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大門小百合のハーバード日記(19)

リーダーに必要な条件

2001年4月22日


 ハーバードにはたくさんのリーダーシップコース(指導者養成コース)というのがある。将来会社や社会でよき指導者になりたいと思っている人向けで、ビジネス・スクールにもあるし、神学部にまであるそうだ。そしてもちろん私がたくさん授業をとっているケネディ行政学院でも何人もの教授が教えている。

 それらのクラスをのぞいてみて驚いた。世の中にはこんなにリーダーになりたい人が、たくさんいるのかと。

 まだまだ謙虚さが重んじられている日本社会では、自分を売りこむことが苦手な人や抵抗を感じる人が多いように思うが、アメリカ社会で成功しようと思ったら、いかに自分をよく見せ、人を納得させ、自分の思った方向に人を引っ張っていくかが、どうやら重要なようである。一歩間違えば、自意識過剰でいやな人間を作り出す危険があるようにも思うが、過去の偉大なリーダーたちのことを学びながら、リーダーシップ術について考えてみるのも、なかなかおもしろい。

 ボストンに来て私は「いつまでも変わらぬ偉大なスピーチ」というタイトルのCDを手にいれた。そのCDにはケネディ大統領の「君達の国が君達のために何ができるかを問うな。君達が君達の国のために何ができるかを問え」というくだりのある有名なスピーチから、ニクソン大統領の辞任のスピーチやイギリスのチャーチル首相の初めてのラジオ演説まで録音されている。

 考えてみると、歴史上に名を残すリーダー達に共通しているのは、コミュニケーション術にたけていて、その国の将来にわたるビジョンを国民にうまく訴えることができるということかもしれない。日本でこのようなCDを作るとなったら、誰の演説を入れればよいのだろうか。作る人は一苦労だろう。でも、そんなもの作っても売れないか・・・

 実をいうと日本にいる時は、スピーチなんて私には縁のないものだと思っていたし、政治家の演説を聞いていても、経済人の演説を聞いていても、仕事上「何がニュースか」ということだけに頭を集中させていたおかげで演説を楽しむ余裕などなかった。

 ところが、ハーバードには、過去にホワイトハウスで実際に大統領に仕えていたという教授達がたくさんいる。大統領の手足として働いていた彼らの授業をとるうちに、いかにアメリカのリーダー達が演説というものを重要視していたかがわかってきたし、それらの演説のパワーというものにすっかり魅せられてしまった。

▼アメリカ独立宣言の精神

 スピーチのクラスやリーダーシップの授業で必ずといってよいほど使われるのが、1950年代から60年代にかけてのアメリカ公民権運動のリーダー的存在だったマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「I have a dream」の演説のビデオだ。1963年8月28日、ワシントンD.C.のリンカーンメモリアルの前に集まった25万人の大衆に、人種差別の現状を訴えた有名なスピーチだ。

 黒人の公民権運動に火をつけたのは、1955年12月から翌1956年12月までの約1年間にわたって続けられたアラバマ州モンゴメリーでのバスボイコットだといわれている。当時、黒人と白人はバスの中で同じ場所に座ることができず、席を白人に譲ることを拒否した黒人女性が警察に逮捕されたことから始まった。そして、それらが後に大きな動きに発展し、1963年には、人種や性別による差別を禁止する公民権法案を議会で可決させるため、キングたちの運動はピークを迎えていた。

 映像は白黒撮影なのだが、夏の暑い日に聴衆の前で演説するキングはとてもパワフルだ。

 なぜ、パワフルなんだろう?

 それは、この時まだ34歳という若さのキングのもつカリスマ性もさることながら、このスピーチの構成がよく考えられてできているからだと、スピーチライティングの先生でクリントン大統領の元スピーチライターでもあるウォルドマン教授が説明してくれた。

 「100年前、偉大なるアメリカは奴隷解放宣言に署名した」というくだりからキングのスピーチは始まる。その奴隷解放宣言に導いたのはリンカーン大統領である。つまり、このスピーチがリンカーンの大きな像の前で行われていることにまず大きな意味がある。

 そして「100年後、ニグロ(黒人)は、いまだ自由ではない」と続く。「100年後、ニグロの生活はいまだ人種分離という手錠や人種差別という鎖によって不自由させられている。100年後、ニグロはアメリカ社会の片隅で苦しい日々を送り、自分達の土地で異郷生活をしいられている・・・」

 何度も100年という言葉が繰り返される。繰り返し同じ言葉を使われると、自然とそのフレーズが頭に残る。

 「私は夢見ている。いつかこの国が立ち上がり、真の意味での信条、つまり全ての人は平等につくられたという信条にみあう国になることを。私は夢見ている。いつかジョージアの赤い丘の上で、昔の奴隷と奴隷所有者の息子達が兄弟のように一緒にテーブルにつくことができるようになることを・・・」

 さて「全ての人は平等につくられた」というのは、1776年にジェファーソン大統領によって書かれたアメリカ独立宣言の引用であり、その後も「人民の人民による人民のための政治」で有名なリンカーンのゲティスバーグ・アドレスにも引用されている。

 アメリカ人にとって独立宣言というのは、個人の自由をうたっているアメリカの信条といえるものらしい。だから数々のリーダーがそれを引用し、そのたびに人々にアメリカの原点を思い出させ、彼らの愛国心をかきたてる。もう一つよく引用されるのは聖書である。今は多宗教国家とはいえ、さすがに聖書の文言に異議を唱える人はいないようだ。キングのスピーチにも聖書の引用がちりばめてある。

 この頃の黒人の人たちは教育水準もあまり高くなかった。そういう人たちにキングのスピーチを理解し、人種差別をなくすために立ち上がってもらうため、アメリカ人なら誰でも知っているくだりを使ったのだという。

 「外国では、このようにスピーチに必ず引用される信条というものはあるかな?例えば、その国の成り立ちに関わることや、神話とか・・・」と教授に聞かれ、私は考え込んでしまった。

 すぐに、アゼルバエジャン人のイスラム教の学生が、コーランや昔のことわざを彼の国では使うと発言していた。カナダ人の女性は、「私達は、イギリスではないし、アメリカでもないという言葉を政治家はよく使う。そうやってカナダという国の独自性を見出そうとしているような気がする」といっていた。

 さて、日本では何だろうか?そのことに触れるだけで、国民全員を奮い立たせるような感動的な言葉や共通の認識。日本国の信条とでもいうのだろうか。神話はどうだろう?うーんダメだ。森総理の神の国発言になってしまう。昔の格言は、日本の政治家もよく使っているがどうか。しかし、これらは中国からきたものが多いような気がする。戦後の平和主義や憲法九条は?これもこの国古来というより、アメリカが持ってきたといってもよい。

 そう考えると、日本人の誰もが素直に受け入れられる日本人としての価値観というのは、見つけにくいような気もする。しかし、あるはずだ。もしかしたら、外国の影響を受けたものでも自分達のものとして受けいれているなら、それも日本国の信条といえるのかもしれない。

▼ビジョンを語る

 とはいえ、やはり大切なのは将来の目標やビジョンではないだろうか。人々は自分達がどこへ向かっていくのか知りたい。現在自分達がどこにいて、未来はどうなるのかについて語ることができなければ、美辞麗句を並べたててもだめだろう。これらのビジョンは、机上の空論であってはならないし、演説をしている人の人間性と呼応していないと説得力がない。

 ビジネススクールでリーダーシップを教えているカッター教授によると、このビジョンの重要な要素は6つあるそうだ。

1)人々が心に描ける想像可能なもの

2)人々が自分達の得やためになると思うことができるもの

3)努力すれば手が届きそうな、実現可能なもの

4)焦点のあった具体性のあるもの

5)場合によっては代替案も可能な柔軟性のあるもの

6)わかりやすく理解しやすいもの

 これらの要素をもったビジョンが、人々の共感をよんだ時、人はこの人にやらせてみようとか、この人についていこうと思うのだろう。キングの演説がパワフルだったのも、刑務所に行くことや死をも恐れないキング自身と彼の描いたビジョンの中に人々が希望を見たからだと思う。

 だから、仮にリーダーが人々の期待を裏切るようなことをやったなら、たちまち名スピーチもさび付き、人々は夢から覚めるようにさっと離れていってしまうだろう。その意味ではリーダーというのは常に厳しいプレッシャーにさらされているともいえる。

 ところで、それらのビジョンをどう伝えるかということも忘れてはならない。レーガン大統領は大事なスピーチの前には、スピーチライターが書いた原稿を自分でペンで修正しながら、何度も何度も練習し、練習が終わる頃にはほとんど内容を覚えてしまっていたという。元俳優だからといってしまえばそれまでだが、超多忙のアメリカ大統領である。官僚や秘書の書いたものをそのまま読む日本の多くの政治家の演説が心に響かないのは、そんなちょっとした努力の違いかもしれない。最近若手の政治家が、棒読みではない演説を国会で繰り広げはじめたと聞いているが、日本の人々の評価はどうなのだろうか。

 そのままのやり方を真似するのは無理としても、日本のリーダーもアメリカのリーダーシップ術におおいに学ぶことがあるように思う。日本という国の10年後、20年後、いや100年後のビジョンをどう描くのか。人々に希望を与えてくれるようなリーダーが早く登場しないものだろうか。



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