サウジアラビアにて (6)サウジアラビアのマスコミ 2005年4月18日 先日、リヤドにあるトイザラスでかわいい子供用の浮き輪を見つけた。しかしパッケージの半分が黒く塗りつぶされている。手にとってよく見ると浮き輪に乗せた子供を支える女性の写真である。プールで遊んでいるという想定だろうから、当然女性もビキニ姿。そんな写真は、この国ではご法度なのである。 こんなところにも当局の目が光っているのだから、公共のメディアである新聞や雑誌は当然厳しく規制されている。 まず、こちらでとりわけタブーとされているのは、サウジアラビアの王室についての批判的な記事である。それからイスラム教に関する批判も控えられているようだ。 サウジアラビアで一番の大手紙、アル・リヤド紙の編集局長に会うことができたので、さっそく報道の自由について質問をぶつけてみた。 最初、彼は「報道の自由はありますよ」と言っていたのだが、よく聞いてみると何を紙面に載せ、何を載せないかはこの社会の文化、習慣に反することがないよう自分たちで決めているという。たとえば、マドンナの写真をフルページで大々的に扱うことはしないし、ほかの女性の写真にも気をつかうようで、紙面をみるとサウジアラビアの女性の写真はほとんどない。サウジの正装であるトーブを着た男性ばかりの写真が載っていて、ある種異様な感じがする。 「王室のスキャンダルがあった場合はどうするのか?」と聞いてみると、「噂ベースではありうるが、そういう話は裏がとれないことが多いので載せられない」といわれてしまった。 この国ではデータ一もなかなか手に入りづらい。サウジアラビアの失業率は15パーセントから30パーセントぐらいの間だといわれているが、数字の出し方が定かでないので、きちんとした統計として扱えないようだ。 また、こちらで知り合ったアルリヤド紙の記者は、ここ5年ぐらいで急速に増えているショッピングモールの建設ラッシュの記事を書こうとして商工会議所に問い合わせたところ、「資料はたくさんあるから、すぐに送ります」と言われて待っていたのに、全然届かない。10日以上待って再度催促してやっと手にいれた資料には、10年前の数字しかのっていなかったそうだ。 すべてがこんな調子だから、そもそも調査報道をしようにも、資料がなかなかそろわないのだろう。だから、この国では人の噂が一番信頼できると言っていた人もいた。いろいろな事件がおこっているが、新聞にはのらないことも多いという。 とはいえ、環境問題などや失業などの社会問題などの記事については、最近積極的に報じられるようになった。その話を聞いて厳しく言論統制がされている国々には、似たようなことがあるのかもしれないと、中国のことを思い出した。 友人の中国のジャーナリストは国営放送でドキュメンタリー番組を作っていたが、ドキュメンタリーを作る際に細かくどのような取材をしてどのような番組にするかを書類で政府に提出し、許可をもらわなければならないと言っていた。環境問題などは比較的許可がおりやすいが、政治的なことは難しいと言っていた。西側先進国の基準から比べれば、そんなのはジャーナリズムではないと言えるのかもしれないが、それなりに彼女たちはがんばっていた。与えられた報道の自由を最大限に利用して、できる範囲でドキュメンタリーを作り、真実を伝えようと努力をしているように見えた。 こちらの新聞社や学者で作るサウジアラビアメディア協会の人によると、以前は厳しく規制されていたことが、最近規制がゆるくなってきたという。たとえば今まではイスラム教学者たちについてはあまり批判的なことは書けなかったが、最近は変わってきた。女性問題、権利についてもよく紙面でみかけるようになったし、改革やサウジアラビアの外交、とりわけアメリカについての批判的記事も大丈夫になったという。サウジアラビアとアメリカの関係はとても緊密なものだったのでアメリカに対する批判的論調はあまりみられなかったが、911以降アメリカに批判的な記事も目立つようになった。これらの事例を挙げ、報道の自由も拡大されてきたという。 過去10年はサウジアラビアのメディアにとって大きな転換期だったようである。 1991年の湾岸戦争で、この国の人々は初めてCNN、アルジャジーラやエジプトのテレビ局が放送するのをみることができたという。衛星テレビの時代到来である。 ことの重大さに気づいた政府が、衛生放送の受信装置を禁止を発表したが、結局それらを厳しく規制することはできなかった。政府は民間と共同で代わりにどの番組を配信させるか規制をしやすいケーブルテレビ導入を92年から95年にかけて試みたが、ほとんどの人が契約することはなかったという。 衛星放送など建前は禁止だとされているものも、2−3万円で受信装置をとりつけることができるので、かなりの家庭に普及している。いまや衛星の受信装置を持っている家庭では、250以上のチャンネルが見られ、外国の放送も見放題である。当然、保守的な思想に凝り固まっていた世論もかわりつつある。 そして911後は、イスラム教、とりわけこの国が悪者になった。サウジアラビア政府も、改革をおしすすめなければサウジアラビア事態が国際的世論にも国内的世論にも耐えられないと判断し、色々な面でオープンになってきているという。 たとえこの国でご法度とされていても、アラビア語という中東共通の言語のおかげでこの国には他のアラブの国々の放送や出版物からさまざまな情報が入ってくる。結局、国内のメディアを規制してもあまり効果がないのかもしれない。 こちらに来てすぐ知り合ったサウジアラビア人の政治学者は過去に何冊か本を書いているが、最近書いた本がサウジアラビアでは発売禁止になったという。 「一体どんなすごいことを書いたの?」 と聞いても、大したことは書いてないし、多分サウジアラビアの歴史について触れたところが政府のお気にめさなかったのだろうという。 しかし、彼自身はあまり悲壮感がない。 発売禁止になるような本を書いたのだから、投獄とまではいかないのかもしれないが、政府から目をつけられたりしないのかとこちらが不安になったのだが、彼は今でもある王立系機関でかなりよい地位で働きつづけていて、あっけらかんとしている。 「この国で発売禁止になったのは痛手だが、私の本は他の中東の国ではわりと売れているからね」と彼はいう。彼の本の出版社はレバノンにあるので出版自体が中止になったわけではないのである。 本のような出版物はこの国で禁止されれば手に入りにくいかもしれないが、新聞はインターネットを駆使すれば他の中東の新聞も読むことができる。アラビア語圏として考えれば、この国の知識人はサウジアラビアという国にこだわる必要がないのかもしれない。 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |