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台湾中国接近の時代へ

2008年4月11日  田中 宇

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 3月22日、台湾で総統(大統領)の選挙が行われ、国民党の馬英九候補が勝った。これまで総統のポストを持っていた民主進歩党(民進党)は敗北した。5月20日に、現職の陳水扁総統と交代する。

 国民党が優勢で民進党が不利な傾向は、すでに今年1月に行われた地方議会選挙で民進党が惨敗したときに表れていた。2期8年間、総統をつとめた陳水扁は、台湾を中国から独立させることを、政権の主要目標に置いていた。だが近年、国際社会の中で台湾が唯一の頼みの綱とするアメリカは、政治・経済の両面で支配力が低下し、その一方で中国の政治・経済力が増大した。(関連記事

 財政赤字を拡大させるアメリカのブッシュ政権は、赤字を埋める米国債を中国に買ってもらわねばならないため、台湾問題で中国の肩を持つようになり、陳水扁政権が台湾の世論を独立の方向に動かそうとすることに反対を表明するようになった。(関連記事

 加えて、急成長を続ける中国経済は、台湾経済にとって決定的に重要な市場や投資先となっている半面、アメリカ経済は昨年からの経済減速によって輸出先としての魅力が減った。(関連記事

 台湾の世論は「政治的な中国からの独立」よりも「経済的な中国との緊密化」を望む傾向が強まった。だが民進党は、経済面で中国に取り込まれることを恐れ、投資や貿易、交通などの面での中国との経済緊密化を拒否し続けた。民進党を最も強く支持してきたのは台湾南部の人々であるが、台湾南部の農家が栽培する野菜や果物などの農産物の中国への輸出も増え、南部でも民進党への支持が薄れ、経済政策を重視して国民党を支持する人が出てきた。(関連記事その1その2

 この変化の結果が、今年1月の地方選挙での国民党の勝利となった。この選挙後、3月の総統選挙にかけて、民進党の謝長廷候補は、陳水扁政権の「反中国」の方針を捨て、中国との経済関係を緊密化する姿勢に大きく転換したが、世論を引きつけられず、総統選では馬英九の勝利となった。(関連記事

 総統選挙の前から、選挙でどちらの候補が勝っても、次期政権は中国との経済的な緊密化を進め、それによって台湾経済の発展が加速するだろうとの予測から、華人や中国大陸系などの海外の資金が、大挙して台湾の株式市場などに流れ込んできた。(関連記事

▼「中国は一つ」に戻る

 総統に当選した馬英九は、中国との関係改善策を打ち出した。馬英九の戦略はまず、1992年に台中間でいったん合意しかけた「中国は一つだという認識で合意するが、解釈は各自に任せる」(一個中国、各自表述)の合意を復活させる。(関連記事

 2000年の総統選挙で民進党が国民党を破って陳水扁政権ができるまで、中国側は「共産党政権だけが支配する一つの中国」を、台湾側は「国民党政権だけが支配する一つの中国」を主張し、これを国是として一歩も引かない政治体制を、双方ともが作っていた。台中双方は「中国は一つだ」という枠組みが同じだったが、その中身が正反対だった。

 冷戦終結、台湾の民主化などの流れの中で、台中が和解に向けて話し合いを開始した1992年、双方が一歩も引けない対立的な国是を持ったままで、何とか和解交渉を開始できないかということで考案されたのが「一個中国、各自表述」だった。92年合意(92共識)では「中国は一つ」という枠組みだけを台中が合意し、その中身については台中間で議論せず「各自が勝手に表述するのに任せる」という棚上げ状態にして、双方が国是を維持したまま、和解交渉を始めようとした。

 しかし当時は、台湾も中国も政界内に、台中交渉に反対する勢力がいたため、実際に92年合意の考え方が使われて交渉が進むことはなく、2000年に台湾で民進党が政権につき「中国は一つ」という国是自体を捨て、代わりに「台湾は中国からの独立を目指す」「中国と台湾は別の国」という国是での統治を開始してからは、台中交渉の気運が失われていた。中国側は「中国は一つ」という認識を認めない限り台湾とは交渉しない、と言い続けた。

 総統になった馬英九が中国と交渉するには「中国は一つ」という認識を認める必要がある。民進党は「中国は一つ」の認識に反対するだろう(今後、民進党中枢で世代交代が起きそうなので確実ではない)が、今後の台湾政界は、議会も行政府も国民党が与党なので「中国は一つ」の認識を国是として据え直すことは難しくない。台湾では「政治的に中国と一つの国になるなんて真っ平だ」という考え方が強い一方で、台湾の公用語は北京語だし、食事も中華で、文化的にはどうみても台湾は中国の一部である。経済面も、すでに台中間の結びつきは緊密である。曖昧な概念なら「台湾は中国の一部」と考えることは十分に可能だ。

▼台中経済緊密化を予測し流入する投資金

 中国の胡錦涛主席は、台湾総統選直後の3月26日、米ブッシュ大統領と電話で話した際に「92年合意をベースに、台湾側と交渉したいと前から思っていた」と語ったと報じられている。報道が事実だとしたら、すでに台中間の話し合いの前提ができあがってきている。(関連記事

 馬英九によると、いったん92年合意に基づいて台中間の対立の根本が解消されれば、あとは航空、観光、貿易など経済の各分野ごとに作られた台中間の連絡組織が個別に台中関係の緊密化を進められる。観光客の相互訪問などを拡大して、人々の間の相互理解を深め、台中間の対立を全体的に解消するとともに、台湾経済の発展に結びつけるのが、馬英九の戦略である。

 馬英九の当選前から増えていた海外から台湾の投資は、当選後にさらに拡大した。今年に入って海外から台湾へ流入した資金の総額は12億ドルで、中国を含むアジア諸国の中で、最も多い額の流入となっている。(関連記事その1その2

 5月からの自分の新政権に対する過剰な期待を冷却する必要があると考えたのか、馬英九はファイナンシャルタイムスなどの海外の経済新聞に対し「中国との関係改善は少しずつ進める」「台湾企業の対中国投資を解禁する前に、ある程度の準備が必要だ」「私自身が(早期に)中国を訪問して北京の要人と会うつもりはない。訪中すると、中国と密約を結んだと疑われる」などと語っている。(馬は大陸生まれの外省人なので、台湾生まれの本省人が多い台湾では「やっぱり馬は台湾より中国の方が大事なのだ」と疑われかねない)(関連記事

 馬英九の代わりに、副総統になる蕭萬長が近く、胡錦涛国家主席など、中国政府の要人に会う。蕭萬長は、4月12日から海南島で開かれる定例の「ボアオ(博鰲)アジアフォーラム」(東アジア版ダボス会議)に参加するが、そこには胡錦涛らも参加するので、そこで非公式の台中会談が行われると予測されている。(関連記事

▼誰が政権党でも意地悪してくるアメリカ

 馬英九が、中国との接近について喧伝されるのを歓迎しない理由は、投資過熱のほかに、もう一つある。反中国的な傾向があるアメリカの議会など米政界で、馬英九は親中国だからアメリカの敵だと思われたくないということである。(関連記事

 米政界は、中国に対して相矛盾する2つの戦略を抱えている(もしくは、そのように見せている)。一つは、投資銀行などから米政界にかけられる「儲かる投資先としての中国と仲良くせよ」という圧力であり、もう一つは「中国を仮想敵として軍備・防衛予算を拡大したい」という軍需産業のロビー団体からの圧力である。前者は、中国を東アジアの大国(地域覇権国)として認知する「多極主義」の方向であり、後者は冷戦型のユーラシア包囲網の一つとして中国敵視を推進する「米英中心主義」の方向だ。ブッシュ政権は、後者(第2冷戦たる「テロ戦争」)をやりすぎて前者的な結果(中露の結束と台頭)を出している。

 台湾に関しては、従来の民進党・陳水扁政権が、台湾独立の戦略を模索したことに対し、中国はブッシュ政権に「陳水扁を黙らせてくれ」と圧力をかけ、多極主義的なブッシュ政権は台湾に「独立を標榜するのは良くない」「国連加盟すべきかどうかという国民投票などするな」と批判し、米台関係は冷却し、そのおかげで親中派の馬英九が総統選で勝つに至った。(関連記事

 しかし今後、馬英九が親中国の態度をとり続けていると、今度は米議会などの中国敵視派が「馬英九の中国接近を許すな」と騒ぎ出す。「中国に雇用を奪われている」と主張する中国嫌いの労組を重要な支持基盤とする米民主党と、軍事産業から献金を受ける共和党の軍需派が結束して、馬英九非難の大合唱を起こすかもしれない。

 馬英九がアメリカから非難されれば、台湾政界でも、陳水扁政権下でブッシュ政権から独立傾向を批判された挙げ句に下野した民進党が息を吹き返し「アメリカから非難される馬英九の親中国政策は、台湾にとって害悪だ」と、逆の立場から政府批判を展開しかねない。(総統選に破れた民進党は、今年の夏まで持たず分裂するかもしれないと分析されている)(関連記事

 台湾は、反中派と親中派のどちらが政権をとっても、アメリカから非難される運命にあるかのようだが、最近の動きを見ると、これは偶然の結果としての運命などではなく、台湾をいじめるのがアメリカの戦略なのではないかと思えてくる。

▼ありがた迷惑を仕掛けるネオコン

 たとえば、アメリカのネオコン(過剰強硬派)の一人として知られるジョン・ボルトン元国連大使は、馬英九が選挙に勝った一週間後、ロサンゼルスタイムスに載せた論文で「今こそアメリカは台湾を国家として承認し、国交を締結すべきだ」と主張した。ボルトンは「馬英九の勝利は、台湾が独立を捨てたことを意味しない」とした上で「アメリカが台湾と国交を樹立すれば、中国は台湾を攻撃する意志を失い、台中関係は安定する」と書いている。(関連記事

 台湾と国交を結ぶべきだという主張は、アメリカの中国敵視派の中に以前からあるものだが、意味深長なのは、アメリカからの支援を強く必要としていた独立派の陳水扁政権が台湾の政府だった期間には、ボルトンは、米台国交に関して今回のような明確な主張を一度も発表していないことだ。ボルトンは、アメリカからの支援を強く必要としていた陳水扁政権が終わり、台湾の世論が、アメリカからの支援が受けられないなら中国に接近するしかないと考え、馬英九を選出したとたんに「台湾と外交を結ぼう」と言い出した。こうしたやり方からは、ボルトンが本気で米台国交樹立を希望しているとは考えにくい。(関連記事

 馬英九にとっては、ボルトンの主張はありがた迷惑である。馬英九は、ボルトンの提唱を無視して中国との関係緊密化を進めていくだろうが、そうすると今度は、ボルトンや他の中国敵視派は「せっかく国交を樹立しようじゃないかと言っているのに、無視して中国と仲良くする馬英九の台湾は裏切り者だ。台湾は中国と同様の敵だ」と言い得るようになる。

 こうしたやり方は、アメリカのネオコン的な人々に共通している。イラク侵攻後、イラクのシーア派(サドル師など)は、アメリカの占領に協力したが、米側は「シーア派はイランとつながっている」などとして敵視し、シーア派の反米感情を煽り、占領開始時には強くなかった、イラクのシーア派とイランとのつながりを強化してしまった。この手の話に多く接するうちに、私は「ネオコンは米英中心主義者のふりをした多極主義者なのだろう」と考えるようになった。イラク侵攻後、中東でのイランの台頭、ユーラシアでの中露の席巻など、世界はどんどん多極化の色彩を強めており、ネオコンの戦略は成功している。(関連記事

 経済面では、もし仮にアメリカが台湾と国交を樹立したとしても、台湾は中国との関係を強化していかざるを得ない。アメリカは大不況の瀬戸際で消費が減退しており、台湾を含むアジア各国は、対米輸出を当てにできなくなっている半面、中国の需要は旺盛であり、この傾向は今後も長期的に続きそうだからである。米側の意地悪の有無にかかわらず、台湾は中国の方に寄っていく傾向を続けるだろう。

 ボルトンはブッシュ政権の国務次官や国連大使をつとめていた2003−06年、イランのアザデガン油田を日本企業が開発しようとしていることに対し、イラン制裁の観点から中止するよう圧力をかけ続けた。これは、日本に反米感情を植え付けるネオコン戦略の一つだったのだろうが、ボルトン(や米政界の他の人々)は、日本の特異性を理解していなかった。対米従属が外交方針のすべてである日本政府にとっては、アメリカの不機嫌が何よりも怖い。日本側は、アザデガンの契約を放棄した。石油業界を抱える経産省などは渋ったが、外務省などに押しつぶされた。日本を反米化するボルトンの目論見は外れた。

▼米が台湾に核兵器を作らせようとした?

 アメリカから台湾への最近の意地悪はもう一つある。台湾の選挙から5日後、アメリカ国防総省は「2006年に間違って台湾に核兵器の部品を送ってしまった。台湾側は、問題の部品を先週まで返却してこなかった」と発表した。(関連記事

 問題の部品は、弾道ミサイルに搭載する核弾頭の起爆装置(ヒューズ)4個で、2006年に、台湾側が注文していた軍用ヘリコプターのバッテリーとしてラベルが貼られ、送られてきた箱の中に入っていた。(関連記事

 核弾頭は、非常に正確なタイミングで起爆させないと爆発せず、起爆装置は核兵器開発の際の最も重要な部品である。以前、日本政府の原子力担当者から聞いた話では、日本は原発があるので大量のプルトニウムを持ち、それを固めて弾頭にする技術もあるが、核弾頭用の起爆装置だけは持っていないので、核弾頭を持つことができない仕組みになっている。台湾も原発があるので、同様の状況だろう。つまりアメリカは台湾に、4発の核兵器を作れるカギとなる起爆装置を間違って送ったことになる。

 しかも台湾政府の発表によると、台湾当局は荷物の到着直後に間違ったものが送られてきたことに気づき、米側に通報したが、ろくな返答がなく、一時は「台湾側で捨てておいてくれ」と米側から言われたという。それが今年3月22日の総統選挙の直後になって、米側は突然「誤送した部品を返してくれ」と通告してきた。3月25日に台湾側が部品を送り返し、3月26日に米側がこの問題を明らかにした。(関連記事

 米国防総省は当初「台湾側は今年になるまで、誤送があったことを連絡してこなかった」と言っていたが、台湾側が「すぐに連絡したはずだ」と反論的な発表をすると、米側は「台湾側は、誤送されてきた部品が核起爆装置だったことを伝えてこなかったので、米側は問題の大きさに気づかなかった」と言い方を変えた。(関連記事

 管理が厳重なはずの核起爆装置が、簡単に外国に誤送されるはずがない。米側(国防総省の上部)は、意図的に核の起爆装置を台湾側に送り、台湾が核兵器を作ることを誘発しようと謀った疑いがある。ここ数年の米中接近で追い詰められていた陳水扁が核兵器を作ったら、台中関係は一気に緊張し、米中関係は、経済や外交の分野を押しのけて、国防総省の出番が増えたはずである。

 台湾は冷戦末期の1980年代、イスラエルから核技術を買って核兵器を作ろうとしたが、途中でアメリカに制止され、廃棄させられた過去がある。当時すでに米中関係は正常化し、冷戦体制が崩壊し始めていたので、冷戦終結を止めたいアメリカの冷戦維持派(軍産複合体)とイスラエルが組んで台湾を核武装させようとしたが、冷戦終結に向かって動いていたレーガン政権(隠れ多極主義)が、途中で見つけて阻止したのだろう。

 アメリカが問題を起こしたい相手国に、こっそり核兵器の部品や製造技術を入手させ、それを後で暴露して国際問題に発展させる策略は、911の前から採られていた。たとえばアメリカは、パキスタンの「核の父」と呼ばれるカーン博士を使って「ウラン濃縮用の遠心分離器はいらんかね」とイランやシリア、リビア、イラク、北朝鮮などの国々に対して売り込ませていた。「悪の枢軸」は、あらかじめアメリカによって裏で仕込まれたものである。

 米国防総省は、反中国的な陳水扁政権が終わり、親中国的な馬英九政権になることが決まったため、もはや台湾をけしかけて核兵器開発させることは無理になったと考え、総統選の直後、核起爆装置を回収することにしたと推測される。

【続く】



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