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原油安に窮するロシア

2008年12月31日   田中 宇

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 12月20−21日、ロシア極東の港湾都市ウラジオストクで、日本から輸入する中古車にかける関税を大幅に引き上げた当局に対し、中古車輸入業の関係者や、その他の市民が抗議集会を開いた。関税引き上げ問題は1カ月前から同市を騒がせており、当局はモスクワから暴動鎮圧専門の機動隊を派遣し、市民と機動隊の衝突で逮捕者が出た。日本から中古車などを輸入してロシア全土に転売するビジネスは、ウラジオストクの主要産業の一つだ。(関連記事

 輸入車に対する関税の大幅引き上げは、ロシア国内の自動車産業の保護が目的だった。ロシア経済は天然ガスや石油の輸出で支えられているが、今夏以来の原油価格の下落によって石油ガス輸出の国家収入が減った。加えて、国際金融危機と世界不況がロシアにも波及して経済難の度合いが強まり、ロシア国内で自動車の売り上げも落ち込んだ。大手自動車メーカーを所有する財閥(オリガルヒ)たちが11月からクレムリンに頼み込み、関税を引き上げて日本車の流入を抑制し、ロシア国産車の売れ行き不振を止めようとした。(関連記事

 世界不況で日米欧や中国の経済も急速に不振になっているのだから、ロシアが経済難なのは当然で、原油安によって経済難に拍車がかかっている。ロシア政府は、何度も通貨ルーブルを切り下げている。ウラジオストクの関税引き上げ反対集会は、今回の経済難が始まって以来初めて起きた反政府集会だった。ロシアでは、自動車以外の多くの産業でも、解雇や給料の遅配が広がり、これまで絶大な人気だったプーチン・メドベージェフ政権への支持が下落している。ロシア政府内務省は12月24日、今後もっとデモが起きるかもしれないと予測した。(関連記事

 ウラジオストク以外の30都市で中古車関税引き上げ反対の反政府的なデモが行われたとの指摘や、国民の反政府感情の高まりを抑えるためロシア政府は、国営マスコミに「危機」という言葉の使用を禁じているとの指摘もある。(関連記事

▼プロパガンダが混入するロシア情報

 ロシアの経済難の理由の一つは、地政学的なものである。ロシアは石油ガスの輸出力を武器に、欧州や中国、インドなどが反ロシア的行動を採ることを抑制し、石油ガス収入をテコにルーブルを国際基軸通貨の一つに押し上げ、米英の世界支配を崩したいと考えている。これに対して米英の軍産複合体などは、金融投機の技能を駆使してロシアの株式市場を暴落させたり、最近では原油価格の下落に拍車をかけている。

(私が見るところ、最近の原油先物市場を動かす最大の要因は実需ではない。資本家層の中で、原油をつり上げて覇権の多極化を推進したい勢力と、原油を引き下げてロシアやイランなどを破綻させて多極化を阻止したい軍産英複合体系の勢力との暗闘があり、どちらの市場操作が優勢かによって、相場が上下している。ここ数カ月の原油の下落は、不況による実需減に加えて、下落方向の市場操作が働いている)

 また軍産英複合体は、世界のマスコミ論調を引率する米英マスコミの論調を、有事機能を使って操作している(911以来の国際有事態勢によって、この傾向が強まった)。米英や日本のマスコミは、プロパガンダ戦争の道具であり、ロシアをことさら悪く描く傾向がある。だから石油ガス価格の下落で今にもロシア経済が破綻しそうだという記事を読む際は、まず眉に唾をつけた方が良いのだが、それでも最近のロシア経済をめぐる状況は、かなり悪化しているのは確かなようだ。(同様のことは中国に関しても言える)

▼設立が遅れるガスOPEC

 このままではロシアは経済破綻して覇権力が低下するので、それを防ごうと、プーチンらはあれこれ手を打っているが、成功していない。たとえば11月には、世界最大の天然ガス埋蔵量を持つロシアは、イランとカタールという第2位と第3位のガス埋蔵国(3カ国で世界埋蔵量の6割)と組んで「ガスOPEC」(ガス輸出国フォーラム)を作り、談合してガスの国際価格をつり上げようとした。だが、10月27日の準備会合に続いて11月18日に予定されていたガスOPECの設立会議は、開催前に延期された。(関連記事

 ガス産出国の間に対立があり、このままではガスOPECの創設は無理だとの指摘もある。そもそも、天然ガスはコストのかかる液化をしないとタンカーで運べず、簡単に運べる石油のようなスポット市場の大規模な創設は無理で、スポット相場を談合でつり上げてガス価格を操作するのは難しいとも言われている。(関連記事

 ロシアは、12月に産油国の談合体であるOPECが大幅減産を検討した際、OPECが減産するならロシアも同様の比率で減産すると表明し、国際原油価格を反騰させる構想に乗ろうとした。ロシアはOPECのオブザーバー国だが、正式加盟を検討しているとも表明した。ロシアがOPECに入って原油を高騰させ、米英に非難されたらG8を脱退するとの憶測も流れた。(関連記事

 ロシア政府は、原油価格の適正水準は1バレル75ドルだと言い、OPECの盟主であるサウジアラビアも75ドルを適切価格だと言っている。ロシアは11月末、OPECに対し、協調減産して価格をつり上げる提案を行った。(関連記事その1その2

 しかし12月18日のOPEC会議で日産200万バレルの減産を1月1日から行うと決まったものの、原油の相場は反転しなかった。また、ロシア政府はOPECに正式加盟せず、オブザーバーを続けることにしたと報じられた。OPECの減産は、産油国にとって抜け穴が多く、発動されても効果がない時が良くある。今回も、そのようなケースなので、ロシアはOPEC加盟を見送ったのかもしれない。ロシアは原油安の窮地を脱せなかった。(関連記事その1その2

▼ウクライナ・ポーランド潰しの海底パイプライン

 11月には、プーチンがドイツに対し、ロシアからドイツにガスを送るバルト海の海底パイプライン(Nord Stream)の建設に早く着工しないと、ロシアはパイプライン計画をやめてガスを液化してよそに売るぞと脅した。(関連記事

 欧州が消費するガスの3割はロシア産だが、今はウクライナやポーランドという反ロシア的な国を経由するパイプラインでガスを送っている(ロシアから欧州へのガス輸出の8割がウクライナ経由)。海底パイプラインができると、ウクライナやポーランドは迂回され、ロシアは反露的な2カ国を制裁しやすくなるが、バルト諸国やスウェーデンなどのバルト海沿岸国が、環境問題などを理由に反対しているため、着工が遅れている。(関連記事

 EU主要国の中で、ドイツはこれまでフランスと同様の親ロシア姿勢だったのだが、最近は仏サルコジ大統領が活発にロシアと組んで世界を多極化する動きを推進しているのと対照的に、独メルケル首相は、外交面の動きが目立って不活発になっている。米英の影響力の落ち込みと、BRICなど非米勢力の台頭が、あまりに急展開する中で、ドイツは戸惑っている。日本と同様に敗戦国であるドイツは、戦勝国のフランスと異なり、米英イスラエルの意に反する言動に踏み出すことには、非常に慎重だ。米英は、ドイツが海底パイプラインを作ってポーランドやウクライナを見殺しにすることに反対している。(関連記事

 海底パイプラインができると、欧州はガスの輸入をロシアに頼る度合いを強め、EUは反露的な態度をとりにくくなる。石油ガス価格の落ち込みに危機を持つプーチンは、ドイツが慎重な態度を続けてガス大量購入につながる海底パイプライン建設を遅らせていることに苛立っている。

▼ウクライナへのガスがまた止まる?

 またロシアの政府系ガス会社ガスプロムは12月下旬、ウクライナが11−12月分のガス代金を払っていないので、1月1日からウクライナ向けのガスの送付を停止すると言い出した。ガスの国際価格が下がっているので、ウクライナはガスプロムに対し、来年からガスの輸出単価を下げてほしいと要求し、それに対するロシア側の答えが、11−12月分のガス代が未納なので交渉には応じられず、早く払わないと元旦にガスを止めるという脅しだった。(関連記事

 ガスプロムは2006年元旦にも、価格交渉のもつれからウクライナ向けのガスを止めた。今回、ウクライナ政府は12月30日夜、国営銀行から国営ガス会社に緊急融資し、ガス代を支払う準備をしており、元旦のガス停止劇の再演が避けられるかどうかの瀬戸際にある。(関連記事

【ガスプロムは、09年元旦からウクライナ向けのガス送付を止めた】

 欧州が輸入するガスの多くはロシアからウクライナを経由するパイプラインで輸送されている。ロシアはウクライナ向けのガスを止める際、ウクライナに向かうガスの流量を減らすが、パイプラインを通るガスは、ウクライナ向けだけではなく西欧向けも含まれており、こちらは減らさない。06年元旦の場合、ウクライナは流量減少を無視してガスを使い続けたため、西欧に到達するガスの量が減り、厳冬期にガスの供給が減った西欧諸国はパニックになった。(関連記事

 今回、3年ぶりに同じ脅しが繰り返されるのは、ロシアがドイツなど西欧に対し「海底パイプラインを作らず、ウクライナを支援しているとガスを使えなくなり、寒い思いをしますよ」と脅すためでもある。とはいえ、06年元旦の教訓から西欧諸国はガス備蓄量を増やしており、ロシアがガス送付量を減らしても、西欧に対する脅威は少ないとも報じられている。(関連記事その1その2

▼プーチンを救う中東大戦争

 プーチンのロシアは原油安によって窮しているが、間もなく窮状から劇的に脱出できるかもしれない。それはイスラエルが起こしたガザ戦争が拡大してイランも巻き込まれそうになり、ペルシャ湾地域の石油供給が不安になって原油価格が高騰する可能性があるからだ。イランとイスラエルが戦争になったら、原油はすぐにロシアの望む75ドル以上まで跳ね上がるだろう。イランは、イスラエルと戦争する準備を始めたとの情報もある。(関連記事

 イスラエルはガザへの地上軍侵攻を準備しており、ハマスを弱体化させるまで停戦しないと言って強硬姿勢をとっている。エジプトではイスラム主義勢力がムバラク政権に圧力をかけ、ガザとエジプトの間の国境を開放させようとしている。国境が開くと、エジプトからガザにゲリラ的に武器が搬入されるとともに、エジプトも戦争に巻き込まれる可能性が高くなる。エジプトのムバラク政権は米国の傀儡で、イスラエルの空爆直前、ハマスに対し、空爆は当分ないとウソを教え、イスラエルの味方をした。このままガザ戦争が拡大すると、ムバラク政権はイスラム主義者に転覆されるだろう。(関連記事その1その2

 中東の人々は、ふだんは仲間割れと裏切りばかりだが、絶対的な危機に直面すると、強い指導者が出てきて団結し、敵に打ち勝つ。12世紀に十字軍を破った「サラディンの瞬間」である。その瞬間が近づいているのかもしれない。12世紀のサラディンはクルド人だが、今回のサラディンはヒズボラのハッサン・ナスララなど、シーア派かもしれない。米国の多極主義者は、この瞬間を誘発するために、テロ戦争を過剰にやってイスラム教徒の怒りを煽ってきたと思える。米軍が、イラクのシーア派指導者サドル師をことさら敵視し、サドルを英雄にしてしまったのも「サラディン作り」だった観がある。(関連記事

 中東の戦争が、国際政治のバランスを大転換させるかもしれない。イランのアハマディネジャド大統領は「この戦争は中東のすべてを変える」と述べた。大戦争になると、原油だけでなく金地金も高騰するだろう。かつては戦争になるとドルが買われたが、今やドルは潜在危機にあり、代わりに金地金が買われる。12月27日にガザ戦争が始まったときには、金地金と原油の相場が上がった。原油と金が高騰したら、デフレは消えてインフレが再燃する。これは、ドル崩壊とロシアの再台頭、世界多極化の引き金になりうる。(関連記事

 逆に、イスラエルがガザ戦争をうまく停戦させて小康状態につなげ、中東が安定に戻った場合、原油は高騰せず、ロシアやイラン、ベネズエラなどの反米諸国は窮状が悪化し、政権崩壊につながりうる。たとえばイランの財政収入の6割は石油代金なので、原油下落でイラン政府は社会保障が満足にやれなくなり、反政府感情が高まっている。原油安が続くと、多極化に歯止めがかかり、米英中心の世界体制が何とか維持される。世界情勢は岐路に立っている。(関連記事



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