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大門小百合のハーバード日記(14)

コンピューターの活用法

2001年2月2日
 先日、我々ニーマンフェローのジャーナリストたちのために「Computer assisted reporting (コンピューターを活用した報道)」という題の研修がオフィスであるリップマンハウスで3日間にわたって開かれた。

 このタイトルからして、私はコンピューターが苦手な記者たちにコンピューターの使い方を丁寧に教えましょうというのかと思っていた。それにしても3日間みっちりというのはかなり長い。

 さて、講師は元調査報道の記者でもあるブラント・ヒューストン氏。マイクロソフトのエクセル(表計算ソフト)の使い方や自分でデータベース構築をできるように教えてくれるという。しかし、そんなもの記者に役立つのだろうか?なんでジャーナリズムの世界までコンピューターを使わないといけないんだと、どちらかというと機械関係はあまり得意ではない私はちょっと憂鬱だった。

 「新聞社が一番コンピューター化が遅かったんですよ。最初に企業、そして政府。新聞社がコンピューターを本格的に導入したのは一番最後だった」とヒューストン氏は言う。

 情報産業なのになんだと思われるかもしれないが、確かにこれはあたっている。日本もアメリカもこの点では一緒らしい。記者たちは原稿はコンピューターで打つ。しかしそれはワープロみたいな使い方であって、それ以上のものではない。Eメール、そして原稿を書く以外の機能をどれだけ使っているかとなると疑問だ。おそらく若い世代を除いては、大半の人がコンピューターを活用しきっていないのではないだろうか。

 記者は毎日色々なところに取材に出ていく。原稿を書いている時以外は基本的には机にいないので、コンピューターの前に一日中座って仕事をしている人たちとは差がついてしまうのかもしれない。みんなが会社に出勤して、同時に研修を受けるといったこともできにくい環境にある。突発事故も起きるし、突然記者会見もセットされるから予定が立てにくい。そして、なんといっても「コンピューターの使い方を覚えるより、情報は足で稼ぐんだ」と信じている人が新聞社のなかには圧倒的に多いからかもしれない。

▼コンピューター化する社会

 ところが世の中は急速にコンピューター化し、ネット化している。過去の政府のデータも企業の決算の資料もすべてコンピューターの中に保管されている。

 もし、記者が取材先の人に「資料をいただけますか」と頼んだら、(仮に生の情報がコンピューター化されていたとしても)心よく資料を紙に印刷してくれたりコピーを取ってくれたりするだろう。この方法でいけば、記者にとっては不自由がないように見える。しかし、あらゆる団体のコンピューターに蓄積されている膨大なデータを考えると、そうやって印刷してもらう資料だけで満足していると馬鹿をみることになる。

「それらの中でも公表されているデータを色々組み合わせて分析をしてみると、新しい事実が見えてきますよ」とヒューストン氏は強調する。

 たとえば初歩的な例でいうと、ワシントンポストに「ワシントンDCの警察官は、人に発砲して怪我をさせたり、殺してしまった回数が人口比率でいうと全米で一番高いとうことが判明した」という記事が出ていた。これは、記者が地元の警察のデータとFBI(連邦警察)のデータから発砲で被害を受けた人の件数を調べ、それぞれの地域の人口と被害件数の割合を計算して書き上げた記事だという。データの計算は票計算ソフトにデータを送りこんでやると、簡単に計算できる。ワシントンではこの記事がでた後、警察官の射撃の訓練を強化することにしたらしい。

 また、(日本の例ではないが)全米平均のデータとして、病院で亡くなった患者の死因が看護婦のミスで起こったケースが多いことが判明したという内容のシカゴトリビューンの記事の例もあげていた。

 これは病院の死亡届けのデータ、病院が医療器具の会社に提出しなければならない操作ミス、機械の欠陥の資料など複数の資料を丹念に調べあげ、組み合わせて関連性を追求した結果だという。

ヒューストン氏はこんな調子で色々な例を紹介していった。記者が思いつかない限り、自分たちのマイナスの評価につながるデータは警察や役所は作らないだろう。公開されているデータから自分のデータベースを構築し、そのデータを分析して、隠された事実や気がつかなかった問題点をあぶり出していく作業は脱帽ものだ。そのために費やした時間も膨大なものだったと思う。そして、そのデータをもとにインタビューを重ね、さらに取材を深めていく・・・

▼ハイテクにはハイテクで対抗

 まさにニュース発掘作業だ。表作りは担当の技術者にやらせればよいといっていられたのは、昔のことになりつつあるようだ。自分で生データを集めてきて、コンピューターを応用してそれが分析できれば、面白いストーリーにつながるかもしれない。それがニュースかどうかを判断するのは記者だ。そうなるとやはり記者がやらねばならない仕事なのだろう。

 「ニュースルームには何十人もの人がいるのに、そういうことができる人ってたいてい一人や二人ぐらいしかいない。だから、君たちがその能力をつければ、重宝がられて首にならずにすむよ」とヒューストン氏はジョークまじりに言う。

 彼は今、色々な新聞社で研修をしながらもっとコンピューターを活用してどんどん調査報道を進めようと伝導して歩いている。そのせいもあってか、最近そういう調査報道のやり方が全米に広がり始めているらしい。

 一方、情報のデータベース化が実は記者から情報を遠ざけているのではないかという指摘もある。裁判関連の過去のデータなどは、以前は紙を一枚一枚見て必要な資料を集めることができたのに、紙がマイクロフィルムになって保管されるようになり記者にとってはやりづらくなったという話も聞く。

しかし、インターネットが発達した分、一般人でも入手できる情報が増えたことも確かだし、敵がハイテクでくるなら、受けてたつ記者もハイテクで対抗する方法もあるのだということがわかっただけでも嬉しい。

 とはいえ、研修中は大騒ぎだった。コンピューターになれていない我々記者たちはスプレッドシートを作っている最中も

「ちょっと待って!変な画面が出てきちゃった!」

「このキーでいいのかしら・・・」

「せっかくいれたデータが消えた!」

などとあっちこっちで声を上げて作業が中断する。

 3日間の研修が終わったころにはやっとデータ取りこみもできるようになったし、表計算もデータベース構築もできるところまで成長した。そして、記者に便利なウェッブサイトまで教えてもらった。たくさんの政府関係のホームページをリンクしてあるサイトや何人かの記者が個人的に作ったサイトなどだ。

 しかし、せっかく教えてもらった技術を忘れずに使いこなせるようにすることと、どう調査報道に生かしていくかは、我々にとってこれからの大きな課題になりそうだ。あらたな取材のやり方があることを発見したと同時に、これにはかなりのエネルギーが必要だということも思い知らされた。



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