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サウジアラビアにて (4)

ビジネスの世界に進出する女性達

2005年4月14日

 リヤドにきてすぐに知り合った女性ホダ・アルジュレイシーさんは、リヤドのビジネス社界でとても活発に活躍している。彼女の父親がこちらの商工会議所の会長とあって、彼女自身はちょっとした有名人だ。

 こちらに来る前は、この国の医者の中には多くの女性がいるという話は聞いていたが、企業で働くサウジの女性、または企業経営者の女性なんて本当にいるのだろうかと思っていた。しかし、こちらにきてホダさんのような人が特別な存在であるということではないと分かった。もちろん、彼女はお金持ちのよい家庭に生まれたことで得をしている面も多いと思う。しかし、実はそういう女性以外にも、サウジアラビアでは最近ビジネス界への女性の進出が目覚しいのだ。

 ホダさん自身は、女性に英語とコンピューターを教えるセンターを経営しているが、その講座の人気たるやすごいものがある。習いにきている人たちは、若い女性、すでに働いている女性、子供達と千差万別だ。今や大学の進学率は女性の方が男性より上まわっており、全国の大学の卒業生の53パーセントが女子学生だという。

 また、サウジアラビアの銀行口座の資産のうち、270億リアル(約8100億円)は女性のものだという統計や投資信託の30パーセントは女性によるものであるとの統計もある。

 この国では、すべての公共の場が男女別れているので、当然職場も男女別だ。銀行も女性セクションと男性セクションに分かれていて、客も女性であれば女性セクションに行く。当然、応対してくれるのも女性だ。しかし、一部の企業、特に本社では男女一緒に働いているところもあるという。

 彼女に出会った日、リヤドでは女性のための投資セミナーが開かれていた。そこで、フォーシーズンホテルで開かれていたそのセミナーにホダさんが一緒に行こうと誘ってくれた。男性は立ち入り禁止ということで、私と彼女二人で出かけていった。

 会社の中では、ホダさんはアバヤもなし、髪も顔も隠していなかったのに、いざ出かけるときになったらアバヤを着込み、髪もベールで隠し、目から下のフェイスカバーまでつけてのフル装備である。結局出かけるときには、外からは彼女の目しか見えなくなった。

 彼女はレバノンとスイスで教育を受けたサウジアラビア人だ。外国で教育を受けた人が顔まで隠すとは思わなかったので、私にとっては少し意外だった。結局、会社の中でお願いした写真撮影にも最後まで首をたてにふらなかった。

 「なぜそこまで顔を隠すのですか」

 という私の質問には、

 「私が顔を隠すのは、父を尊敬しているからですよ」という。つまり、良識を持った女性はこの国では公の場では顔を隠すことになっているので、彼女が顔を出して歩いていたり写真が出版物に載ることは、商工会議所の会頭でもある父親に迷惑がかかるということらしい。それにしても、目しか出していないとパッとみても一体誰だかわからない。

 さて、セミナー会場であるフォーシーズンズホテルに到着した。入り口で黒いアバヤを脱いで中に入っていくと、きらびやかな女性たちがたくさんいた。きらびやかといっても、ドレスで着飾っているわけではなく、みんなビジネススーツなのだが、大きな目にバチッとメイクをしていて、金髪の女性も多いので華やかだ。彼女達は、まるでバービー人形みたいに美しい。さすがにビジネスウーマンとして気をつかっているからなのか、先日会った大学生とはちょっと違い、スタイルのよい女性が多かった。

 会場には、セミナーと並行してそれぞれの企業による展示ブースが並んでいた。ほとんどが不動産関係の展示である。この国の約40パーセントの不動産投資が女性によるものだという専門家もいる。隣のアラブ首長国連邦のドゥバイやサウジアラビアの商業都市のジェッダの不動産投資プロジェクトを紹介したブースもある。

 ホダさんは顔が広く、彼女と一緒に会場をまわっていると、色々な人が熱心に話しかけてきた。ある企業のブースでは私は外国人だというのに、真剣にドゥバイに投資しませんかといわれる始末。会場を一周しただけで、パンフレットを山ほどもらうはめになった。全員女性ばかりだが、すごく積極的なセールスぶりだ。

 ホダさんによると、実は最近、お金を持っている女性が増えてきているという。女性が教育を受け、色々な分野で働きだして稼ぐようになるが、女性は、男性のように家族を扶養する義務がないので、たいていの女性は自分で稼いだお金は貯蓄に回すことができるという。とはいえ、投資というものはリスクをともなうものなので、今回のセミナーは、それらのリスクや投資の仕方などを勉強してもらい、投資を促進しようと企画されたものだという。

 貧乏人はともかく、中流以上の家庭では外国人のお手伝いさんも雇っている人が多いし、日本と違って女性の家事の負担も軽い。その上、イスラムでは男性と女性の家庭内での役割がきちんと決めてあり、女性には家族を扶養する義務がないとなると、外で働く女性にとってはサウジアラビアでの暮らしは悪くないのかもしれない。

 そんな話を聞いていたら、ホテルマンの一人なのだろうか、男性が突然会場に入ってきた。と思ったら、何人かの女性が素早くパッとベールをかけて自分達の顔を隠した。もちろんホダさんもである。

 私はこの華やかで自信に満ちたビジネスウーマンたちがほんの一瞬のすきに顔を隠したことに驚きつつも、このミスマッチがなんだか不思議でありおもしろかった。

 イスラム教の国々の中では一番女性が差別されているのではないかといわれるこの国でも、女性の社会進出にみられるように変化の兆しはあるのだ。しかし、一方でベールに隠された女性たちの存在も依然として残りそうである。この国はきっと保守的なところを残しつつ、ゆっくりと独自のペースで変わっていくのだろう。



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