★ 一緒に死にましょう

ある常連さんは酔うといつも僕に「一緒に死のう」と言い出す。この人は別に僕に惚
れていて心中を願い出ているわけではない。第一、女性じゃないしゲイでもない。彼
は見識のある50代の男性なのだ。

「一緒に死にましょう」

「ななななんでですか」

「中東へ行って敵と戦って、意味のある最期を遂げましょう」

「えっと僕がいま心の中で思っている言葉をそのまま口に出してもいいですか? 嫌
です!」

「ほう、あなたはまだこの世に未練があるんですか?」

「そりゃそうですよ。僕はまだ死にたくありません。長生きしたいです。死ぬまで生
きたいです」

「あなたが生きていて何の意味があるんですか? まだこの世にしがみついていたい
んですか?」

「えっと、しがみつくっていうか、そんな死に方はしたくありません。僕なんか中東
へ行って死んでも、何の意味も無いじゃないですか」

「そんなことはない! 名誉の死です。あっ、わかった。そうか、あなたはまだ大し
た人間じゃありませんね」

「そんなことで死んだら大した人間なんですか? 何のポリシーもなく銃を持って突
撃して撃たれて死んで。それが大した人間なんですか?」

「当たり前です!あ〜あ〜、あなたにはそんなこともわからないんですか?」

「そんなっ、わかるわけないでしょう!」

「まだまだ未熟ですねぇ」

と、毎回こんな話で、死のう、嫌だ、死のう、ごめんだ、と問答を繰り返していた。
でもしばらくすると、嫌がるのに飽きてしまった。近頃ではこうだ。

「一緒に死にましょう」

「はい、いいですよ死にましょう。二人で飛び出していって、同時に撃たれて死にま
しょう」

「いや、もし僕が撃たれそうになったらあなたを僕の前に盾にします。あなたが先に
死んで下さい」

「えっ?一緒に死ぬんじゃないんですか?」

「当たり前です。あなたには僕の盾になって死んでもらいます」

「どうせ僕に当たった弾丸が体を貫通して、あなたも同時に死にますよ」

「いえ、僕には当たりません。僕は死にません」

「んもう何なんですか!あなた死にたいんですか死にたくないんですか」

と、このように僕は時々お客様にもて遊ばれているのであった。

                             (2005年11月6日)


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