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大門小百合のハーバード日記(8)

ブッシュの勝利宣言

2000年12月14日
 ゴア副大統領が正式に負けを認め、それを受けブッシュテキサス州知事が勝利のスピーチをし、選挙後5週間にもおよぶアメリカ政治史上初めての混乱にやっと終止符がうたれた。

今回の混乱では、裁判合戦といえるくらいに両陣営が司法の場で戦いを繰り広げ、挙句の果てにフロリダの最高裁から連邦の最高裁まで党政治に振り回されているとの批判まで出ていた。

 別々に行われた二人のスピーチで、ゴアは「連邦最高裁の判決には同意できないが、受け入れる」と言った。負けたから仕方がなかったのかもしれないけれど緊張のあまりか早口だった。それに比べ、ブッシュはゆっくり、そしてはっきり「政治的争いを過去のものとして、これからはアメリカの抱える課題を両党力を合わせて取り組んでいこう」といった趣旨のスピーチをし、もうすでに大統領としての威厳が少し感じられたように思う。(私は民主党派でも共和党派でもありません)

 今回ブッシュがひとつのアメリカを強調したのには、意味がある。

 今学期私はアメリカ政治の授業をいくつか取っていたので、授業中しばしば学生と教授の間で選挙に関して議論が行われたを聞いていた。まさに両陣営泥仕合の真っ只中、教授が生徒に質問をした。「ここまでごたごたして、次の政権に影響を及ぼさないために大統領に選ばれた人はどうするか?」

 「私なら負けた方に対し、会談を申し込み、その後共同で記者会見をし、アメリカはひとつだと強調する」とある生徒が言えば、

 「政権の中枢に入る閣僚を選ぶときに党派を超えて、人選をする(共和党が勝ったなら、民主党にも呼びかけるといったようなことだ)」という意見も。

 そして、彼らが言ったとおり、新大統領はテレビの前で一つのアメリカを強調し、党利党略説を払拭することになった。双方いかに泥仕合のダメージを最小限にするかということに心をくだいた結果だろう。二人の会談もこの分だともうすぐ現実になりそうだし、二番目の意見も現時点では可能性はあると思う。

上院は民主党の副大統領候補だったリーバーマンが加わるので、両党のバランスでいうと50対50。閣僚人事など重要な人事は上院の承認を得ないといけないので、共和党にも民主党にも受け入れられる人ではないとだめだといわれている。そして、下院は共和党が上まわっているといってもわずかに9議席なので、あまり両党間でこの後しこりが残ってしまうとこれから通る法案も通らなくなる。

▼アメリカ人の愛国心

 今回の選挙をみていて、私はアメリカ人というのは本当に愛国心が強い国民だと思った。ある意味で屈折した過去のある日本人と対極にあるのかもしれない。

 天皇の誕生日は12月23日だが、先日一足早くボストン領事館主催の天皇の誕生日をお祝いするパーティに招かれた。私はどうも天皇誕生日のパーティというとペルーの人質事件を思い出してしまうのだが、それくらい私にとってはこのイベントはなじみがない。でも、海外でしかこんな機会はないし、せっかく呼んでいただいたのだからと野次馬な私は夫と二人でさっそく出かけてみた。

 総領事夫妻が金屏風の前に立ってお客様を出迎えている。そして会場の入り口近くに日の丸の国旗が飾られ、その横に天皇陛下と皇后陛下の写真がある。誕生日のイベントではあるけれど、一瞬びっくりした。あまりこういう光景に出会わないからだろうか。

 東京にいた頃、いくつか在京大使館主催の独立記念日など国民の祭日を祝うお祭りに出かけたことがあるが、その時には自然に「Congratulations!(おめでとうございます)」とその国の大使に挨拶をした覚えがあるが、今回はお誕生日おめでとうございますと言うべきなのだろうか・・・

 しかし、こんな心配は無意味だったようで、結局なんのスピーチもなく他のお客達と歓談してパーティは終わった。

 ある外交官の方に「なぜ日本の在外公館は天皇誕生日にパーティをするのですか」と聞いてみたことがある。日本には独立記念日に相当するものがない。その場合建国記念の日か天皇誕生日のどちらかということになると思うが、建国記念の日にすると戦前の紀元節をお祝いしているような感じになって、「日本は神の国」という解釈を肯定しているような印象をもたれかねないからかもしれないといっていた。たしかに意地悪に解釈して、外交官の方々を困らせようと思えば色々言えないこともない。

 日本人が素直にこれらの日をお祝いすることに後ろめたさを感じるのには、第二次世界大戦の経験があるからだと思う。まして、「国家のために死ぬ」という言葉も戦前をほうふつさせてよろしくない。ところがアメリカはまさにその逆で、大統領選挙候補者は必ずといっていいくらい国家のために戦争に行ったことを強調し、国民の愛国心に訴える。一昔前の政治家は、第二次世界大戦に行ったことを語り、ブッシュやゴアの時代はベトナム戦争だ。  

今回のブッシュの「僕は一つの党の大統領ではない。アメリカの大統領だ」という統一国家を強調したメッセージはまさにアメリカ国民の心をくすぐったにちがいない。

▼危機と支持率

 日本と比べて、アメリカにはさまざまな人種、宗教の人がいて、州の自治も徹底しているし、自由の国ということを考えれば、アメリカという国家がばらばらになってしまう危険性は日本のような国よりはるかに高いと思う。

 仮にアメリカの選挙制度が二大政党制を推進する仕組みではなく、日本のように多党制の国だったとしたら、今ごろグリーン・パーティだけでなく、少数民族党やユダヤ党など小さな党が乱立し、政権を運営するのも至難のわざになっているだろう。

 湾岸戦争の時のブッシュ大統領(お父さんの方)の支持率は91パーセントまで上がったらしいが、アメリカの大統領の支持率は戦争など危機に面したときに高まるといわれている。今回の選挙は好景気、特に対外的な武力衝突もなく、あまり争点が浮き彫りにならない選挙だったともいわれていた。

 ところが選挙後の今回のガタガタには、「アメリカ憲法史上最大の危機」というフレーズがついて廻った。選挙の仕組みに疑問がなげかけられ、2大政党のいがみ合いが裁判所の判決が出るたびにエスカレートした。世界の民主主義のお手本といわれていたアメリカという国が、今回のことをきっかけに本当にばらばらになってしまうかもしれないと感じた人もいたのではないだろうか。

 このたび二人の大統領候補者がいがみ合いをやめ、最高裁の判決を尊重し、アメリカの将来のために協力しあうことを約束し、めでたく新大統領が誕生することになり、新大統領は当面の危機を乗り越えたことになった。

 「ひょうたんから駒」というのはいい過ぎかもしれないが選挙後すぐに決着がついていた場合と比べると、今回の危機のおかげでもしかしたらブッシュの人気も少しはあがったのではないだろうか。

 もちろんブッシュは、ほっとしてなどいられない。これから閣僚人事をはじめ、ホワイトハウスのスタッフなど、膨大な人選作業が待っている。政策も具体化していかないといけない。そして今回のごたごた劇の教訓をどういかしていくか・・・ 彼にとっては、これからが本当の戦いだ。



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