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大門小百合のハーバード日記(21)

ケネディスクールの国旗騒動

2001年5月12日

 ことの始まりは昨年の夏のケネディスクールの入学式にさかのぼる。新学期を迎えケネディスクールでは、入学した100以上の国から来た生徒たちを歓迎するため、それぞれの生徒たちの国旗が飾られた。

 次の日、それぞれの生徒たちが、持ち時間15秒で自己紹介をしたのだが、自分の番がきて立ち上がった台湾の女性が、こう訴えたのである。入学式に掲げられた旗の中に台湾の旗がなかった。皆さんに我々の旗を知ってもらうためここに旗を持ってきたと。なんと彼女のジャケットの後ろにはしっかりと赤、青、白の台湾の旗が縫い付けられていた・・・

 この彼女の発言がその後の議論に火をつけた。ケネディスクールでは、入学式と卒業式には伝統的にその年に在籍している生徒たちの国旗全てが飾られる。今年在籍の台湾人は3人なので、台湾の旗もあってよさそうなものである。ここは政治、行政、国際関係を学ぶ行政学院だ。卒業生の多くが政治家や官僚になり、(もちろん現役の人もかなりいるが)生徒たちの政治意識も高い。これは問題ではないかと生徒会が調べてみると、どうも4年前に学校側は、当時の中国から来ている留学生グループに反対され、台湾の旗を掲げることをやめたようである。

 その当時、台湾の旗を掲げるのをやめた理由として学校側が挙げたのは、アメリカ国務省の決めたルールに準じるということだった。アメリカは台湾を国と認めていないので、台湾の国旗は掲げないというのである。ただし、学生たちが合意に達すれば、学校側は学生達が決めたことを支持するという。

▼白熱する議論

 ケネディスクールは大騒ぎになった。生徒会が音頭をとり、41人いる中国の学生達にヒアリングをしたり、台湾の学生達が生徒会の代表部会で演説をしたり、学生の間でEメールが飛び交った。さらに調べてみると、国ではないのだが、二つのネイティブインディアンの部族の旗も掲げられていたこともわかった。

 私立であるこの学校が国務省の方針に従う必要はないし、インディアンの旗は国務省の方針とは関係がない。おまけに、ビジネススクールなど他のスクールは台湾の国旗を掲げているのだからケネディスクールでも台湾の旗を掲げるべきだと主張する学生達と、現在中国と台湾の間で実際に問題になっている紛争の種を学校に持ちこむのはおかしいし、ケネディスクールは独立した機関なので、他のハーバードの機関との整合性を必ずしも追及する必要はないという中国の留学生の間で意見は対立した。

「僕は、1つの中国か台湾の独立かという議論に関して特別な感情はない。ただ、この学校の学生のうち一人でも自分が排除されているという気持ちを持つことがないようみんなで考えるべきだと思った」

と生徒会の中心的メンバーであるデビッドはいう。

 デビッドたちの訴えにより、ついに10月中旬、生徒会では学校側に自分達の意見を提案する決議を採択しようということになった。

 議論が進んでいくうちに、台湾だけの政治問題にするべきではないのではないかということになった。どこまで、旗の代表権を認めればいいのだろうか。ネイティブインディアンの旗はどうか?アメリカの自治領のプエルトリコはどうなのかという意見まで出され、議論は白熱した。

「たとえばクー・クラックス・クラン(通称KKKといわれている白人の優越性を説くアメリカのテロリストの秘密組織)の旗を掲げたいといったら、そういう意見まで尊重するのか」という極端な意見までとびだした。

 すると、「自由と民主主義を目指すのが我々じゃない?もしどうしてもKKKの旗を揚げたい人がいるのなら、掲げればいい。その旗を見るたびに、人々はこの問題について考えさせられるようになるのだから・・・」と一人の生徒が意見をのべた。

 そして黒人の生徒も立ち上がり、「僕はここに掲げられているメッセージに賛同する。自由と民主主義の国であるはずのこの国で、差別されるということがどういうことなのか僕にはよくわかるから・・・」

 結局、ケネディスクールは、特定の国や国連の外交方針から独立した機関であり、学生の平等性が尊重されるべきであり、この学校ではそれぞれの学生を代表する旗が掲げられるべきだということを盛り込んだ決議が可決された。

 中国人の学生に生徒会の決議について直接聞いてみたら、 「僕らは1つの旗が望ましいと思っている。台湾人は学校が決めるべき問題をアメリカ人を巻きこんで、政治的問題化してずるい。おまけにアメリカの白人は黒人に意見を言われると弱いから・・・」という答えが返ってきた。

 そういう風に見ようと思えば見えなくもないが、すごい愛国心だ。

▼学校側の配慮

 ところが最終的には、クリントン政権下で国防次官補でもあったジョー・ナイ学長のもと学校側が台湾の旗は掲げないという決定を下したという話を聞いた。反対の学生達がいる限りダメだというのだ。

 ケネディスクールの外国人学生で圧倒的に多いのは中国人の学生だ。学校側としては、留学生の多数を形成する中国の学生を大事にしたいということと、時々学校にやってくる中国の要人への配慮、そして、中国の留学生のほとんどが政府からの派遣ということもあり、彼らが国に帰った時に立場が悪くならないよう配慮したのではないかと思われる。

 私は、学生達が決議で求めたように、ケネディ・スクールで台湾の旗を掲げることが問題だとは思わない。独立したそれぞれの学校なのだし、国際色豊かで、政治的リーダーを育てるべき学校が国務省と同じに振舞うことの方が怖い。話し合いで何でも解決できるほど世の中甘くないのかもしれないが、少なくとも学生達の意見を尊重してほしかった。

 ちなみに似たような事柄は、アメリカの他の大学でも起きている。たとえば、ルイジアナ州立大学では、台湾の国旗を掲げてほしいとの学生の要求が出た後、ヒューストンの中国領事館が学校側に台湾の旗を掲げないよう手紙を出したらしい。さんざんもめた後、学校側はアメリカ国務省がパスポートとして認めている所の旗は掲げられるべきという方針を打ちだした。ルイジアナ大学では台湾の旗はくみ入れられそうな気配である。

 いづれにしても、ケネディスクールは大学とはいえ、純粋な学生の思いより、現実の政治や社会の構造がその決定に深く影響していることを痛感させられた。国旗とアイデンティティの持つ重みについてもあらためて考えさせられた。

 さて、6月には卒業式がやってくる。学生達の努力空しく、ケネディスクールでは台湾の旗はひるがえらないのだろう。

 「せっかく決議を可決までしたのに残念だったね」と私が先日台湾からの留学生ウェイチャーに話し掛けると、

 「いや、いいんだ。僕ら台湾の留学生は、卒業式に着るガウンに台湾の旗を縫い付けて、卒業証書を受け取ることにしたから。みんなが台湾の国旗を見ることができるよ」

という意外にも元気な答えが返ってきた。

 そうか・・・そのほうが目立つのかもしれない。台湾人もしたたかであり、タフであった。



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