★ 「ビールは注ぎ方で変化する!」の斜め裏側


光文社の月刊誌『小説宝石』9月号よりエッセーの連載が始まった。第1回目のタイト
ルは「ビールは注ぎ方で変化する!」だった。ビールは注ぎ方によって味わいが変化
するので、いろんな注ぎ方でお飲みになるといっそう楽しい、ということを書いた。

居酒屋などへ行くと、せっかく本格生ビール(原材料が麦芽とホップのみで造られて
いる)を何種類も置いているのに、注ぎ方が悪くて本格っぷりが全く楽しめなかった
りする。店によっては本格ビールを本格注ぎ方しているところもあるのだろうが、僕
はそういう店にほとんど出会ったことがない。それは僕自身の行動範囲が狭いことも
あるだろう。しかし多くの店では、グラスやジョッキに静かに注いで最後に泡を足す、
いわゆる“居酒屋注ぎ”を行っているのではないだろうか。

居酒屋注ぎは、ホップの苦みをビールに封じ込め、麦芽の甘さ、まろやかさを隠して
しまう。また、余分な炭酸成分が生き生きと残っているため、ぼやけた口当たりになっ
てしまう。そんなビールに当たる(外れる)たびに、僕はげんなりし、テンションが
下がる。仕方なく割り箸をジョッキに突っ込み、余分な炭酸を飛ばしたりして、少し
でも美味しくなるよう試みたりするが、もう後の祭り。ビールの味わいは生き返らな
い。従って居酒屋注ぎをする店では、2杯目以降は瓶ビールを注文し、手酌で自分が
美味しいと思う注ぎ方を行うハメになる。

なぜ居酒屋注ぎをする店が多いのか。その原因の1つは、そのビール会社の注ぎ方マ
ニュアルがこの注ぎ方を提唱しているからである。当店も麦芽とホップのみの本格ビー
ルを使用しているが、当店に配布されたマニュアルにも、注ぎ方はこの居酒屋注ぎし
か載っていない。

月に1〜2度、ビール会社のサービスマンがビールサーバーの点検にやって来る。先日、
その人が来た時に聞いてみた。

「本格ビールは、何度か注ぎ足しをして適度に泡を立てて余分な苦みを飛ばした方が、
ビール本来の味わいを楽しめると思うのですが、なぜそういう注ぎ方を店側に提唱し
ないのでしょうか?」

「いやあ私もおっしゃる注ぎ方の方が美味しいと思いますが、むにゃむにゃむにゃ」

非常に歯切れが悪い。

「居酒屋注ぎしか教えないというのは、注ぐのに時間がかかったり、それによってビー
ルが多少ぬるくなったり、わかってない人が注ぐことによって苦みのバランスが変わっ
たりといったデメリットを懸念して、誰が注いでも同じ出来になる居酒屋注ぎだけを
勧めているんでしょうか?」

「いやあちょっとわかりまむにゃむにゃむにゃ」

「本格注ぎは難しいから、泡が溢れちゃうとロスにつながるといったコストの問題も
考えてのことなんでしょうか?ビールは原価が高いから」

「むにゃむにゃむにゃ」

もうダメだ。何を聞いてもちゃんと答えてくれない。でもたぶん僕が聞いたことは当
たらずとも遠からずなのだろう。だからこそ歯切れが悪い。とはいえ居酒屋注ぎは、
ビール会社だけの問題ではないだろう。きっと多くのお客が、ビールの味とはそうい
うものだと思っているのだろう。

仕事が終わって、カラカラに乾いた喉に冷えたビールを流し込む。その時に居酒屋注
ぎに慣れた人に何度か注ぎ足したスタイルで提供したら、期待した苦みや炭酸成分が
味わえず、不満に思うかもしれない。最初の1杯目が締まらない。これは非常に面白
くないだろう。最初の1杯目は今日働いた仕事を締めくくるという意味では、仕事終
わりの最後の1杯という考え方もできる。つまり気に入らない味では今日の仕事が締
まらない。と、そういうことになりかねない。まあそこまで考えて飲んでいるかはわ
からないが、可能性としては全く無いわけでもないだろう。

注ぎ方の難しいところはこの点である。当店ではその日の気温や湿度に合わせて、ど
のような注ぎ方がその日最も美味しく味わえるかを、営業前に試飲することが多い。
僕がこの注ぎ方が旨みをたくさん味わえると思っても、少し苦みも加えないと多くの
方々の最初の1杯目にふさわしくない。そこで、2〜3回に分けて注ぐスタイルをとっ
てはいるものの適度に苦みを足している。自分の考えとお客様の嗜好とのバランスを
図るのだ。その加減をいつも注意している。

いろいろ書いたが、結局のところ、あまり注ぎ方のことなど考えない方が幸せなのか
もしれないなあと思ったりもする。もちろんいろんな注ぎ方でいろんな味わいを楽し
むのも素晴らしい。しかし、あちこちで違う注ぎ方をされ、当たり外れをうとましく
思ったりするぐらいなら、注ぎ方など気にせずいつでも楽しく飲める方が心が乱され
なくて済む。

やばい。何を言いたいのか焦点がぼやけてしまった。この話の流れでは、やりたいよ
うにやればいいじゃん、という結論になる(曝)

まあ気にすればしたで世界が広がるし、気にしなければ気にしないで、いつもどおり
の美味さが味わえる。皆様、お好みに合わせて自由に楽しいビールライフをお送り下
さいまし〜、ということで、今回はうやむやに終わることにする。歯切れわる〜〜!

ビールはカクテルとは違って、これだーーっ!とはなかなか言えないな。

                             (2006年8月24日)



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