●WTOで労働問題めぐり対立する欧州とアジア
(96.9)

 最低賃金や労働組合への参加など労働者の権利に関する法規が整備・徹底されていない国、強制労働や子供の労働など劣悪な労働環境を放置する国に対して何らかの措置をとることについて、世界貿易機関(WTO)が検討すべきとの提案を、欧州連合(EU)が提出する計画を進めている。
 EUは十二月にシンガポールで開催される第一回閣僚会議で、こうした労働に関する基準と貿易をどのような形で関係づけるべきかを検討する部会の設立を提案する。これに対し、提案の標的となりそうな東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国は「貿易と関係ない問題を取り上げることで、WTO本来の検討課題をおろそかにすることはできない」(シンガポールのヨー・チャウトン通産相)などと反対し、こうした議論は国際労働機関(ILO)で行うべきだと主張している。

◆汚職や自然環境も問題に

 EUの発表資料によると、労働者の賃金や人権を抑制して安価に作られた製品を購入することは人道的にみて避けるべきだ、との考え方が提案の背景にある。EUは労働問題だけでなく、合弁企業に対して賄賂を要求する役人がいる国や、産業による自然環境破壊を放置する国に対しても、WTOが何らかの措置をとるべきだと提案する。EUは、こうした議題をWTOで検討しない場合、先進国が問題のある国に対してWTOを通さない一方的な制裁を行う可能性があり、国際協調が崩れてしまうと警告している。
 一方、東南アジアなど発展途上国の政府関係者には、競争力が失われた欧州産業を守るため、発展途上国からの製品流入を止めようとする意図が提案の裏にあるとの指摘が多く、ASEANは七月下旬の会議で、EUの提案に反対する方向で合意している。

◆経済の復活目指す欧州の意図

 EUは通貨統合に向けて動いているが、通貨統合参加の前提となるマーストリヒト条約は参加国が財政赤字を国内総生産(GDP)の三%未満とすることを義務づけており、欧州各国は失業対策費や社会福祉費用を削って緊縮予算を組んでいる。この裏には、通貨統合を機に労働コストを減らすことで欧州の産業競争力を回復したいとの意図がある。
 この動きと今回の提案は表裏一体のものだ。通貨統合を機にEU内の労働コストを削減するだけでなく、競争相手であるアジアの労働コストを先進国なみに引き上げたいとの意志が見える。アジアの労働者にとってもプラスとなる提案だとの名分もある。
 また、今のところEUの交渉相手になっているのはASEANだが、WTOへの加盟を希望している中国や台湾などとの関係もある。特に広大な市場と豊富な労働力をテコに急速に産業力をつけてきた中国に対し、加盟条件として労働環境などの改善を求めることができれば、EUだけでなく米国や日本の産業界にとっても利益になるとの見方もある。

◆英豪は反対、米は軽視

 EU提案は先進国全体の利益を代表するように見えるが、現実は違う。EU内部でさえ、シンガポールやマレーシアなどとの結びつきが強い英国が提案に反対しているし、ASEAN重視の姿勢を強めるオーストラリアとニュージーランドも反対。また米国は、シンガポール会議では労働問題より通信や金融など、ウルグアイラウンドで積み残された分野の交渉を進展させたい意向を持っている。
 EUの広報担当者は「意見の違いが大きいことは理解しており、シンガポール会議に過度な期待は寄せていない」として、息の長い討論を続けていく道を探っている。

 なお、この文章は7月23日付けのウォールストリート・ジャーナル欧州版の記事などを参考にした。
(この文章は「中央労働時報」にも匿名の記事として掲載される予定)

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