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中道派になるオバマ:組閣の裏側

2008年11月24日   田中 宇

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 米大統領選挙から3週間が経ち、来年1月に就任するオバマ政権の閣僚の顔ぶれが、しだいに明らかになっている。11月27日の感謝祭の休日がすぎた後、国務長官・国防長官・財務長官などの主要人事の正式発表があると、関係者が指摘している。国務長官にはヒラリー・クリントン、国防長官には現職のロバート・ゲイツが留任、財務長官にはニューヨーク連銀総裁、国家安全保障担当補佐官には退役軍人で元NATO司令官のジェームズ・ジョーンズが、それぞれ有力視されている。(関連記事

 これらの人事からうかがえるオバマ政権の戦略の特徴の一つは、共和党との連携を重視するとともに、民主党内で力を持つビル・クリントン政権の人脈を登用し、超党派での政権運営を考えていることである。半面、オバマが選挙期間中に立脚していた民主党の左派(リベラル派)は、当選後に閣僚人事を決める段階になって外され、オバマに裏切られ、冷や飯を食わされている。(関連記事

 民主党内で早くからオバマを支持したニューメキシコ州知事のビル・リチャードソンは商務長官になりそうだが、商務長官は、国務長官や国防長官などより格下だ。リチャードソンを国務長官にしたいと考える人が多かった民主党左派の内部では、オバマに裏切られたという怒りが渦巻いている。(関連記事

 共和党は、今回の総選挙で惨敗し、米議会は上下院とも民主党が多数派になった。ブッシュ政権がイラク戦争や金融危機対策などの失敗を重ねた結果、共和党は米国民の支持を失った。オバマは、弱体化した共和党を無視して政権を作り、ブッシュがやった間違った政策を全部ひっくり返していくこともできたはずだ。民主党左派は、それを望んでいた。しかし、オバマはそれをやらず、むしろ逆に、共和党現職のゲイツ国防長官を留任させる。安保担当補佐官になりそうなジョーンズも共和党寄りで、ブッシュ政権のパレスチナ問題特使をやっていた。

 オバマがこのような方針を採ることにしたのは、共和党の「中道派」(中道右派。国際協調主義。いわゆるリアリスト)と組み、民主党内のクリントン元政権でも強かった中道派とも合わせて、超党派の中道派政権を作ろうとしているからだ。ブッシュ政権も、当初は中道派政権になると予測されていたが、01年の911事件後、政権内ではチェイニー副大統領やネオコンといった好戦派(単独覇権主義)が強くなって、彼らが提唱するイラク侵攻が挙行された。中道派だったパウエル元国務長官は押されて途中で辞任し、その後は中道派から好戦派に鞍替えして生き残ったライスが国務長官になった。(関連記事

 共和党内には、チェイニーやネオコンの台頭とともに黙らされていた中道派の人々が多くおり(パパブッシュ政権の高官ら)、オバマは彼らを取り込んで超党派の中道派政権を作ることにした。共和党の中道派でオバマが最も頼りにしているのは、パパブッシュの安保補佐官だったブレント・スコウクロフトだと指摘されている。共和党からオバマ政権に入りそうな要人の多くは、スコウクロフトと関係がある。ゲイツ国防長官は、パパブッシュ政権で、スコウクロフトの副官をしていた。(関連記事

 スコウクロフトは現ブッシュ政権でホワイトハウスの諜報分野の顧問をしていたが、イラク侵攻前の02年夏に「イラクに侵攻したら占領の泥沼にはまり、失敗する。米国はテロ戦争にも負けることになる」と強く反対を表明し、顧問を解任された。スコウクロフトはインタビューで、チェイニーへの敵視も表明している。(関連記事

 今のライス国務長官もスコウクロフトの弟子で、もともと中道派だ。彼女は、政権内にとどまることで、チェイニーらの失敗が明確化した後、ブッシュ政権を元の中道派に戻そうとした。スコウクロフトは一時ライスと喧嘩していたが、やがてライスの本心がわかったらしく、再びライスを評価するようになった。(関連記事

▼オバマにパレスチナ和平をやらせる

 スコウクロフトがオバマに対し、就任後に最も重視してやるべき外交課題として提案しているのは、パレスチナ和平である。スコウクロフトは、民主党の戦略立案の重鎮でオバマの外交顧問をしているズビグニュー・ブレジンスキー(カーターの安保補佐官)と連名で、11月21日のワシントンポストに「オバマ政権は就任後まずパレスチナ和平に取り組み、イスラエルを占領地から撤退させてパレスチナ国家を作り、中東を安定させるべきだ」と主張する論文を発表した。(関連記事

 中道派とはつまるところ、米英イスラエルが世界を主導する覇権体制を維持したい「米英イスラエル中心主義」である。イスラエル寄りの立場をとるレスリー・ゲルブCFR(外交問題評議会)元会長は今年9月、次期政権への中道派の超党派的な全員集合を呼びかける論文「リアリストよ団結せよ」(Realists unite)を発表している。(関連記事

 オバマが当選して最初に決めた高官人事である大統領首席補佐官には、イスラエルとの二重国籍を持っていた下院議員のラーム・エマニュエルが選ばれた。彼は父親の代からの筋金入りのシオニストだ。(関連記事

 親イスラエル的な中道派とは対照的に、チェイニーらブッシュ政権の好戦派(隠れ多極主義)は、表向きは異様に強い親イスラエルだが、実際は逆に、過激な中東戦略を展開することで米英イスラエルの覇権体制を壊した。その結果、中東で反米反イスラエルのイスラム主義が台頭し、ハマスやヒズボラなどがイランから支持されて武装し、イスラエルを潰そうと狙っている。国連などの国際社会でも、イスラエルはすっかり悪者になった。

 このままだと、いずれイスラエルはハマス・ヒズボラ・イランなどとの多正面の戦争の泥沼に陥り、国家破綻する。それを防ぐには、パレスチナ和平を実現し、パレスチナ国家を急いで創設し、アラブ人の反米反イスラエル感情を鎮めていくしかない。オバマの安保補佐官になるジョーンズは、今はイスラエル軍が駐留し占領しているヨルダン川西岸に、代わりにNATO軍を駐留させることで、イスラエルとパレスチナを引き離し、パレスチナ国家を作りやすくする構想を持っていると報じられている。(関連記事

 イスラエルでは、右派は西岸入植地からの撤退に猛反対しているが、右派のやり方は国家的な自滅につながるとわかり、イスラエル政界では右派の影響力が減っている。かつて右派の頭目だった右派政党リクードのネタニヤフ党首でさえ、来年2月の選挙を控えて「パレスチナ和平をやる」と言い出しており、イスラエル政界は総中道化が進んでいる。西岸にNATO軍を駐留させることは、欧米軍をイスラエルの「衛兵」として使うことであり、イスラエル政府の願望である。(関連記事

 とはいえ、ブレジンスキーらのイスラエル防衛策は、間に合うかどうか疑問だ。まず、パレスチナ側は、親米のファタハが西岸を支配し、反米のハマスがガザを支配する分裂状態で、しかもファタハのアッバス大統領は来年1月8日までしか任期がない。

 パレスチナ人は米イスラエルの傀儡でしかないアッバスを嫌っており、任期後に選挙をしたら、ファタハ惨敗・ハマス圧勝となり、米イスラエルが満足できる和平交渉ができるファタハが消えてしまう。下手をすると、来年1月20日にオバマが就任するころには、パレスチナは内戦もしくはハマスに席巻されているかもしれない。(関連記事

 イスラエル側も、西岸の入植地から撤退させられそうな右派の入植者たちが、撤退を拒否して政府側と戦う傾向を強め、加えてパレスチナ人の怒りを扇動することもやって、西岸を内戦状態にして入植地の撤退を不可能にしようと画策している。

 また、もしオバマ政権が本気でNATO軍をパレスチナに配備しようとすると、独仏など欧州諸国が猛反対する。パレスチナ人に憎まれる上、イスラエルに好都合な「楯」「衛兵」として使われて戦死させられる西岸に、のこのこ出かけていくほど欧州は間抜けではない。これらの障害を考えると、オバマ政権でパレスチナ和平が成功する確率は、現時点で私が見るところでは、半分以下である。(関連記事

▼クリントンと軍産複合体を相殺させる

 オバマ政権で予測されるもう一つの注目人事は、ヒラリー・クリントンの国務長官への就任である。この人事は、オバマ政権のもう一つの特徴を表している。それは、軍産複合体とクリントン派の再対決である。冷戦後、初めての民主党政権となったビル・クリントン政権は、冷戦末期のレーガン政権時に肥大化した米国の軍事産業を縮小し、軍事費を削り、受注が減って困窮する軍事産業に対して合併や合理化を推進した。

 クリントン政権は「金融重視」で、金融支配による米英中心主義(金融グローバリゼーション)を推進し、冷戦時代に強かった米軍事産業と英国との結束状態から英国を引き剥がし、軍事産業を孤立させて軍事費を削るという、軍産複合体の弱体化に成功した。しかし、1997年のアジア通貨危機後、金融グローバリゼーションは弱くなり、代わって「テロ戦争」につながるイスラム敵視の軍事重視の戦略が台頭し、クリントン政権は末期に、軍産複合体に巻き返された。

 こうした経緯から、クリントン派と軍産複合体は仲が悪いと推察される。オバマがクリントンを国務長官に就けるのは、軍産複合体に席巻されてしまうことを防ぐために、クリントンと軍産複合体をぶつけてバランスさせようとしているのではないかと考えられる。

 ヒラリー・クリントンは、オバマからの国務長官就任の要請を受けた際、受諾の条件として、国務省の人事はすべてクリントンが決めることや、安保担当補佐官ら大統領の側近を介さず、クリントンが直接オバマに会える権限を保持することなどを挙げた。オバマはこれらの条件をすべて飲んだと報じられている。(関連記事

 クリントンがこれらの条件を出したのは、オバマ陣営内で選挙時から強かった反クリントン派を一掃するためと報じられているが、私が見るところ、理由はそれだけではない。安保担当補佐官は国防総省出身のジョーンズであり、軍産複合体系列の勢力がオバマのまわりを取り囲み、クリントンをオバマに会わせないという事態が起きないよう、クリントンはオバマと直接会える権限を確保したのだと思われる。

 ブッシュ政権では、チェイニー副大統領がブッシュへの情報注入を制御し、パウエル国務長官ら反チェイニー派は、ブッシュへの接近を制限された。しかも国務省には、チェイニー側近のネオコンのジョン・ボルトンが国務副長官として送り込まれ、パウエルの動きを妨害して回った。ホワイトハウスは歴代、軍産複合体やイスラエル系、隠れ多極主義などの高官たちによる権謀術数が繰り広げられている。

 今のところ、オバマ政権には過激な好戦派は入らないことになっている。しかしブッシュ政権も2001年の就任時には、中道派政権だったパパブッシュ政権の人脈を受け継いで、穏健な中道派ばかりが高官に就いたと思われていた。実際には、911事件を機にチェイニーやネオコンが本性を現し、穏健からほど遠い政権になってしまった。

 米国を自滅させる好戦派は、穏健派のふりをして政権中枢に入ってくる。軍産複合体がオバマ政権に送り込んでくる人々の中に、リクード右派や隠れ多極主義者の回し者が入っていないとは限らない。彼らが本性を現したときの用心のために、対抗的なもう一つの勢力としてクリントン派がオバマ政権に引き入れられたのかもしれない。

▼ブッシュと同じ財政自滅策

 オバマ政権の重要課題には、不況対策や金融対策といった経済面もある。経済面はクリントン派で固められ、クリントン時代の財務長官だったローレンス・サマーズが、経済3大高官の一つである主席経済顧問(国家経済会議の議長)になり、もう一つの経済高官である財務長官には、サマーズが財務長官だったときに次官をしていたティモシー・ガイトナーが選ばれた(11月24日に発表された)。(関連記事

 クリントン政権は、財政赤字を減らすことを目指していた。サマーズの前に財務長官をやったロバート・ルービン(サマーズの師)は、財政赤字の増加は経済成長を鈍化させるとして財政の黒字化を善とするルービン主義(ルビノミクス)を主張した。クリントン政権は2期8年間で、レーガンが急増させた財政赤字を急減させた。(関連記事

 この延長で考えると、ルービンの弟子であるサマーズや、その弟子であるガイトナーを要職に据えたオバマ政権は、ブッシュが急増させた財政赤字を減らす戦略を採っても不思議ではないが、実際にはそうではない。米民主党はすでに、米の金融危機がひどくなり出した今年1月、ルービン主義を捨て、財政赤字を増やしても景気対策をやった方が良いという方針に転換している。(関連記事

 オバマは選挙期間中、ブッシュがやった金持ちに対する減税を、当選したら早期に解除すると公約していた。しかし当選後、景気が悪いので減税の解除は消費の抑制と景気悪化を加速させてしまう、という理由をつけて、減税の早期解除をしない方針に転換した(ブッシュの金持ち減税は2011年までの時限立法で、オバマはこれを予定どおり11年まで続ける)。(関連記事

 加えてオバマは、もう一つの選挙公約だった中産階級や貧困層向けの減税については、予定どおり実施すると表明している。選挙公約では、中産階級や貧民への減税をやって政府税収が減る分の埋め合わせとして、ブッシュがやった金持ち減税を早期解除することにしていた。しかし今のオバマは、金持ちにも中産階級にも貧民にも減税を行う方針だ。当然ながら、政府税収は減ることになる。(関連記事

 減税と同時に政府支出も減らすなら財政赤字は増えないが、オバマは逆に、財政支出を急増させる方針だ。景気対策の規模は、以前に検討されていた3000億ドル規模から、11月24日の話では7000億ドル規模に拡大されている。(関連記事

 9月にリーマンブラザースが破綻して以来、公金を使った金融救済や景気対策の額が急増し、すでに4兆ドルを突破している。10兆ドルだった米財政赤字の残高は15兆ドルに近づいている。そこに、次期オバマ政権での景気対策による赤字増が上乗せされると、米国債が売れなくなってドルが破綻する懸念が強まる。減税と支出増を同時にやって財政破綻を招く姿勢をとる点で、オバマはブッシュと同じである。



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