大門小百合の東京日記(7)最近の流行 2003年3月2日 昨年末、あるシンポジウムにパネラーとして参加した。テーマは激動の国際社会をどう生きるかという大きなものだった。世界は動いている。一方日本は元気がない。さあ、どうするか・・・という趣旨の話だったが、その時に一緒だったアートマネージメントの大学の先生が面白いことを教えてくれた。彼女は、講義を受ける学生に必ず質問をしていることがあるという。「東京で一番好きな場所はどこか?」 一昔前までは、「表参道」「銀座」というようなおしゃれで都会的な場所の代名詞のような答えが返ってきていた。ところが、最近は違う。 同じ質問をすると驚くべきことに「明治神宮」「浅草」「花やしき(浅草にある小規模な遊園地)」という純日本風な場所の答えが返ってくるという。最近の若者の価値感は、バブル世代の30代、そしてその前に欧米文化に憧れて育った40代、50代の世代と明らかに違ってきているらしい。 ある出版社の人にも最近の傾向をうかがったことがある。従来、本を一番読む世代は、50代、60代の男性といわれている。ところが、「鳥居」とか「温泉」「日本酒」といった純日本風のタイトルの本が、若い人達や女性の間で売れていると言う。 雑誌の傾向についてもそうだ。毎年たくさんのファッション雑誌が創刊されているが、最近、新しく創刊された雑誌で一番多いのは40代向けという。ついで30代。ファッション雑誌といえば、10代、20代の女の子が買うもので、当然発行する側もそれらの年代層をターゲットにしていると思っていた。だが、気がついたら流行を雑誌の力を借りながら追っていたのは、今や中年に突入しそうなミーハー世代。そしてこの年代が、どうやら一番消費しそうな世代ということらしい。 プラダ、グッチ、エルメスなどの有名ブランドびいきは20代後半まで、最近の10代の若者は、自分の個性にあったものを探し求めるという。 「ブランドみたいにみんなが持っているものなんて馬鹿じゃない?自分しか持っていないものの方が価値がある」という具合らしい。 ティファニーによると、昨年の11月、12月のクリスマスのかき入れ時の日本での売上は10パーセントも落ちた。他の地域の売上が、たとえばヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで軒並み増えているのにもかかわらずである。もちろん、景気の影響だとひとことで片付けてしまうこともできるだろう。しかし、今まで消費していた世代の思考の変化、流行、文化への考え方への変化とも関係していないとは言い切れないのではないか。 日本は、もともと庶民文化が大きなうねりを作る土壌のようだ。欧米では、今年の夏のコレクションというように、ファッションもデザイナー層を含む上から降ってくるようだが、日本では、原宿のストリートで流行るもの、隣のお姉さんが身につけていたものが、気がついたら日本の若者中をとりこにしていたということがよくある。 特に欧米にこびなくても、真似をしなくても自分達の文化がある。今の若い世代は当たり前に欧米の物があふれる中に育って、特別に意識をしなくてもよいのかもしれない。 それから、これは景気のせいかもしれないが、最近の大学生は、飲み屋に行かないという話も聞いた。お金がないから、代わりにみんなでワイワイやりたいときは、友達の家で鍋パーティだそうだ。みんなで一品ずつでも持ち寄れば、10人いれば10品のデラックス鍋である。 そんなことを聞いて、なんともほほえましく、また頼もしいと思った。幸せを感じるには、生活に必要最低限のお金以外は重要なことではない。ちょっと大げさかもしれないが、バブル崩壊後、10年以上たち、着実に新しい世代が育っているのだろうか。欧米に追いつけ追い越せで育った世代と、生まれたときからマクドナルドやピザが回りにあった世代では、物を見る価値感が違っているのも当然かもしれない。 最近、欧米に誇れるものがなくなったと落ちこんでいたのは、もしかしたら、おばさん、おじさん達のみだったのかもしれない。しばらく、目を凝らせば代わりに見えてくる何かがきっとあるはずだ。 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |