自衛隊機中国派遣中止を解読する2008年6月1日 田中 宇中国の四川大地震の被災地に救援物資を運ぶのに自衛隊の輸送機を使う日中間の計画が、実施直前に中止された。中国派遣は、自衛隊が、極悪イメージの旧日本軍とは違うことを中国の人々に宣伝できるものだったが、実現しなかった。 日本では「自衛隊機を使った救援物資の輸送は中国政府が要請してきたことなのに、中国内部で反対意見が多いのでやっぱり止めてくれと言ってくるとは、なんて失礼な奴らなんだ。やっぱり中国人は信用できないね」といった感じの世論になっている。中国では「中国政府は自衛隊機の派遣を頼んでない(来たいなら来てもよいとしか言ってない)のに、日本のマスコミは中国が要請したかのように歪曲して報道した」と報じられている。(関連記事) 自衛隊機派遣中止について考察するにはまず、この間の経緯を見ながら、誰が頼んで誰が反対したのかを考える必要がある。5月12日に四川大地震が起きた直後、日本政府は中国政府に、物資や資金の援助、救助隊の派遣と並んで、要請があれば自衛隊機の派遣もできると提案していた。中国は、日本からの提案に沿って、最初は物資と資金の援助を日本に頼み、次は救助隊の派遣を頼んできた。 そして第三弾の要請として中国側は5月28日に、不足しているテントなどの救援物資の援助を日本側に頼み、物資を日本から中国に運ぶために自衛隊機を飛来させてもかまわないと言ってきた。翌5月29日、福田内閣は中国政府との話がまとまりしだい、自衛隊機を派遣することを決めた。 しかし、同日の北京での日中の会合では話がまとまらず、翌5月30日、福田内閣は「中国の国内で自衛隊機の派遣に対する慎重論があるので、今回は自衛隊機を使わず、民間機で送ることにした」と発表した。中国政府が自衛隊機派遣に反対してきたのではなく、日本政府が独自に中国国内の反対意見について勘案した結果、派遣を見合わせることにしたという説明だ。 このような経緯が見ると、自衛隊機の派遣は、震災直後に日本政府が中国政府に提案した援助案の中に、自衛隊の派遣が入っており、それを受けて中国側が、物資から人、そして自衛隊機へと段階的に引き上げていった最後の段階として「自衛隊機で運んでも良いですよ」と言ってきたことがわかる。 ▼アメリカの覇権低下と日中 日本政府、特に防衛省は「国際貢献」の一環として、災害復旧や平和維持活動など、自衛隊の海外活動の場を広げたいと考えている。アジア諸国、特に中国では、愛国心発揚の一環として、旧日本軍に極悪のイメージを付与し、民族自決のために日本軍と戦った自国民の歴史を輝かしいものとして描いている。反日感情を使って愛国心を強化する「反日=愛国」のプロパガンダの構造がある。 四川大地震の救援活動のために、初めての自衛隊の中国派遣が実現し、中国の災害復旧に貢献する光景が中国で好意的に報じられれば、日本は悪いイメージをいくらか払拭できる。日本政府、特に中国との関係改善を進めたい福田首相や、防衛省にとってはうれしい限りだ。 国際情勢の中で、アメリカがダントツに最強だった冷戦後の状態が今も続いているのなら、対米従属一本槍の日本は、中国を仮想敵扱いだけして、中国人に自衛隊を見直してもらう必要などなかったかもしれない。 だが現実には、アメリカは中東の戦争失敗で世界の悪者になり、ドルの潜在価値も下落して、軍事的・外交的・経済的に強さを失いつつあり、代わって中国の国際影響力が急拡大している。米ブッシュ政権は「やりすぎ」によって意図的に自国の覇権を縮小し、世界の覇権構造を多極化(覇権の共有化)しようとしている。 小泉政権時代には「首相が靖国神社に参拝して何が悪い」「中国は失礼だ」と強気でいられたが、今はそうはいかない。一昨年秋、先代の安倍政権の初期にはすでに、対米従属派の安倍首相が、不本意ながら訪米より先に訪中しなければならない状況だった。日本は、中国から良いイメージを持ってもらうことが必要になっている。 アメリカの覇権低下は、日本を中国に接近せざるを得ない状況にしているが、同時に中国も、日本に接近せざるを得ない状況になっている。米ブッシュ政権は、自国の覇権が低下するのに合わせるかのように、中国を「責任ある大国」に仕立てようと、中国に北朝鮮核問題の6者協議の主催者役を押しつけたり、人民元を国際通貨に仕立てようと対ドル相場を切り上げさせたりしている。中国は、東アジアの覇権国になるのが目標ではあるが、今のアメリカの覇権低下(覇権放棄)は、展開が速すぎる。中国の国内も安定していないのに、外国の世話をする余裕はない。 しかし現実には、下手をすると国際基軸通貨としての米ドルの地位が今後2−3年のうちに崩壊し、アメリカは東アジアの中心国としての地位を中国を押しつけて自滅してしまうかもしれない。最近、米メリルリンチが「米政府は、ペルシャ湾岸諸国(GCC)がインフレ対策としてドルペッグを外すことを了承した」と発表した。GCCがドルペッグを外したら、ドルは急落する。この情報の真偽は不明だし、GCC内ではドルペッグ維持派も強いが、3年ほど前ならほとんど誰も信じなかったこの手の情報が、今では信憑性を持って語られていること自体、ドルの危険な状態を表している。(関連記事その1、その2) ドルが基軸通貨として使えなくなった場合、アジアでは、豊富な資金を持っている日本と中国が連携して対策を講じねばならない。中国政府はここ数年、通貨や財政の管理技能を向上させてきてはいるが、この分野に関しての技能は、今のところ、資本主義の経験が長い日本政府の方がはるかに上だ。中国は、今後10−20年ぐらいは、日本に協力してもらった方が、アジア運営の役割をうまく果たせる。 ▼対米従属を重視し中国嫌いを奨励 このような状況下、中国側は2002年、日本との関係を強化しようと、海南島で小泉首相と会った朱鎔基首相は、日中で戦略関係を強化しようと提案した。これに対して小泉は朱鎔基と会った2週間後、靖国神社を参拝することで、中国側に「親しくしたくない」というメッセージを送った。日本が中国との戦略関係を深化させた場合、多極主義のブッシュ政権は「それなら日本はアメリカの傘の下にいる必要はないね」と言って対日関係を希薄化しかねない。対米従属が絶対国是の日本としては、中国の接近を容認するわけにはいかなかった。 その後、2005年にも日中接近があった。同年4月、中国で反日運動が活発化した直後、日中関係悪化を懸念するブッシュ政権から要請があったのか、小泉首相はジャカルタの国際会議でいやいやながら胡錦涛主席と会い、中国のマスコミは「日中間で戦略的な合意ができた」と大々的に報じた(日本のマスコミは沈黙)。しかしその後、中国から呉儀副首相が訪日したものの、小泉に会う直前に突然帰ってしまった。小泉に会いに来た呉儀が、自分の都合で途中で帰るとは考えられず、おそらく小泉は直前に「呉儀に会ったら靖国再参拝の決意を表明する」と中国側に伝え、呉儀は面子を潰されるより小泉と会わない方が良いと判断したのだろう。小泉政権下での日中接近の試みは失敗した。(関連記事) 日本は06年秋に安倍政権となった。またもやアメリカからの要請があったのか、安倍首相は強固な対米従属派だったにもかかわらず、就任後まっさきに中国を訪問した。中国側は「前略関係を締結した」と喧伝したが、日本側は消極的で、その後の日中関係の好転速度は遅かった。日中は、対立してはいないが仲良くもない状態だった。米政府は安倍に、中国との関係を改善したら仲良くしてやると伝えていたらしく、安倍は07年春に中国から温家宝首相の訪問を受けた後の日程で、ようやく訪米を許されたものの、アメリカで冷淡に扱われ、意気消沈して秋に辞任した。(関連記事その1、その2) この間、日本のマスコミは反中国的な論調を強め、世論を中国嫌いの方向に扇動した。マスコミの論調は「中国と戦って勝とう」といった方向ではなく「中国は日本のことがこんなに嫌いなんだ」「中国は悪い国なのでつき合わないようにしよう」という自閉的なものが多い。経済力、国際政治影響力、軍拡競争などの面で「中国と戦って勝とう」という論調は、ほとんど見ない。日本では、中国に対抗することではなく、中国を嫌うことが奨励され、多くの純真で真面目な国民が、それに感化されている。 これは、対米従属維持のために中国への接近を避けることが、外務省など日本の対米従属派の戦略だからだろう。「中国と戦って勝つ」を目標にしてしまうと、日中は、ある程度戦ったところで手打ちをせざるを得なくなる。日中の手打ちは、アメリカ抜きで日中が関係を持つことを意味し、日米同盟が希薄化しかねない。対米従属派としては、日本はあくまでも弱い存在で、アメリカの庇護が不可欠な状態でなければならない。軍事力強化は、米軍との一体化を進める方向でなければならない。中国と戦うなら、アメリカに付き従うかたちでなければならない。 ▼「反日=愛国」離脱の方向性 07年秋に安倍首相が辞任し、親中国派の福田首相が就任した。今年4月には胡錦涛主席が訪日した。福田は民主党の小沢党首と同様、日本を徐々に対米従属一本槍から離脱させ、日米と日中の親密さを等距離にしていきたいと考えている。日本での対米従属・反中国のプロパガンダ戦略は、親中国派の福田に知らされていないメカニズムで持続しているらしく、マスコミでは反中国に加えて、反福田的な論調が強まった。 福田は世論を気にして、なるべく目立たないように中国との関係を持っているが、胡錦涛の訪日を機に日中双方は、双方の世論の敵対的な状況を変えていこうとしているらしく、日本が被災地に派遣した救助隊や医療隊の活動は、中国のマスコミで好意的に報じられている。救援隊が、掘り出した被災者の遺体に向かって黙祷している写真は、中国で大きな共感を集めた。中国のインターネット掲示板で、親日的な書き込みが目立つようになったとの指摘もある。(関連記事) (ネット掲示板は、少数の人間で無数の書き込みを実行でき、組織的に議論の方向を操作しやすい。中国政府が共産党青年団などに動員をかければ、ネットの議論は親日にも反日にも傾く。中国当局の動員力の脅威的な強さは、今年4月に長野にきた北京オリンピックの聖火リレーをチベット独立要求団体から守るために中国人留学生集団が動員され、無数の巨大な中国国旗が長野市街を席巻したカルト的な光景に象徴されている) 中国では1949年の共産党政権の成立以来、日本軍は「悪の化身」とみなされている。中国共産党は、日本軍に勝って日欧列強に分割された中国を再統一したことを、権力の歴史的な正統性として喧伝し、反日と愛国を同義語のように使ってきた。先代の江沢民政権時代までは、国内で政府に対する不満が強くなると、国民の反日感情を煽り、不満の矛先を日本に向け「反日=愛国」の宣伝メカニズムを発動させて、国内の反政府感情を抑える傾向があった。 日本人にとっては自衛隊は旧日本軍とは全く違うものだが、中国人からは、自衛隊は日本軍が名前を変えただけと見える。「反日=愛国」の従来構造で考えると、中国政府は自衛隊の中国派遣を容認ないし要請するはずがない。しかし、これは従来の構造である。胡錦涛政権の中で国際政治(米覇権低下と中国の台頭)を重視する勢力(国際派)は、この構造を離脱したいと考えている アメリカの覇権が揺らぎ、中国を中心にアジア諸国自身がアジアの運営をしていかねばならない時代が近づいている。中国が日本を悪者扱いし続けると、日本はアメリカから自立したアジアから孤立して「再鎖国」の方向に流れていかざるを得ない。巨額の外貨準備、通貨や財政運営、インフラ整備や環境関係の技術など、日本は国際社会の運営に使える技能をいくつか持っている。中国にとって、日本を孤立・再鎖国させるのはもったいない。日本の再鎖国を抑止するには、中国は「反日=愛国」の構造を離脱していく必要がある。 このような流れの中で5月12日に四川大地震が発生し、日本側はその直後、中国社会の対日感情を好転することを目指し、救援物資や救助隊の派遣、そして「あわよくば」という感じで自衛隊の派遣も含めて、中国側に提案した。 これまで国内プロパガンダで悪の化身として使ってきた「日本軍」に、大震災救援という活躍の場を与えてしまうことに対しては、共産党の上層部でも反対が大きい。共産党内には、国際政治を重視しない国内専心派が多い。彼らは「反日=愛国」の構造を守りたがる。 だから胡錦涛政権は、日本に対する支援要請を、最初は物資と資金に限定し、次は救助隊に広げ、中国国内で日本からの救援に対して好意的な世論が根づいてきたのを確認した上で、日本に自衛隊機の派遣について要請(中国側の言い方では許可)を出すという、段階的で慎重なやり方をした。 自衛隊機の中国派遣が実現していたら、中国政府は自国のマスコミに、自衛隊機の活動について好意的な報道をさせ、自衛隊に対する中国人の反感を弱めていくつもりだったと推測される。中国のネット掲示板では、当初は自衛隊機派遣に反対する書き込みが多かったが、しだいに賛成の書き込みが増えたと報じられた。中国当局の世論操作が功を奏するかに見えた。(関連記事) ▼古参幹部の反対 しかし、自衛隊機の中国派遣は実現しなかった。派遣が中止された主な原因は、おそらく中国共産党上層部の古参幹部(共産党中央政治局の元委員や、軍の元将軍ら)たちからの反対を受け、胡錦涛が、今回はまだ時期尚早だと考えるに至ったからだろう。共産党上層部の議論はほとんど外部に漏れないので確証はないが、そもそも災害復旧に際して外国から援助を受けること自体、反対していた古参幹部もいたはずだ。 最近の国際社会では、ある国の大規模災害に対し、その国と敵対してきた外国が救援物資や救助隊を送り、それをきっかけに両国の関係が好転するという国際政治のメカニズムができている。たとえば最近、トルコとギリシャで相次いで起きた大地震で、相互に救援を送り合い、関係改善にはずみがついた。国際意識の強い胡錦涛政権は、アメリカ、ロシア、韓国などから、軍用機に積まれた支援物資の受け取りも含む、救援の受け入れを展開している。日本から自衛隊機でテントなどを送ってもらう今回の構想も、その延長線上だった。(関連記事) しかし古参幹部には、そんな昨今の国際政治の感覚が縁遠い。長老幹部らが政治観を形成した1970年代までの中国は、ソ連とアメリカの両方に敵視されていた。大災害が起きて外国からの支援に頼ることはできず、国内の技能を結集し、何とか独力で乗り切っていた。古参幹部の中には、アメリカなどから震災への救援を受けることを不快に感じる声があっただろう。そこに加えて、日本から自衛隊の派遣を受け入れると聞いて、党上層部での古参幹部からの反対意見が表面化したのではないか。「反日=愛国」の構造を壊すことにも反対が強いはずだ。 共産党は独裁政権だが、党の上部では、かつての建国過程で貢献した古参幹部たちの意向を重んじる気風が、敬老精神とともに、色濃く存在する。比較的若手である胡錦涛政権の人々は、老幹部たちに対し、今の世界では災害救援の受け入れが国際政治の一つの舞台になっていることを説明しただろう。だが、昔のこと、国内のことしか知らない老人たちの理解を得られず、老幹部に好かれることを出世の技能としてきた胡錦涛は、いったん日本に対して了解した自衛隊機受け入れを、撤回せざるを得なくなったのだろう。 福田政権は「中国側が派遣を断ってきたのではなく、日本側で独自に中国の世論を勘案し、今回は自衛隊機派遣を見合わせた」と言っているが、これは「中国が断ってきた」と言うと、日本国内の反中国的な世論を高めてしまうので、別の言い方をしただけだろう。 中国共産党内では1990年代から「反日=愛国」の構造を放棄離脱することが何度か提案されてきたが、いつも党上層部の古参幹部に反対され、構造を変えられないでいる。中国人の中には、もう共産党はこの構造から脱していると言う人もいるが、今回の展開から推察できるのは、この構造はまだ厳然と生きているということだ。 中国共産党がこの構造からの離脱を内部決定しない限り、胡錦涛ら国際派が親日的な努力をしても、内部の反対に阻まれ、一定以上は進めない。日本の側で反中国プロパガンダを抑制したとしても、中国側にこの限界がある限り、日中が戦略関係を進展させることはできない。 ▼「要請」をめぐる水掛け論 今回の自衛隊機中国派遣に関しては、中国の専門家から、おそらく党の意を受けて「中国政府は、日本に自衛隊機の派遣を要請していないのに、日本のマスコミは、中国が要請したと歪曲して書き、中国側を不快にさせ、話をぶち壊した」という批判が出ている。(関連記事) 確かに、事実としては、震災直後に日本が「自衛隊を派遣するというのはどうですか」と提案し、2週間後に中国が「自衛隊機で来ても良いですよ」と答えたという流れであり、中国が自衛隊機の派遣を要請したというのは、やや不正確な部分がある。(テントなど救援物資については中国が要請した) しかし、日中双方には正反対のナショナリズムがある。それを踏まえたマスコミの短文報道の許容範囲として、日本側は「中国が要請した」と報じ、中国側は「日本の提案を許可した」と書くことが許されると考えられる。外交とは、双方に都合の良い2つの解釈が許されるような合意を作ることである。今回は、合意が壊れたので、中国側から、党古参幹部の対日批判を代弁するような「過失は日本の側にある」という主張が中国マスコミに出てきたのだろう。 ▼外務省と防衛省 今回の自衛隊機派遣中止に際しては、中止したのは中国側であって、日本側の事情ではないとされている。しかし、外務省を中心とする日本の対米従属派は、この中止によって、日中関係の好転速度が早まるのが避けられ、対米従属の延命ができると喜んでいるはずだ。 日本外務省は、06年末に防衛庁が省に昇格し、中国などアメリカ以外の国々との防衛交流をさかんにやり出したことに対し、自省の権限が侵されると脅威を感じている。防衛省側では、日中間で昨年11月に中国軍の艦船が東京港に親善訪問し、その返礼として今年6月には、海上自衛隊の艦船が中国を訪問する予定になっている。 防衛省は、自衛隊をアメリカに従属する存在ではなく、日本独自の防衛組織(軍隊)に発展させたいと考えている。防衛省は対米従属を薄めたいのに対し、外務省は戦後の日本の国是だった対米従属に固執している。外務省は、対米従属を離脱しようとする国内のあらゆる勢力を潰すことで、自分たちの権限の存続を図っている。 そもそも日本政府が防衛庁を省に昇格させたのは、軍用機の飛距離が伸びてグアム島からアジア大陸を攻撃できるようになった米軍が、在日米軍を縮小し、日本に独自の防衛力を高めるよう求めてきたからだ。冷戦後の米政府は、日本に対し、軍事的・外交的な対米従属を弱めて自立することを求めている。アメリカの立場は、外務省ではなく防衛省に近い。 アメリカでは外交に関して、国防総省が、国務省(外務省にあたる官庁)と拮抗する強い権限を持っている。日本では平和憲法の制約があってアメリカと同様にはいかないが、防衛省は、庁から昇格した以上、これまで自分たちを現業扱いして馬鹿にしてきた外務省から、しだいに権限を奪っていきたいと考えている。 もともと国際政治では、外交と軍事はひとつながりのものだ。強い防衛力があるから有効な外交ができ、外交で解決できないなら軍事力を使うしかないと考えられている。EUの新組織では、外務と防衛を一つの担当として副首相級のポストをあてている。防衛省が庁から昇格して外務省と対等になった日本で、両省の権限争いが起きるのは当然だ。 ▼事実っぽい物語を創造する技能 このような構図から考えて、中国への自衛隊機派遣の実現を、防衛省は強く望んだだろうが、外務省は阻止したいと思ったはずだ。結果として、外務省の意がかない、防衛省は残念がったわけだが、中国側との交渉を担当していたのは外務省である。外務省は、自分たちが望んでいない自衛隊機派遣を実現するために、全力で頑張ったのだろうか。それとも、頑張るふりをして、実際には中国側との不一致点が解消されずに残って話が潰れるよう、微妙かつ決定的な画策をしたのだろうか。証拠はないものの、全体構図から推測すると後者だ。外務省は、こっそり話を潰した疑いがある。 たとえば、日本のマスコミが自衛隊機の中国派遣を大々的に報じるよう、情報を漏洩したのは誰だったのか。もし、日本のマスコミが、自衛隊機の中国派遣を正式決定前に報じず、派遣前日あたりに日中が正式決定して政府発表が行われ、翌日には自衛隊機が小牧を発って四川省の成都に着陸していたとしたら、どうか。 中国共産党の古参幹部が騒ぎ出すころには、すでに自衛隊機は中国に着陸しており、古参幹部が急いで胡錦涛に抗議の電話をしても、あとの祭りだっただろう。胡錦涛は「非常に不足しているテントを急いで運んでもらう必要があり、自衛隊機を出してもらうしかなかったんです。アメリカも韓国も、軍用機で運んで来てますので」などと弁解できただろう。(関連記事) 党内の反対を考えると、中国政府は、自衛隊機派遣の実行直前まで、日本側にも報道を控えてもらいたかったはずだ。しかし、日本政府中枢の誰かが情報を通信社に漏らし、話がまとまる前に大々的な報道がなされ、その結果、話が潰れてしまった。情報を流した人物は、話を潰す目的で漏洩した可能性が高い。 外務省の巧妙なところは、後日談が望まれる場面で「情報を漏らしたのは防衛省ですよ」などと、歪曲された情報をマスコミに流したり、マスコミが飛びつく「はしゃぎすぎた防衛省」という感じの起承転結を示唆したりして、リークを鵜呑みにするマスコミをうまく活用できる点だ。読者も、作られた後日談を事実だと信じる。事実っぽい物語を「創造」する手法は、米政界のユダヤ系(旧約聖書以来の歴史創造の技能集団)を中心とする戦略立案者たち(シンクタンクやジャーナリズム。ネオコン)から学んだ技術だろう。 ▼長期戦略のない日本 共産党上層部の古参幹部たちも、あと何年かすれば、順番にあの世に旅立つ。「反日=愛国」の構造の維持を強く求める勢力は、しだいに減る。その一方で、アメリカの覇権の減退もおそらく進み、アジアの運営がアジア人自身に任されるようになる。その中心となる中国は、アジアにおける日本との協力関係を強化する必要が強まり、どこかの時点で反日感情の政治利用を放棄し、中国は、日本にとって今より近づきやすい国になっていくのではないかと私は予測している。 日本には「中国なんかと仲良くする必要はない」と豪語する人が多いが、この豪語は、アメリカの覇権が存在する限りにおいて可能なことだ。アメリカの覇権が崩れていきそうな今後は、豪語できなくなる。 日本人は、強がりを言えなくなって窮すると、一気に全面放棄し、転向して、正反対の土下座をする癖がある。1945年8月15日、鬼畜米英から対米従属に一夜で転向したのがその象徴だ。日本人には、長期戦略の立案・実行に必要な、粘りがない。英米やイスラエル、中国などは、いずれも国家としての長期的な分析と計画立案を行う習性を持っている。日本も、対米従属ができなくなる今後は、国際情勢を長期的視野で深く分析し始める必要がある。
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