、イラン選挙の混乱をめぐるポイントは国内問題だけではない。英米イスラエルとの対立という、もう一つの重要な論点がある。不正糾弾運動は「不正があった」というムサビの宣言から始まったが、欧米マスコミの多くは、その直後から「ムサビ=正義・アハマディネジャド=悪」の図式を誇張して報じ続けている。

 米英のユーラシア包囲網戦略にとって重要な、グルジアやベラルーシといった国々で、選挙で負けた親米派が「不正があった」と叫んで反政府運動を開始し、欧米マスコミがそれを好意的に報じ、CIAが反政府運動を支援する「カラー革命」の戦略があるが、イランで起きていることは、この構図に似ている。ムサビは緑、アハマディネジャドは赤、という選挙時の色分けに基づき、緑のバンダナなどをした人々がムサビ支持を叫ぶ光景も、カラー革命的だ。英国BBCは、アハマディネジャド支持集会の写真を、ムサビ支持集会の写真であるとして報じており、こうした歪曲ねつ造があるのもカラー革命的である。 (BBC Caught In Mass Public Deception With Iran Propaganda

「ムサビは、グルジアのサーカシビリと同様、CIAのエージェントか」と考えたくなるが、現実はそうではない。ムサビは反米的なイスラム革命後、ホメイニの側近として首相をつとめ、イランの原子力開発(核開発)は、彼が首相だった時代に始まっている。ムサビは「イスラム共和制」のイラン中枢の一角を占める古参の指導者であり、若手ちんぴら上がりのグルジアのサーカシビリとは種類が異なる。イランの選挙は、聖職者たちの護憲評議会による事前審査を通った人しか立候補できず、米英の傀儡が入り込むすきはない。また、イランの選挙ではずっと前から、各候補を色で識別することが行われており、この点もカラー革命とは似て非なるものだ。 (IAEA: Ahmadinejad election rival launched Iran nuclear program

 しかし、それならなぜ米英マスコミは、今回のイラン選挙で、カラー革命的なプロパガンダ報道を展開するのか。私が見るところ、それは米英マスコミで強いイスラエル右派系の勢力が、オバマの対イラン宥和策を頓挫させようとしてやっていると思われる。ハメネイ・アハマディネジャドがムサビ支持者を弾圧して政治生命を維持できたとしても、米政界では「民主化を弾圧したアハマディネジャドのイランを許すのか」とオバマの宥和策を非難する声が強まり、オバマは動けなくなる。 (Obama's timidity on Iran leaves him increasingly isolated

 すでにイスラエルのプロパガンダ機関(デブカファイル)は「オバマはまだ現政権のイランと和解するつもりでいるが、バイデン副大統領やクリントン国務長官は、反政府の改革派を明確に支援すべきだと言い出している」という趣旨のうわさ話を真実っぽく報じている。バイデンはイランとの対話を望む現実派(中道派)であり、オバマの対イラン協調策を批判するとは考えにくい。 (White House divided on Iran protests. Mousavi says no rally Saturday

▼内紛長期化を望む英米イスラエル

 中東や中央アジアでの国際政治の世界で台頭し、中露と組んで覇権多極化の波に乗り、ユーラシア内部から米英勢力を追い出そうとしているイランが内紛で自壊することは、英米中心主義者にとって、多極化への地政学的な逆転に歯止めをかけることにもなる。中東では、イランはヒズボラやハマス、イスラム同胞団などを支援し、イスラエルと、エジプトやヨルダンなど親米アラブ諸国にとって脅威になっている。アラブ諸国の政界では、親米を続けるよりイランと手を組んだ方が良いという意見も出ている。イランが内紛に陥って国際政治力を減退させれば、中東での米英イスラエルの影響力を保持しやすくなる。

 イランの内紛の結果、ムサビら改革派があっさり勝つと、米欧政界で「イランは改革派政権になったのだから、敵視をやめて協調支援してやるべきだ」という主張が強まる。これは、米欧とイランの対立を恒久化して漁夫の利を得てきたイスラエルにとって不都合だ。だから、イスラエルや米政界の右派(軍産複合体)は、表向きはイランの改革派を支持しても、本音では保守派と改革派の内紛が長く続き、イランが内側から疲弊していくことを望んでいる。 (Israel Plays Down Chance for Iran Regime Change

 米中枢でも、ロックフェラーなど多極主義者は、イランが混乱せず中東やユーラシアの国際政治の中で台頭することを望んでいる。だから、冒頭に紹介したロックフェラー兄弟基金の出資によるワシントンポストのイランでの世論調査は、アハマディネジャドが優勢だという話にしているのだろう。

 今回のイラン政争でハメネイ・アハマディネジャドの現職が勝つと、米欧はイランとの敵対を持続することになるが、そうなるとイランは、ますます中国やロシアとの関係を強めようとするだろう。アハマディネジャドは、テヘランで怒濤の反政府運動が起きている最中の6月16日、ロシアのエカテリンブルグで開かれた上海協力機構の年次総会に参加し、ロシアや中国の首脳と会談した。 (Amid Iran Unrest, Ahmadinejad Visits Russia

 中露は、アハマディネジャドの再選を認知し、支持を表明した。グルジアやチベットで、英米肝いりの「カラー革命」「民主化運動」の攻撃を受けてきたロシアや中国は、イランの反政府運動の展開を嫌っている。 (Beijing cautions US over Iran

 イランは上海協力機構に本格加盟したいが、まだオブザーバー加盟しかさせてもらっていない。それなのにアハマディネジャドは年次総会に際して「米国は破綻しつつあるのだから、上海機構を従来の拘束力の弱い会議から格上げして、世界に対する発言力の強い組織に変えるべきだ」と、大胆な主張を展開している。 (Iranian president Ahmadinejad says SCO should have political, security role

 今はまだイラン上層部では「オバマの米国と和解できるかもしれない」という意識が強いが、今回の政争で米国が対イラン宥和策を引っ込めたら、その後のイランは、もっと中露の側に傾く。上海機構に反米的な色彩を持たせようと活動したり、ベネズエラのチャベス政権と組んだ世界的な反米勢力の結集運動を強めるだろう。

 米国と国際社会の中枢における、隠れ多極主義と英米イスラエル中心主義との暗闘は、最近まで多極主義側による米国を自滅させる謀略が成功していたが、ここにきてイランを混乱させたり、朝鮮半島を一触即発の状況にしたりと、英米中心主義側の抵抗策が見受けられるようになった。しかし同時に、すでに金融通貨的には、BRICや産油諸国が反米で結束すればドル(つまり米国の覇権)を潰せる状態に入っている。英米中心主義の反攻によって、中露が反米の側に押しやられると、最終的には多極主義の勝利(ドル崩壊と多極化による世界経済の拡大均衡)に結びつく展開になりうる。



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