★ 無礼なお客様
さすがに年末。毎日がシッチャカメッチャカ忙しい。土曜日も早い時間から混み始め、
9時から11時までずっと満席状態が続く。お客様は次から次へとやってくるので、満
席を告げて丁重に謝り、他フロアの系列店へ案内するのを繰り返した。10時頃、たま〜にやってきては威張り散らしてばかりいる大会社重役と若い女性が来
店した。「おうオレだ。覚えてるか」
「あっ、いらっしゃいませ。覚えてますとも、H様ですよね」
「何だ混んでるな。おい、せっかく来てやったんだ。こいつらどけて席つくれ。いい
席に案内しろ。わかったな」「すみません。あいにく満席になってしまいまして」
連れの女性が般若のような歪んだ表情で、大声で突っかかってきた。
「なによ!あんた、席つくんなさいよ!あのね、Hさんは会社で昇進したのよ!早く
この辺(の人)どけて、席つくって案内しなさいよ!!」バカか……。そんな言い方で案内してもらえると思ってるのか。あ〜満席でよかった。
僕はインターホンで他店に連絡し、2名席を押さえた。「誠に申し訳ありませんが、系列店に空席がありましたので押さえました。よろしけ
れば御案内しますので、こちらへどうぞ」「ちゃんといい席なんだろうな!おい、こいつが今からオレたちを最上席に案内するっ
てさ。おい、個室か? 特別席か?」ブチッ。堪忍袋の緒が切れた。
「あの〜、たま〜〜〜に来て威張るのやめて下さいよ」
「えっ? あっ、うん」
おっと素直だ。うん、だって。ちょっとびっくり。メリハリすげーな。がははは。僕
のストレスはスッと消え、Hさんを他店に案内した。「おい、そっちの席が空いたらすぐ移るからな。空いたらすぐに案内しろ。わかった
な!」「はい、かしこまりました。すぐに御案内します」
僕は急いで店に戻った。満席状態が続いているが、全く回転しないわけでもない。お
客様がお帰りになり、席が空くと急いで片付けさせ、次のお客様を案内するのを繰り
返した。他店から何度も内線が入る。そのたびにHさんが早く案内しろと凄んでいると言う。
僕は席が空いたらすぐに連絡するからと言って電話を切り、そして他のお客様を入れ
続けた。そのうち4回目の内線が入り、Hさんがお帰りになったことを知った。お客は店を選べるが、店側はお客を選べない。傲慢な客はそんなふうに考えている。
しかし状況によっては、店がお客を選ぶのだ。どんな方をどの席に案内するか、通す
か通さないかは、店側が決めるのだ。マナーの悪い客は重役だって関係ない。もう来
ていただかなくて結構だ。家に帰ってきてから、Hさんが昇進した話を思い出した。インターネットでHさんの
会社のHPの役員紹介ページを開いた。Hさんはその大会社の社長になっていた。さっきとはまるで別人のような、人が良さ
そうな笑顔の写真が添えてある。がはははは、やるなぁHさん。あんなしょーもない
人柄には見えないぜ。さすが世渡り上手。いいねぇ。社長の仕事は大変だ。相当なストレスが生じるだろう。だから店ではあんな無遠慮な
態度をとるのかもしれないな。よし、もしまたHさんが来たら今度は優しく迎えて、
一生懸命我が儘を聞いてあげよう。僕は少々反省した。というのは全くの嘘で、この人は以前からずっとこんな人だ。また同じ状況なら僕は
同じことをするし、もし来店できても、普通のおじさんとして接しよう。会社の肩書
きなんて、僕には関係ないもんね〜。(2005年12月20日)
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