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サウジアラビアにて (2)

男女別社会

2005年4月4日

 我々のお世話になる王立研究所は、リヤドの中心部にある。研究所にはイスラム研究の図書館も併設されており、何百年も前の本についてもデータベースで引くことができるし、世界中のアラビア語の本のコピーもリクエストできる。

 研究所には夫と私専用のオフィスとそれぞれのためにコンピューターと机が用意してあった。なかなか快適なオフィス環境だ。ここには我々のほかに、フランス人の研究者がこの国で初めて行われる地方議会選挙を調査していたり、ラトビア人の研究者がコーランの翻訳をやっていたりする。夫の研究対象は、サウジアラビアの民主化で、私はサウジアラビアの女性の現状を調査する予定だ。

 女性研究者はほかにはいないので、私は研究所の人に「研究所の中でもアバヤをずっときていた方がよいの?」と聞いたら、強制はしないけど、ムタワ(宗教警察)に目をつけられないためにその方がいいだろうとの答え。どうせ冷房がかかっていて暑くないので私は研究所にいる間アバヤを着ていることにした。

 そんな状況なので当然、女性専用トイレもない。まずいと思った私が、「トイレはどうすればよいですか?」と聞くと、「事務総長(研究所で一番偉い人)専用のトイレを使えばいい」と言ってくれた。日本にいて仕事をしていたき、記者クラブでも女性用トイレがないところがあって苦労したが、研究所のトップが使うトイレを使ってよいとは光栄である。女性が抑圧されているというイメージを持っていて、きっと研究所でも私は夫の付属物扱いなんだろうと勝手に思い描いていた私は拍子抜けしてしまった。

 研究所の人は、女性の会合に呼んでくれたり、女性ジャーナリストを紹介してくれたりと色々と世話をやいてくれる。このぶんでは連日アポイントメントの嵐になりそうである。もちろん、それらの会合には、こちらの女性が嫌がるので夫は参加できない。その反面、研究所の正式な会合には、私は研究員と参加できるし、多くの男性にも私はジャーナリストとして会うことができるそうだ。女性の私はマイノリティであるがゆえにいろいろな面で特別扱いしてくれて、とても快適な滞在になりそうだ。

 研究所の所長に挨拶に行くと、アラビア服の男性が小さなガラスのカップに入った紅茶を持ってきてくれた。中東らしくたっぷりと砂糖の入った甘いやつである。

 挨拶がすみ自分の部屋にもどって机に座っていると先ほどお茶を運んできた男性が、また紅茶を運んできた。頼んでもいないのに親切だと思っていると、先ほどの所長が、「紅茶は頼まなくても彼は持ってくるよ」という。聞くとサウジアラビアの官公庁、企業やホテルにはだいたいこのようなお茶をいれて運んでくるのを専門としている「ガフワジ」といわれる男性が働いているとのこと。お茶くみ嬢ならぬお茶くみボーイだ。お茶くみボーイはつねに気を配っていて、オフィスについた人にすぐお茶を持ってきてくれる。いっぱい飲んでしばらくすると、今度は別の種類のお茶を運んでくる。なかなかありがたいシステムだが、お茶だけのために人を雇うなんて、贅沢な気がしてしまう。

 それにしてもほとんどの職場は男性社会なので、日本では通常女性がやると期待されていることも男性がやっているのはなんとも不思議な気がする。こちらのショッピングモールの化粧品コーナーには、男性の売り子さんしかいなかった。日本では化粧品売り場は、普通バッチリ化粧した華やかな女性たちがたっているカウンターばかりである。こちらでは、スーツやアラブ服を身にまとった男達がかわりに化粧品を売っていた。

 病院でもそうだ。病院は、サウジアラビアの中でも唯一男性と女性が同じ職場で働ける場所だそうだが、先日、キングダム・ホスピタルという私立病院にいったら、ホテルのように豪華なその病院の受付も、女性のかわりに全員男性が座っていた。

 日本の職場では、だいぶ改善されてきているとはいえ、お茶くみなど家庭の中で女性に期待される役割というものが、企業の中にも持ち込まれていることが多いと思う。その意味では、サウジアラビアの企業では男女が完全に分かれて働いているのでその役割のあいまいさがなく、いわゆるセクハラというのがおこりえない環境だ。また、いろいろ不都合はあるのかもしれないが、このようなサウジアラビアの仕組みは合理的にさえ見える。

 さて、紅茶は上記のように飲み放題だが、コーヒーの方は研究所の外で手に入る。それも香辛料の入ったアラビアンコーヒーの店がたくさんあるのかと思いきや、一歩外にでると、目の前の道にはスターバックスをはじめとしたいわゆるなじみのあるチェーンのコーヒーショップと地元のコーヒーの店が何軒も並んでいる。いずれのコーヒーショップもテラス席がありおしゃれな雰囲気で、もしこれらのカフェがアラブ服の男達で埋め尽くされていなければ、フランスのパリやスターバックスの本拠地、米国のシアトルにでもいる気分になる。

 しかし、その中のほとんどのカフェには家族用のセクションがない。夫とカフェに入ると、「マン・オンリー(男性だけだよ)」といわれた。ということは、女の私は店でコーヒーも飲めないのかと思いきや、あるとき、そのカフェの一つにアバヤ姿の若い女性たちが8人ぐらい陣取ってコーヒーを飲んでいるのを見つけた。女性ばかりのグループがカフェのテラスに座っているとさすがにこの国では目立つ。おまけに全員、頭にスカーフはしているものの、誰も顔を隠していない。めずらしいこともあるものだと観察しながら、コーヒーをテイクアウトしようと私もその店に入っていくと、彼女たちに「ハロー!」と呼び止められた。「どこの国から来たの?」「リヤドは初めて?」と英語で質問され、うれしくなって、日本から研究員としてこちらの研究所にきていると答えた。夫は彼女たちに近づくと悪いと思ったのか、遠くで私を見守っている。彼女たちを近くで見ると目がパッチリしていて、みんな美人ぞろいだ。

 私が初めてこの国にきたことを告げると、彼女たちは、「あなたにこの国をよく知ってほしいわ。リヤドの観光もまだなの?」といった。彼女たちはリヤド出身でみんな地元の大学の学生だった。一人の子は英語の翻訳を勉強しているというし、もう一人の子は、デザインを学んでいるという。こちらでは一つの大学の中でもやはり男性、女性のセクションに分かれていて、男女が肩を並べて授業を聞くことはできない。私が大学に興味があることを告げると、彼女たちが今度案内してくれるという。おまけに「明日の夜暇なら、女だけのパーティがあるからうちに来きませんか。音楽にあわせてみんなで踊って楽しいと思う」と一人の女の子が誘ってくれた。私の答えはもちろんイエスである。

 サウジアラビアの女子学生たちとこんな形でしりあえるとは、なんとラッキーだろう。こうして私は翌日、ディーマの家のパーティに行くことになったのである。男女別の社会において、ベールを脱いだ女性の世界を見るチャンスである。



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