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大門小百合のハーバード日記(9)

拍手を受ける授業

2000年12月19日

 今日でやっと今学期の授業が終わった。

最後の授業を終えて、「よい休暇を」と教授がいうと私の参加したクラスでは決まってパチパチパチと生徒達が拍手をしていた。私がすごくよい授業だったなと個人的に思っていたクラスでは、なんと生徒が全員立ち上がってしばらく拍手が続き、まるでオーケストラや劇場で素晴らしいパフォーマンスが終わった後のようだった。

 この拍手は「やったこれで今学期の授業は終わりだ」というよりも、「教授、面白い授業をありがとう」という気持ちの方だと私は思う。そんな生徒と先生のコミュニケーションを見ているとなかなかさわやかだ。

 もちろん拍手をうける授業はそれなりの理由がある。

 とりわけ最後の授業には先生方も力が入っていたようだ。

今日の授業の一つ「Election2000(2000年選挙)」というクラスには、教授が民主党ということもあって、なんとあのゴアの選挙キャンペーンマネージャーのビル・デイリー商務長官がいらっしゃった。ゴアの敗北宣言後、まだばたばたしていると思っていたので、あのテレビでおなじみの顔が教壇に立った時には、びっくりした。

 生徒のありとあらゆる質問に答えてくれた。

「キャンペーンで何が失敗だったか?」「テネシーを逃したのが痛かった」

「クリントンは今後民主党ではどういう立場になるのか」「彼は資金集めがうまいので今後も重要な役割をはたすだろう」

「あのごたごたを裁判以外で解決する方法はなかったのか。たとえばカーター元大統領やドール上院議員に仲裁をたのむとか・・・」

「あの時点で彼らのできることはなかった」

などなど。

彼を連れてきてくれた教授だが、マキシーン・アイザックという教授で、彼女は以前モンデール(元駐日大使もやっていた)が大統領選挙に出たときにプレス対策を中心に活躍していた。彼女の授業が面白かったのは彼女の政治における実務経験とその顔の広さにもあると思う。

 デイリー商務長官だけでなく、今学期の授業は民主党、共和党、そしてジャーナリストなどその日の授業のテーマにあわせて、その道の専門家や大物をつれてきては講義をさせる。大統領選真っ只中とあって、生徒もかなり辛らつな質問を浴びせ掛ける。また大統領選候補者のデベートがボストンで行われたときには、そのデベート会場見学ツアーまで企画してくれた。

 それから、毎回授業では、大統領選関連の新聞の切り抜きの冊子が配られていた。実は私はこれまでこの切り抜きは教授が外注しているかアシスタントにやらせていたのかと思っていたら、毎朝、十何誌教授がすべて目を通し切り抜いて作っていたんだと最近聞いて感激した。生徒の私達としてはそれらに目を通すだけでもかなりの量だったのに。(正直言って、あまり量が多かったので、私は全部は読みこなせなかった・・・)しかし、これは今回の選挙を理解する上でずいぶん役だったと思う。

 また、このクラスは200人ぐらいの大教室で行われたが、それでは個別に生徒を知ることができないということで、10人ずつくらいにわけ、昼食会や夕食会を催してくれ、食事中ずっと生徒の質問にも快く応じてくれた。私の知っている限り、彼女はほとんど全員の顔と名前を覚えていた。

 なるほど、拍手喝采というのもうなづける。

 もちろんハーバードには色々な教授がいるのだろうが、平均的にみてこちらの教授の授業にかける情熱というか、努力は並大抵のものではないなと拍手を聞いていてあらためて思った。

 私は取っていなかったけれど「侍の構築」という授業がハーバードの人文学部にあり、このクラスを教えていたコース・アシスタントの大学院生から聞いた話だが、このクラスもなかなか人気だったそうだ。日本を教えるクラスというのはどういうものだろうかと思っていたので、時間がなくてのぞけなかったのが心残りだ。日本の侍コースなんてどうせ小人数しか取っていないのだろうと思っていたら、なんと日本に全く関係ない生徒がほとんどで数百人は取っていたという。

 このクラスでは黒澤明などが作った映画も見せたし、源氏物語も読んだらしい。最近の授業では忠臣蔵や三島由紀夫の切腹事件まで勉強したそうだ。ようするに侍についてだけを学ぶというより、それを通じて日本の文化や心を学ぶという試みだ。私の聞いた限りでは、このクラスをとっている日本人からも評判はよかったし、教授のボライソ氏もオーデオ・ビジュアル、映画など駆使して、生徒の興味を惹かせ、理解を深めさせる努力をずいぶんしていたようだ。

 ここでも最後のクラスは拍手喝采だったそうだ。

 それぞれのクラスは本当にハードだ。宿題も読書の量も論文も多い。ハーバードの教授達は自分の研究で忙しいながらも、個別に学生達の論文の相談に応じ、Eメールに答え、授業やそれ以外の場でも学ぶ楽しさを十分に伝えているような気がする。学内では頻繁にその時々のテーマでさまざまなシンポジウムが開かれているが、それらのパネラーとして参加したり、講義したり、有名教授ともなるとテレビ出演や政府の委員会に参加したりと、本当によく働く。

 このように超多忙にもかかわらず先生が熱心にならざろうえない理由の一つとして、生徒が教授に対しても成績をつけるということがあるのかもしれない。アメリカの大学ではもうすでに一般的になっているらしいが、このハーバードでも最後の授業でマークシートが配られ、教授の教え方を生徒がチェックしていく。

 マークシートの質問は宿題は多すぎるか、授業はわかりやすかったか、先生の生徒に対する評価は公平かなどなど。そして、その結果はきちんと公表され、次に生徒が授業を選ぶ時に参考にできる。これは、宿題の量を考えても一学期にせいぜい4から5クラスまでしか取れない学生達にとっては、大変参考になる。コースショッピングとともに先生の評価をじっくりと読んで、数あるコースの中から選択していくことができるからだ。

 評価が悪いからといってすぐ首になるとは思えないし、学生による評価がすべてではないとは思うが、評価のよくない教授がここで長く教え続けることは、やはり難しいのではないだろうか。ハーバードで教授をやりたいと思っている人は山ほどいるらしいし・・・

 今、大統領選にくしくも敗北してしまったゴア副大統領がハーバードの学長候補にという噂がでている。でも、彼はアカデミックな点で成果をあげていないから可能性は低いという話がもっぱら有力だ。それに学長ともなると大学のために資金集めをしないとならない。今日のデイリー氏の話ではないが、ゴアはどうもクリントンと比べこの点も得意そうではないので難しそうだ。

 ともかく、ハーバードで教授としてやっていくためには色々な資質が問われているようで、なかなか大変だ。



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