他の記事を読む

大門小百合のハーバード日記(5)

大統領選挙当日、そして・・・

2000年11月12日
 選挙当日は私の予想通り、ハーバードの学生達は選挙結果を見ながらお祭り騒ぎだった。ケネディスクールの大スクリーンの前に詰め掛け、速報が入るたびに「やった!」といってビールを飲みながらの大騒ぎ。日本でもこんなに選挙が盛り上がると楽しいのに・・・ ロースクールやビジネススクールの友人達にまで遭遇した。

「何やっているの?」「ヤッパリ選挙はケネディ行政学院で見なくちゃ!」と言っていた。おそらく、その夜はアメリカのいたるところでこのような選挙結果鑑賞パーティなるものが開かれていたと思う。

 ケネディスクールには民主党を支持する学生グループと共和党を支持するグループがあり、それぞれのグループは当日教室を確保し、そこにテレビのモニターをいれ、ピザを食べ、集計結果を見ながらわいわいやっていた。私は両方のぞいてみたのだが、やはりハーバードらしく民主党の方が数が多い。座る場所もないので、今度は共和党側に行ってみた。

 「ねえ、あなたもブッシュ支持者?」とよくクラスで見かける男子学生がいたので、声をかけてみた。すると彼は「僕はどちらの党でもないんだけど、今回はブッシュに入れた。ゴアは頭はよいかもしれないけど、大統領選挙は頭のよいやつを選ぶ選挙じゃないからね。アメリカの大統領には別の資質もいる。ゴアがホワイトハウスに入ってよい仕事ができると思う?行政は一人でやるものではないのだから」という。確かに議会とも戦っていかなくてはいけないし、どれだけ優秀な人材を起用できるかも政権の鍵だ。

 それぞれの州の結果が出るたびに、黒板に張られたアメリカの地図を青(ゴア)と赤(ブッシュ)に学生の一人が色をぬっていく。そのたびに歓声があがる。東海岸と西海岸の人口が集中しているところを除いて、面積的にはほとんどが赤だ。

 その夜のうちに本当はどちらかの陣営が盛大に祝杯をあげるはずだった・・・ しかし、結果は「パーティはおあづけ」である。現在報道されている通り、5日たった今も次期大統領が決まっていないばかりか、本当に泥試合の様相をていしてきたようだ。

▼アメリカという合衆国

 今回の選挙であの赤や青に染められていく地図を見ながら私が感じたのは、アメリカというのは本当に州の集合体なんだということだ。そして、今回はその自治体の集合体のアメリカという国のシステムに思わぬ落とし穴があったことが明らかになってしまったということだろうか。

 翌日の我々ニーマンフェローのセミナーでは、元モンデール副大統領(元日本大使でもある)の選挙キャンペーンを担当したハーバードのマキシーン・アイザック教授に話を聞いた。

 もうすでにフロリダのパームカウンティで使われた選挙の投票用紙について、ゴアに投票する欄とブキャナンに投票する欄がかなり紛らわしかったという話が出回っていたので、(民主党系の)アイザック氏もその点を強調していた。

 するとある外国人フェローから、「中央政府の選挙管理委員会というものはないのか?」という質問がでた。「それぞれの州に任されているので、そういうものは我が国には存在しない」という答えだった。(Federal Election Commissionという連邦政府の機関は存在するのだが、ここでは選挙資金関係のみを監視している)確かにその後の報道をみていると、フロリダ州の責任者が出てきて、票の再集計の方針などを発表している。そこには中央政府の介入できない州法による絶対の自治がある。考えてみれば国政選挙においてそういうシステムをとっている国も珍しい。

 アメリカの選挙は本当にややこしい。それぞれの州ごとの集計結果でその州はどちらの候補者を支持するか決定する。だから得票数の少なかった候補者への票はほとんどの州で死に票になる。最終的にはそれぞれの州に割り当てられた票の合計数で大統領が決まるので、必ずしも総合した得票数が多い方が当選するとは限らない。

 なぜわざわざ州ごとに決めるのかと以前ある友人に尋ねたことがある。彼いわくそれぞれの州でその州の代表を決め、その結果を持ち寄って大統領を決めた昔からのコンセプトが脈々とこの国には生きているからだという。

 そのアメリカ独立の時代からの精神が今回は裏目に出てしまった。理論的には予想された今回の接戦、そして、人間が介入するかぎりおこりうる選挙におけるミス、誤差。前回の選挙でこのような接戦が行われたのは、1888年までさかのぼらないとないというが、それにしても、この混乱ぶりと政治的な泥試合にはちょっとあきれてしまう。それを解決する手段を探して、今フロリダの小さな町が全米の注目を浴びていて、そこで決まらなければ、司法が介入するしかないのかということになってしまっている。

▼テレビ神話崩壊

 今回の選挙では、メディアの責任についても考えさせられた。

今回は三大ネットを含めテレビが2度も選挙結果速報を誤った。一度目はフロリダの25の票はゴアが取ったという報道とその後、午前2時半(東海岸の時間)にブッシュが大統領に決まったという報道だ。

 そして、それらの報道に流されたのか、翌朝、何誌もの新聞がヘッドラインを何度も差し替えるということになった。

 最初テレビを見ていた私は信じられなかった。間違いを認めた時に、「日本なら誠に申し訳ありません」の一言でもありそうなのに、テレビのニュースキャスターはそろって、まだ結果はでていなかったという事実を伝えただけ。後日の報道番組では、三大ネットやCNNの代表の人がテレビで「メディアの責任を感じています。でも我々が約束できるのは、もう2度と同じ間違いはくりかえさないということです」といっていたが、ずいぶんあっさりしているなあと思った。案の定、その後行われたCNNの調査では、87パーセントの人が選挙におけるテレビメディアの無責任さを感じたと答えている。

 ミスの原因はテレビ局がVoter News Serviceという主要なテレビ局が共同出資している選挙データサービスの団体の出口調査の資料に頼りすぎたのが原因だといわれているが、メディアの速報競争の姿勢が問われていることには違いないと思う。

 今回の例をみると「アメリカのシステムはすばらしい」と褒め称えてばかりはいられないようだ。次期大統領正式決定を祝って全米のあちこちでパーティが開かれるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうだし、それまでには人々もこの国の仕組みについて色々考えさせられるに違いない。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ

筆者(大門小百合)にメールを書く