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大門小百合のハーバード日記(20)

改革者?小泉総理

2001年4月29日

 久しぶりにこちらの新聞で明るい日本の記事が続いている。最初は、地元紙ボストン・グローブの1面に写真入りで、でかでかと載ったレッドソックスの野茂のノーヒット、ノーランの記事。野球ではその後イチローや新庄の活躍も報道され、気分がよいなと思っていたら、今度は、日本で新しい総理大臣が誕生したニュースだ。

 日本について勉強しているとか、仕事が日本に関係しているといった人以外は、こちらの人の日本への関心は、はっきり言って薄い。従って新聞に日本関係のニュースが載る事も少ない。最近日本関係で騒がせたといえば、潜水艦の事件と宮沢元財務大臣の日本の経済は危機的状況にきているといった発言で、暗いニュースばかりだった。

 3月の森首相とブッシュ大統領の会談も小さく中面に取り上げらていた程度。つまり、こちらにいると日本は「アメリカの同盟国」「世界第2位の経済大国」などと持ち上げられていたわりには存在感が薄く、アメリカの関心はもはや中国に移ってしまったような印象であった。

 ところが、新首相に小泉氏が選ばれてから、連日のように新聞の1面で取り上げられ、こちらのメディアは好意的だ。「一匹狼的な改革者」とか、「カリスマ的リーダーの登場」だというのである。

 笑ってしまったのは、それらの新聞の論説の一つに、「日本を長い間統治していた自由民主党は、実は自由主義でもなく、民主主義でもなく、党でもなかったのだ。とにかく今週、この保守派閥の連合体が一般のメンバーに投票で総裁を決めることをさせるまでは、そうではなかった・・・」というのがあった。

アメリカ人はシンプルでわかりやすいものが好きだ。その意味で小泉氏の姿勢はわかりやすいのかもしれない。投票で選ばれたリーダーが、今までの派閥中心の人事を改め、女性を多数起用し、今までは政策決定のプロセスがわかりづらかった日本が、少しはわかりやすくなりそうな印象を与えている。

 このマスコミのトーンは、どうもアメリカ新政権の日本の見方と呼応しているように思う。

 昨年秋の永田町での加藤紘一氏の乱の時にも、こちらの日本研究の学者や政府関係者の間では、加藤氏支持が多かった。NTT関連で日本と交渉にあたっていた米高官にも話を聞く機会があったが、日本の構造改革が進まないのは、古い体質の族議員達のせいだと何度も繰り返し、日本は若手に譲らないとだめだと信じているようだった。その上、最近はアメリカ経済に陰りが見えてきたのだから、日本の景気状況を何とかしなければとかなり深刻に感じているようだ。

 もう一つアメリカが重要視しているのは、アジアの安全保障だ。今のところ、「強いアメリカ」という姿勢を打ち出し、世界中のあちこちに敵を作っているように見えるブッシュ政権が唯一ラブコールをしているのが、メキシコと日本だ。米政府関係者が日米の同盟関係の強化が大事だと言っているのは、まんざらリップサービスでもない。

 アメリカは、日本にもっと軍事力を負担してほしいと思っているという話を聞いた。その意思をもって1999年に改定されたのが、日米防衛協力のためのガイドラインだ。こちらの学者達によると、アメリカ政権内部では日本の憲法改正にも乗り気の声もあると言われている。

 その意味では、小泉氏はアメリカとの同盟関係を重視し、場合によっては憲法改正も掲げているのだから、ブッシュ政権が応援するに足る人なのかもしれない。

 先日、アメリカ人の友人に、「日本はアメリカ軍がいなくなったら、中国の脅威に対抗するため軍備増強に走るというのは本当か」と聞かれた。平和ボケしていた私は、その時はそんなことはないと言ったが、この間ハーバードに来ていたフィリピンの元大統領の講演を聞いて、考えさせられてしまった。彼は、東アジアでの一番の心配ごとは中国の覇権主義だ。バランスをとるためにも日本には経済的に強くなってほしいが、アメリカにも日本の軍国化を防ぐためにアジア太平洋地域から出ていってほしくないといっていた。中国の脅威が大きくなってきているとはいえ、日本に対してまだその手の感情が存在することは事実だ。

 国内では景気の議論が活発なのだと思うが、新政権にはこんな海外の日本への期待と不安にも耳を傾け、うまく外交をさばいていってもらいたい。日本はアメリカとの関係以外は、中国との関係にしても、他の国との関係にしてもどうしたいのか見えてこないように思う。

 首相は若ければよいというわけではないし、国民に人気があっても実際に物事を動かすには、党のコンセンサス、連立相手の合意、そして何より日本の場合は官僚を納得させ動かす指導力が必要な気がする。

 アメリカでよくいわれるリーダーの条件の一つに、自分を支持してくれる連立をいかに組むことができるかというのがある。連立といっても、他党と組むという意味ではない。自分の党内、議会全体などにどう自分の政策に賛同してくれる仲間を増やし、政策を実現させるかという意味だ。日本の首相に比べ膨大な権限を持つといわれるアメリカの大統領でさえも、難しい法案の時は議会運営で相当苦労する。

 小泉政権は期待が高いぶん大変だと思うが、少しは顔の見える、いや、行く先の見える日本になるようがんばってほしいと思う。その期待とプレッシャーに答えられなければ、リーダーに先行きはないのではないだろうか。



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