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米国より中国が最大貿易相手になるブラジル

2009年5月11日   田中 宇

 この記事は、最近読んだ国際政治経済の情報の中で私の関心を引いたものを、起承転結を考えつつ連結した短信集です。

 英テレグラフ紙によると、ブラジルの4月の貿易総額は、中国との貿易が32億ドル、米国との貿易が28億ドルとなった。ブラジルにとっての最大の貿易相手国は、1930年代以来ずっと米国だったが、80年ぶりに米国は首位から落ち、中国に取って代わられた。

 ブラジルと中国の貿易額は、2001年からの8年間で12倍に増えている。米国より中国の方が経済が好調なので、今年は通年でも、ブラジルの最大貿易相手国は、米国から中国に代わると予測されている。BRICに含まれるブラジルと中国との経済関係の強化は、世界が多極化しつつあることを示す一例である。中南米では、太平洋岸のチリも、すでに最大の貿易相手国が中国になっている。 (China overtakes the US as Brazil's largest trading partner

 中国は、中南米各国とは個別の貿易を増やしているが、南米諸国の自由貿易圏であるメルコスールとは貿易協定を結んでいない。また、統計では中国から中南米への投資が増えているものの、その中にはバミューダやケイマン諸島といったタックスヘイブンへの投資が多く含まれ、それらの多くはタックスヘイブンをトンネルして中南米以外の地域に投資されているため、中南米への投資とは呼びにくい。これらの問題は指摘されているものの、中南米においては、落ち目の米国よりも、台頭する中国と貿易しようという流れが顕著になりつつあることは確かだ。

 反米・非米的な国際連携を強化している国としては、中国のほかにイランが目立つが、ブラジルはイランとの関係も強めている。ブラジルは最近、イランと同じ型のウラン濃縮工場を稼働させ、イランのウラン濃縮に「核兵器開発」の濡れ衣を着せる米欧に対抗する姿勢を見せている。 (Brazil Officially Starts First Uranium Enrichment Facility

 ブラジルは最近、イランのアハマディネジャド大統領を自国に招待し、アハマディネジャドは65社のイラン企業の代表110人をつれて、5月初旬にブラジルを訪問する予定になっていた。この訪問は、実施直前になってイランの側からキャンセルされ、理由の発表がなかったため、イスラエルによるイラン空爆がありそうなのでキャンセルしたのではないかなどと憶測を呼んだ。こうした曲折はありつつも、ブラジルを初めとする中南米諸国は、中国やイラン、ロシアといった非米・反米的な諸国との関係を強めている。 (Ahmadinejad's Brazil visit startles Washington

 米欧の軍事同盟であるNATOは、ロシア近傍のグルジアで軍事演習を開始したが、これを米欧による冷戦の復活だと怒るロシア側は、対抗して米国近傍のカリブ海で、7月にキューバやベネズエラの軍隊との合同軍事演習を行うことを検討している。 (Russia reacts to NATO 'Cold War' games

 50年前のキューバ危機などの米ソ冷戦は軍事中心で、米ソが自由貿易の競争で覇を競うことはなかった。対照的に、ここ数年起きている今回の「米英中心主義体制」と「多極主義体制」の対峙はむしろ、自由貿易の分野が重要になっている。ブラジルの最大貿易相手国が米国から中国に代わることは、その象徴の一つだ。また、原油価格が上がるとロシアやイスラム世界が台頭して多極化が進み、原油が下がると米英中心体制が維持されることも象徴的だ。

 先日、米国のクリントン国務長官は「ブッシュ政権が、ベネズエラやボリビアの(反米的な)指導者を封じ込めることに失敗している間に、中南米に中国やロシア、イランが入り込んでしまい、困ったことになっている」と述べた、また彼女は「現状の世界は多極型だ。(中南米など世界各国の)気を引いたり良い関係を結んだりするために、米国は、ロシアや中国やイランなどと競っている」とも語り、国際政治が多極型になっていることを認知している。 (Clinton Says China, Iran Gains in Latin America 'Disturbing'

 しかしクリントンの国務省は、そのような問題意識があるにもかかわらず、キューバに対する無意味で古ぼけた制裁を維持している。米議会ではキューバ敵視のタカ派が依然強く、米政府は、対キューバ制裁を一部だけ解除するのがやっとだった。これでは、中南米に渦巻く反米感情は解消できず、中国やイラン、ロシアが中南米との関係を強化するのを抑止できない。 (US keeps Cuba on terrorism blacklist

▼多極化に備えるオーストラリア

 ウォールストリート・ジャーナルは5月8日に「米国の衰退に備えるオーストラリア」と題する記事を出した。豪州の国防相は、最近発表した国防白書(defense review)の序文で「豪州にとって最大の将来見通しの変化は、米国の単独覇権が終焉に向けて動き出したことだ」と書き「米が軍事費を増やし続け、アジア重視策を採るのなら別だが、そうでない場合、今後はアジアの覇権国がどこになるのか(米国なのか中国なのか)わからない。安保政策の立案が難しくなる」「最大の挑戦は、急ピッチで軍拡する中国からやってくる」と分析している。その上で豪政府は、防衛費を増やし、潜水艦を6隻から12隻に倍増し、戦闘機100機を買う計画を白書で発表した。 (Australia prepares for U.S. decline

 従来のように米国に頼れない以上、豪州は独自に軍拡して中国と対峙することにした、という構図がここから読み取れる。だが、覇権の範疇に経済を含めると、敵味方は一気に不明確になる。豪州は今年、8年ぶりに財政が赤字に陥りそうだが、その大きな理由は、中国の経済減速によって、豪州企業が中国での事業で利益を出しにくくなり、豪政府に納める法人税が減ったことである。つまり、豪州の経済や財政は、すでに中国なしでは立ちゆかない。経済面を考えると、豪州は中国と敵対するわけにはいかない。 (Australia faces first deficit in 7 years

 中国と敵対できないのに、なぜ豪州は中国を仮想敵にして軍拡するのか。私の読みは「中国を仮想敵にするのは言い訳にすぎない」というものだ。豪州の防衛は、これまで米国の傘の下にいたが、今後、米国の力が落ちると、豪州は米国に頼れず、自前で防衛せざるを得ない。豪州の軍拡は、米国に頼れなくなった分の防衛力の穴埋めである。

 軍拡を行う際に「米国が衰退するから」というのを主な理由にすると「米国は衰退なんかしないぞ」「ラッド首相は左翼で反米だから米国の傘の下から出たいだけだ」などと、国内外から批判されかねない。米国の衰退はまだ潜在的で、ドルの基軸性が崩壊しない限り、衰退は顕在化しない。米英中心主義が強い豪米日などのマスコミは、米国の潜在衰退を見ないようにしているので、新聞を信じる多くの人々は、すでに米国が潜在的にかなり衰退していることに気づいていない。「米国が衰退するから自前の軍事力が必要だ」と言っても、多くの人は納得しない。そのように言う人を反米左翼扱いするだけだ。

 それで「中国の台頭に対抗する」という右派的な言い訳が必要になる。豪政府は中国政府に「貴国が仮想敵であるかのような書き方になっていますが、これは本意ではありません」と説明しているようで、中国は豪州を大して批判しない。これは豪州だけでなく、日本政府が防衛力を強化する時にも使われる手法である。中国政府は、靖国問題では、この問題を口実に中国上層部の暗闘が起きうるので、わずかなことでもとりあえず日本を強く批判するが、日本の防衛力強化については、ほとんど批判をしない。むしろ中国は、日本との軍事交流を広げようとしている。日本は対米従属できなくなるので防衛力を強化せざるを得ないと、中国は知っているのだろう。

▼多極化の速度を決めるのはドルの安定性

 世界は多極化しつつあるが、米国の衰退は今のところ決定的ではない。「米国は、それほど速く衰退しない。米国の衰退は過大に報じられている。たとえば、米国の金融危機の影響は、米国自身より他の国々の方が大きく、むしろ米国がいかに重要かを示すものになっている」という指摘を最近読んだ。豪州の軍事報告書も、米国の衰退について「20年以内には間違いなく起きる」と言っているだけだ。 (Not So Fast: Rethinking America's Decline

 私は、米国の衰退が今後どのぐらいの速さで進むかを決めるのは、ドルの安定性であると考えている。ドルが基軸性を喪失せず、安定を維持できている限り、覇権体制の転換はゆっくりしか進まない。しかし、ドルが崩壊すると、覇権をめぐる世界の景色は一変する。

 そして、ドルの崩壊は突然に起こりうる。崩壊の兆候は、直前まで、多くの人に全く感じられないだろう。発行しすぎの米国債の売れ残りや、米金融界の不良債権を、米連銀がドルを増し刷りして買うという、非常に不健全な事態がすでに拡大しており、ドルは潜在的に危険さを増しているが、そんなことは、少なくとも日本のマスコミには全く出てこない(米英マスコミをよく読むと書いてある)。

 ドルと米国債の潜在危機に気づいている人は、最近の米国などでの株価の上昇に対し、懸念を抱いている。株価が上がり続けると株式に資金が集まり、その分、米国債が売れにくくなるからだ。米国債の需要を取り戻すため、米政府が株価の暴落を誘発するのではないかと予測する人もいる。 (Imminent Global Stock Market Crash to Support U.S. dollar



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