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大門小百合のハーバード日記(4)

白熱する大統領選挙

2000年10月31日

 今アメリカは、大統領選一色だ。

 あと数日で、21世紀最初の大統領が決まるというのに、世論調査ではまれに見る僅差。連日テレビのニュースはブッシュ、ゴアにスポットをあて、評論家や両陣営の選挙キャンペーン担当者がTVに引っ張りだこだ。

 今年は政治関連の広告に使ったお金も過去最高の10億ドルに達しそうだとか。(ペイン・ウエーバー証券の調査)前からメディア対策に使われるお金は半端ではないとは聞いていたが、政治関係のテレビコマーシャルの量は今やファーストフードや通信業界を抜いて3位だそうだ。(ちなみに1位は自動車、2位は小売業)どうも今回の選挙で一番もうけているのは、メディアコンサルタントやTV局らしい。

 もちろん選挙選が活発なのはテレビの中だけではない。一般国民の熱もかなりのものだ。政治的にさめてきている日本から比べるとうらやましい限りだ。

▼マサチューセッツの有権者

 大半の人はそれぞれの党への支持がはっきり決まっている。特に私の住んでいるマサチューセッツ州はジョン・F・ケネディの地盤だったこともあり、完全に民主党支持、リベラル一色だ。知事は違うのだが、ちなみに現在この州選出の下院議員はすべて民主党で占めている。ハーバード大学内でも民主党支持の傾向が強いようだ。

 特に10月初旬にボストン市内にあるマサチューセッツ大学で行われた最初の大統領選候補者のデベートの日も両陣営支持者の対決が見られた。私はデベートそのものはチケットをもっていなかったのだが、ハーバードの教授のはからいでデベート直前に会場を見学することができた。

 デベート会場へつづいている道路の片側にはブッシュ、もう片方の側にはゴア支持のサインがズラリと並び、選挙選ムードはたっぷり。ブッシュ側にはあまり人はいなかったが、ゴア側には鉄鋼関連の労働組合の人々がたくさんいて、彼らの前を人が通りすぎるたびに、サインを掲げてゴアの応援を繰り返していた。私達が見学を終えて出てくると、すでに片側にあったブッシュのサインははがされ、道路に落ちていた。その横には勝ち誇ったようにならぶゴア支持者達。ちょっとお行儀は悪いがマサチューセッツならではの光景という感じだ。そういえば私のある共和党支持者の友人はここでは肩身が狭いといっていた。

 その夜はボストンで開かれた共和党の集会に行った。デベートを大スクリーンで見ていると、ゴアが早口でブッシュの議論に口を挟む場面が何度もあった。そのたびに集会にいた人々は、「黙れゴア!」とか「ブッシュ落ち着け!」とスクリーンに向かって叫んでいた。この雰囲気何かに似ている・・・そうだ、野球の観戦だ。とにかく、応援しながら楽しんでいるのだ。どっちが勝つか負けるか、自分達の大統領だという雰囲気で。

▼アメリカの選挙活動

 こちらでは日本では絶対にできないことをしてみようと思っていたら、先日ちょうどよい機会がめぐってきた。ハーバード・ロー・スクール(法律大学院)の民主党支持の学生達とともに選挙活動の手伝いに隣のニューハンプシャー州のナシュアという町に行くのである。日本では選挙活動を手伝うなんて、記者の私の立場上なかなかできないのだが、ここでは選挙権もないことだし、ニーマンフェローのままで仕事はしてはいけないことになっているので、完全に学生気分で参加してみた。

 私が一番興味があったのは、一緒に行った学生達がいつ頃から民主党支持になったかだった。参加したのは(私を除いて)みんな20代前半の学生である。聞くと大学に入って色々な活動に参加するうちにとか、自分の育ったところはみんな民主党だったので、高校生の時には決めていたという人もいた。最近のマイノリティを配慮する政策に惹かれてという学生もいた。

 民主党ナシュア総支部では、二人ずつにわかれて候補者のチラシを持って個別訪問をする。ここでは、ゴアから、ニューハンプシャーの知事選、上院議員選、州議会選挙すべてを統括して活動していて、チラシもそれぞれの選挙選候補者のものを一まとめに配る。一石二鳥ではないが、同日選挙とあってなかなか便利である。

 さて私は幸運にも今回州議会議員に初めて立候補している女性とともにそれぞれの家を訪問することなった。セールスやビラ配りのバイトもしたことがない私にとって個別に民家を訪問するなんて、初体験である。

 車をとめ、彼女と一緒に近くの民家のベルを鳴らす。ドキドキしていたら、男性が出てきて意外と愛想よく、「まだどちらにするか決めていないけど、あなたが来たから民主党に入れよう」と言ってくれた。「ありがとう」「がんばって」という具合に意外とあっさり会話が終わり、少し拍子抜けした。

 何軒かの家を廻るなかには、大統領選のデベートの感想を述べる人、薬の値段をなんとか安くしてほしい、一番は税金の問題とか、教育制度改革が重要とか、ずいぶん自分の意見をのべる人がいた。ニューハンプシャーはどちらかというと共和党の土壌である。ところが、候補者の彼女いわく、もうこの地域で400軒以上訪問しているけど、みんな丁寧に応対してくれるという。1度だけ「俺は共和党だ。帰ってくれ」と怒鳴られたそうだが、それ以外は人々の応対もよいし関心も高い。

▼日本と何が違う?

 選挙となってもなぜ日本の国民の関心は高まらないのだろう。

選挙活動の面からいうとひとつの理由はあの自分の名前を連呼するだけの選挙カーや街頭演説のやり方に問題があると思う。もちろん個別に有権者と対話を持つような選挙活動を日本の候補者がしていないわけではないのだが、それには限度があるし、とにかく自分の名前を覚えてもらうのが早道だと、ある日本の政党関係者が言っていたのを覚えている。

 選挙活動期間の長さも影響しているかもしれない。大統領制とは違う我が国のシステムを単純に比較することはできないが、明らかにアメリカの大統領になる人は器がそろっていないとなれない。昔、私の大学の先生が、アメリカの大統領は背が高くて格好がよくないとなれないといっていたが、容姿もさる事ながら、候補者は数々の予備選を勝ち抜いて、やっと大統領選挙にこぎつける。それまでにはお金はかなり使うし、メディアに常にさらされ、弱点をつかれ、選挙選をスタートした時点では頼りなげに見えた候補者もだんだんトレーニングされ、最後に大統領選にのぞむときには、大統領になる器もかなりそなわってきているように思う。日本のように総理や大臣になってから、失言を繰り返すということもないわけだ。

 もちろんアメリカ国内には選挙期間が長すぎるとか、金持ちしか大統領になれないといった議論がないこともない。しかし、国民が約2年かけてじっくり候補者の人物像や政策を勉強できるという点ではよいシステムだとも思う。

 それから民主党と共和党の支持者勢力がきっこうしているから野球のように白熱するのかもしれない。「野球の試合も片方が10対1などの大差で負けていると面白くなくて見る気もしない」と衆議院副議長の渡辺恒三さんが以前話していたのを聞いたことがある。選挙で負けても次の政権を目指してがんばるというのが筋だと思うが、日本では近年あまりにも野党から与党に簡単に転籍する議員が多い。これでは、いつまでたっても野党は逆転の可能性はなく、有権者も選手が転籍するのでは、応援する気もうせてしまう。

 とはいえ、今回の選挙戦では第3の選択ということで、グリーンパーティのラルフ・ネーダーを押している人がかなりいる。従来の政党では救われないと思うのは洋の東西を問わないのか。今のところ、リベラルなネーダーに票が傾くとゴアの票が食われるという見方が一般的だが、さてどうなることか・・・



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