サウジアラビアにて (5)選挙の当選者に会う 2005年4月17日 2月にリヤドでサウジアラビアで1932年の建国以来初の国民の政治参加となる地方評議会選挙が行われ、このたび当選した議員の一人に会う機会ができた。 今回の選挙で当選した議員は大学教授、教師、企業経営者など宗教色の強い保守派の人達とみられていて、私達が会った議員も元大学教授だった。リヤドに引き続き3月には東部州、アシール州、バハ州、ジザン州、ナジュラン州の5州、4月にはメッカ州、メディナ州、カシム州、アルジューフ州、タブーク州、ハイル州、北部国境州の7州で実施となっている 選挙といっても投票できるのは、女性と軍人を除く二十一歳以上の男性に限られている。さらに、リヤド州の推定有権者数約五十万人のうち、昨年十二月の締め切りまでに有権者登録を行ったのは約十四万九千人にとどまり、有権者の関心は低調だったとされている。私はこちらにきたのが3月だったのでリヤドの選挙には間に合わなかったのだが、選挙戦では街頭に立候補者の写真がはられ、連日新聞やインターネットなどで候補者の経歴や意見が紹介されたそうである。
▼911の影響 さて、夫と二人で待ち合わせ場所のマクドナルドにつくとその当選した議員の選挙キャンペーンマネージャーが車で迎えにきてくれた。メガネをかけ、トーブ(白色のアラビア服)姿で現れた細面の彼は、議員の家につくまでに色々話をしてくれた。当選した議員とは学生時代からの友人だそうで、彼に選挙に出馬したらどうかとくどいたら、かわりにキャンペーンマネージャーになってくれと頼まれたそうだ。 今回の選挙は、同じ時期にテロ対策のシンポジウムを政府が開いたせいもあって、外国人記者も多数取材に訪れたとのこと。 車が出発するとすぐ、キャンペーンマネージャーが、 「もし、あなた達がアメリカ人の記者なら、こわがってこの車の助手席に座らないでしょうね。私がどこに連れて行くかわからないからね。だから、アメリカ人なら運転手をやとって自分の車できて、インタビューが終わるまで外で待たせておくと思うよ」と言った。 選挙に当選したとはいえ、イスラム教の保守派といわれれば、アメリカ人なら警戒して悠長に助手席などには座っていられないのかもしれない。 911以降、サウジアラビアはアメリカによって悪者にされてしまった。しかし、それ以上に911以後にアメリカの政策により、アメリカは世界で一番の嫌われ者になってしまったと彼はいう。 「もし、911の犯人がサウジアラビア人だったとしても、そのせいでイスラム社会全体を攻撃するなんておかしいと思いませんか。仮にサウジアラビアがテロリストに攻撃され、そのテロリストにアメリカ人がまじっていたとしても、そのテロをサウジアラビアがアメリカ人全体のせいにすることはないでしょう」 私は滞在中、このようなアメリカに対する批判を数多く聞いた。サウジの人たちにとって911は大きな転換点だったようである。世界中の批判の目にさらされたということをひどく気にしていて、我々はそんな国民じゃないということを外国人である我々にことあるごとに言ってくる。
▼イスラム教保守派からみた選挙 当選者の家につくとでてきたのは、温和そうな男性だった。イスラム教保守派というイメージはなくソフトな感じだ。こちらで色々な人にきいてみると、今回の選挙ではイスラム色の強くないリベラル派のビジネスマンもたくさん出馬したが、イスラム教保守派は動員力も強く地元民にうまく浸透することができ勝因につながったという。 さて、選挙にはどれだけお金がかかるものなのだろうか。この議員はだいたい30万リアル(約900万円)を使い、そのうち20万リアルを新聞などの広告宣伝費に使ったと教えてくれた。彼のライバルは120万リアル(約3600万円)を使ったそうなので、彼自身はかなりお金のかからない選挙ができたようだ。あとの選挙活動はインターネットを駆使し、有権者の質問に答えたり、政策を提示したりして、有権者と対話を行ったそうだ。その中で環境問題など「古いものを残し、文化との調和を大切にしながら新しいアイデアを取り入れていこう」ということを有権者に訴えたという。 今回の選挙では女性の投票が見送られたが、彼の意見はどうだろうか。一部の保守派は女性の投票に反対していると聞いていたのだが、彼自身は反対ではないという。今回女性が投票できなかったのは、技術的問題が解決されていないからで、いずれ女性も投票できるようになると彼はいう。 この国では女性の多くが身分証明書をもたないため有権者登録に必要な手続きができない。また、保守的な家庭では、女性の顔を家族以外の外部の男性にみられないようにするのがよしとされているので、女性達も通常写真をとられることを嫌う。そんな習慣の中では、写真つき身分証明書なんてもってのほかだというわけだ。このように、この国独特の問題をクリアしなければ、次のステップにはなかなか進めない。 「この国にはこの国の文化があって、それを急激に変えるわけにはいかないんです。急激に変えようとすると社会の反発を受けますから」と彼はいう。 サウジアラビアに来る前、私はこの国の女性達は、顔を隠すことを強要されているのだと思っていた。彼女達は本当は隠したくないと思っているに違いない、そして参政権だってほしいに違いないと。もちろん、顔なんか隠したくないという女性はいたが、リヤドで会った女性達の中には、顔を自主的に隠していた人も多かった。 顔を隠すのはイスラムとは関係なく、実は昔から行われていた習慣だといわれている。この国の女性達は、顔をだすのを良しとしない習慣の中で育っている。そのような文化の中で自分だけ顔を隠さないで公共の場に出て行ったらどうなるだろうか。彼女達によると、サウジアラビア人で顔を隠していないと、周りの視線は浴びるし、男性からは軽い女性だと見られるらしい。 私の会ったある女性新聞記者は、とてもリベラルな考えの持ち主だったのだが、彼女もまた自分の娘が顔を隠さず公衆の面前にでていくのを好まないといっていた。若いサウジ人の娘が顔をだして歩いていて、ショッピングモールなどで変な男に声をかけられないかとヒヤヒヤなのだそうだ。 それから、参政権については、いずれは女性も選挙に参加すべきだと思うが今回の選挙については、まずはお手並み拝見といった意見が多かった。この国では選挙の経験もなく、混乱があっても不思議ではないし、どうせ選挙結果も政府のできレースかもしれないと懐疑心旺盛な人が多かったようだ。だから「何がなんでも女性の参政権を!」という大きなうねりにならなかったという。 この議員も「民主主義の歴史をみれば、男女同時に参政権が与えられた国はほとんどありません。たいていの国はまず男性に参政権が与えられ、何年かたってから女性の参政権が認められた。だからこの国だけ特別ということはないんです。今回の選挙はまだ第一ステップで、これから色々と整備しないといけないこともたくさんあるし、女性の参政権もそのうちの一つです」と言う。 イスラム教は男性と女性の役割は違うと教えているそうだ。女性に男性と同じことをさせることが、必ずしも男女平等ということにはならないし、かえって女性につらい思いをさせることもあるという。確かに女性は男性に比べ身体の作りも違うし、役割も違う。全く同じことをしろといわれると酷なのかもしれない。イスラムではそれらの役割を自然なものとして受け入れ、女性達もそれらの役割の違いを認識して毎日の生活を送っているようだ。役割が違うからといって、男性が女性を尊敬していないということではないらしい。
▼母親は家で一番偉い? たまたまその日は木曜日(こちらでは週末)だったので、我々のいた建物の隣の建物で議員の親戚一同が会する昼食会が催されていた。こちらでは木曜と金曜が休日で、人々は金曜にはモスクに礼拝に行くのである。 「取材の続きはそちらの場でどうですか」と誘われ、我々もその会合に参加させてもらうことになった。親戚といえども男性と女性は別々に行われていたのだが、我々が出席したのは男性の方の会である。 昼食会の場所では、ごっつい風貌のアラブ服の男達が床にあぐらをかいて集まっていた。大きな皿に盛ったご飯の上にラムや鶏肉などの肉が豪快にのった料理であるカプサがはこばれてくると、手づかみでこれまた豪快に食べはじめた。 その親戚の輪の中に議員が座ると彼の息子達もだまって脇に控え、もくもくと食べ始めた。食事中、息子達は父親に対してとても従順で、一家の長である父親の威厳が感じられた。一昔前の日本はみんなこうだったはずだが、現代日本ではあまり見かけない風景かもしれない。 そんな様子を見て私達が思わず「父親というのは、家の中ではやはり偉いんですね」とコメントすると、「でも、本当は父親よりも偉いのは母親なんですよ」という答えが返ってきた。「母親の権利はここでは父親の三倍といわれているんです」家の中では、母親はやはり強い存在で、息子達は母親には逆らわないと彼はいう。私はその言葉を聞いて、でっぷり太った肝っ玉母ちゃんを想像してしまった。アラブにはそんな肝っ玉母ちゃんが、たくさんいそうである。 昼食後、庭に案内してもらった。ナツメヤシの種付けを見せてくれるというのである。この国で、もてなされるときに必ずごちそうになるナツメヤシ。甘い干し柿のような味で、アラビアコーヒーによく合い、栄養価も高い。見ると庭の端に大きなやしの木があり、その枝の根元のところにめしべのようなものが並んでいる。 しばらくして庭師がおしべの粉末を持ってきてそこにこすりつけた。受精させたのである。そして粉が飛ばないようにめしべを縄のようなものでしばり、3日ぐらいほっておくとナツメヤシができるのだそうだ。 種付けを我々に見せながら、彼は「このやしを見てください。だから母親というのは、大切にされなければならないし、重要な存在なんです」と言った。「だってこの世の中で、女性だけが子孫を作り出すことができるのですから」 そして庭に咲いていたピンクの薔薇の花を一輪つむと、夫に渡し、さあというしぐさをした。夫がしかたないかという顔をしながら、なれない手つきで私にその薔薇を渡してくれたのはいうまでもない。 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |