他の章を読む

仕組まれた9・11 【11】 エンロンが仕掛けた「自由化」という名の金権政治

  田中 宇

 アメリカ政府が911テロ事件の発生を防ぐことをわざと怠っていた可能性が大きいということを、「テロをわざと防がなかった大統領」などの章で説明してきたが、ブッシュ政権がそんなことをしたのはなぜなのだろうか。それを考える際、参考になりそうな汚職疑惑がアメリカで起きた。昨年12月に倒産した「エンロン」をめぐる事件である。

 エンロンは、エネルギーの卸売り会社(エネルギー商社)で、テキサス州ヒューストンに本社を置いていた。アメリカで7番目に大きな企業で、アメリカとヨーロッパのエネルギー市場の2割をこの会社が扱っていた。
 エンロンは1985年に米国内の2社の天然ガスパイプライン会社が合併してできた会社で、当初はパイプラインの敷設運営をベースとして、天然ガスや石油を電力会社や工場などなどに売る事業をしていた。

 1994年ごろからアメリカで電力自由化政策が始まると、エンロンは企業戦略を転換した。パイプラインや貯蔵タンク、発電所といった施設を保有してエネルギーを供給するのではなく、石油やガス、電力などの売買を仲介する「商社」としてのビジネスを重視するようになった。
 電力自由化は、家庭や企業などに電気を供給する配電会社(日本では電力会社の一部門)が、電力をなるべく安く売ってくれる発電会社(発電所)を選んで電力を購入できるようにすることなどを柱とした規制緩和策だった。電力やガスなどを自由に売買できるようにするには、新しく「市場」(取引所)を作ることが必要だった。エンロンは、こうした変化に気づき、社内に取引所を創設し、業界内での扱い高を急増させることに成功した。

 そのころはアメリカでインターネットが普及した時期と重なっており、エンロンは「エンロンオンライン」というネット上のエネルギー取引所も立ち上げた。ここでは、電力や原油、天然ガス、石炭などのエネルギー商品だけでなく、紙パルプ、鉄鋼、化成原料、タンカーや貨物船の運賃、光ファイバーケーブルの利用権、排出規制がある二酸化硫黄の排出権、世界諸都市の気温変化の先物商品などが取引されていた。

▼まずは議員の大半にカネをばらまく

「売買の対象にならないと思われていたものを市場化する」というエンロンの発想法は、他の方面でもユニークな力を発揮した。その一つは「政治を売買する」ということだった。
 この方面で、エンロンの創設者でCEO(会長)だったケニス・レイがまずやったことは、政治家たちに政治資金をばらまき続けるということだった。エンロンは本社がテキサスだったので、テキサス州知事から大統領になったブッシュ大統領や、その父親(元大統領)らテキサスの政治家に多額の献金を行ってきたが、献金先はそれだけにとどまらなかった。

 アメリカ連邦議会の上院議員の7割が、エンロンからの献金をもらったことがある、という状態だった。献金先は、ブッシュ元大統領以来、エネルギー産業との結びつきが強い共和党が4分の3を占めていたが、ライバルの民主党にも献金は広く行き渡っていた。
 民主党では、上院議員のリーバーマンが、エンロン疑惑をめぐるブッシュ政権への非難の急先鋒となっているが、彼自身、以前にエンロンから小額ながら献金を受けたことを共和党側から指摘されている。誰にでも献金をして、誰が政権に就いても影響力を行使できるようにしたという点では、日本のリクルート事件と似ている。
 政界にカネをばらまいたエンロンが目指したのは、アメリカで進んでいた「自由化」を、自社の利益につながるような形の政策にしてもらうことだった。その好例を、カリフォルニア州の電力自由化にみることができる。

▼電力危機の原因はエンロンの売り惜しみ

 カリフォルニア州では開発コストがかかるエコエネルギーの普及に力を入れたことなどから電力料金が全米屈指の高さになっていたため、1996年に電力売買の自由化によって料金を下げようとする政策が始まった。
 カリフォルニアには全米に先駆けて電力取引所が作られ、電力の自由な取引が始まった。エンロンは、そのプロジェクトをワシントンやカリフォルニア州の政府や議会に働きかけて推進した。

 電力会社は、平常時は発電所から長期契約で電力を買っているが、一時的な電力需要増などに対応するため「スポット市場」と呼ばれる自由市場が使われるようになった。エンロンは、長期契約とスポット市場の両方で電力を売り、利益を増やした。
 ところが、その後カリフォルニア州の電力自由化は、2000年の後半に大きく破綻してしまった。自由化によって、発電した電力が必ず売れる状態ではなくなり、建設コストがかさむ発電所を作る事業家が減ってしまった。その一方で、カリフォルニアではシリコンバレーなどでコンピューター関連産業が増えて電力需要が拡大し、電力不足になってしまった。

 長期契約で電力を確保できない配電会社がスポット市場から買う量が増えた結果、2000年末にかけてスポット市場の電力の値段が高騰し、カリフォルニアのいくつかの地域で一般家庭の電力料金が値上がりしたり、配電会社が電力を確保できなかった地域では何回も停電を余儀なくされるなど、大きな社会問題となった。
http://tanakanews.com/b0125california.htm

 ところがこうした事態の裏で、電力を売る側のエンロンは、スポット市場の高騰で儲けを急拡大させていた。電力の自由市場には、取引規制がほとんどなかった。政治家への献金が功を奏し、規制を作らないでほしいというエンロンの主張が実現していたからだった。
 電力危機が一段落した後、エンロンなどいくつかの売電会社が電力相場の高騰に拍車をかけるため、スポット市場で売り惜しみをした疑いが強まり、エンロンへの批判が強まった。カリフォルニア州政府は、エンロンなどに対し、相場を不正に高騰させた分の合計90億ドルを返還するよう求めている。
 エンロンのレイ会長は電力危機が発生したとき「自由化が不十分だから危機が起きたのだ」と主張していたが、実際は正反対のことが起きていたのだった。

▼自由市場の原則を守って儲けさす

 カリフォルニア電力危機が起きたのは、ちょうどクリントン政権からブッシュ政権に交代する時期に起きた。カリフォルニア州知事は、ブッシュ新政権に対し、連邦政府がエンロンなど売電会社に命令し、高くない値段でカリフォルニアに電力を供給させてほしい、と要請した。だが新任のブッシュ大統領は「自由市場の原則を曲げる政策をとるわけにはいかない」という立場をとり、救いの手を差し伸べなかった。
 経済問題を解決するには、自由市場の流れに任せて「自然治癒」させるのが一番いいという「自由市場主義」(新自由主義)の考えを持っている人がアメリカには多く、その考えからすると、ブッシュの方針はあながち間違いではないという評価を受けた。

 ところが、その後エンロンが倒産し、2002年に入って、ブッシュ政権とエンロンとのつながりがマスコミなどによって精査されるようになると、見方が変わってきた。ブッシュ大統領の経済面でのアドバイザーとして最も高い地位にあるホワイトハウスの首席経済顧問となったローレンス・リンゼーは、政権入りする前はエンロンの顧問をしていた人物である。
http://www.observer.co.uk/focus/story/0,6903,631995,00.html

 ブッシュ政権がカリフォルニアに対して緊急対策を何もしなかったのは、電力相場の高値が続き、エンロンが儲かるようにしてあげることが目的だったのではないか、との疑惑を持たれている。

▼エンロンの要求メモとそっくりな新政策

 カリフォルニアの電力危機が一段落した昨年5月、ブッシュ政権は電力危機をふまえ、アメリカのエネルギー長期政策を見直した。エンロンのような会社だけが儲かり、一般家庭が停電してしまうような事態の再発を防ぐことが政策見直しの目的であるはずだった。
 ところがここでも逆に、エンロンのさらなる利益につながる方向で新政策が定められた可能性がある。昨年4月、新政策を立案中のブッシュ政権に、エンロンのレイ会長が出した3ページ建ての要求メモの存在が、エンロン倒産後に明らかになり、その内容が実際に発表された新政策とそっくりだったことが報じられている。
 新政策の立案を担当したのはチェイニー副大統領だったが、副大統領とその補佐官(この人もエンロンから送り込まれた人材と報じられている)が少なくとも6回、エンロン幹部に会っていることが分かっている。

 こうして立案された新エネルギー政策は、環境保護をある程度無視して発電所建設や石油・ガスの試掘をやってよいという、エンロンなどエネルギー業界にとっては朗報となる項目が盛り込まれた。その一方で、消費者団体などが求めていた、電力価格に上限を定めるプライスキャップ制をとることは、市場原理を壊すものだとして盛り込まれなかった。(関連記事)

 エンロン倒産後、チェイニー副大統領は、新エネルギー政策の立案過程について当時の資料を公開するよう、議会から求められた。だが副大統領は「そういうものを公開すると、民間企業一般との間の信頼関係が損なわれ、今後自由に企業から意見を集めることができなくなる」と言って拒否したため、議会側は憤り、議会の調査機関であるGAO(会計検査院)が捜査に乗り出した。
 この新エネルギー政策を打ち出す少し前、ブッシュ政権は地球温暖化に関する京都議定書を破棄したが、議定書に盛り込まれていた二酸化炭素排出規制も、エンロンのレイ会長が以前から反対していたことである。ブッシュ政権が、これだけエンロンの言うことを聞く態勢にあったということは、京都議定書の破棄も、エンロンの要求に応じたものだった可能性が強い。

▼政府委員会のトップを交代させる

 エンロンの破綻後、米連邦エネルギー規制委員会(FERC)は、電力相場を不正につり上げた疑いで捜査を始めた。ところがここでも、裁かれる側であるはずのエンロンが、裁く側を事前に指名していたことが判明している。
 エネルギー規制委員会のパット・ウッド委員長は、昨年夏に就任したのだが、前任者のカーティス・フバート前委員長は辞任直前、エンロンのレイ会長から「政府が管轄している送電線網をエンロンのような民間電力会社が自由に使えるよう、規制をなくしてほしい。それをやらなければ、これ以上委員長の席にとどまれないようになる」と脅されたという。フバートは要求を断った。
http://www.economist.com/printedition/displayStory.cfm?Story_ID=940913

 すると、間もなくブッシュ大統領の人事発令で、フバートは解任されてしまった。後任のウッドは、エンロンの地元テキサス州で電力会社などを監督する公益企業委員会の委員長から昇格した。新委員長は「電力自由化の推進」を掲げ、エンロンの意に添った政策を展開し始めたのだった。

▼奇怪な副社長の「自殺」

 さる1月25日未明、アメリカ・ヒューストン市の高級住宅街の路上で、巡回中の警察官が、駐車していた新車のメルセデス・ベンツの車内で一人の男性が死んでいるのを発見した。男性の頭には銃弾が打ち込まれており、手には38口径の拳銃が握られていた。傍らには遺書らしき書きつけも置いてあり、警察は自殺と断定した。
 男性は43歳のクリフォード・バクスターという人で、昨年5月までエンロンの副会長をしていた。昨年12月初めにエンロンが倒産し、捜査当局や議会が不正経理などについての調べを始めていた。バクスターは、自分に対する不正の嫌疑に耐えられず、自殺したのではないか、と報じられた。バクスターは、辞任前にエンロンのストックオプション(自社株を買う権利)を行使して3500万ドルを手にしていた。

 ところがその後、エンロン関係者の中から、バクスターは自殺するはずがないのではないか、という声が聞かれ出した。昨年5月にバクスターがエンロンを辞めたのは、自社の経理処理に不正があるのに会長らがそれを改めようとしないことを指摘した上での抗議の辞任だった。
 バクスターが死んだのは、議会に証人喚問される直前で、精神的な圧迫があったのか、ふだんはタバコをあまり吸わないのに、ヘビースモーカーになっていたという。こうした状況は「自殺」を思わせるものだが、その一方で彼は死の何日か前に「ボディガードを雇わないといけないかもしれない」と漏らしていたという。

 別の報道では、バクスターは知人から「ボディガードを雇った方がいいのではないか」と忠告されたが、不要だと答えていたという。とはいえこの報道でも、バクスターの家族は皆、彼の死は自殺ではないと考えている、と指摘している。
 バクスターをよく知っているエンロンの社員は、彼は嘘が嫌いなまじめな人で、だからこそ自社の不正経理の拡大が耐えられなかったのだ、と考えている。そんな彼なので、議会や捜査当局が話を聞かせてほしいといえば、自殺するのではなく、逆にエンロンの不正の仕組みを洗いざらい話すのではないか、というのだった。
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,3604,639809,00.html

 バクスターは、エンロンの内情を「知りすぎていた」から、それをばらされることを恐れた何者かが彼を殺したのではないか、と疑うエンロン社員もいた。
http://www.guardian.co.uk/g2/story/0,3604,641417,00.html

 遺体が発見されたときの状況にも不審な点があった。一つは拳銃が手に握られていたことで、頭を撃って自殺した場合、銃弾発射の反動で拳銃は手から離れ、握られているのではなく近くに転がっている状態で発見されるはずだ。また、その拳銃は地元テキサス州で登録されておらず、誰の拳銃なのか分からないままである。
http://www.rense.com/general19/topcop.htm

 また、遺体を乗せた車が発見されたのは、大通りの真ん中で、車はUターン用の中央分離帯の切れ目に停車していた。自殺する場所として、そんな場所を選ぶ人がいるだろうか。また、警察は「今後の捜査のため」を理由に、現場で見つかった遺書らしき書きつけを公開していない。
http://www.msnbc.com/news/694040.asp

 バクスターが昨年5月に抗議の辞任をしたということは、そのときすでにエンロンの内情はかなり行き詰まっていたということが考えられる。
 エンロンの創設者でCEOだったケニス・レイは、一昨年から自分が保有する自社株を売り始めていたことが分かっており、倒産後、これは自社の崩壊を見越した「売り逃げ」だったのではないかと疑われている。レイは自社株の売却で1億ドル以上を手にしている。
 その一方で一般の従業員は、給料の一部としてもらった自社株を売ることを社内規定で禁じられ、倒産とともに自社株が急落するのをただ見ているしかなかった。

 昨年2月には、レイはCEO(経営責任者)の座を、自分の部下だったジェフリー・スキリングに譲り、自分は会長に退いた。ところがスキリングは昨年8月、譲り受けたCEOの座を突然手放し、退職してしまった。その翌日、経営責任者に戻らざるを得なくなったレイに宛ててエンロン幹部がメールを出し、不正な会計処理を止めるよう忠告している。
 レイは、不正な会計処理を始める前に、自分がその責任を取らずにすむようにCEOをキスリングにやらせることにしたが、やがてキスリングがそれに気づき、策略にはまりたくないので辞任した、という筋書きを感じ取れる。

 エンロンのドル箱は、石油や天然ガス、電力の先物販売だった。石油やガスは国際相場の上下によって価格が変動するが、電力会社や工場などは、相場の上下に合わせて自分が売っている電気や製品の値段を上下させることができないので、石油などの仕入れ値が一定になることを望んでいる。
 エンロンはその需要を使い、何カ月か先に決まった値段で石油や電力を売ることを契約してお金をもらう先物ビジネスで利益を出し、さらにその先物契約の権利を売買する市場を作り、自ら売り買いして利益を増やした。

 こうなると、商品が「エネルギー」だというだけで、やっているビジネスの仕組みは株式や債券の取引と同じだった。株や債券の市場には、1980年代に不正が多かった反動で厳しい監視があり、不正防止策がとられているが、エンロンが90年代後半に急拡大させたエネルギー先物市場は、政治献金のばらまきが功を奏し、不正防止強化策の立法が進まなかった。
 ところが、一昨年後半からの景気後退でアメリカのエネルギー需要が縮小し始め、エンロンのビジネス戦略は破綻に向かった。エンロンは、先物の契約が取れた段階で利益を計上してしまっていたが、実際には相場が予想と逆の方向に動いたときは損失が出てしまっていた。

 エンロンは3000社もの子会社(決算に反映させなくて良い関連会社)を作って損失をそこにつけ替え、その損失を子会社間で移動させて紛らすことで、利益の部分だけを外部に見せていた。だが、景気後退と原油価格の低下によって損失が膨らみ、隠せない状態となった。
 利益が出ている間は、株価が上がり、従業員は給料の中の現金支給を減らして自社株を買う権利(ストックオプション)をもらうことを希望し、会社にとっては経費削減ができた。ところが損失が出てしまうと株価が下がり、従業員にも現金支給が必要となり、経費が増えてしまう。銀行も金を貸すときに高い金利を要求するようになり、やがて貸してくれなくなってしまう。

 だからエンロンの経営者には粉飾決算が必要だったが、昨年初め以降、それがますますひどくなり、会社の首脳が危機を感じて次々と辞める事態となったのだった。9月のテロ事件後、アメリカの景気はいっそう悪くなり、10月には粉飾によって損失を隠すことができなくなり、4年前の1997年から実は利益が出ていなかったのだとする決算の修正を発表するに至った。

 エンロンはまさにこの4年間、利益を毎年急増させる決算を発表し、株価を急上昇させ、経済雑誌や証券アナリストから絶賛されていた。エンロンは自ら、そのすべてがウソだった、と発表したのだった。これ以後、エンロンの問題は犯罪の色を帯びることになった。
 エンロンがどのような経緯で破綻したかについては、ホワイトハウスが情報公開をできる限り防ごうとしているため、明らかにされていない部分が大きい。米政府の首脳たちが911テロ事件の発生を事前に知っていた可能性があるということと合わせて考えると、エンロンの破綻は911後の石油相場の動きと関係している可能性もある。

▼グローバルスタンダードの崩壊

 エンロンの破綻は、単に一つの大企業がつぶれたということを越えた、世界的に重大な意味を持っている。「グローバルスタンダード」と呼ばれている経済システムの根幹をなす、株式投資、ストックオプション経営、会計事務所などに対する信頼が、この事件を機に失われてしまったからである。
 近年のアメリカでは、株式投資は老後の年金など、一般の人々の人生に不可欠な部分のお金の確保に使われてきた部分が大きい。エンロン株は、アメリカで最も優良な銘柄の一つとされていたため、それを組み入れた投資信託や年金基金が多かった。株式投資は、アメリカ経済の成長を支える愛国的な行為である、と思われていた。

 ところが、超優良企業のはずのエンロンは、実は八百長で株価をつり上げていた。しかも政府の首脳にはエンロンの関係者が多く、議会がエンロン関係の情報公開を求めても、大統領府はそれを拒否している。
 政府や財界を信じて株式に財産を託していた人々は、生活資金を失っただけでなく、株を買うことは愛国的な行為などではなく、政府と企業にカモにされることなのだと考えるようになっている。
http://www.nytimes.com/2002/01/29/opinion/29KRUG.html

 エンロン破綻が持つ世界的なもう一つの意味は、アメリカから世界に広がった、ストックオプションなど株式を使って会社のコストを下げる経営方法が、株価が下落する景気後退の時期には会社に大打撃を与えてしまうと分かったことである。
 アメリカの景気が悪くなったため、ストックオプションを活用して急成長した(ように見えた)会社が、エンロン以外にも次々と破綻している。たとえば海底ケーブル事業のグローバル・クロッシングという会社がそうである。この会社の首脳は、自社の破綻を予見して自分の持ち株を売り、巨額の利益を手にしたインサイダー取引の疑いを持たれている。
http://www.economist.com/printedition/displayStory.cfm?Story_ID=966322

 ついこの間まで最新の経営手法だと思われていたストックオプションに頼る経営が、実は株価が右肩上がりの間しか通用しないバブル経済そのものだという指摘は、以前から出ていた。
 たとえば、イギリスの経済専門家によると、ネットワーク機器の優良メーカーとされるアメリカのシスコシステムズは、1998年に13億5000万ドルの利益を計上したが、もしシスコが給料や報酬のすべてをストックオプションではなくお金で払っていたとしたら、この年の決算は49億ドルの赤字になっていた、と試算されている。
http://www.nytimes.com/2002/02/01/opinion/01KRUG.html

 こうした警告が発せられていたものの、景気が良い間は、ストックオプションが一種の粉飾決算の容認であるという見方をする人は少なかった。こうした状況は今後変わる可能性が大きい。

 もう一つ「会計事務所」に対する信頼が失われたことも重大だ。エンロンが数年間にわたって行っていた損失のつけ替えによる利益の水増しは、合法と違法の間のグレーゾーンにある会計手法で「積極型会計」(aggressive accounting)などと呼ばれているが、これは会計事務所が入れ知恵し、協力しない限り、実現するものではない。
 エンロンの会計を担当していたのは、アーサー・アンダーセンというアメリカ最大級の会計事務所の一つである。アンダーセンの担当者は、エンロンの不正が発覚する直前の10月、エンロン社内の関係資料をシュレッダーにかけて粉砕するよう指示していた。

 このことは、当局側がこの指示のメモを押収したため発覚したが、アンダーセン本社は、担当者が個人的にやったことだとして、この担当者を解雇して話を終わらせようとしている。だが、アンダーセンは前述のグローバル・クロッシングなど他の倒産会社でも「積極型会計」の手法をとっており「なるべく多くの仕事を依頼してもらうため、企業側を喜ばせようと違法すれすれの会計を行ったに違いない」と米議会などから攻撃されている。
 会計事務所は、企業が不正をしないように監視するのが役割なのに、アンダーセンのような優良とされていた世界規模の会計事務所が不正に荷担していたということは、エンロン以外にも無数の会社が不正経理を行い、それを会計事務所が承認していた可能性がある。エンロン事件は、アメリカ経済を正しい状態に維持するための、いくつもの機能の信頼を失墜させてしまったことになる。

 このような状況に対してブッシュ政権がとり得る選択肢は、(1)不正を取り締まって再発防止策を立法する、(2)何とかして景気を上向かせてこれ以上の不正暴露を防ぐ、(3)米国民の関心を他にそらす、といったところだろうが、(2)と(3)は行われている反面、(1)は表向きにしか行われていない。

 911テロ事件の発生を誘発したことは、国民の関心を他にそらし、政府批判するマスコミを売国奴扱いできるという利点があった。エンロン事件の報道が過熱してくると、国防長官が「911より大きなテロが今後あるかもしれない」などと発表したりしている。
 また最近、米当局は「景気が上向いてきた」とさかんに発表しているが、そこにどの程度政治的な統計数字の歪曲が含まれているか、猜疑心を感じるところだ。911以降、ブッシュ政権は「すべての政策はテロリストとの戦争に勝つことを目的として行われる」という方針を出している。アメリカの景気が悪くなり、ブッシュの人気が下がることが戦争遂行にマイナスなら、景気を表す統計数字に、ある程度の色をつけることは、むしろ戦争に勝つためには好ましいことだと政権上層部が考えても不思議はない。

 一方、今後アメリカの景気が(粉飾ではなく)本当に回復した場合、これ以上の不正の暴露が防がれ、政府批判も下火になるかもしれない。しかし、それはアメリカの政財癒着の構造が温存されることを意味している。今回はごまかせても、いずれ破綻するだろう。
 アメリカ政府はこれまで、日本や他のアジア諸国などの経済体制を「コネ重視型資本主義」(crony capitalism)と呼び、「腐敗体質や情報公開不足を改めない限り、アジアの成長はない」などと主張してきた。

 アジア通貨危機の後、腐敗体質を改めるためだとしてIMFがとった政策が、実はアジア諸国の経済を破壊するばかりだったということが指摘された後も、アジア経済の問題点は政財の癒着体質と情報公開不足にあるというアメリカ政府の主張自体は正しいとされていた。ところが、エンロン事件が示したのは、アメリカ経済には、下手をするとアジア以上に腐敗と癒着体質、情報公開不足が多い、ということだった。
 アメリカ政府が、エンロンのような政界と癒着した自国企業の情報公開不足を大目にみていた反面、アジア諸国に対しては厳しい批判を続けていたという事実は、情報公開や腐敗防止策をさせることでアジアの企業を弱体化させるのが真の目的だった、という見方が正しかったことを表している。

【12】航空業界の崩壊



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ