銀行破綻から米国債破綻へ?2008年9月20日 田中 宇アメリカの金融界では、怒涛の一週間が過ぎた。「2週間前には想像もつかなかった」と評されるような、急激な大崩壊が起きている。9月15日にリーマンブラザーズが破産申請し、メリルリンチがバンカメに買収されて名前が消えることになった。1日で4大投資銀行のうち2つが消えてしまった。17日には、世界最大の保険会社であるAIGが破綻し、事実上、国有化された。AIGは、倒産を回避するための運転資金を米政府から貸してもらう代わりに、自社株の8割を政府にとられることになった。米マスコミや分析者の間では「金融危機はまだまだ続く」「損失総額の半分程度が出てきた段階」といった見方が多い。(関連記事) 今回の連続破綻は、昨夏以来の「サブプライム住宅ローン危機」が拡大し続けた結果として起きた。住宅価格は続落し、商業不動産に拡大した。不動産担保債券の価値が下がり、不動産以外の債権を担保にした債券(企業融資債権や、債券の破綻リスクを債券化したCDSなど)が連鎖的に下落し続けた。債券を担保に行われてきた銀行間の貸し借り、銀行から一般企業への融資などが貸し渋り、多くの銀行が資金難に陥っている。米当局は、金融機関が担保としての受け取りを拒否するようになった債券を担保として受け入れ続ける「最後の貸し手」として、金融界に無制限に融資を続け、金融システムを延命させている。 20年ほど前から、企業会計は世界的に、資産を時価で評価するようになり、不動産や保有株・債券などの相場が上がる限り、資産の時価評価が上がり、好業績の決算を続けられた。だが今回のような下落局面では、時価評価が下がり続け、決算は悪化し、格付けは下がり、悪化を挽回するため多くの企業が資産を売却しようとして株や不動産の相場が下落し、さらに時価評価が下がって投げ売り状態になる悪循環に陥る。以前の簿価評価の決算は、時価と簿価の差額が含み益となり、業績悪化時のクッションとなったが、時価会計の今は、そのような機能がない。時価評価決算は「アングロサクソン(米英型)経営モデル」ともてはやされて世界に定着したが、今や「米英型」は、経営から外交までの全域で「インチキ」の同義語となっている。(関連記事) ▼9月16日に大恐慌以来の金融崩壊 AIGは、債券に対する保険であるCDSの発行を多く引き受けてきたが、債券市場の悪化とともにCDSの保険金支払いが増えて業績が悪化し、企業格付けを引き下げられたをきっかけに破綻した。昨夏の危機発生以来、企業格付けのシステム自体が恣意的で当てにならないと烙印されたが、投資家にとっては今も格付け以外の判断基準はなく、AIGは格下げによって資金調達が不可能になった。(関連記事) 米連銀は、9月14日にはリーマンに金を貸さず、破綻させたが、17日にはAIGに融資して救済した。投資家しか相手にしていない投資銀行のリーマンと比べ、AIGは無数の保険契約者を抱えている上、企業規模が大きいので、連銀が救済することにしたと説明されている。「AIGを救済せず倒産させたら、大変なことになる」という絶叫のような主張が、17日に金融界や政界のあちこちからあがり、連銀を動かした。(関連記事その1、その2) AIGが破綻と救済の間をさまよった9月16日、銀行システムの中心をなす銀行間融資の金利(LIBORのドル翌日もの)が、前日の3・1%から6・5%へと急騰した。これは、米英の主要銀行の多くが「次はどの銀行が破綻するかわからないから、どこにも金を貸さない」との不安を一気に強めたことを示している。米英を中心とする世界の金融システムはこの日、取引停止の凍結状態になった。この状態が何日か続くと、世界は金融崩壊し、大惨事になっていたはずだ。それを防ぐため、米当局は問題となっているAIGを救済せざるを得なかった。(関連記事) 銀行間や、銀行から優良企業への短期の融資には、社債や手形(CP)が担保に使われるが、多くの銀行や投資家は、最優良企業(AAA格)の社債や証書であっても信頼しなくなり、社債を売って、社債より信頼度が高い米国債を買う傾向を一気に強めた。短期米国債に対する買いが殺到し、1カ月もの米国債は1日で利回りが0・5%下がり、ほとんどゼロの0・03%になった。金融界は民間企業どうしの「信用」で回っている。最優良企業の債券が信頼されないということは、その信用が全崩壊したことを意味する。この状態になったのは、大恐慌時の1934年以来だった。金価格も上昇した。(関連記事) 従来、最優良企業の債券は「銀行預金と同じく安全」とされ、MMFなど、一般市民の気軽な投資先にもなっている。しかし、リーマン破綻以後、米のMMFの中には、これまで専門家が「あり得ない」と言い続けてきた「元本割れ」を引き起こすものが出てきた。(専門家の大半は金融機関の関係者である)(関連記事) 米金融機関の連続破綻を機に、世界が金融崩壊の崖っぷちへと進む中、米連銀や欧州中銀、日銀などは9月16日、金融機関の資金調達難を回避するため、協調して総額2000億ドル以上の巨額の資金注入を実施した。これによって金融危機はやや緩和され、16日に6・5%だった銀行間金利は、18日には3・8%まで戻った。(関連記事その1、その2) ▼米国債のリスクが上昇 先進諸国の中央銀行による資金供給によって市場に安心感が出たのか、9月17日に急落した米株価は、18日には反騰し、19日も続騰した。16日に、ホワイトハウスの「株価下落防止委員会」(Working Group on Financial Markets)が開かれ、株価上昇のトリックが開始された。株先物売り規制が強化され、株安を止めた。ニューヨークの金市場では証拠金が47%も引き上げられ、株から金への流れを抑制した。しかし、小手先のトリックを超えた全体状況はむしろ、より根本的な部分の悪化へと発展している。投資家は金融機関の状況だけでなく、金融機関を救済する米政府の状況をも懸念し始めたからだ。(関連記事その1、その2) 9月17日には、米国債に対するリスクを示す指標が悪化した。債券のリスクはCDS(債券破綻保険)の価格(リスク・プレミアム。上乗せ利率)で示されるが、10年もの米国債のCDSは30ベーシスポイントにはね上がり、13ベーシスのドイツ国債、20ベーシスのフランス国債よりも高くなった。米国債は、ドイツ国債の2倍以上のリスクがあるとみなされるようになった。(関連記事その1、その2) ブルームバーグ・ニューヨーク市長は9月18日の講演で「誰がわれわれの国債を買ってくれるのか。(これまでの購入者だった)外国の政府投資基金やヘッジファンドは(米金融機関と同様)損失を抱えている(だから米国債を買いそうもない)。米国債を買ってくれる投資家がいるかどうか、疑問だ」「金融危機は、まだ底が見えていない」と語っている。(関連記事) イラクやアフガンの戦費、メディケアや失業保険補填など社会保障費の増加によって、米政府の財政は、すでに史上最悪の赤字状態だ。昨年度1600億ドルだった財政赤字は今年度、2倍以上の4000億ドルとなり、今年10月からの来年度には5300億ドルの史上最高額が予定されている。そこに、金融機関に対する救済費用が上乗せされていくと、財政赤字はさらにふくらむ。(関連記事) イラクもアフガンも、米軍の戦争は敗北がしだいに確定的になっている。それでも米議会は9月17日、ホワイトハウスが要求した来年度防衛費を満額回答し、さらに12億ドルを上乗せした6125億ドルの防衛費を可決した。前回の記事に書いた「ミサイル防衛システム」で見た「いくら食べても減らないプリン」の構図は、強まるばかりだ。(関連記事その1、その2) 今はまだ投資家は、世界で最も安心できる投資先は米国債だと思い、社債を売って、利回りがゼロの米国債に買い殺到している。だが、米政府が借金を急増させる中、この状態がいつまで続くかという懸念は、投資家出身のブルームバーグでなくても感じられる。(関連記事) ▼連銀も預金保険も資金不足 米連銀は、今年初めには8000億ドルの資金を持っていたが、相互不信が全く抜けず銀行間融資の凍結状態が続く米金融界に対する緊急融資の大盤振る舞いをした結果、今では手持ち資金が2000億ドルを切っている。昨夏以来、連銀が米金融界を救済するために提供された資金総額は9000億ドルを超えた。(関連記事その1、その2) 連銀の資金調達を助けるため、米財務省は9月18日から、臨時に米国債を発行して連銀に資金提供する行動を開始した。連銀は「資金難になっているわけではなく、資金調達を円滑化するだけ」と言っているが、こうしたやり方は前代未聞のことだ。9月16日、日銀など先進各国中央銀行が行った市場への資金注入は異例のドル建てで、日銀などは自国の銀行を救うためではなく、主に米銀行を救うための行為だった。(関連記事その1、その2) 資金不足になっている当局は、連銀だけではない。銀行が倒産した時に預金者にお金を返済するための機関「連邦預金保険会社」(FDIC)も、資金が不十分な状態だ。FDICは今後、米で金融危機を受けて100行以上の中小銀行が破綻に瀕し、5000億ドル以上の預金保険が必要になると予測しているが、現在の資金残高は452億ドルしかない。FDICで対応しきれない分は、米政府が税金を使って負担せざるを得ない。(関連記事その1、その2) 財政難をもう少し広い範囲で考えると、米経済の悪化による失業増で、カリフォルニアやミシガンなど全米各州のいくつかは、州が運営する失業保険制度が資金不足に陥り、失業者への支払いが滞っている。この不足分も、連邦政府が融資せざるを得ない。(関連記事) 金融危機への対策として、米政府が金融機関の不良債権を買い上げる新機関を作る構想が出ている。1980年代に米で多くの信用組合(S&L)が破綻したとき、不良債権を買い上げたRTC(整理信託公社)のような機関を作る構想が9月18日に出てきた。しかし、米住宅価格の下落と金融危機が今後も続く可能性が高い以上、不良債権の買取は、米政府の財政赤字を増大させ、米国民の税負担を増やすだけだ。米の財政破綻を早めてしまい、短期のプラスより長期のマイナスの方がはるかに大きい。(関連記事) 日本では、政府や自民党が、新RTCに日本も金を出すことを検討していると報じられたが、これは米の財政破綻の時期を少し遅らせるために、日本国民の税金をつぎ込むことだ。日本人の金が無駄に使われようとしている。いまや「親米論者」は「亡国の徒」「非国民」そのものである。 80年代のRTCは、S&Lに対する預金保険制度(FSLIC)が破綻したため作られたが、現在の金融危機をめぐっては、まだFDICの預金保険が存在している。しかも米当局は、米金融機関が持っている換金不能なジャンク債と、すぐ換金できる米国債を無制限に交換しており、RTCの役割をすでに果たしている。S&L破綻時の不良債権総額(1500億ドル)は、今回の不良額(1兆ドル以上)よりずっと小さく、政府による買取が可能だった。今回は規模が大きすぎる。(関連記事その1、その2) 米政界には、今週の連続金融破綻を「金融的な911テロ事件」ととらえ「米金融界を救うために、政治対立を超えた超党派で、911後のテロ戦争の大展開ような、前代未聞の大規模な財政出動による、徹底的な金融救済策を打たねばならない」という主張が出ている。「有事体制」を援用したこの理屈は、米のマスコミや世論を動かしうるが、その結果は、早期の財政破綻である。今回もアメリカは自滅的である。(関連記事) 「エルサレム・ポスト」には、イスラエルの新聞らしく、米金融危機を「世界的なハルマゲドン(Global Agenda: Armageddon!)」と呼ぶ、以下のような内容の記事を、9月18日に掲載された。「すでに、世界の金融システムの崩壊が進行中だ」「銀行の数でいうと、今ある(世界の)銀行の大半が潰れるだろう(中小銀行は無数にある)」「1930年代のように、非常に多くの企業が倒産する」「2週間前には専門家でも想像もつかなかったことが起きている」「昨夏以来、米当局は金融危機に対する総合的な対策を持たないまま、後ろ向きの、場当たりな対策ばかり続けた。その結果、米金融界での信用は急速に失われ、AIGの破綻で決定的な瞬間を迎えた」「米国債も安心できないとなると、もう金ぐらいしか投資先がない。スイスフランも、ユーロも駄目だ」(関連記事) サウジアラビアを中心とする中東ペルシャ湾岸の産油諸国(GCC)の6カ国では、2010年に予定されている通貨統合を、予定どおり進めることに決めた。統合後の通貨は、原油価格と密接にリンクしているのでエネルギー主導のインフレに強く、世界の5大通貨(ドル、ユーロ、円、GCC、人民元)の一つになると期待されている。(関連記事) 2010年ごろには、中国人民元も、ドルとの連動を完全に切り離し、独自の強い通貨になっているだろう。2010年より前に米国債やドル崩壊が起きる可能性が強く、世界の金融はいったん破綻するだろう。だがその後、5大通貨体制へと再編されていくというのが、楽観論ながら予測される。
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